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伝言板【板外編18】読点と改行の共通点

 これをアップしてなかったか。なんだか意外。
赤い本」に書いたことから抜粋します。


読点と改行の共通点
 1つの改行から次の改行までのまとまりは、「段落」(もしくは「パラグラフ」)と呼ばれます。文章は段落が別になると区切りがつき、内容が少しかわるのがふつうです。そのため、文章のどこで改行をするのかは、読みやすさの面でも、わかりやすさの面でも非常に重要な問題になります。本書でもテーマのひとつとして取りあげようと思いましたが、説得力のある説明ができそうにないのでやめました。
 改行のしかたについて考えていくと、読点の打ち方と似ているところがある気がします。共通しているのは、次の点です。
  ・少なすぎると読みにくい文章になる
  ・多すぎるとわかりにくい文章になる
  ・用法のルールを論理的に説明するのがむずかしい
 改行が極端に少ないと、文章は読みにくくなります。数十行も改行がない文章もありますが、特別な効果をねらった例外と考えるべきです。改行なしで文章が続くと、読み手は目が休まるところがないので疲れてしまいます。それ以前に、読むのがイヤになってしまうはずです。
 では、改行をできるだけ多くしたほうが読みやすい文章になるのかというと、一概にはいえません。改行が多ければ多いほど読みやすいのなら、一文ごとに改行すればよいのですから話は簡単です。しかし、そのような形式の文章は、けっして読みやすくはありません。さらに問題なのは、改行の働きが弱くなって流れがとらえにくくなるため、わかりにくい文章になることです。
 改行のしかたには、原則らしい原則がありません。ルールを論理的に説明するのは、読点の打ち方を説明する以上に難問です。
 多くの「文章読本」が改行のしかたにふれていますが、参考になる目安はほとんど見たことがありません。「話がかわるところで改行する」というのは正論ではあっても、何も説明していないのと同じことです。
「1つの段落に入る文の数は5つ以内にする」という心得を見たことがあります。このように1つの段落に入る文の数で考えるのは有効な方法ですし、「5つ以内」ぐらいは目安になりそうです。しかし、「5つ以内」にしなければならない論理的な根拠は何もありません。目安を「4つ以内」にしてもよいはずです。「6つ以上」にすると必ず読みにくくなるわけでもありません。
 段落内の文の数をいくつぐらいにすればよいのかは、次のような要素との兼ね合いで考える必要があります。
  1)一文の長さ
   一文が長い場合は、1つの段落に入る文の数を減らしたほうがいい
  2)1行の文字数
   1行の文字数が少ない場合は、1つの段落に入る文の数を減らしたほうがいい
  3)文章の内容
 1)と2)は見た目でわかることなので、さほどむずかしくはありません。手に負えないのは、3)の要素です。個人的には、内容がむずかしい文章ほど、改行をふやしたほうがよいと思います。しかし、まったく逆の考えをもつ人もいるでしょう。これは、どちらの考え方が正しいとはいえません。さらにいえば、何を基準に「むずかしい」と考えるのかも微妙な問題です。
 一般に出回っている書籍などを見ると、改行が多めの文章もあれば、改行が少なめの文章もあります。読みやすさの面でも、わかりやすさの面でも支障がなければ、書き手の趣味の問題でしかありません。なかには明らかに不適切な改行をしている例もありますが、そのことを指摘してもあまり意味はないでしょう。
 こういった理由から、重要な問題とは思いながら、改行のしかたをテーマにすることを断念しました。

【板外編9-2】文法はお好きですか?──やっぱりどう転んでも嫌いです

 下記の仲間。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-category-12.html

 下記の続きです。もはや【板外編】ではありませんが、成り行き上、【板外編9-2】になります。
【板外編9】文法はお好きですか?──そんな物好きな人はいません
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1207215683&owner_id=5019671

【助詞「で」の意味】(2009年06月23日 11:31)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43858161

 こちらの話は、tobirisuが無知をさらしてしまった気がする(泣)。
 下記のようなサイトも見つけた。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1011069790

 ただ、どうもシックリしないので、新たに他のコミュにトピを立ててみた。
【助詞の話──とりあえず「で」】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=44104722

 恥の上塗りになったようだorz orz orz。


【可能表現における格助詞】(2009年06月25日06:43)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43919149
 
 の「12」と「13」を見て固まってしまう。
 助詞の問題のなかでは比較的簡単と思われたガとヲでもこんな話になってしまうのか。
 o( ̄ー ̄;)ゞううむ
 どんどん深みにはまって行く感じがする。
 以下、若干表記をイジりつつ見ていく。順番は逆になるけど、まず「13」に関して。


●コメント「13」を巡って
 こっちのコミュに先行トピがあったのね。で、何が書いてあるのか……。

 コメント「1」。

  >「あれ?これフランス語で書いてあるよ。誰かフランス語ヲ読める人いない?」
  >「ジェフさんがフランス語ヲ読めるよ」

 質問文に出てくるヲは、ガにするほうがいいと思う。
 問題は回答文。たしかにこの文脈ならヲ使う。主として、直前に別の「が」があるからだろう。
 ただ、文脈を重視するなら、ここでイチバン素直な答えは「ジェフさんガ読めるよ」だと思う。ってことは、「ジェフさんガ読めるよ、フランス語ヲ」ってこと?

 コメント「2」。
 なんと申しましょうか、よくわからない(こういう書き方はよくないのだろうが、わからないものはわからない)。コメント不能。ご本人も「思いつきで書いたこと」と書いているのでスルーする。

 コメント「3」「4」。
 文字化けしているのでスルー、というのは冗談です。
〈ヲを使う方が自然な例〉として3例をあげている。

  1)
  A:人口飼育で育ったライオンでも、子供ヲ育てられるでしょうか。
  B:大丈夫でしょう。

  2)
  A:針に糸ヲ通せますか。
  B:ええ、もちろんですよ。
  (針の穴に通すものは、常識的に考えて糸以外の何物でもない)

  3)
  A:今度のパーティーに太郎さんヲ呼べる(?)
  B:人数に余裕があるから大丈夫です。

 1)2)はガでいいと思う。3)はたしかにヲのほうが自然だろう。理由はよくわからないorz。

 コメント「5」。
 当方の文法力では理解不能。
〈他動性(transitivity)が高いものほど、目的格にはヲを取りやすい〉ので、「なぐる」「打つ」「殺す」などはヲのほうが自然な場合があるとのこと。

