【板外編9-2】文法はお好きですか?──やっぱりどう転んでも嫌いです

 下記の仲間。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-category-12.html

 下記の続きです。もはや【板外編】ではありませんが、成り行き上、【板外編9-2】になります。
【板外編9】文法はお好きですか?──そんな物好きな人はいません
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1207215683&owner_id=5019671

【助詞「で」の意味】(2009年06月23日 11:31)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43858161

 こちらの話は、tobirisuが無知をさらしてしまった気がする(泣)。
 下記のようなサイトも見つけた。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1011069790

 ただ、どうもシックリしないので、新たに他のコミュにトピを立ててみた。
【助詞の話──とりあえず「で」】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=44104722

 恥の上塗りになったようだorz orz orz。


【可能表現における格助詞】(2009年06月25日06:43)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43919149
 
 の「12」と「13」を見て固まってしまう。
 助詞の問題のなかでは比較的簡単と思われたガとヲでもこんな話になってしまうのか。
 o( ̄ー ̄;)ゞううむ
 どんどん深みにはまって行く感じがする。
 以下、若干表記をイジりつつ見ていく。順番は逆になるけど、まず「13」に関して。


●コメント「13」を巡って
 こっちのコミュに先行トピがあったのね。で、何が書いてあるのか……。

 コメント「1」。

  >「あれ?これフランス語で書いてあるよ。誰かフランス語ヲ読める人いない?」
  >「ジェフさんがフランス語ヲ読めるよ」

 質問文に出てくるヲは、ガにするほうがいいと思う。
 問題は回答文。たしかにこの文脈ならヲ使う。主として、直前に別の「が」があるからだろう。
 ただ、文脈を重視するなら、ここでイチバン素直な答えは「ジェフさんガ読めるよ」だと思う。ってことは、「ジェフさんガ読めるよ、フランス語ヲ」ってこと?

 コメント「2」。
 なんと申しましょうか、よくわからない(こういう書き方はよくないのだろうが、わからないものはわからない)。コメント不能。ご本人も「思いつきで書いたこと」と書いているのでスルーする。

 コメント「3」「4」。
 文字化けしているのでスルー、というのは冗談です。
〈ヲを使う方が自然な例〉として3例をあげている。

  1)
  A:人口飼育で育ったライオンでも、子供ヲ育てられるでしょうか。
  B:大丈夫でしょう。

  2)
  A:針に糸ヲ通せますか。
  B:ええ、もちろんですよ。
  (針の穴に通すものは、常識的に考えて糸以外の何物でもない)

  3)
  A:今度のパーティーに太郎さんヲ呼べる(?)
  B:人数に余裕があるから大丈夫です。

 1)2)はガでいいと思う。3)はたしかにヲのほうが自然だろう。理由はよくわからないorz。

 コメント「5」。
 当方の文法力では理解不能。
〈他動性(transitivity)が高いものほど、目的格にはヲを取りやすい〉ので、「なぐる」「打つ」「殺す」などはヲのほうが自然な場合があるとのこと。

  >(5)弁慶は義経{ガ/ヲ}なぐれる。忠義のためなら。
  >(6)教師は生徒{ガ/ヲ}なぐれない。法に触れる。
    >しかし親はその子ども{ガ/ヲ}なぐれる。教育上必要なら。
  >(7)戦争なら兵士は人{ガ/ヲ}殺せる。

 (5)~(7)はガでもいいと思う。

>「行く」「渡る」は意味的には自動詞的だが、ヲ格をとる。
  >(8)僕はこの道ヲ行く。
  >(9)我々はこれからこの橋ヲ渡ります。

 ここまではそのとおりだと思う。

>これであっても可能動詞にしてもヲを付けたい。
  >(10)僕らはこの道{ガ/ヲ}行ける。
  >(11)我々はこの橋{ガ/ヲ}渡れます。

 (11)は「ガ」でもいいと思う。(10)はよくわからない(後述の【2】参照)。


●コメント「12」を巡って
 まず、コメント「12」の全文を引く。

================================
可能形でも、目的語をヲ格で標示する方が自然な場合もあるのではないでしょうか。
たとえば

  山田君は、100m{ヲ/??ガ}10秒で走れます。

この場合は、むしろ、「100mガ」とはほとんど言えないと思うのですが。(私だけ?)
================================

 いろいろなことが絡んでいて、訳がわからない。
 思いつくままに書いていく。

【1】これは例の「ヲ」と「デ」の話と関係するのか
  1)グラウンド{ヲ/デ}走る……ヲが自然(デもアリ?)
  2)プール{ヲ/デ}泳ぐ……デが自然(ヲもアリ?)
  1)の可能形 グラウンド{ヲ/デ/ガ}走れる……ヲが自然(デもアリ?)
  2)の可能形 プール{ヲ/デ/ガ}泳げる……デが自然(ヲもアリ?)

【2】自動詞的な動詞は可能形も「ガ」をとりにくいのか
  3)山田君は、100m{ヲ/ガ/―}10秒で走る……ヲもしくは―が自然
  4)山田君は、100m{ヲ/ガ/―}1分で泳ぐ……ヲもしくは―が自然
  5)山田君は、1リットルの水{ヲ/ガ/―}10秒で飲む……ヲが自然
  3)の可能形 山田君は、100m{ヲ/ガ/―}10秒で走れる……ヲもしくは―が自然
  4)の可能形 山田君は、100m{ヲ/ガ/―}1分で泳げる……ヲもしくは―が自然
  5)の可能形 山田君は、1リットルの水{ヲ/ガ/―}10秒で飲める
   ……ヲが自然だが、この場合はガもアリなのでは。

【3】そもそも3)の文は、そのままで可能形なのではないか
  6)山田君は、100mヲ10秒で走る
  7)山田君は、100mヲ10秒で走れる

 6)と7)はほぼ同義ではないか。この文形がどの程度特殊なものなのかは不明。
 4)の文を少し変形する。山田君は遠泳ガ得意だとする(この文は「山田君が遠泳ヲ得意だとする」ともできる)。

  山田君は、20km{ヲ/ガ/―}泳ぐ
   ……ガは不自然。ヲもやや不自然? 自然なのは―かハ?
  山田君は、20km{ヲ/ガ/―}泳げる
   ……ガは不自然。ヲもやや不自然? 自然なのは―かハ?
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伝言板 板外編3──文語調の表現は避ける

「押しも押されぬ」という表現に関して質問をいただいたので、「赤い本」の記述から抜粋します。質問内容に関しては、下記をご参照ください。
【足跡帳NO.4】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=940827597&owner_id=5019671


【練習問題33】
 次の表現を、読みやすい印象の表現に書きかえてください。
  1)可及的速やかに
  2)~という特徴を有しています
  3)明日、会議を行います
  4)会議を開始します

 ここであげたのは、「文語調」で堅苦しく感じられる表現です(「文語調」というのは適切な表現ではありませんが、こう呼ぶことにします)。

 まず、書きかえ案をあげておきます。
  1)可能な限り速やかに
  2)~という特徴をもっています
  3)明日、会議を開きます
  4)会議を始めます

 1)の「可及的速やかに」は、「お役所言葉」などと呼ばれる類の表現です。ふつうの文章の中で、このような表現を使う人はいないでしょう。書きかえ案でも構いませんが、「できるだけ速く」ぐらいにすれば、もっと読みやすい印象になります。
 2)の「有する」という言葉は、たいていの場合、「もつ」に書きかえても問題がありません。ただしこの例文の場合は、「~という特徴がある」にしたほうがもっと読みやすい印象になります。
 3)の「行う」という言葉も、できるだけ避けたほうが無難です。とくに過去形の「行った」は「オコナった」とも「イった」とも読めてしまうので、使うべきではありません。「明日、会議をします」としても構いませんが、ニュアンスが少しかわる気がします。
 4)「開始する」は、「開」と「始」という意味が似ている言葉をダブらせている動詞です。こういう動詞は、片方の言葉などを使って書きかえたほうが読みやすい印象になります。
  ・停止する→止める/やめる
  ・使用する→使う/用いる
  ・軽減する→軽くなる/減る
  ・提示する→示す
 ただし、書きかえることによってニュアンスが大きくかわる場合もあるので、無理をしてまで徹底する必要はありません。


【Coffee Break】

文語調の誤用

【練習問題34】
 次の文のどこがヘンなのか考えてください。
  1)この旅館には、同じ間取りの部屋がひとつとない。
  2)ホームラン王になった彼は、押しも押されぬ4番打者に成長したといえるだろう。

 ここであげた表現はデス・マス体で使うことが少ない気がするので、例文をデアル体にしました(このあとも同様の理由で例文をデアル体にする場合があります)。
「立派に見える」と考えられるためか、文語調の表現はとくに必要がないときにも使われることが多いようです。誤用もよく目にするのは、意味をよく考えずに形だけをマネしようとするせいでしょうか。
 1)は「ひとつと」の使い方がヘンです。「ふたつと」にするべきでしょう。「ふたつとない」にすれば間違いではなくなりますが、依然としてヘンです。「ふたつとない」は、「(世界中を探しても)めったに例がない」ぐらいの強い表現ですから、この程度のことで使うべきではありません。「この旅館は、すべての部屋の間取りが違う。」ぐらいで十分でしょう。
 2)の「押しも押されぬ」を、「押すに押されぬ」としている誤用もよく目にします。正しい使い方は、「押しも押されもせぬ」です。
 この場合も、「押しも押されもせぬ」に直してもヘンな感じが残ります。「押しも押されもせぬ」という強い表現と、文末の「~だろう」がチグハグな印象になっているからです。「不動の4番打者」ぐらいで十分でしょう。「ホームラン王」になったほどの選手ですから、「球界を代表する4番打者」としてもよいかもしれません。

【追記】
 文中で「押すに押されぬ」を誤用としているのは間違いです。
 下記をご参照ください。<(_ _)>
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-292.html



伝言板 板外編3──文語調の表現は避ける〈2〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2020.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【7】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1789673749&owner_id=5019671

mixi日記2011年11月23日から

 下記の続き。
【伝言板 板外編3──文語調の表現は避ける】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=990061731&owner_id=5019671

 ちいと必要があって、「いえよう言葉」関する「赤い本」の記述から抜粋します。


●「~といえよう」は避ける

【練習問題35】
 次の表現を、読みやすい印象の表現に書きかえてください。
  1)問題といえよう
  2)問題となろう 
  3)問題があろう
  4)問題がなかろう

 ここにあげた文末は、いずれも避けたほうが無難です。それぞれ、次のように書くほうが読みやすい印象になります。
  1)問題といえよう↓問題といえるだろう
  2)問題となろう ↓問題となるだろう
  3)問題があろう ↓問題があるだろう
  4)問題がなかろう↓問題がないだろう
 もう少し細かく見ていきましょう。1)~3)は、デス・マス体で次のように書くこともできます。
  1)問題といえましょう
  2)問題となりましょう
  3)問題がありましょう
 ふつうの文章では避けたほうが無難という点は、「~といえよう」などの文末と同様です。
 少しよけいなことを書くと、2)のような使い方の「と」は、原則として「に」にしたほうが読みやすい印象になります。すべてを「に」にしたほうがよい、ということではありません。本書では、「と」でも「に」でもよい場合には「に」を使っていますが、例外もあります。たとえば、この項の冒頭近くで〈「避けたほうが無難」などとして〉〈「避けたほうが無難」として〉と、2カ所も「と」を使っています。「に」にするべきか迷いましたが、語感が悪くなる気がしてやめました。このほか、「一体となる」「一丸となる」のような慣用句も、「に」にすると不自然です。
 3)の「問題があろう」は、同じ「あろう」を使っていても「問題であろう」なら、堅苦しい感じがずっと軽くなります。ふつうの文章でも、目にすることが多い形です(【Coffee Break】参照)。
 3)4)の「あろう」と「なかろう」は、文末以外でも使われることがあります。「問題があろうがなかろうが、とにかくやるしかない」という使い方なら、例文とは用法が違うのでさほど堅苦しさが感じられません。これも「問題があってもなくても、とにかくやるしかない」ぐらいにしたほうがよい気はしますが。


【Coffee Break】

「~といえよう」はよく見かけるが……

●「~といえよう」を毛嫌いするきわめて個人的な理由
「~といえよう」に類する表現は、乱用しなければ問題はないのかもしれません。きわめて個人的な理由で、この表現を毛嫌いしているところがあります。気になりはじめたのは、第2章でも書いたレジャー関係の業界誌の仕事したことがきっかけです。
 業界関係者が書いた原稿の中に、「~といえよう」に類する文末が頻繁に出てきました。【練習問題35】としてあげたもののほか、「できよう」「わかろう」「されよう」「輝こう」「明るかろう」……など、「だろう」という言葉が禁句になっているような印象でした。「いくらなんでもこんな使い方をしない」と思った表現もあります。
 前項で「どんなにむずかしい故事でも、それにふさわしい雰囲気の文章の中で使うのなら」ヘンではない、と書きました。文語調の言葉も、同様です。それなりの文章の中で適切に使うのならヘンではありません。ただし、ふつうの文章の中ではむやみに使わないほうが無難です。

あえて わざと わざわざ【2】

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1486031711&owner_id=5019671

mixi日記2010年07月24日から

 下記の続き。
【「あえて」と「わざと」※毒抜き編☆日本語教師☆】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1098.html

 ちょっと事情があって、「あえて」と「わざと」と「わざわざ」の違いについて追記する。
 前回、下記のサイトにふれて悪態をついた。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ネットで検索すると、こんなのが出てきた。ちょっと笑った。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~yuki_taka/essay/essay4/essay4-2/essay4-2.htm
      ↓
http://ameblo.jp/donzoko-kai/day-20050224.html
================================
Q.下の文には、あえてわざとわざわざ どれが入るでしょうか?

