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「悪夢」

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2009年07月30日のmixi日記から

「2つのお題を入れて何か文章を書け」という話がございまして。
 いくつかあるテーマのなかから「夏」と「夢」を選びました。
 ホントは「ホラー」っぽくしたかったんですが、どうもそういうのは苦手でうまくいかなかったようですorz。

 マイミク用とコミュのメンバー用で2つ用意しました(中身は同じです)。
 マイミクの方はコメントは下記にお願いします。
【「悪夢」──マイミク用】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1234774477&owner_id=5019671

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「悪夢」


「暑い」と考えるのもイヤになるような日が続いていた。熱帯夜の連続記録を更新……とニュースが伝えていた。

 アパートに帰り着くと、やっとの思いでスーツを脱ぎ捨て、ベッドの上に倒れ込んだ。
 誕生祝いにかこつけて、いささか飲みすぎてしまった。3軒目のスナックでの記憶といえば、裏ビデオを見たことを覚えているだけだった。

「イギリス製は珍しい」

 マスターは自慢していたが、異様なまでに巨大な男根と女性器のオンパレードのエロビデオは、ごく普通のものだった気がする。

〈三十面下げてやることじゃないな〉

 胃液が喉元まで這い上がってきて、たまらずに姿勢をかえる。内臓をやられているのかもしれなかった。横を向いているとやや気分が楽で、眠れそうな気がしてきた……。



 階段を駆け昇ると、ビルの屋上に出た。猛烈な日差しと熱気にめまいがしそうだった。
 すぐ脇の手摺りに凭れていた少年が、冷ややかな青い瞳をオレに向けた。タータンチェックのシャツに、似たような柄の半ズボンを着(は)いている。なんとなく日本人に近い顔付きをしていた。どこかで見たことがあるような気もしたが、思い当たらなかった。
 観察でもするかのようにしばらくの間オレを凝視(みつ)めていた少年は、興味がない、という様子で無表情のまま視線を手摺りの向こうに戻した。
 眼下には、恐ろしく広い川が流れていた。水は濁り切っていたが、ゆっくりとした速度で流れているのが判る。しかし、彼方に見える青空との境い目は、「水平線」と呼ぶのが相応しいような広がりを持っていた。
 一匹の魚が泳いでくるのが見えた。6階か7階はありそうなこの高さからはっきりと見えるのだから、かなりの大きさだ。尾ビレを懸命に振りながら泳ぐ姿には、何か切羽詰まったものが感じられた。

〈なんという種類の魚だろう〉

 と考えていたオレは、水平線を越えて視界に飛び込んできたものを見て唖然とした。それは、ちょっと信じられないほど大きな魚だった。前を行く魚の数十倍はあるだろうか。一瞬、鯨か何かだろうと思ったが、形状は鯖に似ていた。バタフライのようなダイナミックな動きで、凄まじいスピードで泳いでいる。2匹の魚の間は、みるみる間に縮まっていく。
 半ば放心状態でその光景を見ていたオレは、混乱している思考の焦点を定め、気持ちを落ち着かせようとした。

〈こういう現実離れした状況に直面した時、人はどんなことを思うのだろう……〉
〈……悪夢〉

 そんな言葉を思い付き、冷静さを取り戻した。

〈これは夢なんだ〉

 頭の片隅で、はっきりと意識した。急に気が楽になり、すでに視界から消えてしまった魚の次に登場するものを期待するような気持ちになった。
 水平線がしだいに明るくなってくる。白っぽい輪郭がゆっくりと盛り上がってきたとき、なぜか超特大サイズの化け猫が現われることを確信した。傍らの少年に目をやると、彼も事の成り行きに興奮しているようだった。目を輝かせ、頬を紅潮させている。
 姿を現わしたのは、化け猫ではなかった。半透明の球状の物体は、巨大なカエルの卵を思わせた。