  >(5)弁慶は義経{ガ/ヲ}なぐれる。忠義のためなら。
  >(6)教師は生徒{ガ/ヲ}なぐれない。法に触れる。
    >しかし親はその子ども{ガ/ヲ}なぐれる。教育上必要なら。
  >(7)戦争なら兵士は人{ガ/ヲ}殺せる。

 (5)~(7)はガでもいいと思う。

>「行く」「渡る」は意味的には自動詞的だが、ヲ格をとる。
  >(8)僕はこの道ヲ行く。
  >(9)我々はこれからこの橋ヲ渡ります。

 ここまではそのとおりだと思う。

>これであっても可能動詞にしてもヲを付けたい。
  >(10)僕らはこの道{ガ/ヲ}行ける。
  >(11)我々はこの橋{ガ/ヲ}渡れます。

 (11)は「ガ」でもいいと思う。(10)はよくわからない(後述の【2】参照)。


●コメント「12」を巡って
 まず、コメント「12」の全文を引く。

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可能形でも、目的語をヲ格で標示する方が自然な場合もあるのではないでしょうか。
たとえば

  山田君は、100m{ヲ/??ガ}10秒で走れます。

この場合は、むしろ、「100mガ」とはほとんど言えないと思うのですが。(私だけ?)
================================

 いろいろなことが絡んでいて、訳がわからない。
 思いつくままに書いていく。

【1】これは例の「ヲ」と「デ」の話と関係するのか
  1)グラウンド{ヲ/デ}走る……ヲが自然(デもアリ?)
  2)プール{ヲ/デ}泳ぐ……デが自然(ヲもアリ?)
  1)の可能形 グラウンド{ヲ/デ/ガ}走れる……ヲが自然(デもアリ?)
  2)の可能形 プール{ヲ/デ/ガ}泳げる……デが自然(ヲもアリ?)

【2】自動詞的な動詞は可能形も「ガ」をとりにくいのか
  3)山田君は、100m{ヲ/ガ/―}10秒で走る……ヲもしくは―が自然
  4)山田君は、100m{ヲ/ガ/―}1分で泳ぐ……ヲもしくは―が自然
  5)山田君は、1リットルの水{ヲ/ガ/―}10秒で飲む……ヲが自然
  3)の可能形 山田君は、100m{ヲ/ガ/―}10秒で走れる……ヲもしくは―が自然
  4)の可能形 山田君は、100m{ヲ/ガ/―}1分で泳げる……ヲもしくは―が自然
  5)の可能形 山田君は、1リットルの水{ヲ/ガ/―}10秒で飲める
   ……ヲが自然だが、この場合はガもアリなのでは。

【3】そもそも3)の文は、そのままで可能形なのではないか
  6)山田君は、100mヲ10秒で走る
  7)山田君は、100mヲ10秒で走れる

 6)と7)はほぼ同義ではないか。この文形がどの程度特殊なものなのかは不明。
 4)の文を少し変形する。山田君は遠泳ガ得意だとする(この文は「山田君が遠泳ヲ得意だとする」ともできる)。

  山田君は、20km{ヲ/ガ/―}泳ぐ
   ……ガは不自然。ヲもやや不自然? 自然なのは―かハ?
  山田君は、20km{ヲ/ガ/―}泳げる
   ……ガは不自然。ヲもやや不自然? 自然なのは―かハ?

伝言板 板外編3──文語調の表現は避ける

「押しも押されぬ」という表現に関して質問をいただいたので、「赤い本」の記述から抜粋します。質問内容に関しては、下記をご参照ください。
【足跡帳NO.4】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=940827597&owner_id=5019671


【練習問題33】
 次の表現を、読みやすい印象の表現に書きかえてください。
  1)可及的速やかに
  2)~という特徴を有しています
  3)明日、会議を行います
  4)会議を開始します

 ここであげたのは、「文語調」で堅苦しく感じられる表現です(「文語調」というのは適切な表現ではありませんが、こう呼ぶことにします)。

 まず、書きかえ案をあげておきます。
  1)可能な限り速やかに
  2)~という特徴をもっています
  3)明日、会議を開きます
  4)会議を始めます

 1)の「可及的速やかに」は、「お役所言葉」などと呼ばれる類の表現です。ふつうの文章の中で、このような表現を使う人はいないでしょう。書きかえ案でも構いませんが、「できるだけ速く」ぐらいにすれば、もっと読みやすい印象になります。
 2)の「有する」という言葉は、たいていの場合、「もつ」に書きかえても問題がありません。ただしこの例文の場合は、「~という特徴がある」にしたほうがもっと読みやすい印象になります。
 3)の「行う」という言葉も、できるだけ避けたほうが無難です。とくに過去形の「行った」は「オコナった」とも「イった」とも読めてしまうので、使うべきではありません。「明日、会議をします」としても構いませんが、ニュアンスが少しかわる気がします。
 4)「開始する」は、「開」と「始」という意味が似ている言葉をダブらせている動詞です。こういう動詞は、片方の言葉などを使って書きかえたほうが読みやすい印象になります。
  ・停止する→止める/やめる
  ・使用する→使う/用いる
  ・軽減する→軽くなる/減る
  ・提示する→示す
 ただし、書きかえることによってニュアンスが大きくかわる場合もあるので、無理をしてまで徹底する必要はありません。


【Coffee Break】

文語調の誤用

【練習問題34】
 次の文のどこがヘンなのか考えてください。
  1)この旅館には、同じ間取りの部屋がひとつとない。
  2)ホームラン王になった彼は、押しも押されぬ4番打者に成長したといえるだろう。

