酒と“バカ”の日々1

酒と“バカ”の日々
―Alcoholic Syndrome


【1】


 目が覚めると、自分の部屋じゃなかった。

〈またやっちまったかな?〉

 とっさにそう思ってしまったのは、日頃の行ないに多少の後ろめたさを感じてるからだろう。その点は認めるしかない。

 とりあえず、頭を枕に埋(うず)めたままの姿勢で目を閉じる。あたりを見回せば答えが出るのは判ってたけど、「メンドーなことは少しでも先に延ばしたい」っていうコソクな意識が働いた。

 爽快な目覚めにはほど遠かった。顔が火照ってるのは、ゆうべのアルコールが残ってるせいだろう。これはよくあること。頭痛はひどくないから、悪性の二日酔いってほどじゃないらしい。こういう状況に至るルートは、だいたい2つに分かれる。

 本命=ラブホテルに泊まった。
 対抗=女の部屋に泊まった。

 男の部屋に泊まった可能性もあるが、これはめったにない大穴。さっき目にしたインテリアから判断すると、今回は順当に本命の線だ。あのデコラティブな装飾が趣味の女ってのは怖すぎる。

 どこに泊まったにしても、「飲みすぎたあげく」って前提は共通してるし、その後の行動にも大きな違いはない。相手の質は酔いの深さとほぼ比例する。この場合は反比例だろうか……てなことをグチャグチャ考えてられるってことは、割りとマトモなのかもしれない。単なる現実逃避とも言う。

 どうするべきか決めるために、同じようなシチュエーションに出くわしたときのことを想い出そうとして、約3秒で諦めた。モウローとしてる頭に浮かぶ対応策なんて、どうせロクなもんじゃない。ジダバタしても、なるようにしかなりはしないのだ。

 おそるおそる隣に手を伸ばしてみる。案の定たしかな手応えがあった。深く息を吐き、ゆうべのことをユルユルと想い起こす。記憶に大きな欠落はないらしく、比較的簡単に回路が繋がった。



 渋谷のパブでハヤカワと飲みはじめたのは7時頃だった。

 青山に足を延ばす前に軽い準備運動のつもりで、イイ線行ってる女子大生のふたり組に声をかけ、首尾よくお近づきになれた。もう少し正確に言うと、メチャクチャイイ線行ってるひとり&スカひとりのペアだ。

 ハヤカワとボクとじゃ好みが明らかに違うから、分担で争うことはめったにない。タヌキとキツネならボクは迷わずにタヌキを選ぶ。イヌとネコに分けるなら断然イヌだ。スターよりはアイドルがいい。サイズで言えば、限りなく小柄なほうに魅かれる。要するに、可愛子チャンタイプが好みなのだ。

 可愛子チャンってのは死語だとは思うけど、ほかに適切な言い方が見当たらないんだからしかたがない。お願いだから、ロリコンとだけは呼ばないで。

 ハヤカワの趣味はおおむねボクとは逆の傾向だから、いつもは協議するまでもなく受け持ちが決まる。ゆうべちょっと揉めたのは、ふたり組の優劣があまりにもあからさまだったからだ。

 役満とチョンボ、ベルサイユ宮殿と建て売り住宅、サーロインステーキとハンバーグ……ほどの違いがあれば、好みをウンヌンする余地はない。ヤタラなとこで食べるステーキよりは、善くも悪くも予想を裏切らないファミレスのハンバーグのほうがマシ、って意見は尊重したいけど。

 ワンレングス系のロングヘアの人気が根強いのは、「七難隠す」って神話が実際にある程度の効力を持ってるからだろう。かなり刺激的な凹凸をハデなミニドレスで包んだチョンボは、その効力の強さを再認識させてくれた。後ろ姿だけで判断すると、取り返しのつかないミスを犯すことになる。チョンボの場合はバックシャンなんてレベルじゃなく、悪質なサギ行為だった。