  1.稲田は友村を思って(   )負けたんだよ。
  2.(   )出掛けなくても電話で済むことだ。
  3.言いにくいことを(   )言おう。

答えがすぐに出ました?
これは違う用法を例にしたので、すぐにわかったと思います。
================================

 これわかります?
 当方にはわからない。
 書き手の意図はわかる気がするが、限定はできていない。
「1」は「わざと」が正解かもしれないが、「あえて」も入りそう。
「2」は「わざわざ」が正解かもしれないが、「あえて」も入りそう。
「3」は「あえて」が正解かもしれないが、「わざと」も「わざわざ」も入りそう。

 このあと、「そこら辺を明確にしたいなら、もっと会話文を長くしてそのニュアンスを会話で伝えるか、根本的に例題をわかりやすいものにしていきます」とも書いている。
 文脈で考えるか、1つしか入らないきわめて特殊な例をあげるしかないってこと。そんなきわめて特殊な例をあげて説明することにどんな意味があるのだろう。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 この点に関して、当方の考えはほとんどかわっていない。
 趣旨がわかりやすいように少し書き方をかえる。
 下記のような質問なら、答えが限定できるかもしれない。

Q1.下の文には、あえて/わざとわざわざ どれが入るでしょうか?(複数回答可)
  1)小学校に入学した太郎クンは、好きになった花子チャンに(   )意地悪をする。
  2)遠いところを(   )来てくれてありがとう。
  3)言いにくいことだか、彼の成長のために(   )言おう。

 これなら限定されるような気がする。3)はまだまぎれがあるかな。
 ↑で書いたように、辞書を引くと「あえて」「わざと」は「する」ことを前提にしている観がある。これはヘンだろう。「する」場合と「しない」場合がある。

Q2.下の文には、あえて/わざと/わざわざ どれが入るでしょうか?(複数回答可)
  1)小学校に入学した太郎クンは、好きになった花子チャンに(   )意地悪をする。
  2)花子チャンが話しかけたのに、太郎クンは(   )答えなかった。
   ※いかんな。「こたえなかった」だろうな。
  3)言いにくいことだか、彼の成長のために(   )言おう。
  4)手伝ってもいいのだが、彼の成長のために(   )手を貸さなかった。

【1】で辞書を見たとき、「わざと」も「あえて」も「する」ことを前提にしている観があって、異和感があった。そのあたりをハッキリさせるために問題にした。 
 1)2)はともに「わざと」が入るのが素直だろう。つまり「する」場合と「しない」場合がある。
 3)4)はともに「あえて」が入るのが素直だろう。つまり「する」場合と「しない」場合がある。
【1】でも書いたが「しないことをする」という解釈も成り立たなくはない。たとえば2)は「無視した」にできる。4)は「傍観した」にできる。そういう屁理屈を言ってはいけません。
 これが「わざわざ」だと、「する」のニュアンスが強くなる。「Q2」も、1)と3)は「わざわざ」にできなくはないと思うが、2)と4)はかなり不自然だろう。
「あえて」文脈をつくれば「わざわざ~しない」になることもある。
 いっそ断わってしまえばいいのに、次郎はわざわざ断わらなかった……やっぱりなんかヘンか。


 どうやら、「わざわざ」は「せっかく」と比較するものらしい。
【せっかく わざわざ わざと あえて】辞書
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2941.html

【せっかく わざわざ わざと あえて】辞書

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年01月26日から

 以前「あえて」「わざと」「わざわざ」の違いについて書いた。このときに、「わざわざ」はちょっと異質って印象があった。
【「あえて」と「わざと」※毒抜き編☆日本語教師☆】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1098.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1435742271&owner_id=5019671
あえて わざと わざわざ【2】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1425.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1545153383&owner_id=5019671

 どうやら、「わざわざ」は「せっかく」と比較するものらしい。
 
 まずWeb辞書をひく。以下『大辞泉』からの引用。
http://kotobank.jp/word/%E6%8A%98%E8%A7%92?dic=daijisen&oid=10378600
================引用開始
せっ‐かく 【折角】

【1】[副]
1 いろいろの困難を排して事をするさま。無理をして。苦労して。わざわざ。「―来てくれたんだから、ゆっくりしていきなさい」「―のみやげを汽車の中に置き忘れた」
2 (「折角の」の形で、体言に続けて)滅多に得られない、恵まれた状況を大切に思う気持ちを表す。「―の休日だから、どこにも出かけたくない」「―の好機を逃がしてしまった」
3 全力を傾けて事をするさま。つとめて。せいぜい。手紙文などで用いる。「先生のお言葉を忘れずに、―勉学に励む覚悟です」
【2】[名]
(略)

[用法]せっかく・わざわざ――「せっかく(わざわざ)おいでいただいたのに、留守をして申し訳ありません」のように相通じて用いられる。◇「せっかく」には「せっかくの好意を無駄にする」「せっかくだが断る」のような名詞的用法もある。また、ある行為が行われたのに期待した結果の得られないことを惜しむ気持ちを表して、「せっかく努力したのに不合格だった」「せっかく用意したのだから、食べていけばよいのに」などと使う。ほかに「せっかくご努力願いたい」のような、やや古い言い方がある。◇「わざわざ」は「わざわざ迎えに行く」「わざわざ持って来る」など、ついでではなく、そのことだけのために動作を行う意を表す。
================引用終了

http://kotobank.jp/word/%E6%85%8B%E6%85%8B?dic=daijisen&oid=19805700
================引用開始
わざわざ【態態】

( 副 )

何かのついでではなく,労力を惜しまないで特にそのためだけにするさま。特別に。 「 -見舞いにくる」

「 わざと① 」に同じ。故意に。 「 -人の仕事をじゃましにくる」
================引用終了

「せっかく」の項にある[用法]はけっこう詳しい。だが、「結局どういうこと」という疑問は残る。ちなみに「―のみやげを汽車の中に置き忘れた」は、「2」の用法だろう。
 goo辞書の『類語例解辞典』にもけっこう詳しくのっているが、こちらも「結局どういうこと」という疑問は残る。一応の説明になってはいても、むずかしくて何がなんだか。
 goo辞書の全文は下記参照。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2944.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1920446602&owner_id=5019671

 微妙な違いを解明するため(大きく出たもんだ)、細かく見ていく。以下、『大辞泉』の例文をベースに必要に応じて追加する。

■相手の行動について使う
・肯定的なニュアンスで
 1){せっかく/わざわざ}来てくれたんだから、ゆっくりしていきなさい
 これはどちらも使えるが、下記だとなぜか差異が出てくる。以下「*」は不自然な例を表わす。
 2){せっかく*/わざわざ}来てくれてありがとう
 おそらく、「せっかく」は単文(この場合は微妙?)には向かない。「せっかく来てくれたのだが~」「せっかく来てくれたのだから~」のような形(条件節ってヤツ?)でないと不自然になる。

・否定的なニュアンスで
 3){せっかく*/わざわざ}こんなことをしやがって、ありがた迷惑だ
 これが「{せっかく/わざわざ}○○していただいたのですが、あいにく……」なら問題がない。3)が悪態のニュアンスが強いからだろうか。

・微妙な例
 4){せっかく/わざわざ*}努力したのに不合格だった
 5){せっかく/わざわざ}用意したのだから、食べていけばよいのに 
 これは「自分の行動」ともとれるかもしれない。そうとっても事情はあまりかわらないので無視する。
『大辞泉』は4)5)は「せっかく」限定のように書いている。5)は「わざわざ」でもよいだろう(ニュアンスはちょっとかわる気がするが)。4)はたしかに「わざわざ」は不自然だが、厳密に言うと「せっかく」にも少し異和感がある。「あんなに」「あれほど」「ずいぶん」あたりなら自然。
 これが6)の「せっかく」はもう少し自然に感じる。同じようでも7)は自然。おそらく、「わざわざ」には「労力を惜しまない」の意味が含まれているので、「努力する」「頑張る」と相性が悪いのだろう。「せっかく」にも多少そのニュアンスがあるのだろう。
 6){せっかく/わざわざ*}頑張ったのにねぇ……
 7){せっかく/わざわざ}つくったのにムダになった

■自分の行動について使う
・肯定的なニュアンスで
 8){せっかく/わざわざ}お持ちしたのですから、是非お受け取りください。

・否定的なニュアンスで
 9){せっかく/わざわざ}買ってあげたのに、喜んでもらえなかった。

 8)はどちらも不自然とまでは言えないが、「わざわざ」だとヒドく押し付けがましく感じられる。わかりやすく言うと「感じワル!」。9)になると悪態の類いになるから、どちらを使っても感じが悪い(笑)。

 ここまでをまとめてみる。
「せっかく」と「わざわざ」はほぼ同じように使える。ニュアンスがどの程度異なるのかは文脈による。以下のような場合は一方しか使えない。

■「せっかく」しか使えないケース
①「せっかくの」の形で、体言に続ける場合。
 せっかくの休日だから~ せっかくの好機を逃がして
 同様に名詞的用法の「せっかくだが」「せっかくですが」「せっかくだから」なども「わざわざ」にはできない。
②「努力する」「頑張る」の類い
 6){せっかく/わざわざ*}頑張ったのにねぇ……
③自然現象など
 ↑には書いてないが、自然現象などで、人の意思が関係しない場合は「わざわざ」は使いにくい。
 この場合、善い条件限定(悪い場合は「あいにく」)になる。さらに言うと、「せっかくの」の形に書きかえられることが多い気がする。
「せっかく天気がいいのだから~」→「せっかくの好天だから~」
「せっかく休みが続くのだから~」→「せっかくの連休だから~」

■「わざわざ」しか使えないケース
①単文
 2){せっかく*/わざわざ}来てくれてありがとう
②悪態
{せっかく*/わざわざ}こんなことをしやがって、ありがた迷惑だ
「わざわざ」は押し付けがましくなることがあるので要注意。とくに自分の行動に「わざわざ」を使うと悪態に近くなることもある。できるだけ「せっかく」を優先させるほうが無難なのかもしれない。


 下記は参考になる。当方とは観点がまったく違う。たぶんこれが正統なんだろう。
【「せっかく」と「わざわざ」はどう違う?】
http://home.alc.co.jp/db/owa/jpn_npa?sn=202
================引用開始
「せっかく」と「わざわざ」はどう違う?