 ここであげた表現はデス・マス体で使うことが少ない気がするので、例文をデアル体にしました(このあとも同様の理由で例文をデアル体にする場合があります)。
「立派に見える」と考えられるためか、文語調の表現はとくに必要がないときにも使われることが多いようです。誤用もよく目にするのは、意味をよく考えずに形だけをマネしようとするせいでしょうか。
 1)は「ひとつと」の使い方がヘンです。「ふたつと」にするべきでしょう。「ふたつとない」にすれば間違いではなくなりますが、依然としてヘンです。「ふたつとない」は、「(世界中を探しても)めったに例がない」ぐらいの強い表現ですから、この程度のことで使うべきではありません。「この旅館は、すべての部屋の間取りが違う。」ぐらいで十分でしょう。
 2)の「押しも押されぬ」を、「押すに押されぬ」としている誤用もよく目にします。正しい使い方は、「押しも押されもせぬ」です。
 この場合も、「押しも押されもせぬ」に直してもヘンな感じが残ります。「押しも押されもせぬ」という強い表現と、文末の「~だろう」がチグハグな印象になっているからです。「不動の4番打者」ぐらいで十分でしょう。「ホームラン王」になったほどの選手ですから、「球界を代表する4番打者」としてもよいかもしれません。

【追記】
 文中で「押すに押されぬ」を誤用としているのは間違いです。
 下記をご参照ください。<(_ _)>
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-292.html



伝言板 板外編3──文語調の表現は避ける〈2〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2020.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【7】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1789673749&owner_id=5019671

mixi日記2011年11月23日から

 下記の続き。
【伝言板 板外編3──文語調の表現は避ける】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=990061731&owner_id=5019671

 ちいと必要があって、「いえよう言葉」関する「赤い本」の記述から抜粋します。


●「~といえよう」は避ける

【練習問題35】
 次の表現を、読みやすい印象の表現に書きかえてください。
  1)問題といえよう
  2)問題となろう 
  3)問題があろう
  4)問題がなかろう

 ここにあげた文末は、いずれも避けたほうが無難です。それぞれ、次のように書くほうが読みやすい印象になります。
  1)問題といえよう↓問題といえるだろう
  2)問題となろう ↓問題となるだろう
  3)問題があろう ↓問題があるだろう
  4)問題がなかろう↓問題がないだろう
 もう少し細かく見ていきましょう。1)~3)は、デス・マス体で次のように書くこともできます。
  1)問題といえましょう
  2)問題となりましょう
  3)問題がありましょう
 ふつうの文章では避けたほうが無難という点は、「~といえよう」などの文末と同様です。
 少しよけいなことを書くと、2)のような使い方の「と」は、原則として「に」にしたほうが読みやすい印象になります。すべてを「に」にしたほうがよい、ということではありません。本書では、「と」でも「に」でもよい場合には「に」を使っていますが、例外もあります。たとえば、この項の冒頭近くで〈「避けたほうが無難」などとして〉〈「避けたほうが無難」として〉と、2カ所も「と」を使っています。「に」にするべきか迷いましたが、語感が悪くなる気がしてやめました。このほか、「一体となる」「一丸となる」のような慣用句も、「に」にすると不自然です。
 3)の「問題があろう」は、同じ「あろう」を使っていても「問題であろう」なら、堅苦しい感じがずっと軽くなります。ふつうの文章でも、目にすることが多い形です(【Coffee Break】参照)。
 3)4)の「あろう」と「なかろう」は、文末以外でも使われることがあります。「問題があろうがなかろうが、とにかくやるしかない」という使い方なら、例文とは用法が違うのでさほど堅苦しさが感じられません。これも「問題があってもなくても、とにかくやるしかない」ぐらいにしたほうがよい気はしますが。


【Coffee Break】

「~といえよう」はよく見かけるが……

●「~といえよう」を毛嫌いするきわめて個人的な理由
「~といえよう」に類する表現は、乱用しなければ問題はないのかもしれません。きわめて個人的な理由で、この表現を毛嫌いしているところがあります。気になりはじめたのは、第2章でも書いたレジャー関係の業界誌の仕事したことがきっかけです。
 業界関係者が書いた原稿の中に、「~といえよう」に類する文末が頻繁に出てきました。【練習問題35】としてあげたもののほか、「できよう」「わかろう」「されよう」「輝こう」「明るかろう」……など、「だろう」という言葉が禁句になっているような印象でした。「いくらなんでもこんな使い方をしない」と思った表現もあります。
 前項で「どんなにむずかしい故事でも、それにふさわしい雰囲気の文章の中で使うのなら」ヘンではない、と書きました。文語調の言葉も、同様です。それなりの文章の中で適切に使うのならヘンではありません。ただし、ふつうの文章の中ではむやみに使わないほうが無難です。

【板外編18】2つの「ハ、」

 下記の仲間。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-category-12.html

 下記の仲間でもある。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1354427241&owner_id=5019671

mixi日記2010年月日から。

 ちょっと事情があって、「赤い本」に書いたことをアップする。
 諸般の事情があって『日本語練習帳』のことを持ち上げているが、これは「慇懃無礼なほめ殺し」をしたつもり。それでもこの部分はけっこう役に立つと思ってた。あとになって読み返した感想は、下記参照。これでホントに「毒抜き編」なの?
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-592.html


II 文法を「役に立てる」ことができるのか
 文法の知識は、文章を書くのに役立ちます。しかし、極論であることを承知でいってしまえば、「知っているに越したことはない」という程度のことです。必ず知っていなければならないことではありません。
『日本語練習帳』の「II 文法なんか嫌い-役に立つか」は、「ハとガの使い分け」を解説している章です。日本語の構造を理解するのに重要な「ハ」と「ガ」にテーマを絞りこんだ着眼点は、みごととしかいいようがありません。
「ハ」の代表的な働きとして次の4点をあげ、それぞれの違いを解説しています。
  1)問題(topic)を設定して下にその答えが来ると予約する
  2)対比
  3)限度
  4)再問題化
 この「ハ」に関する記述の中で、ぜひふれてほしかったことをあげておきましょう。
『日本語練習帳』の練習11)の例文中に、次の文があります。

 毎年のように日光植物園を訪ねながらも、あのリョクガクザクラに魅せられながらも、樹といわれてそうした花木を思いうかぶことがないのは、樹の本当の姿かたちとは、それとすこし違ったものだ、ときめこんでいるからであろう。
(中村稔「日光植物園のリョクガクザクラ」、『日の匂い』所収)