 サギって言って聞こえが悪けりゃ、このさいカモでもネギでも構わない。なんならミソでもシオでもタレでも……2文字の連想ゲームをしてる場合じゃないでしょ。

 神話が生み出す幻想はさておき、テーブルを挟んで現実に直面すると、隠し切れない8つ目以降の難が猛威を振るった。服装に負けないほどハデな塗り方も、ほとんど化粧品のムダづかいとしか思えなかった。もう少し正確に言うなら、逆効果だ。メーカーから営業妨害って訴えられたら、よほどヤリ手の弁護士がつかない限り勝ち目は薄い。

 まあどんなムチャな使い方をしてても、あれだけ大量消費をしてくれるんなら、ありがたいお得意さんなんだろうか。商品のイメージダウンの恐れより、顧客の意向を優先するのが商売の正道か……って、いったい何を考えてんだ。

 なかなか折り合いがつかないんで、ハヤカワはボクを酔わせる作戦に出た……んじゃないかと思う。ボクの許容範囲がアルコールによって大幅に広がるのを、ヤツはよくご存じだった。しかも、同じペースで飲んでるフリをしながら相手に3倍以上の酒を飲ませるのは、ハヤカワの特技のひとつなのだ。「ホストクラブ勤めの経験が生きてる」って言葉がどこまでホントなのかは知らないけど、ハタで見てても鮮やかな手際に呆れることがある。

 この特技に加えて「いつでもボトル1本は引き受ける」って酒量を誇るハヤカワが本腰を入れると、たいていのヤツは潰される。途中でヤバい雰囲気に感づきながら、ある程度酔いが回ってくると例によってどうでもいいような気になり、結果的にはまんまとヤツの術中に陥ってしまった。



 タバコが吸いたくて体を起こす。ベッドサイドに使い捨てライターと重なって鎮座ましましてたマルボロのメンソールを銜えて火を点けた。ピンクのオオゲサなシェイドが掛かった電気スタンドが目につき、ハヤカワたちと別れてからのことが脳裏に甦る。

 別行動をとったあとに入った店で、ボクとチョンボはバーボンのオン・ザ・ロックをたしか2杯ずつ空けた。酔いが深くなるにつれて彼女が魅力的に見えてきたのは、たぶん気のせいだろう。話が盛り上がってメチャクチャ笑いこけたはずなのに、具体的な内容はほとんど覚えちゃいない。店を出て最初に見つけたショボいホテルに空室があったんで、ためらいもなく転がり込んだ。

 最近は、ファッションホテルとかレジャーホテルとか曖昧な言い方もするみたいだけど、やはり言葉はちゃんと使うべきだと思う。確固たる目的意識を持ってるなら、「ラブホテル」に「シケ込む」って言うべきじゃないかね。「連れ込み」とか「温泉マーク」なんていう由緒正しい呼び方も、風情があってたいへんよろしい。

 こんなことを言ってるから、オジサン臭いって言われちまうんだろうな。自分では正統的な日本語の数少ない継承者を目指してるつもりなんだけどね。

 隣で眠ってたチョンボが目を覚ました。明るい中で見る彼女の寝起きのご面相は、けっこう迫力があった。

 瞼が腫れ気味で、ベッドに入る前に入念に塗り直してた化粧が微妙に剥げ落ちてる。媚びるような微笑みは溶けかけたアイスクリームを思わせ、背筋(せすじ)のあたりの体温が確実に3度は下がった。アップで10秒以上直視すると、凍死に至る危険性を伴う。八重歯ってのはチャームポイントになることもあるけど、場合によってはホラーっぽい雰囲気をつくることを発見させられてしまった。本来は美点であるはずの歯の白さも、恐怖の増幅にひと役買うことになる。

 男の身勝手な言い分であることは十分承知のうえで言わせてもらうと、女の魅力はかなりの程度外見で決まる。こういう意見が女性蔑視だってんなら、真っ向から受けて立とうじゃないか。ふざけてもらっちゃ困る。男に向けられる「チビデブハゲの三重苦」ってのが、外見で判断してるんじゃないとでも言うのかい?