 「せっかく」「わざわざ」は、意図的にあえて何かをするという意味では共通していますので、次のような文においてはいずれも許容可能です。

  せっかく/わざわざ 来てもらったのに留守にしていて悪かったね。
  せっかく/わざわざ 教えてやったのに、ちっと聞いていない。

 ところが、両者は次のような違いをもちます。

  せっかく:後に続く事柄が、望ましいものとして評価されている。
  わざわざ:後に続く事柄が、困難・労力を伴うものであり、本来する必要がないと考えられている。

 したがって、次のような文では「せっかく」「わざわざ」を入れ換えることができません。

  せっかく鎌倉に来たのだから、長谷まで足を伸ばそう。
  せっかくですから、遠慮なくいただきます。
  彼がわざわざ出向くからには何か理由があるはずだ。

 この違いは、「せっかく」「わざわざ」が「せっかくの」「わざわざの」という形式で連体修飾をする場合にも見てとれます。

  せっかくの休みなんだから、どこかに出掛けよう。
  せっかくのご親切を無にして申し訳ありません。
  わざわざのおいで、たいへん恐縮です。

 「休み」「ご親切」は話し手によって望ましいと判断された事柄を表していますし、「おいで」は労を伴う相手の行為を表しています。また、「わざわざの」は「せっかくの」に比べて生産性が低く(形式化が進んでおり)、後に続く名詞が「せっかくの」ほど自由ではないようです。
================引用終了

 疑問点や勉強になった点を箇条書きにする。
・足を伸ばそう
 ガイドブックでよく見かける。ストレッチじゃないんだから、漢字で書くなら「足を延ばそう」。
・わざわざ鎌倉に来たのだから、長谷まで足をのばそうは×?
 そんなバカな。ちょっとひっかかる気もするが、「鎌倉まで来た」にするとずっと自然になるような。
・せっかくですから、遠慮なくいただきます
 これは名詞的用法だろう。「せっかく(の機会)ですから」ってことじゃないか? 「せっかく持ってきてくれたのですから~」なら「わざわざ」にできる。『大辞泉』にも〈「せっかくだが断る」のような名詞的用法もある〉とある。
・彼がわざわざ出向くからには何か理由があるはずだ
 これは理由不明。「(出不精の)彼がわざわざ出向くからにはスゴくいいことがあるはずだ」だと〈望ましいものとして評価されている〉気がする。いずれにしても、「(出不精の)彼がわざわざ出向く」が単文でいったん完結している印象があるからだろうか。わからない。「彼がせっかく出向いてくれたのだが~」「彼がせっかく出向いてくれたのだから~」なら異和感はない。
 ウーム 。せっかくの例文が全部無効になったような。
・わざわざのおいで
 そうか「わざわざの」の形もあるんだ。でもこれは古い言い方の名残りで、一種の慣用句になってないか。
・生産性が低い
「形式化が進んでいる」って意味なんだ。前にどこかで読んで、意味不明だった。


 役に立ちそうなサイトをもうひとつ。
【わざわざ せっかく わざと】(全文は末尾に)
http://www014.upp.so-net.ne.jp/nbunka/4ga.htm
 一方しか使えないとされている例文をあげていく。
「わざわざ成田空港まで迎えに行く。」←単文だから「わざわざ」(重文なら「せっかく」でもOKになる)
「わざわざ美容院に行ったのに、雨で髪がくしゃくしゃになってしまった。」←「せっかく」もOK
「近いのにわざわざ車で行く。」←単文だから「わざわざ」
「橋があるのにわざわざ川を泳いで渡る。」←単文だから「わざわざ」
「せっかく雪が降ったのだから雪だるまを作ろう。」←自然現象など
「せっかく来てくれたのだからお昼をごちそうします。」←「わざわざ」も可
「せっかくいい天気になったのだからピクニックに行きましょう。」←自然現象など
「せっかく彼女が電話をくれたのに仕事が忙しくて会う事ができなかった。」←「わざわざ」も可
「せっかくパソコンを買ったのにぜんぜん使い方がわからない。」←「わざわざ」も可
「わざわざ作ったのだからたくさん食べて下さいよ。」←「間違い」ではないが自分の行動に「わざわざ」は危険

 こんな強引な論理で断定調で書くと、まるで●●みたいだ(笑)。


【追記】
 書き忘れてたことがあった。
 下調べの段階で、「わざわざ来てくれてありがとう」などと言われると不快に思う人が多いというコメントがあった。Yahoo!知恵袋だったような気がするが、見当たらない。
 たしか、「さほど必要もないのに来やがった」みたい印象がある、みたいな趣旨だった。
 場合によってはそういうニュアンスになることもあるのかもしれない。でもなぁ。
 たぶん↑の「悪態」にかかわる。
 そんなことまで考えたら、「わざわざ」が使えなくなる(泣)。


【わざわざ せっかく わざと】
http://www014.upp.so-net.ne.jp/nbunka/4ga.htm
================引用開始
わざわざ せっかく わざと

学生達は時々次のような言い方をします。
1 わざわざ作ったのだからたくさん食べて下さいよ。
2 せっかく来てくれてありがとう。
これらの文は少しおかしいですね。
今月は、これらの言葉の基本的な意味と使い方を勉強しましょう。
普通、「わざわざ」や「せっかく」は、動詞を修飾します。どちらも何かを意図して
する(した)という意味があり使い方もほとんど同じですが、ニュアンスが少し違います。

「わざわざ息子のために(時間・お金ををかけて)
スーツを作ったのにぜんぜんそれを着ない。」
「せっかく息子のためにスーツを作ったのに
(喜ぶかと思ったら)ぜんぜんそれを着ない。」
「わざわざ(遠い所を)日本まで来たのだから
日本語がうまくなりたい。」
「せっかく日本まで来たのだから(その
チャンスに)日本語がうまくなりたい。」
このニュアンスの違いは、基本的な意味の違いから
来ているものです。
では、次の段落でこれらの基本的な意味を説明しましょう。
(A) わざわざ
(1)わざわざは、誰かがお金や手間や時間をかけて努力して何かをする(した)という事を
あらわします。
「わざわざ成田空港まで迎えに行く。」

「わざわざ美容院に行ったのに、雨で髪が
くしゃくしゃになってしまった。
(2)もう一つの意味は、「わざわざ」は、ある人がある意図
を持って何かをする(した)という事です。
つまり何かをする時にもっと一般的な方法があるのに
その人は困難なまたは変った方法を選んだ、または、
やる必要がないのにある事をやったという事を
あらわすのです。
「近いのにわざわざ車で行く。」
「橋があるのにわざわざ川を泳いで渡る。」(こんな人はいないでしょうが・・)
(B)せっかく
(1) 話し手が「雪が降った・・」といった時、私達は次の言葉を聞くまでそれが話し手にとって
いい事なのか悪い事なのか分かりません。なぜなら、この文は事実を述べているだけだから
です。
でも、彼/彼女が「せっかく雪が降った・・」と言ったとすると、それは彼/彼女にとって
いい事なのだと言う事が分かり、そういう意味の文が続きます。
「せっかく雪が降ったのだから雪だるまを作ろう。」

このように話し手は、「せっかく」を使って事実(客観的な状況)にそれが彼/彼女に
とって価値がある又は好ましいものである、そして、その状況を無駄にしたくない
と言う気持ちを付け加えているのです。
話し手がその状況をうまく使いたいまたは、期待している事を実現させたい
そんな場合には接続助詞詞「(だ)から)」が よく使われます。
逆に状況が 話し手の期待にそむいた時、好ましい状況が無駄になってしまった時
接続助詞「(な)のに」「(のだ)が」がよく使われます。
「せっかく来てくれたのだからお昼をごちそうします。」
「せっかくいい天気になったのだからピクニックに行きましょう。
「せっかく彼女が電話をくれたのに仕事が忙しくて会う事ができなかった。

「せっかくパソコンを買ったのにぜんぜん使い方がわからない。
(2)せっかくには名詞的用法があります。
「せっかくの・・」と言う場合「・・」には価値があるとか「・・」はすばらしいことだ等
の意味を表します。
「せっかくの休みだからゆっくりしよう。」
「せっかくのごちそうなのにさめてしまった」
「せっかくのお招きですが、残念ながらいけません。」
*わざわざにも又名詞的用法がありますが、この用法はとても限られています。
(誰かが来たとか尋ねてきたことにお礼を言う時だけです。)
(例)「わざわざのお越しありがとうございます。」
「わざわざのお見舞いありがとうございます。」
.........................................................
さあ、これでこの文章のはじめに取り上げたふたつの文がおかしいと言う事がわかったと思います。

1 わざわざ作ったのだからたくさん食べて下さいよ。
2 せっかく来てくれてありがとう。
文(1)は
「作るのはとても大変だったのだから、たくさん食べて下さい。」と言う意味になります。
お客様に手料理をお出しするのにこれでは変ですし、失礼になりますよね。

「せっかく(あなたのために)作ったのだから、たくさん食べて下さい。」
これならいいですよね。
文( 2)は
意味が成り立たない文です。
「わざわざ来てくれてありがとう。」
こうすれば相手が大変なのに来てくれたという事に感謝するわけですから礼儀正しい言い方だ
になります。
........................................................
(C)わざわざ

「わざわざ」と「わざと」を取り違える学生も多いです。
「わざと」は「わざわざ」と同じようにある人が意図的にある行動をするという時使われます。
下の文では意味は大体同じです。
「恋人と一緒だからわざわざ/わざと遠回りした。」
「バスがあるのにわざわざ/わざと歩いていった。」
でも、「わざわざ」と「わざと」の使い方はいつも同じというわけではありません。
「わざわざ」はした事の困難さや苦労を強調すると前に説明しましたね。
でも、「わざと」にはこういう働きはありません。
「わざと」が表すのは意図的にやったという事、そして多くの場合それには隠された本当の
目的があると言う事です。
人の注目や同情を引いたりごまかしたりだましたりするために意図的にある行動をするとき
「わざ」とを使います。

「彼女はわざと彼の足を踏んだ。」
足を踏む事によって彼の注意を彼女に向けようとしているのです。
「あまり痛くないのにわざとその子は大きな声でないた。」
この子は同情をひきたいために大声で泣いたのです。
..........................................................
( 問題 )
「わざわざ」「せっかく」「わざと」から適当なものを選んで(___)の中に入れなさい。
1 (___) きれいに並んでいたのにバラバラにしてしまった。
2 遠い所を (___) 来てくれてありがとう。
3 (___)覚えたのに試験が終わったすぐ忘れてしまった。
4 彼は怒って(___)大きな音を立ててドアを閉めて出ていってみんなを心配させた。
5(___)お祝いなのだからたくさん飲んで下さい。
...............................
(答): 1 せっかく 2 わざわざ 3 せっかく/わざわざ 4 わざと 5 せっかくの
================引用終了


【せっかく わざわざ わざと あえて】辞書〈2〉

 どうにもよくわからないのでmixiにトピを立ててみた。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=75665462&comment_count=10&comm_id=398881

 ウーン。
 もしかすると当方はalcのあの記事と相性が悪いのかもしれない。たいていの記事はスンナリ読めるんだけど。
 コメント[4]でいくつか例文をいただいた。
 〈1〉で考えたことを確認してみたい。ナンバーをつけ、体裁は〈1〉と合わせしまう。(←オイ!)
  10){せっかく/わざわざ}京都まで来たのだから、金閣寺を見て帰ろう。
  11){せっかく/わざわざ}京都まで来たのに、金閣寺を見ないで帰るのは残念だ。
  12){せっかく/わざわざ}のお越しなのですから、ぜひ、これをお持ち帰りください。
  13){せっかく/わざわざ}のお越しなのに、何のお構いもできなくてすみません。
  14){せっかく/わざわざ*}の留学なのだから、日本語以外のことも学んで帰りたい。
  15){せっかく/わざわざ*}の留学なのに、日本語以外のこともは何も学べなかった。
  16)行かなくてもいいのに{*せっかく/わざわざ}彼の家まで行った。
  17){せっかく/わざわざ*}の休みなのだから、どこかへ出かけたい。

 10)11)を見ても、「わざわざ鎌倉に来たのだから、長谷まで足をのばそう」を×にする理由はないと思う。
 12)13)は、alcに出てきた「わざわざのおいで」と同様で「わざわざの」が使えるレアケース。一種の慣用句かなぁ……。偶然か必然か、「わざわざのおいで」も「わざわざのお越し」も、相手が「わずわざ来てくれたこと」に感謝している。そういう使い方が多いのだろう。〈1〉の追記で書いた「わざわざ来てくれてありがとう」も、個人的にとくに問題はないと思う。
 14)15)は通常は「わざわざの」が×の例。これが接続だけの問題であることは、下記のように書きかえるとわかる。
  14)’{せっかく/わざわざ}留学したのだから、日本語以外のことも学んで帰りたい。
  15)’{せっかく/わざわざ}留学したのに、日本語以外のこともは何も学べなかった。
 16)は「行かなくてもいいのに」がついているのでわかりにくいが、「せっかくは単文には×」の一種だろう。下記のように書きかえると、「行かなくてもいいのに」でも「せっかく」が使える。ちょっとヘンかな。16)’’のように「のに、」を減らすとずっと自然になる。
  16)’行かなくてもいいのに、せっかく彼の家まで行ったのに、会えなかった。
  16)’’行かなくてもいいとは思いながら、せっかく彼の家まで行ったのに、会えなかった。
 17)は「わざわざの」が×と、自然現象などの合わせ技。ちょっと変形して18)にする。18)’のように「わざわざの」を解消しただけではまだ不自然。「休みが3日続く」が自然現象と同様に扱えることは、「好天が3日続く」と置きかえればわかる。18)’’なら自然だろう。
  18){せっかく/わざわざ*}の3連休なのだから、どこかへ出かけたい。
  18)’{せっかく/わざわざ*}休みが3日続くのだから、どこかへ出かけたい。
  18)’’{せっかく/わざわざ}3連休を取ったのだから、どこかへ出かけたい。



【せっかく わざわざ わざと あえて】辞書〈3〉



http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=75665462&comment_count=10&comm_id=398881
 トピがちょっとおもしろい展開になった。
 コメント[12]で下記のような話が出る。
 わざわざの起こしなのだから○
 わざわざの留学なのだから×
 わざわざのご留学なのだから○

 コメントを回収しておく。
 〈2〉に引用した例文に続いてこういうやり取りができると、mixiもまだ捨てたもんじゃないと思う。

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[14] 2014年01月29日 20:55

>>[12]

 いろいろヒントをいただいた気がします。ありがとうございます。
 ワザワザノに続きそうな名詞を考えてみました。いずれも尊敬語で「来る」系なのは、とても偶然とは思えません。
  お越し 
  おいで
  お運び
  ご来店
  ご訪問(微妙?)
  ご足労(微妙?)