 例文中のほかの「ハ」の使われ方と違い、この一文は、
  ・ないのハ、(大設定)  ↓きめこんでいるからであろう。(大結び)
  ・姿かたちとハ、(小設定)↓すこし違ったものだ(小結び)
 という形で、ひとつの設定と結びの間に、もうひとつの設定と結びがあることが指摘されています。しかし、問題点がある例として取りあげておいて「この文章は明るくなだらかで、よく分かる文章ですから、こんなふうに分析的な扱いをするのは、文章を傷つけるような感じさえする」と、擁護するかのような文章が続くのは、理解できません。
 たしかに、この文章はやさしい感じがして雰囲気もあり、なんとなく読めてしまいます。しかし、言葉の点で考えると疑問を感じるところが多い文章です(細かな点については後述します)。
 ここであげた一文は、長すぎることがまず気になります。何字を超えると「長い」と感じるのかは感覚的な問題であり、諸説あるところです。ここでは、『日本語練習帳』の中にも再三出てくる100字を基準にして、「長い」といっておきます(一文の長さに関しては★ページ参照)。
 さらに、ここで問題になっている二重の設定と結びは、基本的に避けたほうがよい文章構造です。どうしても避けられないときは、大設定のあとに「、」を打ち、小設定のあとには「、」を打たない、という応急処置でわかりにくさが緩和できます。先の例文も、「姿かたちとハ、」の「、」を取り除いてみると、多少マシになることがわかるはずです。
 こう書いてしまうと、主語のあとに「、」を打つ、という考え方と同じようにも見えますが、少し違います。重要な「、」を生かすために重要ではない「、」を削除すると、結果的に主語のあとの「、」が多くなるだけです(句読点に関しては★ページ参照)。
 練習14)に出てくる文章にも、似たようなことがいえます。
 
 言うまでもなく、明治憲法下の法典編纂事業は、まず第一次には、安政の開国条約において日本が列強に対して承認した屈辱的な治外法権の制度を撤廃することを、列強に承認させるための政治上の手段であった。  (川島武宜『日本人の法意識』)

「まず第一次には、」の「、」を取ってしまえば、多少マシになります(この場合はいっそ「は」を削除して「まず第一次に」としてしまったほうがよいかもしれません。「は」を削除するなら、「、」を残して「まず第一次に、」にするほうがよい気がします)。重要な「問題設定」のためのハを生かすために、重要でない「対比」のためのハの扱いを軽くしてしまうのです。ちなみに、「まず第一次に」は重言だと思いますが、ここでは語句の話にはふれずにおきます(重言に関しては★ページ参照)。

【研究課題3】1)のヒントは↓★ページ/2)のヒントは↓★ページ
『日本語練習帳』の66~67ページに次の記述があります。

  まず次のような表現が浮かぶでしょう。
  「ユンゲ・ウエルト」は十七日報じた。さる五日に……
 これでも一応いい。しかしややぎこちない。
  a「ユンゲ・ウエルト」(十七日)の報道によれば、……
  b「ユンゲ・ウエルト」(十七日)によれば、
 a、bのどちらでもいい。ともかく、最初に全体の枠を示してしまう。その次に事柄を書く。
 さる五日にドレスデン駅で、プラハにある西ドイツ大使館にいた出国希望者を輸送する列車に乗ろうとして、運行を妨害した青年三人が、ドレスデン地裁で、三年六月から四年六月の懲役と千東ドイツ・マルクの罰金の実刑判決を受けた。
  これは原文と少し違うのです。それは「ドレスデン駅で、」「青年三人が、」の二カ所にテン(読点)を加えたことです。事柄が幾重にも重なっていて、続き具合が不明だから分かりにくい。そこで、テンを加えて、多少なり切れ目を示したのです。

 この記述について、2つのことを考えてください。
 1)〈「ユンゲ・ウエルト」は十七日報じた。さる五日に……〉という書き方が、「ややぎこちない」のはなぜでしょうか。
 2)「二カ所にテン(読点)を加え」ても、この例文は依然としてわかりにくい印象があるようです。できるだけ小さな修正でマシな文にするには、どうすればよいのでしょうか。

●「ガ」か「ヲ」か

【練習問題1】
 次の2つの表現がどう違うのか考えてください。
  1)本ガ読める
  2)本ヲ読める

 文法の知識がどのようなときに役立つのか、2つの例で考えてみましょう。
 本書の★ページ★行目で、「(という応急処置で)わかりにくさが緩和できます」という表現を使いました。この表現は、「……わかりにくさを緩和できます」とすることもできます(「……わかりにくさを緩和することができます」とすることも可能ですが、ここでは除外します。「~ことができる」に関しては★ページ参照)。
 ガでもヲでもよさそうですが、本来はガにするべきです。その理由を考えるために、もう少し簡単な例を【練習問題1】にしました。
 2つの表現を見比べて、ガを使っている1)のほうが自然に感じられるかたは、すぐれた言葉の感覚の持ち主です。こう書いている当人は、ヲでもさほどヘンではない気がしています。「本当はどちらが正しいのか」と考えようとするときに役立つのが、文法の知識です。
 文法書などを見なくても、ふつうの国語辞典の「ガ」の項目に答えが出ています。用法のひとつとして「好悪、希望、可能などの対象を示す」といった記述があるはずです。具体例をあげると次のようになります。
  ・本ガ好きだ(好悪)
  ・本ガ読みたい(希望)
  ・本ガ読める(可能)
 さらに、この用法に関してはガのかわりにヲを使う例もふえている、と記載している辞書もあります。「本来はガを用いるべきで、ヲも許容される」というのが、文法的な考え方になるのでしょう。
 さすがに、「本ヲ好きだ」には抵抗を感じられるかたが多いはずです。「本ヲ読みたい」「本ヲ読める」はどう感じますか。
 このガとヲの問題は、「前後にガが目立つ」などの理由がある場合を除き、できるだけガを使うべきだとは思います。しかし、ヲはあくまで許容なのだからガを使うのが正しい、と強く主張する気にはなれません。
 もう一度はじめの例を見てみましょう。
  ・わかりにくさガ緩和できます
  ・わかりにくさヲ緩和できます
 この2つの表現は、「本ガ読める」と同様に「可能」を表しています。本来はガを用いるべきでしょうが、ヲを使ったほうが語感がよくありませんか。
 これは、ヲも使われるようになった経緯を考えると、当然なのかもしれません。本来はガを使うべきだったのに、ヲを使う例がふえてきたのには、それなりの理由があるはずです。ほかにも理由はあるにしても、語感のよさが大きな理由のひとつだったと思います(ほかの理由を説明すると長くなるので、ここでは「語感」という多少あいまいな言葉だけをあげておきます)。
 一般に、文法的には間違っていても定着する用法は、正しい用法よりも語感がよいことが多いようです。このことは、言葉の問題として取りあげられることが多い「ラ抜き言葉」(★ページ参照)のことを考えると、わかりやすいと思います。