「……!」

 意味の判らない言葉を発し、少年は得体の知れない物体を指差してオレに話し掛けようとした。しかし、オレを見たとたん、彼の表情が強張った。半分開けたままの唇を歪め、蔑みとも嘲りともつかない奇妙な笑いを浮かべた。
 彼の視線の行方に気付いて下を見たオレは、自分の下半身がいつの間にか剥き出しになっていることに動揺した。ふと見ると、少年の下半身も何もつけていない。その股間には、巨大なペニスが屹立していた。顔を上げたオレと視線が合ったとたん、少年が胸ぐらにむしゃぶり付いてきてオレの首を締めた。
 息苦しさに恐怖を感じ、訳の判らないまま、少年の顔を払う。さほど力を込めたつもりはなかったが、妙に生々しい手応えがあり、彼は悲鳴を上げてもんどり打った。
 尻もちを付き、涙と鼻血に塗れた顔に怯えを張り付かせた少年は、オレと視線が合うと再度悲鳴を上げた。自分でも、相当険悪な表情になっていることが判った。
 そのときになって、少し離れたところに髪の長い女が佇んでいることに初めて気付いた。少年のシャツと同じ柄のワンピースを着ているところを見ると、母親なのだろうか。少年の泣き声に慌てた様子も見せずに振り返った女の顔に、オレは跳び上がりそうになるほど驚いた。

〈K子……〉

 遠くで雷鳴のような音が響いた……。



 電話が鳴っていた。何度目かのコールで、オレは眠りの世界から引き戻された。
 手探りで受話器を取りながら、捩れて首筋に纏わり付いていたネクタイを外す。夢の中で聞いた音は、どうやら電話のコールだったらしい。

「もしもし?」

 半分眠ったまま電話口に向かったが、応答がなかった。かすかに雑音だけが伝わってくる。

〈いたずら電話だろうか〉

 無理にでもそう思おうとした。

「もしもし?」

 もう一度呼び掛けてみたが、相手は黙っていた。しばらくの間そのまま受話器を握っていると、コインの落ちる音がした。

〈公衆電話からなのか?〉

 車のクラクションの合い間にかすかな息遣いが伝わってくる。沈黙に耐え切れなくなったのは、オレのほうだった。

「K子……か?」

 返事はなかったが、確信を深めた。

「いまどこにいるんだ?」

 電話が静かに切れ、発信音に変わった。オレは受話器を架台に叩き付けた。

「バカ野郎!」

 そんな言葉が口をついて出た。それが本心からのものでないことは、よく判っていた。
 バスルームへ行き、顔を洗う。
 異様なまでに汗をかいていた。8月に入って夏真っ盛りなのだから、寝苦しいのはしかたがない。毎年誕生日の頃はこんなものだった。
 シャワーを浴びようかと思ったが、疲労感と酔いの回り方を考えてやめておいた。
 トランクス一枚になり、ベッドに横たわる。開け放している窓から、湿り気を帯びた風が入ってきた。煙草に火を点け、K子との日々を手繰り寄せる。改めて考えてみても、半年近くの付き合いがあったのに、オレは彼女のことをほとんど何も知らなかった。
 透き通るような白い肌、栗色の髪……4分の1イギリス人の血が混じっている、という言葉は、たぶん本当なのだろう。しかし、家族についてそれ以上のことは聞いたことはないし、彼女がどんな職業に就いていたのかさえも知らない。興味がなかったわけではない。オレが訊いても、彼女は何も教えてくれなかった。
 ただ、彼女のことを真剣に想っていたことは確かだ。

〈子供ができたかもしれない〉

 そう彼女が言ったとき、オレは本気で結婚を考えた。

〈子供は気紛れだから嫌い〉

 彼女は他人事のように言っていた。オレだって、正直なところ子供は苦手だ。だが……。

〈今日でお別れになったら、あなたは毎年誕生日が来るたびに、わたしのことを想い出してくれる?〉

 冗談のような口調で言ったK子の気持ちが、オレにはサッパリ判らなかった。そのことをオレが口にすると、彼女はかすかに笑った。笑みを浮かべながら、瞳にはなんの感情もこもっていなかった。横顔の美しさに見とれながら、恐怖にも似た感覚に囚われた。
 そして、K子はオレの前から姿を消した。あれからちょうど一年になる。

 短くなった煙草を揉み消し、オレはもう一度眠りに就こうとした……。



 穏やかな表情でオレを見ていたK子が体を手摺りに戻した。手をかざして照りつける日差しを遮りながら、眩しそうに目を細める。オレは自分が普通のチノパンをはいていることを確認して安堵のため息をもらした。

〈……〉

 K子が何か呟いたが、聞き取れなかった。かすかな笑みに冷たい感覚が甦る。
 水平線に目をやると、異様な物体が半分以上姿を現わしていた。内部に蹲っている生物の正体に気付き、オレは息を呑んだ。

〈オレの子供なのか……?〉

 さっきまでそこにいた少年の顔を、古いアルバムの中で見たことがあるような気がした。
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