「ご留学」にはちょっと異和感があります。漢語系だから……とも思いましたが、「ご来店」がアリならその線は疑問です。なぜなんでしょう。

 ちなみに、当方が「お越し」と同類と考えている(「~になる」の二重敬語っぽい使われ方が許容されそうな動詞。あれ? 「おいで」もか)「お見え」「お召し」は△でしょう
「お目見え」なんて言葉もアリの気がしましたが、意味的にヘンですね。

 ヒトゴトかワガコトですか。当方のムチャなアプローチも的外れでなかったのかも。
 もしかすると……ワザワザは本来、ヒトゴト限定だったのかもしれません。そんなことはないか(笑)。
 どちらかと言うとヒトゴト寄りのはずの自然現象などが、ワザワザに関してはワガコト寄りなのは、興味深く思います。

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[15] 2014年01月29日 21:14

>>[14]
 なるほど。「来る」系統に限られていますね。盲を啓かされました。ありがとうございます。
  我が国へのわざわざの御留学
ではいかがでしょうか?

 ヒトゴト・ワガコトという概念を文法に利用としたのも渡辺実です。

 ヒトゴト領域からワガコト領域への移動こそが「来る」ですよね。
 そうであれば、動作がヒトゴトからワガコトになされれば、ワザワザノが可能ではないかという予想が立ちます。
  当方へのわざわざの御挨拶
  当方へのわざわざの御伝言
  当方へのわざわざの御心付け
などはいかがでしょうか。
 ただし、
 *当方へのわざわざのプレゼント
を考えると、語彙に縛りがありそうです。

 自然現象は、ヒトゴトではないと思います。自然現象に気は遣わないでしょう。尊敬の対象にもなりません。
 また「労力」という観点からも、自然現象にワザワザがつかないことは説明できるのではないでしょうか。

 ワザワザとワザワザノは明らかに振る舞いが異なるので、区別したほうがいいと思います。

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[16] 2014年01月29日 21:46

>>[15]  ブラインドではないでしょう。

「ワザワザノ名詞」は自分では使いそうにないので、語感が働きませんが……。

  我が国へのわざわざの御留学
 ならアリかもしれません。

  当方へのわざわざの御挨拶
  当方へのわざわざの御伝言
  当方へのわざわざの御心付け

 どこまで広げられるかは……謎です。
 
>ワザワザとワザワザノは明らかに振る舞いが異なるので、区別したほうがいいと思います。
 ワザワザノは原則はナシとして、ただし例外は……と考えるのが無難ですかね。

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[17] 2014年01月31日 19:08

>>[16]

 原則なし、というのはきつすぎるのではないかと思います。副詞にはノをとって名詞修飾するものが結構あります。そして、それらについても、副詞の場合と名詞修飾の場合で色々な差が観察されます。
 ワザワザとワザワザノの2つを、関係がありつつも別のものと認め、それぞれの制限は制限として認めれば済むのではないでしょうか。

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[18] 2014年02月01日 13:28

>>[17]

「原則なし」はきつすぎますか……。
 ここに関しては、alcの説明を借りるのが妥当ですかね。
================引用開始
「わざわざの」は「せっかくの」に比べて生産性が低く(形式化が進んでおり)、後に続く名詞が「せっかくの」ほど自由ではないようです。
================引用終了

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

突然ですが問題です【日本語編189】── 志気と士気 辞書

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年03月13日から

【問題】
 下記の辞書サイトを参考に「志気」と「士気」の使い分けを説明しなさい。

http://kotobank.jp/word/%E5%BF%97%E6%B0%97?dic=daijisen&oid=07826400
■Web辞書『大辞泉』から
================引用開始
し‐き【志気】
物事をなそうとする意気込み。こころざし。「?盛んである」
================引用終了

■Web辞書『大辞林』から
================引用開始
しき【志気】
物事をしようとする気持ち。こころざし。士気。 「盛んな?」
================引用終了

http://kotobank.jp/word/%E5%A3%AB%E6%B0%97?dic=daijisen&oid=07824400
■Web辞書『大辞泉』から
================引用開始
し‐き【士気】
兵士の、戦いに対する意気込み。また、人々が団結して物事を行うときの意気込み。「?を鼓舞する」「?が上がる」
================引用終了

■Web辞書『大辞林』から
================引用開始
しき【士気】
戦いに臨む,兵士の意気込み。また,集団で事に臨む人々の意気込み・熱意。 「 ?を鼓舞する」
================引用終了




【解答?例】
 どう違うのかはさっぱりわからない。
「士気」は元々は「兵士などの気持ち」なんだろうな、と思うくらい。
 下記のブログを読んでうなってしまった。
http://blog.goo.ne.jp/goonosh100/e/f410424ad88524b2fd675efc852137b5
================引用開始
 いずれも「意気込み」を表す語であるという点では共通していますが、「士気」は集団で物事を行うときに使われるようです。「志気」の方は、個人でも集団でもどちらでもよいのでしょう。

 そうすると、上の文では、「志気」は使用できても「士気」は使用できない状況と考えられます。
================引用終了

 そうか「士気」は団体で、「志気」は個人でも団体でもOKなんだ。たしかに辞書を丹念に読むとそうとれる。
 下記だともう少しはっきりする。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/4246/m0u/%E5%A3%AB%E6%B0%97/
================引用開始
意気(いき)/士気(しき)
精気(せいき)  溌剌(はつらつ)  志気(しき) 
[共通する意味]
★あふれるほどの元気。
[使い方]
〔意気〕▽意気消沈▽意気投合
〔士気〕▽士気が低下する▽士気の高揚
[使い分け]
【1】「意気」が主に個人の場合にいうのに対して、「士気」は、団体として全体の気分についていう。[英]high spirits
【2】「意気」は、何かをしようとするときの積極的な心のもち方もいう。
【3】「士気」は、競争などに勝とうとする気力。[英]morale
[関連語]
◆(精気) 生命の根源となる力。「精気があふれる」
◆(溌剌) (形動(たる・と))元気のいい様子。「溌剌と働く新入社員」
◆(志気) ある物事を行おうとする意気ごみ。元来は、個人的なこころざしについていう語だが、「士気」と同様に使われることも多い。「メンバーの志気が大いに揚がる」
================引用終了

〈「士気」は、団体として全体の気分についていう〉。
「志気」は〈元来は、個人的なこころざしについていう語だが、「士気」と同様に使われることも多い〉。
 うんと手抜きで解釈すると、「志気」のほうが守備範囲が広い。じゃあ「志気」に統一すればいいのでは?
 ところがね。世間はそうは考えないみたい。
『記者ハンドブック』の最新版は「(志気)→士気」になっている。「志気」とは書かずに「士気」と書くことになっている。朝日新聞社の古い版も同様。ぎょうせいの『例解辞典』も同様。
 じゃあ個人の場合も「士気」でOKなのかと言うと、ちょっと疑問。そもそも個人の「志気/士気」って何? 個人の場合は「意欲」とか「モチベーション」(正確には誤用らしい)では。

「は」と「わ」──こんにちは こんにちわ こんばんは こんばんわ

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【5】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1669912728&owner_id=5019671

mixi日記2011年06月12日から

 テーマトピは下記。
【気になった言葉を挙げていきます】正しい日本語、外来語が好き。(490~)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=2501635

「こんにちは」「こんばんは」はなぜ「わ」ではなく「は」なのか。この問題はアチコチで見る。
 一般的には「こんにちは~」「こんばんは~」が省略された形だから、という説明でいいだろう。現状では「わ」は誤用と言われてもしかたがない。
 しかし、この問題は意外に根が深い。
 下記あたりをご参照いただきたい。真剣に読むと何がなんだかわからなくなってくる。
1)【こんにちは・こんにちわ】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312560433
2)【「こんにちは」と「こんにちわ」ってどっちが正しいんですか?】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1412525574

 結論としては、現状では誤用と考えるのが一般的だけど、将来的には微妙。個人的には、「こんにちわ」「こんばんわ」になるような気がする(どのくらい先かは不明)。
 さらに先には「こんにちゎ」「こんばんゎ」が……知るか。
 挨拶の言葉って理屈では説明できないことが多いので、油断ができない。
突然ですが問題です【日本語編48】──命令形の不思議【解答?編】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1734915206&owner_id=5019671

 今回のメインテーマはここから先。(←オイ!)
「疲れたわ」「へこむわ」の「わ」は何かという話。
 こういうのを「は」と書く理由が思い浮かばない。これも「誤用とは言い切れない」とか主張する説があるのだろうか。 
 辞書をひく。
■Web辞書(『大辞泉』から)
================================

[終助]活用語の終止形に付く。
1 主に女性が用いて、軽い決意や主張を表す。「もう忘れてしまった―」「わたしも出席する―」
2 驚き・感動・詠嘆の意を表す。「まあ、きれいだ―」「水は出ない―、電気は止まる―で、さんざんな目にあった」「散る―散る―、まるで木の葉の乱舞だ」
  「年がよると物事が苦労になる―」〈滑・浮世床・初〉
◆係助詞「は」から生まれたもので、中世後期以降、終助詞として固定した。「わ」の表記は、中世末期ごろから。
================================

■Web辞書(『大辞林』から)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%82%8F&dtype=0&dname=0ss&stype=1&index=120996000000&pagenum=1
================================

(終助)
〔補説〕 文末に用いられた係助詞「は」からの転。中世末期以降の語
活用語の終止形に接続する。
[1] (女性用語として)話し手の主張や決意を、表現をやわらげて軽く言い表す。
  おもしろい―ね
  あら、困った―
  別のやり方のほうがいいと思う―
[2] 軽い詠嘆や驚きなどの気持ちを表す。
  ほんとうによくやる―、あの男は
  これは驚いた―
[3] 感動の意を表しながら並べあげる場合に用いる。
  腹はへる―、足は棒になる―で、もうさんざんな遠足だった
  ひき出しをあけたら、ある―、ある―、札束がぎっしりだ
→は(係助)
================================

 微妙に記述が違っていて、『大辞泉』のほうはどうも信用できない。
「まあ、きれいだわ」の「わ」は微妙だけど「1」(主張?)じゃないかな。男性の言葉づかいではない(以下「男性の言葉づかい」「女性の言葉づかい」とか適当なことを書くけど、読み流すように)。ただ、これが「あの野郎がやったにしては、まあきれいだわ」(詠嘆?)になると「2」になる気がする。このあたりは相当微妙。
 それ以上にまずいのは、並立の「わ」を区別していないこと。別に区別しなくてもいいのかもしれないが、辞書なんだからこれくらいは分けてくれないと。
『大辞林』のほうが正確なので、以降は『大辞林』の記述に沿って書く。素朴な疑問なんだけど、「主張」と「詠嘆」って区別がつくのだろうか。
 まずトピの例にあったもの。

1)疲れたわ
 これは文脈による。原則的に女性が使った場合は[1]の可能性が高い。「なんであんたにたいへんなのかしら。本当に疲れたわ」なら[1]だろう。意味は「詠嘆」だと思うが、辞書に従うなら「主張」。
 男性が使った場合は、[2]の可能性が高い。「なんであんなにしつこいんだ? 本当に疲れたわ」なら[2]だろう。意味は「詠嘆」にしておく。

2)へこむわ
 1)とほぼ同様だが、こちらは[2]の可能性が高い気がする。「へこんじゃうわ」くらいなら[1]の可能性が高い。

 このほか「知らんわ」「やってられんわ」あたりだとやや乱暴な男性の言葉づかいになる気がする。
 意味は「憤り」や「呆れた気持ち」を表わすんだろうな。
[3]もどちらかと言うと男性の言葉づかいかな。微妙。
 文末につく「わ」は女性の言葉づかいのイメージがあったが、こうして見ると、そんなことはないわ(意味は??)。
 当方もけっこう使ってるわ(意味は??)。やはり文脈しだいとしか言いようがないわ(意味は??)。

【例題】
 アタシはバカだから、こんなむずかしい話はわかんないわ。→[1]だろうな
 オイラはバカだから、こんなむずかしい話はわかんないわ。→[2]だろうな
 あの人はバカだから、こんなむずかしい話はわかんないわ。→どっち?