●「ノ」か「ナ」か

【練習問題2】
 次の表現のうち、言葉の使い方が間違っているのはどれなのか考えてください。
  1)最適ノ人選
  2)最適ナ人選
  3)最悪ノ人選
  4)最悪ナ人選

 これもふつうの国語辞典で解決できる問題です。
「最適」は、名詞でもあり、形容動詞でもあります。1)の「最適ノ」は、名詞の「最適」に助詞の「ノ」がついた形です。2)の「最適ナ」が形容動詞の活用形のひとつであることは、ご存じのかたも多いでしょう。
 一方「最悪」は名詞でしかありませんから、「最悪ノ」の形では使えても、「最悪ナ」の形では使えません。したがって、4)の「最悪ナ人選」が間違った言葉の使い方ということになります。

 ここであげた「ガとヲ」の話や「ノとナ」の話は、言葉に敏感な人には無意味なものかもしれません。文法の知識などはなくても、感覚的に理解して使い分けることができているからです。
 しかし、言葉の問題で疑問を感じたときに、文法の知識をもっていたほうが解決しやすいことは理解していただけたと思います。先に文法について「知っているに越したことはない」という程度、と書いたのは、こういった理由からです。


【Coffee Break】

なぜ「最適」にはノもナもつくのか
 はじめにお断りしますが、この【Coffee Break】の内容は根拠が不確かな推論です。半信半疑でお読みください。
「最適」という言葉は、「最適ノ」の形でも「最適ナ」の形でも使われることは、本文で紹介したとおりです。名詞と形容動詞の両方の働きをもっている言葉は、ほかにもたくさんあります。ところが、「最適」のように両方の使われ方をされる言葉は、そう多くありません。たとえば、「適切」は「適切ナ(人選)」の形で使われます。名詞の働きをもっていても、「適切ノ(人選)」という表現を使う人はいないでしょう。
 そこで思いついたのが、「最適」も本来は「最適ナ」としか使われなかった言葉なのでは……という推論です。
 では、なぜ「最適ノ」が使われるようになったのでしょうか。
「最適」に似た印象の言葉を考えてみると、「最新」「最大」「最高」など、いくらでもあげられます。これらの言葉はいずれも名詞で、「〇〇ナ」の形では使われません。しかも「最新版」とか「最大公約数」という使われ方があっても、圧倒的に多いのは「〇〇ノ」の形です。この印象が強いため、「最適ノ」が許容されるようになった気がします。
「異質」も、同じように「同質」「変質」などの名詞の影響を受け、「異質ノ」が許容されたのではないでしょうか。
 特殊な例と考えられるのは「無用」です。「無用ナ」は、文法的には問題がなさそうなのに、あまり見かけません。おそらく、これは「無用」という言葉がもともと使用頻度が低いうえに、「無用ノ長物」や「無用ノ用」という慣用句の印象が強いためです。この「無用ノ」の印象の強さが、発音や意味がよく似ている「同様」や「不要」に影響を与えたと考えられます。そのため、本来は「同様ナ」や「不要ナ」の形でしか使われなかったのに、「同様ノ」や「不要ノ」も許容されるようになったのではないでしょうか。
「最適ノ」「異質ノ」「同様ノ」「不要ノ」に共通しているのは、「〇〇ノ」のほうが「〇〇ナ」よりも語感がよいことです。この点も、本来は「ナ」ではなかったのか、と思わせる一因になっています。


【コラム・遠慮がちな書きかえ案】
『日本語練習帳』の練習11)の文章の全文を転載し、疑問に感じた点と、第2章以降で紹介する「明文」を書くための原則に反する箇所をあげてみます。文末、表記、句読点の問題にはふれません。
 本来、他者が書いた文章にこのようなコメントをつけることは許されないことだと思います(★ページ参照)。文章のもっとも大切な部分をないがしろにした行為だからです。しかし文章の書き方に関する本の例文として、他者が書いた文章を取りあげるなら、最低限の指摘はしておくべきだと思います。

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 いったい、サクラにしてもコブシにしても、開花している樹にはある種の謎めいた妖しさがあり、ひきこまれるような美しさがある。樹の花には私たちを酩酊させ夢心地にいざなう魔力があって、そのために、私たちはサクラが咲けばその樹の下に筵をしいて酒を酌みかわし、放歌高吟したりすることになるのかもしれない。毎年のように日光植物園を訪ねながらも、あのリョクガクザクラに魅せられながらも、樹といわれてそうした花木を思いうかぶことがないのは、樹の本当の姿かたちとは、それとすこし違ったものだ、ときめこんでいるからであろう。私の心にある樹はいつももっと雄々しく、りりしく、すっくと大地から立っていて、心を惑わすような妖しい美しさとは無縁なのである。
(中村稔「日光植物園のリョクガクザクラ」、『日の匂い』所収)
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3行目 「そのために」「その」/指示語の減らし方(★ページ参照)
4行目 「酒を酌みかわし、放歌高吟したりする」/「~たり」の使い方(★ページ参 照)
5行目 「あの」/指示語の減らし方
6行目 「そうした」「それ」/指示語の減らし方
6行目 「花木を思いうかぶ」/「花木を思いうかべる」もしくは「花木が思いうかぶ」 にするべきと思われる
8行目 「大地から立っている」/「大地から伸びている」もしくは「大地に立っている」 にするべきと思われる

【板外編13】接続詞の使い方

 お品書きは下記参照。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-132.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=890371504&owner_id=5019671