 たしかに「チビデブブスの三重苦」って先に言いはじめたのは男かもしれない。だがね。よく考えてみてくれ。女のチビは決して欠点なんかじゃない。小柄な女を好むか好まないかは、単に趣味の問題だろ。

 デブにしたって、タテなのかヨコなのか判らないようなのは論外としても、ガリガリよりはポッチャリしてるほうが可愛いに決まってるじゃないか。そうだよ。個人的な趣味で言ってるよ。一般論をカマそうなんて気はさらさらない。

 歴史的に考えても、ボクの判断は間違っちゃいない。浮世絵にしたって、西洋画のラフにしたって、女性は太めに描かれてるでしょうが。念のため断わっとくけど、ラフってのは漢字で書くと「裸婦」で、ラフデッサンのことじゃないからね。なんでこんなことまでいちいち断わんなきゃなんないんだよ。それをネコも杓子も「ダイエットだ、ダイエットだ」って、どうも近頃の若い娘さんたちの考えてることと来たら……これじゃ長屋のご隠居じゃないか。

 それはそれとして、男の三重苦に目を向けてほしい。チビはほとんど致命傷だし、デブだってボロクソに言われる。ハゲと来た日にゃ悲惨の極みだろ? しかもだ。デブはまだ本人にも責任があるとしても、身長や髪の毛が不自由なのは、どんなに努力してみてもどうにもならない問題なんだよ。どっちが外見で判断してるのか、よく考えてみなさい。

 じゃあブスはどうかって? あれはイケません。たとえ日本国刑法が大目に見てくれてたとしても、ボクは許しません。21年間生きてきた人生のすべてを賭けてでも戦う、って力むほどのことじゃないけど、断じて許しませんったら許しません。ハヤカワみたいに「ブスに表を歩かせるな、座敷牢にぶち込め!」って声を大にして主張する気はないけど、ボクの半径5メートル以内には生存しないでほしい。

 こんな主張が認められたら、街を歩くとまわりの女が軒並み道を開けて「十戒」の世界になっちまうかもしれない……これも古いネタやな。判んない人は映画にくわしい人に訊いてね。

 しかしだ。たとえそうなろうと、絶対にブスはイケません。動物愛護団体あたりから訴えられようが知ったこっちゃない。少なくとも、一夜限りのコミュニケーションの相手を選ぶんなら、限りなく10割に近い9割までは、外見が勝負なの! ゆうべ不本意ながらもハヤカワと折り合ってしまったいちばんの原因は、ボクがナンパに関してヤツほどの情熱を持ってないことだろう。

 ヤツほど女漁りに命を懸けてる人間を、ボクはほかに知らない。

 同じ大学3年生でもハヤカワがボクよりひとつ年上なのは、1年浪人してるからだ。その浪人のときに、ヤツは百人斬りを目指して「ホストクラブで稼いだ金を風俗関係に注ぎ込む」っていうわけの判らない生活を3カ月続けたことがあるらしい。大学に入って1年目に悲願を成就したあとは、素人娘の百人斬りが新しい目標になった。大学卒業までに達成する予定だったのにすでにカウントダウン状態に入ってるってんだから、偉業と称えてもいいかもしれない。

 そもそものキッカケは女にフられたことらしいから、あまりにも判りやすい話だよな。

 才能に恵まれたヤツが努力を続ければそれなりの成果はあるようで、ヤツのナンパテクニックは神業の域に達してる。もっとも、ヤツに言わせるとテクニックなんてものはなく、「女に“その気”があるかないかを見分けるのがすべて」ってことになる。そうは言っても、まず“その気”の目利きってヤツがむずかしい。ヒレの微妙な形の違いだけで、養殖モンか天然モンかなんて素人には区別がつきません。それに、“その気”の女を落とすのだって、ヤツほどスムーズにコトを運ぶのはそう簡単じゃない。

 たぶんボクが一念勃起してその道に精進しても、一生掛かったって、ヤツの現段階の実績に近づくことさえできないだろう。

 先人の偉大な実績に敬意を払ったことを別にして、少し話しただけで役満がどうしようもなく性格ブスだと判った点も、大きなポイントだった。美形なのはたしかだけど、それを鼻に掛けすぎてた。タヌキとキツネのハーフと思われるルックスは文句なしの二重丸でも、表情がよくない。性格の悪さがモロに出てしまってた。