【追記】
「こんにちは」か「こんにちわ」に関しては、下記の書籍が詳しいらしい。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2976.html

「早い」と「速い」〈3〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年03月22日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1923583574&owner_id=5019671

 下記の続き。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1345.html

 せっかく文化庁が発表してくれたんだからチェックしておく。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/ijidoukun_140221.pdf
【「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)】
================引用開始
はやい・はやまる・はやめる 108
【早い・早まる・早める】時期や時刻が前である。時間が短い。予定よりも前になる。
時期が早い。早く起きる。気が早い。早変わり。早口。矢継ぎ早。早まった行動。 順番が早まる。出発時間が早まる。開会の時刻を早める。
【速い・速まる・速める】スピードがある。速度が上がる。
流れが速い。投手の球が速い。テンポが速い。改革のスピードが速まる。 回転を速める。脈拍が速まる。足を速める。
================引用終了

 これでは何もわからないorz。

突然ですが問題です【日本語編188】──行かないといけない ご乗車できません 芝生に入れません 自転車は置けません

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年03月12日から

【問題】
 一説によると、下記は方言(的な言い方)なんだとか。個人的には半信半疑です。
 標準的な言い方にしなさい。

1)行かないといけない 
2)ご乗車できません 
3)芝生に入れません 
4)自転車は置けません




【解答?例】
 下記の【ネタ元】によると、解答は以下のようになる。
【参考サイト】
【「ご乗車できません」は方言? 東京語と標準語が離れていく 】
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO42351920Y2A600C1000000/

1)行かないといけない
 →行かなければならない  
2)ご乗車できません 
 →ご乗車にならないでください
3)芝生に入れません 
 →芝生に入らないでください
4)自転車は置けません
 →自転車は置かないでください


【よくわからない解説】
 一応【ネタ元】に従ったが、何が方言で何が標準語(共通語?)なのか、さっぱりわからない。
 一般的な形は下記あたりではないかと思う。

1)行かないといけない
 →行かなければならない (↑と同じ) 
2)ご乗車できません 
 →ご乗車になれません
3)芝生に入れません 
 →(芝生への)立ち入り禁止
4)自転車は置けません
 →駐輪禁止

 詳しくは下記をご参照ください。
【行きませんでした 行かないといけない ご乗車できません 芝生に入れません 自転車は置けません】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2993.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=5019671&id=1923434695

自動詞と他動詞〈2〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年03月08日から

 動詞は、おおざっぱに言うと自動詞と他動詞がある。
 日本語の場合、自動詞と他動詞(以下「自他」と書く)の話がどこまで正確なのかわからないところがあるが、ここでは無視する。↑にあった定義に従っておく。例外については【自動詞と他動詞〈1〉】http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2936.html参照。
http://web.ydu.edu.tw/~uchiyama/1h93fy/jita.html
================引用開始
自動詞
〈「を」+動詞〉の形にならない動詞

他動詞(たどうし)
〈「を」+動詞〉の形になる動詞
================引用終了

 複合動詞(「付けかえる」などのような動詞を便宜的にこう呼ぶ)の場合、前半と後半の自他が一致するほうが自然なことが多い(はず)。後半のほうが支配力が強いという説も聞くし、例外はいろいろあるが……。
  立ち直る(自+自)○
  立ち直す(自+他)△
  立て直る(他+自)△
  立て直す(他+他)○

■「立ち上げる」
 例外のトップに上げたいのが「立ち上げる」。「会社を立ち上げる」「パソコンを立ち上げる」などと使う。
 法則性で考えると下記になるはず。
  立ち上がる(自+自)○
  立ち上げる(自+他)△
  立て上がる(他+自)△
  立て上げる(他+他)○

 転んだ子供が「立ち上がる」という用法のほか、先にあげた「立ち上げる」も広く使われる。そのためか、「立て上げる」のほうはあまり見ない。「(建築物を)を建て上げる」なら問題はなさそうだが、これもあまり見ない。

■「並び替わる」と「並べ替える」
 法則に従うなら下記のようになる。
  並び替わる(自+自)○
  並び替える(自+他)△
  並べ替わる(他+自)△
  並べ替える(他+他)○ 

「数字が自動的に並び替わる」「数字を並べ替える」が自然だろう。
 理由は不明だが「並び替え(る)」とする例をかなり見る。mixiのExcelのコミュでは「並び替え」という言葉がたびたび問題になっていた。Excelに限れば、「並べ替え」でないとおかしい。法則性云々ではなく、Excelのプルダウンメニューが「データ」→「並べ替え」になっているから。
「並び」を「替える」と考えれば「並び替え」でもおかしくはない、という説を目にすることもある。まあ、Excelの仕様を別にして日本語の問題と考えるなら、そういう考え方もアリかもしれない。
 個人的には相当気持ちが悪く感じる。某テレビ番組で「並び替え川柳」という言葉が使われるたびに引っかかるものがあり、投書をしようかと半ば本気で考えている。

■「聞き飽きる」
 これは↓のmixiのトピで教えてもらった。
「他+自」の形になっているので不自然なはずだが、書きかえようがない(泣)。

■少し関係しそうなトピ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=21710714&comm_id=19124

 コメントを回収しておく。
================引用開始
[10] 2007年08月12日 00:32

tobirisu
 当方の意見を初めに書いておくと、あげられた例文に関してはすべて「*」です。ただし、文脈によっては「?」ということもあるかもしれません。
 そもそも複合動詞を形成しているそれぞれの動詞がどんな助詞を伴うか、ということから考えてみました。たとえば「走り続ける」なら、「走る」も「続ける」が両方とも同じような助詞を伴うので、「走り続ける」も同様になり、迷う余地はないと思います。
 例文をすべて検討すると煩雑になるので、「聞き飽きた」を例に考えましょう。語感に多少の違いはあっても、ほかも同様だと思います。
     ~に  ~を  ~は  ~も
聞いた  ×   ○    ○   ○
飽きた  ○   △    ○   ○
 原則としては、両方の動詞が伴いうる助詞でなければ使いにくいのではないでようか。
「に」を使うと異和感があるのは、「聞いた」が「に」を伴わないからだと思います。この観点もあって、当方の語感では「には」にしてもすべて「*」です。一方、「を」だとさほど異和感がないのは、
1)「飽きた」が「を」を伴うことも可能だから(どちらかというと「に」が自然ですが)
2)直接助詞と結びつく「聞いた」が「を」伴うのが自然だから(あるいは、「聞いた」が主、「飽きた」が従、という考え方もできるかもしれません)
 両方の動詞と結びつく「は」「も」は文としては成り立ちますが、当然のことながら「限定」「累加」などの意味合いが付加されるので、文脈によっては不自然になります。

 いずれにしても、文脈しだいのところがあります。
6:accoさんのコメント中にあった
「虫は春からこの方、ずっと青葉に食べ飽きて、」
 なら、「は」は「虫は」と重複感があって少しヘンでしょう。間を省略して「虫は青葉は食べ飽きて」とすると、あきらかにヘンになります。「も」もほかに食べ飽きたものが出てこないのならヘンです。この場合なら「に」もアリかなと思います。個人的な語感では「を」ですが。
 そもそも、他動詞的な「聞く」と自動詞的な「飽きる」が結びついた「聞き飽きる」がイレギュラーな表現な気がします。よく指摘される「並び替え」(「並べ替え」が正しい表現でしょう)のような気持ちの悪さがあります。
 8:ichamonologystさんのコメントあるように、「必須格であるニ格・ヲ格を用いている例が案外少ない」のも、この気持ちの悪さと関係があると思います。
 素人考えで長々と失礼しました。土曜日中のタイムリミットを少し過ぎてしまいましたが、ご参考までに。
================引用終了

================引用開始
[19]
2007年08月12日 19:34

tobirisu
 まず、いまさらながらひとつ提案です。当方はMacintosh環境で見ているため、冒頭の例文のマルイチ、マルニと思われるものが化けています。 16: Crane Ugoさんの〈???では、「にも」とすると〉あたりになると、判読できません。ということで、改めて下記のようにしました。さしさわりがあるなら、修正してください。

1)彼のくだらない冗談に聞き飽きた。
2)病室の窓から見える殺風景な景色に見飽きた。
3)子供向けの漫画に読み飽きた。
4)日本に10年住んでいるので生魚に食べ慣れた。
5)ロンドンに10年住んでいるのでイギリス英語に聞き慣れた。
6)最初は驚いたが、今では彼女の風変わりな髪型や服装に見慣れた。
 
 当方の考えは保守的なのかもしれませんが、「にも」にすると、
  1)2)3)(~にも○○飽きた)は「*」
  4)5)6)(~にも○○慣れた)は「?」
 です。いずれも、「にも」にするなら、「も」にするべきという気がします。

「ている」「てきた」にすると「に」がOKというのは、最初はそう思いました。
 おそらく、「ている」「てきた」にすると、それだけ、「飽きる」「慣れる」の部分の字面が重くなるので、それだけ、「に」との親和性が強まるからでしょう。
 ただし、じいっと眺めているうちに感じが違ってきました。やはりすべて「*」です。もはや当方の語感は何の判断力ももたなくなったようです(泣)。
 やはり通常の形は「~を」でしょうが、原因不明の気持ちの悪さは感じるので、自分では極力使わないと思います。こうして使えない表現がまたひとつ増えてしまいました。

17: accoさんのコメント中の
「そこらの中華料理に食べ飽きている人はぜひ行ってみてください。」
 に関しては、この文脈なら「に食べ飽きている人」でも「に食べ飽きた人」でもさほどおかしくないかな、と思います。個人的な語感ではどちらも「を」ですが。
 このあたりの語感の問題は、水掛け論になる気がします。
================引用終了

早口 速口 早足 速足

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1486031711&owner_id=5019671

mixi日記2010年06月28日。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1525205654&owner_id=5019671

 テーマサイトは下記。
【早口or速口】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1142511266

 質問の全文を転載する。
================================
早口or速口
しゃべり方がはやいことを、早口と言いますよね。
話すスピードが速いという意味なのにどうして「早」←この字を使うのでしょう???
================================

 かなりむずかしい。
 大前提として表記に関する当方の考え方。一部抜粋する(重言)。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1040136905
================================
表記(漢字の使い分けなど)の問題は2種類に分けて考える必要があると思います。

1)使い分けないと間違いになる場合
2)使い分けるのは単なる「決め」の問題の場合

たとえば「謝る」と「誤る」は明らかに意味が違うので1)でしょう。
「誤った」ことを「謝る」とは書けても、逆はありえません。このほかに「過ち」のことを考えだすと、ちょっと話がややこしくなります(笑)。

一方、「生まれる」と「産まれる」の場合は2)でしょう。
汎用性が高いのは「生まれる」でしょうから、「産まれる」と書くべきところを「生まれる」と書いても間違いではありません。単なる「決め」の問題です。ただ、逆にムヤミに「産まれる」を使うとヘンな感じになります。
================================

「早」と「速」の場合は1)のときと2)のときがある。
 
 朝日新聞の用字用語で使い分けを見てみる(一部抜粋)。
================================
早〈主として時間関係〉足早に立ち去る、気が早い……早口、早死に……
速〈主として速度関係〉決断が速い……テンポが速い、速足、速い動作、歩度を速める
================================
 ビックリした点が2点
1)Macintoshでは「はやあし」は「早足」しか変換しない(それだけ微妙なのね)
2)「歩度を速める」なんて初めて見た。この部分は何度か見たはずなんだけど……。Web辞書(『大辞泉』には掲載されていた。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E6%AD%A9%E5%BA%A6&stype=1&dtype=0

「速足」なんだから、「速口」と考えるのがフツーだろう。「早口」と書くのは慣例としか言いようがない。矛盾語(「矛盾表記」?)のひとつだと思っていた。「矛盾語」に関する詳細は下記。
【論理的には説明できない「矛盾語」たち──日本語はむずかしい 】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-904.html

 共同通信社の『記者ハンドブック』で、説明の糸口らしきものを見つけた。
================================
早〔晩の対語、時刻・時期が前である様子、急いで行う様子〕
速〔遅の対語、AからBまで動く速度がはやい〕
================================
「速度がはやい」って……さすがに「速度が速い」とは書きにくかったのね(笑)。

 ポイントは「早」が「急いで行う様子」を表わすこと。
「早飯、早●、芸のうち」なんかもこれなんだ。
「はやめし」だって、「早い時間帯の食事」なら「早飯」だけど、「速く食べる」なら「速飯」のほうが正しいはず。このへんは全部「急いで行う様子」の仲間と考えるといいのだろう。「早業」なんかも同様。
 そう考えれば、慣例的に「早口」と書くのも理解できる。

 ここから先はヨタ話。
 Web辞書では、「早口」と「早足」を採用している。
「はやあし」に関しては下記参照。
■Web辞書(『大辞泉』から)※Web辞書『大辞林』もほぼ同様。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%AF%E3%82%84%E3%81%82%E3%81%97&stype=1&dtype=0
================================
はや‐あし【早足/速▽歩】
1 歩き方の速いこと。速い足どりで歩くこと。「駅まで―で急ぐ」
2 馬術で、1分間210メートルの速度を基準とする駆け方。トロット。
================================
「速足」「早足」のどちらでもいいのだろうが、個人的にはこういう表記の使い分けに関しては国語辞典より用字用語集を重視している。
 個人的には慣例に従って、「速足」「早口」と書く。
 もちろん、「早足」が絶対に間違いかと言われれば、「間違い」と断言する勇気はない。「速口」が「間違い」と断言する勇気もない。
 かと言って、速くしゃべるのが「速口」で、素早くしゃべるのが「早口」と使い分ける気もない。同様に、「早足」と「速足」を使い分けるのも事実上は無理だろう。
 ただなぁ。「足早に速足で立ち去る」んだろうか。