接続詞の減らし方■■■■■■■■■■■■■■■■■「赤い本」のp.150~

 接続詞という言葉は、「文章読本」のなかでよく見かけます。本書の★ページでも、注釈もつけずに使いました。
 しかし、接続詞の正確な定義はむずかしく、ある言葉が接続詞か否かを見極めるのは簡単なことではありません。本書では、一般の使われ方よりも広い意味で、接続詞という言葉を使うことにします。多少あいまいな部分も出てくるかもしれませんが、文法用語の厳密な意味を考えるのは本書の役割ではないからです。
 本書では、「文頭に用いられて少しでも前の文に関係するニュアンスのある言葉」を、すべて接続詞として扱います(たとえば「そのあとに」「おそらく」など)。

●一文を短くすると接続詞も減らせない

【練習問題13】
 接続詞が目立つ文章がなぜヘンなのか、理由を考えてください。

 接続詞も多くの「文章読本」の中で悪者扱いされ、だいたい「接続詞は減らしなさい」と書かれています。たしかに、接続詞が目立つと説明調が強くなってヘンな文章になりますが、一文を短くすると接続詞は減らせません。この点で、接続詞と指示語はよく似ています。
 接続詞を減らすと一文が長くなることは、簡単に説明できます(便宜上、〈原文〉の各文に番号をつけ、改行しました)。

 〈原文1〉
1)「文章読本」は「接続詞は減らしなさい」といいます。
2)しかし、一文を短くすると接続詞は減らせません。
〈書きかえ文1〉(1)2)を結合した文)
「文章読本」は「接続詞は減らしなさい」といいますが、一文を短くするとそんなことはできません。

〈原文2〉
1)接続詞を減らすと、必然的に一文が長くなります。
2)それなのに、「文章読本」は「接続詞を減らしなさい」という一方で「一文を短くしなさい」といいます。
3)そのため、読者はどんな文章を書けばよいのかわからなくなってしまいます。
〈書きかえ文2-1〉(1)2)3)を結合した文)
 接続詞を減らすと必然的に一文が長くなるのに、「文章読本」は「接続詞を減らしなさい」という一方で「一文を短くしなさい」というため、読者はどんな文章を書けばよいのかわからなくなってしまいます。

〈原文1〉と〈書きかえ文1〉のどちらの書き方を選ぶかは趣味の問題で、どちらがよいのかは決められないはずです。
〈書きかえ文2-1〉は、1)2)3)の3つの単文を一文にしているので、ややわかりにくくなっています。こんなことをするぐらいなら、〈原文2〉のままにしておくほうがよほどマシです。接続詞が使われている文が2つ続くのが気になるなら、全体を2つの文にすることを考えればよいでしょう。

 〈書きかえ文2-2〉(1)2)を結合した文)
 接続詞を減らすと必然的に一文が長くなるのに、「文章読本」は「接続詞を減らしなさい」という一方で「一文を短くしなさい」といいます。そのため、読者はどんな文章を書けばよいのかわからなくなってしまいます。
〈書きかえ文2-3〉(2)3)を結合した文)
 接続詞を減らすと、必然的に一文が長くなります。それなのに、「文章読本」は「接続詞を減らしなさい」という一方で「一文を短くしなさい」というため、読者はどんな文章を書けばよいのかわからなくなってしまいます。

〈書きかえ文2-2〉と〈書きかえ文2-3〉のどちらがよいのかは、微妙な問題です。
 おそらく〈書きかえ文2-2〉のほうがややマシで、理由は2つ考えられます。ひとつは、★ページで書いたように、結論にあたる部分は原則的に単文にしておいたほうがよいためです。この場合は、結論にあたりそうな3)が単文になっている〈書きかえ文2-2〉のほうがよいということになります。もうひとつは、〈書きかえ文2-3〉の2)と3)を結合した文が少しもたついている感じがすることです。しかし、〈書きかえ文2-3〉にしてはいけない、というほどの問題ではありません。

●接続詞は本当に悪者なのか

【練習問題14】
 次の1)と2)に続いて、どのような内容の文が来るのか考えてください。
  1)接続詞が目立つと説明調が強くなってヘンな文章になります。しかし……
  2)接続詞が目立つと説明調が強くなってヘンな文章になります。したがって……

 接続詞には、次の文がどのような内容になるかを示す目印の働きがあります。
 1)の文章ならこのあとに「一概にはいえない」というような反論が来ることが予想でき、2)の文章ならこのあとに「接続詞を減らしたほうがよい」というような意見が来ることが予想できます。適切な接続詞は文章の目印であり、必ずしも悪者ではありません。したがって、接続詞が多いほうが文章の流れがわかりやすくなるのでどんどん使いましょう、といいたいぐらいです(接続詞を使うメリットはほかにもあります。★ページ参照)。
「接続詞を使わないと文章が書きにくい」と感じている人は、遠慮せずに使って構わないと思います。無理に減らそうとして一文が長くなるよりは、ずっとマシです。
 そのかわり、書き終わった文章をよく見てください。接続詞を削除して前後の文章を結合してもあまり一文が長くならないところがあるはずです。あらためて見てみると、削除してもヘンではない接続詞が見つかることもよくあります。たとえば、この文の★行前に「したがって、接続詞が多いほうが……」と書かれている「したがって、」は、削除しても問題がないはずです。
 何かを説明しようとする文章(たとえば本書のような内容の文章)は、できるだけ次の文の内容を示す目印をふやしたほうがわかりやすくなる気がするため、とくに接続詞が多くなる傾向があります。しかし、書いているときにはそんな気がしても、あとから見直してみると、目印なしで内容が十分に伝わっていることも多いはずです。
 接続詞を減らす方法は、ほかにもあります。
「おそらく」や「たぶん」は、文末にデショウを使うなど、ほかの表現で推量であることを示せば消せることが多い接続詞です。「なぜなら」「つまり」という接続詞も、たいていの場合、削除しても影響がありません(★ページ参照)。このように、あとから見直せば消せる接続詞はたくさんあるのですから、書くときには、意識して減らそうとしなくても大丈夫です。
 ただし、これは前の文と次の文をつなぐ接続詞の話です。文の途中にあって前後をつないでいる接続詞は、一文を長くする原因になります。文の途中に接続詞を使うぐらいなら、そこで文を分割したほうがよいことも多いはずです。