 生意気なうえにキャンキャン騒ぐわ、妙に馴れ馴れしいわ。イヌとネコの悪い部分だけを抽出して、劣性遺伝を7代続けたような性格をしてた……劣性遺伝ってこういう意味じゃなかった気もするけど、生物学は大の苦手なんだから大目に見てもらいたい。おまけに頭は体育会系と来たもんだ。

 あの、これはあくまでもたとえですよ。体育会系のお兄さま方は怒っちゃイヤよ。これ、そこの胸囲が1メートル20センチぐらいありそうな超色男! 指をポキポキ鳴らすんじゃない! 暴力はいけません、暴力は。たとえでしかないんだから、別に他意は……ヒラメと舞い踊りって、そういうことを考えてる場合じゃないって、何度言ったら判るんだ。

 バカの棲息エリアに関する研究調査によると、体育会系に限らず、どこにでもアマネク蔓延(はびこ)ってらっしゃる。医学部には九九ができないヤツだって……さすがにいないか。

 文学部には漢字もロクに知らないヤツだって……これはギャグになりません。ロクに知らないヤツのほうがはるかに多いし、マトモに日本語が使えるヤツなんて絶滅の危機に瀕してるもんな。トキって呼んじゃうからね。トキじゃ美しすぎるって言うなら、土器でも磁器でも……いい加減にしなさいよ。

 それで、なんの話かって言うと役満だよ、役満。だいたいあの喋り方はなんなんだよ。デキの悪いガキがそのまま年だけ食ったようなのはずいぶん知ってるけど、あそこまでひどいのは珍しかった。いっぺん「話し方教室」にぶち込んだろか。ノイローゼになって、日本人を続けてく自信をなくすぞ。

 しまいには、彼女が口を開くたびに不快メーターの針がレッドゾーンに飛び込む感じがあった。想い出すダニノミシラミ……じゃなくて、想い出そうとするだけで気分が悪くなる。

 どういう基準で判断してるか知らないけど、ハヤカワはこのテの女がけっこう“好物”だった。さらに悪いことには、チョンボがえらく好ましい性格をしてた。おまけに頭の回転がすこぶる速かったことも、ボクにとっては不幸だった。とは言っても、パスの権利を放棄してチョンボを選んでしまったのは、アルコールの作用がボクの判断力を鈍化させてたからに違いない。やはりこれは、酒の上の過ちと呼ぶべき類いの行動なのだろう。


 シーツの中に潜り込んでるチョンボが、微妙なタッチでボクを刺激する。ゆうべのかなり長めの濃厚なコミュニケーションで発見したのは、彼女がものすごいテクニシャンだったことだ。天は二物を与えず、って諺をこういうときに使うのは不謹慎とは思いつつ、そう思わずにはいられない例を、ボクは少なくとも3人は知ってる。もっとも、その3人の「一物」は容姿の面で、ツヤのある卵は鮮度が低い、ってのは真理らしい。逆に、泥まみれの大根の新鮮さを味わうのは初めてだった。

 いま「一物」を「イチモツ」って読んでヘンな連想をしたヤツがいるだろ。そういうバカはもう二度と遊んであげないからね。ひとつでイチモツならふたつでニモツじゃないか。天から荷物を貰ってどうするんだ? 神様の付き人にでもなる気か?

 それにしても、いま直面してる刺激は……これは尋常なものじゃありません。プロじゃないだろうか、ってゆうべも思ったんだ。ただでさえ健康な朝の生理現象を感じてたボクは、声を漏らしそうになってしまった。

 ちょっと待ってくれ。この数カ月の精進は、いったいなんだったんだ。いっぱしのジゴロを気取ってたのがひどく虚しく感じられた。あまりの情けなさと気持ちよさに、声を噛み殺す。

 昔飼ってた犬が死んだときのことを想い浮かべようとして、ムダなアガキと諦めた。死にかけてたはずの犬が、シッポを振りながら元気いっぱいにジャレついてきそうだった。強姦されながら快感を覚えてしまうのは、女にとっては悲劇なんだろうけど、男の場合は喜劇でしかない。

 チクショー、どうにでもしやがれ!


【続きは↓】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-13.html
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