 少し前に知って唖然とした話。
「太郎は足が(はや)い」は「早い」と書いても間違いではないらしい。そんなバカな。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1278.html


「早い」と「速い」〈2〉

mixi日記2011年03月21日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1693242233&owner_id=5019671

 テーマサイトは下記。
1)【早いと速いの使い方】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6577305.html
 あげられた例文。
  時間が過ぎ去るのはとてもはやい
2)【「ネットの方が情報がはやい」 「早い」「速い」どっち?】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5308550.html
 あげられた例文。
  ネットの方が情報がはやい

 なんという微妙なことを。
 これはどっちでもいいだろうな。解釈しだいになる。一般に、時間関係は「早い」で、速度関係が「速い」。どちらも時間の速度の話だから悩ましい(笑)。
 少し言葉を足すと限定できるかも。
 1)の例。
 忙しいと時間が過ぎるのが早い
 年をとると、時間が過ぎるスピードが速い
 2)の例
 ネットの方が情報が早く伝わる
 ネットの方が情報の伝達速度が速い

「スピード」とか「速度」って言葉が出てこなければ、「早い」だろうな、って気がする。でもこんな微妙なのは「はやい」って書くに限る(笑)。



「早い」と「速い」〈3〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

mixi日記2014年03月22日から

 せっかく文化庁が発表してくれたんだからチェックしておく。
【「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)】
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/ijidoukun_140221.pdf
================引用開始
はやい・はやまる・はやめる 108
【早い・早まる・早める】時期や時刻が前である。時間が短い。予定よりも前になる。
時期が早い。早く起きる。気が早い。早変わり。早口。矢継ぎ早。早まった行動。 順番が早まる。出発時間が早まる。開会の時刻を早める。
【速い・速まる・速める】スピードがある。速度が上がる。
流れが速い。投手の球が速い。テンポが速い。改革のスピードが速まる。 回転を速める。脈拍が速まる。足を速める。
================引用終了

 これでは何もわからないorz。

行きませんでした 行かないといけない ご乗車できません 芝生に入れません 自転車は置けません

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年03月19日から

 テーマサイトは下記。全文は末尾に。
【「ご乗車できません」は方言? 東京語と標準語が離れていく 】
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO42351920Y2A600C1000000/

 日経の言葉に関する記事は信頼していたのだが、これはちょっといただけない。
 順番に見ていこう。

■行きませんでした
〈標準語では「行きませんでした」になります〉……一般には「標準語」ではなく「共通語」だと思う。ただ、この場合は筆者があえて使っていると思う(意図は不明)ので、以下は標準語と呼ぶ。
「行かなかったです」は方言なんだ。国語学者の説だから尊重しようか。でも「行かんかった」「行かなんだ」に「です」をつけたら「行かんかったです」「行かなんだです」じゃないだろうか。
 原文はここでいったん別の話題になり、あとで「行きませんでした」の話に戻る。なんでそんな構成になっているのかは不明。

■行かないといけない
 これも方言なのか。
 納得できる部分から。
 当方の元々の語感だと、禁止は「~してはいけない」で、義務は「~しなければならない」。仕事で原稿を書きはじめて、類似表現を使う人がいることを知った。たしかその人は東京都(世田谷区)出身だった。

・禁止
「~してはいけない」(当方の元々の語感)
「~してはならない」

・義務
「~しないといけない」(ホントに方言なんだろうか)
「~しないとならない」(これはあまり見ない気がする。理由は不明)
「~しなければいけない」
「~しなければならない」(当方の元々の語感)

 はじめはかなり気持ちが悪かった。
 とくに「~しないといけない」は「ない」が重複してイヤ。辞書を調べたけど、とくに問題はなさそうなのでスルーした。「首都圏の方言」なのか。
 納得できない部分。
 標準語としてヘンとする根拠があるのだろうか。

■ご乗車できません
「東京周辺では近年使われるようになった新しい言い回し」なの?
「近年」の定義が不明だが、かなり古くから使われている気がする。駅のアナウンスではおなじみ〝だった〟気がする。むしろ「誤用」ということで、近年聞かなくなったのでは。
 この話に関しては、下記がわかりやすい。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2327.html
================引用開始
 そもそもこの本を書棚から引っ張り出したのは、「ご利用できます」がなぜ誤用なのかを確認するため。P.146にわかりやすく書いてある。
「ご利用できます」とか「ご乗車できます」はよく目にする誤用らしい。そもそも可能形でない形の「ご利用する/ご利用します」がかなり異様。「ご~する」は謙譲語Iの基本形とも言える形だが、「ご利用する」ってフツーの文脈では使わないだろう。
 話し手側を主語にする謙譲の形で「ご用意できます」「ご案内できます」ならもちろんアリ。しかし、聞き手側を主語にする「ご利用できます」「ご乗車できます」は×。
 ほかにも気になった点を追加でメモしておく。
================引用終了 

 これが「ご乗車いただけません」だとグレーゾーンで、詳しくは下記のようになる。ああメンドーくさい。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2721.html

「ご乗車できません」は「方言」と言うより「誤用」だろう。「ご乗車になれません」なら、とくに問題はない。
 これを標準語にしたのが「乗らないでください」というのは相当乱暴なのでは。まあ、禁止(の命令)を丁寧にするのはむずかしいので、無理矢理変換したのかもしれない。
 素直?に考えるなら、「ご乗車はお控えください」かな。「ご乗車はご遠慮ください」になると、別の話が引っかかる。

■芝生に入れません/自転車は置けません
「ご乗車できません」が×で、「乗らないでください」が標準語ということなら、「芝生に入れません」「自転車は置けません」も×になるのかもしれない。
 しかし実際には「ご乗車できません」は「方言」だから×ではなく、別の理由で「誤用」。そうなると、「芝生に入れません」「自転車は置けません」を×にする理由はない。
 たしかに、「芝生に入れません」よりは「芝生に入らないでください」のほうがわかりやすいかもしれない。しかし「規則により、芝生に入れません」なら問題ないだろう。「(芝生への)立ち入り禁止」って言い方もある。
「自転車は置けません」「自転車を置かないでください」はどちらにも異和感がある。「放置」と考えるなら「置けない」かもしれないが、「駐輪」と考えるなら「とめる」じゃないないかな。何より「駐輪禁止」という便利な言い方がある。
 これだと「禁止」があまり強く感じられないのは、事務的な印象がいいほうに働いているのだろうか。

■行きませんでした2
 さて話がここに戻る。
 この「ませんでした」は課題のひとつで、どこから手をつけるべきか悩んでいる。
 ほかに言いようがないからしかたがないとは思う。
 ただ、これを「敬語連結」と考えるのには疑問が残る。
161【「~ていません」「~ませんでした」】☆日本語教師☆ テイル 「~ている」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1453802950&owner_id=5019671
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1175.html
198【「~ますでしょうか」 「~ませんでしょうか」】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1483085125&owner_id=5019671
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1214.html


http://www.nikkei.com/article/DGXBZO42351920Y2A600C1000000/
================引用開始
「ご乗車できません」は方言? 東京語と標準語が離れていく
(1/2ページ)2012/6/12 7:00
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 「行かなかったです」「行かないといけない」といった言い回しを普段していませんか? 東京近郊出身の筆者はこれらを標準語だと思って使っていたのですが、実は標準語ではないようです。ではどんな言い方が標準語で、なぜこうした言い方ができたのでしょうか。

■東京近郊で顕著

 「行かない」の過去形である「行かなかった」の丁寧な言い方は、標準語では「行きませんでした」になります。「行かなかった」の方言を調べると、西日本や新潟あたりでは「行かんかった」、近畿から北陸・東海地方では「行かなんだ」と言い、「それらの地域出身の人たちが『行かなかった』を丁寧に言おうとしたときに『です』をつけて、『行かなかったです』となった」と国語学者の田中章夫さん(元学習院大教授)は指摘します。こうした傾向は都心よりも埼玉や千葉、神奈川などの住宅街で顕著だそうです。


標準語形に直すと…
行かなかったです → 行きませんでした
行かないといけない → 行かなければならない
ご乗車できません → ご乗車にならないでください
芝生に入れません → 芝生に入らないでください


 田中さんの近著「日本語雑記帳」(岩波新書)によれば「行かないといけない」という言い方も首都圏近辺でこのごろよく聞かれる形だといいます。「行かないといけない」は、標準語では「行かなければならない」ですが、これは「行かんといかん」「行かんとあかん」などと言う西日本出身の人が標準語を言おうとして「行かん」を「行かない」、「いかん」「あかん」を「いけない」に“翻訳”した形だと考えられます。

 駅のホームや電車内で「ご乗車できません」というアナウンスを聞いたことがあるかもしれません。これも東京周辺では近年使われるようになった新しい言い回しです。標準語としては「乗らないでください」といった「~しないでください」の形が一般的でした。それが「~できません」という「可能の打ち消し」の形で「禁止」を表す言い回しに変わったわけです。「可能の打ち消し」で「禁止」の意味を表すのは西日本でよく見られるそうです。

 また、公園などで見られる「芝生に入れません」「自転車は置けません」といった立て札。これも東京周辺で増えた西日本風の言い回しで、標準語にすれば「入らないでください」「置かないでください」などの形になります。

■戦後、地域語と交じり変化

 上記の「行かなかったです」や「行かないといけない」などが、東京やその周辺で聞かれたり見られたりするようになったのは戦後になってからだといいます。全国各地から人が集まり、東京近辺の人口が急増した結果、「それまで使っていた各地のことばを標準語に近づけたために生まれたもの」と田中さんは見ています。

 そもそも、標準語とはなんでしょうか。「日本語学研究事典」(明治書院)によると、各地の方言を統一するために、全国どこでも通用する国家の言語として国が制定した言語です。日本では明治時代に学校の教科書をつくるため、東京で使われている語(東京語)が基になりました。学校教育や軍隊を通じて全国に広がっていきますが、昭和の初めごろまではまだまだ標準語を話す人は少なく、日本国内でも話が通じないということがありました。

 標準語の「行きませんでした」は、幕末ごろの江戸ではすでに使われていたようです。一方で、幕末から明治時代にかけては「行きませなんだ」「行きましなんだ」なども江戸・東京では使われていましたが、教科書などには採用されず、明治以降はあまり使われなくなります。明治時代には「行かないでした」という言い方も東京で一時、行われていました。

■日本語教育の現場でも

 「行かなかったです」は現在では首都圏だけでなく、日本語を話す外国人にも使われている可能性があります。「行かなかった」に「です」をつけるだけなので、初心者には容易で説明もしやすく、日本語教育の現場では積極的に取り入れている所もあります。英オックスフォード大で出版された日本語入門書の中にも「行きませんでした」と併記されています。

 東京語を基につくられた現在の標準語ですが、「行かなかったです」などは地域語を話す人が無意識のうちに言いやすいことばに変化させた結果の表れといえるでしょう。こうした一連の動きを田中さんは「標準語の東京語離れ」と呼んでいます。

 戦後、東京以外の地域からやってきた人が増えた影響で、昔ながらの東京語を話す人は少数派になりつつあります。ことばは使う人が増えるほど、使いやすい形に変化しがちです。「寝られる・来られる」に対して「寝れる・来れる」が広がってきたのも、その例です。「標準語」が変わる動きは今後も広がっていくことでしょう。

(岩崎雅子)
================引用終了

突然ですが問題です【日本語編185】──申し訳がございません 申し訳ございません おそれいります かしこまりました

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年02月18日から

【問題】
 次の1)~4)のなかで、謙譲語が含まれているものをあげなさい。

1)申し訳がございません
2)申し訳ございません
3)おそれいります
4)かしこまりました
5)承知しました




【解答?例】
 程度の差はあるが、いずれも謙譲語性(謙譲語的なニュアンス)はもっといると思う。
 しかし「謙譲語が含まれている」という根拠を明記できるものはない。
「4)かしこまりました」は古い時代には謙譲語にされていた可能性が高い。しかし、現代語では「謙譲語」とは言えない。 

【よくわからない解説】
 詳しく書くととんでもないことになる。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2978.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1922396882&owner_id=5019671

 とりあえず、下記のやり取りをご確認ください。ウカツに微妙な質問をすると、こういうことになる(泣)。

【「了解しました」「了解いたしました」が不適切な理由】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8456636.html
【「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8499357.html