 〈原文3〉
 接続詞は、前後の文をつなげる働きがある言葉で、したがって、文の途中に接続詞を使うと、いくつかに分けて書くべき文がつながってしまいます。
〈書きかえ文3〉
 接続詞は、前後の文をつなげる働きがある言葉です。したがって、文の途中に接続詞を使うと、いくつかに分けて書くべき文がつながってしまいます。

「前の文を受ける接続詞以外は使わない」を原則にしてみてください。指示語の場合は同様の原則を提案しようとしてあまりの例外の多さに断念しましたが、接続詞については、この原則で問題がないと思います。


【Coffee Break】

「また」「さらに」「そして」「ちなみに」の法則
 仕事で文章を書きはじめたばかりのころ、健康雑誌の仕事をしたことがあります。編集部の方針で、デス・マス体で極力一文が短い原稿を書くことになっていました。この前提があって医学の専門知識を説明しようとすると、接続詞を多用することになり、なんとも形容のしがたいヘンな文章になってしまいがちです。原稿が書けずに四苦八苦していると、先輩がアドバイスをしてくれました。
「書き方に困ったら、『また』『さらに』『そして』『ちなみに』の順番で接続詞を使うといい」
 そのとおりにしてみると実に便利で、どんな原稿を書くときにも使えそうな気がしたほどです。あまりにも便利なため、数回使ったあとは禁じ手にして封印しました。便利な表現というのは、ほとんどがワナです。どんな原稿を書くときにも使えるなら、よほどのことがない限り、使ってはいけません。便利だと思って多用すると、表現が画一的になってしまいます。
 この経験があるので、接続詞に対してあまりよい印象がありません。しかし、それは接続詞に問題があるのではなく、使い方に問題があるのだと思います。
 接続詞が悪文の原因と考えられてしまいがちなのは、稚拙に見える文章で乱発されていることが多いからではないでしょうか。第1章(★ページ)で取りあげた「けさ学校に来るまでのできごと」をテーマにした〈作文1〉を例に考えてみましょう。

【練習問題15】
 次の〈作文1〉は接続詞が目立ってヘンになっています。接続詞を減らすだけでマシな文章にできるのか考えてください。
  私はけさ7時に起きました。まず、顔を洗いました。そのあとに、歯を磨きました。それから、朝ごはんを食べました。それから、家を出ました。そして、ホームルームの10分前に、学校に来ました。

【練習問題15】にした文章は順番に事実を並べただけなので、「まず」「そのあとに」などの接続詞は削除しても構いません。これらの接続詞がなくても、行動の前後関係は明らかだからです。では、すべての接続詞を削除すればマシになるでしょうか。

 〈書きかえ文1〉(すべての接続詞を削除した文章)
 私はけさ7時に起きました。顔を洗いました。歯を磨きました。朝ごはんを食べました。家を出ました。ホームルームの10分前に、学校に来ました。

 同じことを書いているのに、事実を並べただけの単調さがもっと強調されていませんか。一文が極端に短いので、稚拙でリズムが悪くなっています。こういう文章だと、つい接続詞をつけたくなってしまうのは、単調さを少しでも緩和しようとするためです。
〈作文1〉がヘンな文章になっているのは、接続詞が多いせいではありません。マシな文章にするためには、接続詞を減らすこと以外にも工夫が必要です。本書の第2章で説明している方法で、〈作文1〉を書きかえてみます。

 〈書きかえ文2〉(本書の第2章で説明した方法で書いた文章)
 けさ起きたのは7時です。まず、顔を洗って歯を磨きました。そのあとに、朝ごはんを食べてから家を出ました。学校に来たのは、ホームルームの10分前です。

 念のため、どこに注意して書きかえたのかを説明しておきます。
  1)「主述の入れかえ」をして文末に変化をつけた
  2)2つの単文を結合して、複文で書くことを基本にした
 1)をしたのは最初の文と最後の文です。体言止めを使うなら、原則(終わりの文よりは始まりの文に、長い文よりは短い文に使う)に従って、最初の文を体言止めにするべきです(その場合は、「けさ起きたのは7時。」にするより「けさの起床時間は7時。」にするほうが少しマシだと思います)。
 2)は書かれている内容を考えて、最初の文と最後の文を単文のままにしておきました。
 それほどたいへんな工夫をしたわけではありませんが、〈書きかえ文2〉は〈作文1〉や〈書きかえ文1〉に比べてかなりマシになっている気がしませんか。

〈書きかえ文2〉がすばらしい作文になっている、などというつもりはありません。単純に事実を並べたことにかわりはないからです。しかし、これ以上の書きかえ案を出そうとすると、内容にかかわってきます。すでに書いたことの繰り返しになりますが、それは本書の役割ではありません。
 ありがちなアドバイスをすることならできます。たとえば、「印象に残ったことにテーマをしぼって書きなさい」というのは簡単です。たしかにそのとおりですが、何もいっていないのと同じことだと思います。
「寝坊してあわてていたので国語の教科書を忘れてきたこと」を書きたいのなら、忘れてきたことに気づいた場面から書くと臨場感が出る。「朝ごはんで食べた大好物の卵焼きがおいしかったこと」を書きたいのなら、いままででいちばん記憶に残っている卵焼きの話を書けばいい……。
 もっともなアドバイスです。具体的な作品例まで出せば、「なるほど」と感心しておもしろい作文が書ける気にはなります。では、「登校途中に見かけた犬のこと」を書きたいときや、「弟とケンカをしたこと」を書きたいときはどうすればよいのでしょうか。書きたい内容が具体的にわからないと、アドバイスはできません。どんな内容のときにも通用する万能の書き方などはないからです。
 もっと根本的な問題も残っています。いくら考えても「印象に残ったことがない」と悩んでいる子供にはどのようなアドバイスをすればよいのでしょうか。「作文以外のことでがんばろうね」と励ますのが精一杯です。
 こういう問題を考えると、文章の内容について書かれた「文章読本」が、タメにはなっても役に立つことが少ないのは当然のことかもしれません。個人的な経験では役に立ったものもありますが、それは「自分が書こうと思った内容に関してはたまたま役に立った」というだけのことです。自分の発想法に通じるものがあったので参考になった、といういい方もできます。違うことを書こうとしている人にも役に立つとは限りません。
 たいていのテーマで使える汎用性の高いアドバイスもあるのでしょう。書きたいことを見つけるための有効なヒントもあるのかもしれません。しかし、それがどういうものなのか具体的にわからないため、本書では原則として文章の内容についてはふれないようにしています。