電脳の譜 6

【6】20××年 26期棋神戦本戦トーナメント後夜祭

 対局後、近くの中華料理店で打ち上げを兼ねた食事会が催された。
 主役は藤野女流初段だった。明るい性格で笑いを絶やさず、やや天然気味で下ネタやきつ目の冗談もさらりと交わす。日頃から将棋界のアイドル的立場の26歳は、完全に場の中心にいた。
 森山は、一応準主賓クラスの扱いで和田棋神の横の席に座った。主催の「ワラワラ動画」の関係者がひっきりなしに挨拶に来てやたらとお世辞を並べるので、なんだか落ち着かない気分だった。
 「もう一軒付き合ってもらえませんか。そんなに時間はとらせません」
 会がお開きの雰囲気になると、和田棋神が小声で森山を誘った。
 六本木の路上でタクシーを拾った和田棋神は、運転手に新宿に行くように告げると森山に話しかけた。
 「森山先生は、大盤解説は初めてと言ってましたよね。お疲れじゃありませんか」
 「私はただ観戦していただけですから、疲れなんてありません。勉強になりました。ありがとうございます」
 「こちらこそいろいろありがとうございました。とくに新崎八段の対局のときには助かりました。いまさらですけど、はっきりとお礼をいえてなかったので……」
 と言って和田棋神は深々と頭を下げた。
 「そんなオーバーな。あのときは、立場上いいにくいことがあるような気がしたんで、口を挟んだだけです」
 「なんていいますか。これは完全にボクの個人的な意見として聞いてほしいのですが……あの6二玉は、将棋ソフト用の作戦としてアリかもしれません。ただ、プロ棋士が公けの場で指すべき手なのか、という疑問が残ります。将棋ソフト用の秘策だとしても、奇抜すぎてアマにとってもプロにとっても参考になりませんし。もう少し正攻法で行くべきだったのでは。正攻法では手も足も出ないということなら、対局を辞退する、という選択肢もあったと思います。まあ、当時の会長がしたことですから……」
 〈そんなところだろうな〉
 と森山は思った。
 通常は、よほど実力差がないとああいう戦法は通じない。正攻法で負けたのなら、あれほどひどい批判を受けることもなかっただろう。
 「答えにくいことを訊くようですが、森山さんの世代だと、十中八九埴生先生のファンですよね」
 唐突に和田棋神が訊いた。
 「申し訳ありませんが、まあ、そうです」
 と森山が済まなそうに言う。和田棋神が苦笑した。
 「しょうがないですよ。プロ棋士全員に訊いても、埴生先生を悪く言う人はひとりもいないと思います。将棋ファンに訊いても、悪く言う人はめったにいないでしょうね。あんな人はいません。あれだけ将棋が強くて、人間的にも欠点がなくて、おまけにイケメンですからね」
 「唯一の欠点は寝癖かも」
 森山の軽口に、和田棋神は声をあげて笑った。
 「それに比べると、ボクは嫌われ者ですから、とくに年配のかたには。絶対的ヒーローを倒そうとする悪役キャラなんでしょうね。どうせ悪人面ですし。和田の将棋はつまらない、という話もよく聞きます」
 と言って、和田棋神は呟くように付け加えた。「これでも若い人にはそこそこ人気があるんですけどね」
 〈藤野さんならきっとうまくフォローするんだろうな〉
 と森山は思ったが、言葉が出てこなかった。
 森山の世代にとって、「埴生世代」の登場はエポック・メーキングな出来事だった。「埴生世代」によって、将棋がいろいろな面でかわった。
 まず、プロ棋士像がかわったといわれた。それまでのプロ棋士像は、人間くさく、どこか浮世離れしたところがあった。
 たとえば、大山十五世名人は盤外の駆け引きの達人だった。抜群の実力に加え、巧みな盤外戦術でライバルとされた升田幸三を蹴落とし、自分を脅(おびや)かす若手を潰した。対局場の温度設定に注文をつけたり、相手の所作を皮肉ったり、2日制のタイトル戦では宿泊先の旅館の食事時間を勝手にかえたり……といったほんの小さなイヤガラセの場合もあった。必勝になった将棋をあえて長引かせて、相手の闘志を萎えさせたこともあったという。些細なことではあっても、大山独特の威圧感を伴えば、対局相手は相当なプレッシャーを受ける。
 升田は、棋力だけなら大山にヒケをとらなかったかもしれない。大山からタイトルを奪取したことも何度かあった。しかし、瞬間的に上回ることはあっても、升田が大山を超えることはなかった。「人間力の勝利」などという人もいる。升田はアクの強い性格で知られ、わがままな行動でたびたび周囲の顰蹙を買った。大山もわがままな行動が目立ったが、顰蹙を買うことはなく、周囲の不満をねじ伏せた。
 別の見方をするなら、大山のわがままは計算ずくの大人の心理戦だった。これに比べると升田のわがままは子供じみた自分本位の行動でしかなかったから、盤上の実力は拮抗していても升田に勝ち目はなかった。
 大山も升田も、世間の常識では推し量れないところがあった。大山を倒して名人になった中原十六世名人は、まったく違う意味で常識では推し量れなかった。ひとことでいってしまうと、将棋以外の部分には何も頓着しない超絶的にマイペースな人間だった。そのため、大山の盤外戦術がまったく通用しなかったといわれる。
 中原の次に天下をとったのは、十七世名人の資格をもつ小谷浩司九段だった。しかし、小谷九段の天下は長くは続かなかった。復活した中原十六世名人などとの争いを続けているうちに、「埴生世代」が急速に擡頭したからだ。埴生が初めて名人位についたのは1994年で、小谷九段が名人になった11年後のことだった。
 それ以降、名人位は「埴生世代」の棋士の持ち回りになっている。ほかの棋士で名人になったのは、1997年の小谷九段だけだった。あとは、挑戦者になったことさえ数えるくらいしかない。
 「埴生世代」の棋士たちは、それぞれ個性的ではあるものの、共通しているのは昔の棋士に比べ常識人という点だった。トラブルやスキャンダルなどほとんど聞かない。
 というより、昔の棋士が滅茶苦茶だった。タイトル戦の前の挑発合戦は毎度のこと。対局中の相手に煙草の煙を吹きつけた、などという現代では考えられない話もあった。博打好き、大酒飲みも珍しくなく、なかには、賭け将棋で生計を立てる真剣師上がりの棋士までいた。ひと癖もふた癖もあるのが当たり前で、多少非常識な言動があっても許される雰囲気があった。
 「埴生世代」がそれまでの棋士と違っていたのは、性格的な問題だけではなく、将棋に向かう姿勢が違った。研究会が一般的なものになったのも、この世代からだ。気の合う棋士が集まって、古くからある定跡も最新の定跡も、しらみ潰しに調べ上げられた。元々才能のある若手たちが協力して力をつけていく様子は、「切磋琢磨」という表現がぴったり当てはまった。
 定跡の研究が飛躍的に進み、戦形を問わずに序盤から気の抜けない展開になることが増える。それまでは、「本格的な勝負は駒組みが出来上がってから」という意識が強かった。そのため、2日制のタイトル戦の1日目から激しい戦いになることはめったになかった。ところがいまは、駒組みらしい駒組みもなしに戦いに突入することも珍しくない。
 「埴生世代」は、登場した頃には「チャイルドブランド」とか「新人類棋士」とか呼ばれた。ひとことでいうと、考え方も生き方も「ドライ」で、先輩棋士たちは宇宙人を見るような目で彼らを見た。才能に恵まれたうえに努力を惜しまないのだから将棋が弱いわけはなく、「埴生世代」によって、先輩棋士たちは苦しい立場に追いやられた。
 もう少し具体的な棋風でいうなら、「埴生世代」の棋士は勝負に辛かった。なかでも藤江剛九段、丸川忠行九段、木内俊史九段の3人は「激辛三兄弟」と呼ばれ、いったん優勢になったら堅実な手を選んでめったに逆転を許さなかった。ひと昔前なら「そこまでしなくても……」といわれそうな安全策を平然ととり、「石橋を叩くだけで渡らない」と形容された。
 お人好しの顔をして意外にエグい手を指すのが藤江、ニコニコ笑いながら意外にエグい手を指すのが丸川、冷酷無比な顔をして案の定エグい手を指すのが木内……などという笑い話もあった。
 「激辛三兄弟」だけではなく、「埴生世代」以降の棋士は概して勝負に辛い。それまでは、安全策は「ゆるみ」と考えて嫌う棋士が多く、多少の危険を冒してでも最短の勝ちを狙うのが一種の美学だった。
──棋士にとって、棋譜は後世まで残る作品。
 と考える風潮もあった。ただ勝つだけでなく、美しい棋譜を残すことを意識していた。それに比べると「埴生世代」は「勝利至上主義」だった。相手玉に「詰み」がある局面なら、どんなにむずかしくてもきっちり詰まそうとするのが昔の棋士の流儀。いまの棋士は、少しでも不安要素があったら、無理に詰ましにいかずに安全策をとることをためらわない。
 善悪の問題ではなく、「埴生世代」の登場によって棋士の気質も将棋の質もかわったのである。
 約10年後に和田棋神がトップクラス入りする頃には、研究会も「勝利至上主義」も当たり前になっていた。そのなかにあっても、和田棋神は異質だった。
 たとえば、和田棋神には棋風を表わすキャッチフレーズがなかった。トップクラスの棋士には、たいていキャッチフレーズがついている。
 名人経験者で見ると、中原十六世名人は「自然流」、小谷九段が「光速流」、米中永世棋聖は「さわやか流」「泥沼流」と2つのキャッチフレーズをもっていた。埴生名人は「埴生マジック」、木内九段が「鉄板流」、伊藤九段が「緻密野蛮流」……といった具合だ。和田棋神にキャッチフレーズがないのは、棋風にそれだけ特徴がないことを意味する。目立った特徴がないのに、とにかく強かった。当たり前の手を淡々と指しているようで、結果的には勝つ……という印象だった。
 特徴として、時間の使い方があげられることもあった。序盤ではできるだけ早めに決断して、時間を中・終盤に残す。結果的に、たいてい相手よりも多く考慮時間を残していた。論理的に考えればそのほうが有利に決まっているが、実際には「ドライ」といわれる「埴生世代」以降の棋士でも序盤で長考し、「いったい何を考えているのか」と不思議がられるプロ棋士が多かった。
 和田棋神は発想がデジタル的ともいわれた時期もあったが、本当の意味でデジタルな将棋ソフトの普及によってそういういい方はされなくなった。近年はネット上で「スーパードライ」などといわれることがあるのが、数少ないキャッチフレーズかもしれなかった。

 森山が考えごとをしているうちに、タクシーは新宿に着いた。目的地のバーは地下にあり、駅の東口から数分のところとは思えないような静かな空間だった。
「この時間だとそんなにお客さんがいないはずです」
「ずいぶんオシャレな店ですね」
「ボクもこんな店はここしか知りません。師匠が何十年も通っている店なんです」
 和田棋神の師匠は名伯楽として知られる所司和晴七段だった。生真面目な印象のある所司七段が、こんなシャレたバーに通っていることが、森山には意外だった。
 森山はワイルドターキーのオン・ザ・ロックを頼み、和田棋神はタンカレーを使ったドライ・マティーニを頼んだ。
「エクストラ・ドライで」
 と付け加えた和田棋神の言葉に、森山が笑いそうになる。なんとかこらえたつもりだったが、和田棋神に気づかれてしまった。
 「いま笑いそうになったでしょ。顔に似合わないカクテルですよね」
 ちょっと照れたように和田棋神が笑う。
 「失礼しました。そういうことではなくて……カクテルもエクストラ・ドライなんだな、と思って」
 「ああ、そういうことですか。スーパードライ、ってニックネームはけっこう好きなんですよね。流行らせてください。ビールはあまり飲みませんけど」
 早いピッチで1杯目のマティーニを空けると、和田棋神はお代わりを頼んだ。森山もペースを合わせた。
 「あと一杯だけ飲ませてください。今日は最高に気分がいいんです。あんなすごい手を目の当たりにできて、なんだか幸せです」
 「この数年で随一かもしれませんね。エコヒイキをするのはよくありませんが、コンピューターの読みにまったくなかったという点でも、画期的かもしれません」
 「近い将来、やはり将棋ソフトに勝てなくなる日が来るんでしょうね」
 和田棋神が唐突に呟くように言った。
 「可能性は高いのかもしれません」
 森山は微妙な言い方をした。
 「それはしかたがないと思うんです。問題は、そのことがはっきりしたとき、将棋ファンがガクッて減るのか、大した影響がないのか、って点なんですよね」
 「私は、ほとんどかわらないと思います。楽観的ですかね」
 「そんなに気をつかわないでくださいよ」
 と言って和田棋神は小さなため息をついた。「あまりヘンな予想をしてクヨクヨ考えるのはやめたんです。なるようにしかならないでしょうから」
──コンピューターは、プロ棋士がプログラムを組む人の棋力を反映する。プロ棋士がプログラムづくりに参加しない限り、プロ並みにはならない。
 将棋ソフトが出始めた頃、森山はそんなプロ棋士の意見を読んだことがあった。書いていたのは、故人となった米中永世棋聖だったような気がしたが、記憶が定かではなかった。まだ将棋ソフトはアマチュアの何級というレベルで、プロ棋士並みの棋力をもつことなど夢物語だった。
 そのときは「そのとおりだろうな」と思ったが、将棋ソフトが進化したいまとなっては、まったく的外れだったことが明らかになった。近年の強豪将棋ソフトの開発者のなかには、将棋のルールをよく知らない人さえいた。
──もし万が一コンピューターに追いつかれるようなことがあったら、ルールを少しだけかえればいい。たとえば香車がひとつだけ下がれるとか。
 その本にはそんな言葉もあったが、こちらの真偽も怪しい。人間に有利に働くのはルールをかえた直後のわずかな間で、そう時間はかからずに、将棋ソフトのほうが適確に対応できるようになる気がした。
 ただ、将棋ソフトを開発したのは人間だ。
 〈そのソフトに勝てなくなることが人間の負けを意味するのだろうか〉
 と森山は思う。計算速度ではコンピューターにかなわなくても、数学者の権威は落ちない。コンピューターにはできない創意工夫ができるからだ。だが将棋ソフトは新しい定跡まで確立しようとしている。そうなるとプロ棋士の権威は落ちるのだろうか。
 〈そんなことはない〉
 と思いながら、将棋ファンが離れていくことも考えられた。たしかにクヨクヨ考えてもしかたがないのかもしれない。
 「そうそう。あくまでもウワサですが、今日、サークラは最後まで投了しなかったそうです」
 「じゃあ、最後はどうして」
 「時間切れ負けになりそうになり、開発者の佐藤さんの判断で、投了したそうです。さすがにあそこで切れ負けじゃ問題でしょうから。ありえないんですよね。そんなふうにプログラムされてないんですから」
 「なんでそんなことに……」
 「これはボクの想像ですよ」
 と和田棋神はおかしそうに言った。「よほどあの6六銀が意外で、パニックを起こしたんじゃないですかね。あまりにもいい手を指されて悔しかったのかもしれません。なんだか負けそうになった子供が泣きながら将棋盤をひっくり返して、走って逃げていくような感じで……」
 軽妙な比喩に、2人は大笑いした。
 森山は、今回の棋神戦が始まるまで和田棋神の笑顔の印象がなかった。険しい顔つきの無口なイメージが強かった。大盤解説を何回か間近に見て、印象が大きくかわった。むしろ普通以上にユーモアのある快活な青年だった。
 〈無理もないか〉
 老成した印象のあるのは、立場と経歴のせいなのだろう。二十歳の頃から将棋界の最高峰のタイトルを保持し、看板を背負う立場にいるのだ。公けの場では口数も笑顔も減るのも当然だ。実際は、まだ20代の若者なのに。
 森山は、カクテルグラスを手にした若き権威者に、はっきりとした好意を感じていた。
 〈今度「双龍」が対局するとき、私はどちらを応援するのだろう〉
 心地よい酔いが回ってきた頭で、森山はぼんやり考えた。