よけいな接続詞■■■■■■■■■■■■■■■■■■「赤い本」のp.234~

【練習問題25】
 次の1)~4)の文には、接続詞が使われています。A群の接続詞とB群の接続詞の性質について、共通点と相違点を考えてください。
  A群
  1)おそらく、いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題はないでしょう。
  2)たぶん、いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題はないでしょう。
  B群
  3)なぜなら、いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題がないからです。
  4)つまり、いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題がないということです。

 前後の文をつなげる働きをしている接続詞を、前の文を書かずにいきなり持ち出して性質について考えるのは無理な話かもしれません。多少ヒントになっているのは、★ページの「接続詞の減らし方」の項の記述や、この項の「よけいな接続詞」というテーマと例文の内容です。
【練習問題25】にした文の接続詞と文末の関係は、次のようになっています(1)2)の文末は★ページで紹介したようにいくつもの書きかえが可能です。3)4)の文末も書きかえが可能でしょうが、ここではこの形に限って話を進めます。文末を書きかえても、話の大筋には影響がないからです)。
  A群
  1)おそらく~でしょう(「推量」などを表す)
  2)たぶん~でしょう(「推量」などを表す)
  B群
  3)なぜなら~からです(「理由」などを表す)
  4)つまり~ということです(「結論」などを表す)
 A群とB群に共通しているのは、そのまま削除しても文意がほとんどかわらない点です。文末だけでも、文の意味が伝えられます。

  〈書きかえ文1〉
  A群
  1)いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題はないでしょう。
  2)いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題はないでしょう。
  B群
  3)いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題がないからです。
  4)いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題がないということです。

 A群とB群の相違点は、次のように文末をふつうの形に書きかえるとはっきりします。

  〈書きかえ文2〉
  A群
  1)おそらく、いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題はありません。
  2)たぶん、いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題はありません。
  B群
  3)なぜなら、いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題はありません。
  4)つまり、いくつかの接続詞はそのまま削除しても問題はありません。

 B群の〈書きかえ文2〉は、ややヘンな感じです。3)は「係り結ばず」の気配が濃厚で、4)は「前にある文章によってはヘンではないかもしれない」という微妙なところでしょう。
 以上のことをまとめると、次のようになります。
          A群              B群
        おそらく   たぶん      なぜなら    つまり
  働き    「推量」など 「推量」など   「理由」など  「結論」など
  接続詞+文末  〇      〇       〇       〇
  文末だけ    〇      〇       〇       〇
  接続詞だけ   〇      〇       ×        △
 A群の接続詞は、接続詞と文末をセットで使ってもよいし、接続詞を削除して文末だけで意味を表してもよいし、接続詞だけで使っても構いません。接続詞と文末をセットで使うと意味がダブり気味になりますが、趣味の問題の範囲で、重言とまではいえないと思います。
 B群の接続詞は、接続詞と文末をセットで使ってもよいし、接続詞を削除して文末だけで意味を表しても構いません。しかし、接続詞だけで使うときには、文末が「係り結ばず」にならないように注意する必要があります。
 ★ページで、「削除してもヘンでない接続詞が見つかることもよくあります」と書いたのは、具体的にはこういうことです。ここで例にあげた4つの接続詞は、そのまま削除しても問題がありません。
 ほかの接続詞について考えてみましょう。
 A群と同様に「推量」などを表す「あるいは」「もしかすると」は、用法で見ると「なぜなら」のタイプです。そのまま削除しても構いませんが、接続詞だけで使うとヘンな感じになります。「したがって」は意味的にも用法的にも「つまり」に近い感じがあり、そのまま削除できることが多い接続詞です。
 しかし、当然のことながらそのまま削除できない接続詞もあります。「逆接」などを表す「しかし」「ところが」などは、通常は削除できません。
 接続詞をそのまま削除できるか否かは、前後の文脈にもかかわってくるので、一概にはいえないことも多いようです。実際の文章の中で個々に考えるべきでしょう。★ページでも書いたように、文章を書いているときには神経質になる必要はありません。ただし、書きあがった文章を読み直して接続詞が多いと感じたときには、「そのまま削除できないか」「文末などを工夫すれば削除できないか」と考えてみてください。


【Coffee Break】

接続詞の「また」は原則として使わない
 本文ではふれていませんが、「また」もできるだけ削除したほうがよい接続詞です。
「転換」などの働きをもつ接続詞の「また」は、話題をかえるときなどに使います。これほど便利な接続詞もなく、「また」を使って「転換」してしまえば、それまでの文章の流れとは無関係の話を書いてもさほどおかしくありません。この点が大きな問題です。「また」を使わなければならないのは文章の流れが悪いからで、自然な流れの文章なら使う必要はありません。
 強引とは知りつつ、いいきってしまいます。
 接続詞の「また」が頻繁に出てくるのは、流れが悪いヘンな文章です。
 たいていの場合、「また」は改行したあとに使います。改行には「転換」の効果があるので、「また」をそのまま削除しても問題がないことが多いはずです。頻繁に改行しているために「転換」の効果が薄い文章は、改行の数を減らすのが先決になります。どうしても「また」を使わないとヘンなら、文章の流れを考え直すべきです。
 全体が長い文章なら、ごくまれに「また」が出てくるのはしかたがないかもしれません。しかし、短い文章の中で「また」が使われていると異様な感じになります。
 以前、ガイドブックの編集の仕事で、短い原稿の中に「また」が目立つ例を見ました。よくあるガイドブックの形式ですから、1物件を紹介する原稿量は300字足らずです。さすがに約300字の中に2回出てくることはなかったのですが、3物件分の原稿に1カ所ぐらいの割合で「また」が使われていました。すべてそのまま削除しても問題がなかったので、書き手の単なるクセだったのだと思います。


 接続詞に関しては、下記もご参照ください。
【第2章2】接続詞
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-76.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=900405956&owner_id=5019671

【接続詞(っぽい言葉)の役割──順接/逆接/並列・追加/対比・選択/説明・補足/転換】 【20130314改定版】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2727.html
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