電脳の譜【1】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2911.html
電脳の譜【2】
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電脳の譜【5】
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電脳の譜【6】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2991.html


竜王戦 三浦弘之 佐藤慎一 塚田泰明 米長邦雄 阿部光瑠 船江恒平 羽生善治 渡辺明 佐藤康光 森内俊之 先崎学 郷田真隆 丸山忠之 藤井猛 谷川浩司 藤田綾 渡邉恒雄 ナベツネ 藤井システム 大山康晴 升田幸三 

突然ですが問題です【日本語編139】──最近知ったこと5 なにげに/何気に/何げに さりげに

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2020.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【9】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1854387407&owner_id=5019671

mixi日記2012年09月23日から

【問題】
 下記の「なにげ」「さりげ」の使い方の適否を判定しなさい。
1)なにげにそうした
2)さりげにそうした


【解答?例】
 どちらもすでに「間違い」とは言えないらしい。

【よくわからない解説】
 1)に関しては、先日発表された〈平成23年度「国語に関する世論調査」〉で取り上げている。
〈「なにげなくそうした」ということを,「なにげにそうした」と言う〉ことがある人は、28.9%で、ない人が70.3%だったらしい。ほんとかなぁ。もっと多いと思う。ちなみに平成15年度の調査では、23.5%と75.7%だから、約5ポイント「なにげに」と言う人がふえたことになる。ほんとかなぁ。当方が見聞する限りだと、もっと多いと思う。とくに若い世代には相当普及している。
【「言葉遣いに気を使っている人」が8割超……噓おっしゃい(失笑)】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1871850778&owner_id=5019671
【平成23年度「国語に関する世論調査」に対する疑問】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1873341727&owner_id=5019671

 どんなに普及しても誤用は誤用、だと思う。しかし、事態はもっと進んでいるらしい。辞書が採用してしまったら、もうどうにもならない。

【気になってる日本語】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=11795092&comm_id=222342
 コメントを回収しておく。

181
2012年06月05日 01:24

 う、Web辞書が認めおった(まだ注つきではありますが)。
■Web辞書『大辞泉』から
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%92%E3%81%AB&dtype=0&dname=0na&stype=3&index=20456800&pagenum=1

http://kotobank.jp/word/%E4%BD%95%E6%B0%97%E3%81%AB?dic=daijisen&oid=20456800
================================引用開始
なにげ‐に【何気に】
《「何気ない」の「ない」を取り、形容動詞活用語尾「に」を付けて副詞化した語》⇒何気ない[補説]
================================引用終了

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%92%E3%81%AB&dtype=0&dname=0na&stype=3&index=20456900&pagenum=1

http://kotobank.jp/word/%E7%84%B6%E3%82%8A%E3%81%92%E3%81%AB?dic=daijisen&oid=20456900
================================引用開始
さりげ‐に【▽然りげに】
《「さりげない」の「ない」を取り、形容動詞活用語尾「に」を付けて副詞化した語》⇒さりげない[補説]
================================引用終了

 下記が参考?になるかも。
【何気に という言葉は存在しないのですか】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14101363489

 第3回電王戦第1戦 ソフト序列5番手の習甦に菅井竜也五段が(先手番で)完敗

 下記の仲間。
【将棋(と囲碁)の話 お品書き】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1986.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1385699944&owner_id=5019671

 あの「代指し」はプロ棋士も指しにくいような……。
 絵面としては電王戦にふさわしい気もするが。
 最後のお辞儀にちょっと笑ってしまった。

 ソフト序列5番手の習甦に菅井竜也五段が(先手番で)完敗。
 現段階の菅井五段のレーティング順位は21位。

 次局以降の出場棋士のレーティング
・第2局
 佐藤紳哉 六段(57位) vs やねうら王
・第3局
 豊島将之 七段(3位) vs YSS
・第4局
 森下卓 九段(45位) vs ツツカナ
・第5局
 屋敷伸之 九段(15位) vs ponanza

 プロ棋士側から見ると、見通しは暗い。個人的には「全敗したから何?」って気持ちもあるが……。

【ネタ元】マイナビニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140315-00000040-mycomj-ent
================引用開始
「第3回将棋電王戦」第1局はソフト先勝、菅井五段「あまりいいところがなかった」
マイナビニュース 3月15日(土)21時33分配信

写真: マイナビニュース
5人のプロ将棋棋士がコンピュータ将棋ソフトと団体戦で戦う「第3回将棋電王戦」の第1局・菅井竜也五段 対 習甦の対局が15日、東京・有明コロシアムで行われた。

【もっとほかの写真をみる】

第1局は、15日20時20分、「将棋電王トーナメント」5位の将棋ソフト・習甦が菅井五段に勝利し、全5局のうち、まずソフト側が先勝をあげた形となった。手数は98手で、消費時間は菅井五段が4時間38分(残り22分)、習甦が4時間1分(残り59分)。

終局後の会見で菅井五段は「あまりいいところがなかったように思う。中終盤うまく指された。(第2局以降の棋士へ)自分の力を精いっぱい発揮してもらいたいと思う」と肩を落とし、習甦の開発者・竹内章氏は「素直にうれしい」と胸を張った。

4月12日まで開催される「第3回将棋電王戦」は、「将棋電王トーナメント」上位5つのソフトと、現役のプロ棋士5人による団体戦。持ち時間は人間側、コンピュータ側ともに5時間となる。「第2回将棋電王戦」とのルールの変更点は、「持ち時間が各5時間(チェスクロック方式)」「ソフト側の統一ハード(コンピュータ)の使用」「ソフトの事前提供」の3つ。また、対局におけるソフト側の指し手には、デンソーの子会社であるデンソーウェーブのロボットアーム「電王手くん」が導入され、ロボットアームと棋士が向かい合う形での対局となった。

第2局・佐藤紳哉六段 対 やねうら王は、3月22日に東京・両国国技館で行われる。
================引用終了



電脳の譜【1】
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電脳の譜【4】
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電脳の譜【5】
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竜王戦 三浦弘之 佐藤慎一 塚田泰明 米長邦雄 阿部光瑠 船江恒平 羽生善治 渡辺明 佐藤康光 森内俊之 先崎学 郷田真隆 丸山忠之 藤井猛 谷川浩司 藤田綾 渡邉恒雄 ナベツネ 藤井システム 大山康晴 升田幸三 

電脳の譜 5

【5】準々決勝 サークラ対藤江剛九段(1組4位)

 特別戦を入れると4連勝でサークラがここまで勝ち上がってくると、メディアの注目度もいっそう高くなる。準々決勝に進んだサークラの相手は、振り飛車党の党首ともいえる藤江剛九段だった。
 ここで藤江九段も敗れると、次は埴生名人が対戦することになる。
 〈埴生名人とサークラの対局を見たい〉
 多くの将棋ファンは思った。その気持ちは、観戦記を担当する森山も同様だった。しかし、その半面「見るのが怖い」という気持ちもあった。
 〈埴生名人ならなんとかしてくれる〉
 という思いが強かったが、「もし埴生名人が負けたら……」と考えずにはいられなかった。昨年の電王戦で、最初にオファーがあったのは埴生名人だったといわれる。埴生名人は、もし対局するなら「対局を含めてほかの仕事を全部休んで1年間研究させてほしい」と条件を出した。将棋ソフトとの対戦には興味があるが、やるならばそれくらい入念な準備が必要と考えていた。
 チェスの達人でもある埴生名人は、ボードゲームの世界におけるコンピューターの恐ろしさをよくわかっていた。もしこの条件を呑むなら数億円の対局料を用意する必要があり、複数のタイトルをもっている棋士を1年間休場させるのは、事実上無理だった。そこでやむを得ず、米中会長が自ら対戦相手に名乗りをあげたという裏事情があったとされる。
 藤江剛九段も「埴生世代」のひとりとされていたが、新崎八段と並んで異質な棋士といわれていた。まじめな印象のある「埴生世代」のなかにあって、藤江九段の言葉には妙な味があった。
 埴生名人のようにどんな戦形も指しこなすオールラウンダーが振り飛車も指すことに関して、「こちとら鰻しか出さない鰻屋だからファミレスの鰻に負けるわけにはいかない」と語った言葉は広く知られる。自らを専業の鰻屋、オールラウンダーをファミレスにたとえた絶妙の比喩だった。言葉の裏に、振り飛車党としての自負が感じられた。振り飛車ファンを泣かせるような名言を残しながら、数年後には独特の矢倉戦法を連採するあたりも、藤江九段の憎めないところだった。
 藤江九段は棋神戦の縁の深い棋士だった。六段当時の1998年に4組で優勝して本戦に出場し、挑戦者に駆け上った。タイトル戦では小谷浩司竜王を4対0の一方的なスコアで打ち倒し、〝棋神ドリーム〟を実現している。彼が創案した独特の戦法は「藤江システム」と呼ばれ、革命的な戦法として脚光を浴びた。天敵ともいえる居飛車穴熊に苦しむ振り飛車党にとって、天恵ともいえるような戦法だった。
 藤江九段は当時、類いまれな序盤感覚に加え、正確な終盤力にも定評があった。ところが近年は終盤のポカが多くなり、そのことを自嘲的に語ることがあった。その「ボヤキ」にも似た飄々とした口調がファンを増やしていた。必勝の将棋をポカで逆転されて「芸術的だろ」と語った言葉は語り草になっている。
 電王戦への参戦について訊かれ、「50手までで、バリバリの若手にバトンタッチできる条件なら」と語ったともいわれる。終盤のポカを逆手にとった冗談ともいえるが、序盤への並々ならぬ自信の表われともいえた。

 2回戦、3回戦と違い、将棋は静かな立ち上がりを見せた。
 振り駒で後手になった藤江九段がとった作戦は、ここ数年指されることが多くなった角道を止めない四間飛車だった。初めて指したのが誰なのかは諸説あり、アマチュアの間で広まった戦法ともいわれる。
 それをプロ棋戦でも通用する戦法として確立したのは藤江九段だった。通常はそのまま角交換になるのだが、どちらも交換しないまま駒組みが進んだ。先手が美濃囲いを選んだ段階で、後手が24手目に角道を止める。やや意外な展開だった。
 「ここで後手が角道を止めましたか。どちらも交換する機会はあったのにこうなるのは、意外な感じもします。居飛車穴熊にするのを阻止できただけ、後手が得をしたという見方はできるかもしれません」
 和田棋神は首を傾げながら解説した。「これだと、昔からある美濃囲いの対抗形になりそうですね。大山名人の棋譜などでも似た形を見ますから、30年くらい前からある形だと思います。こういう将棋は森山先生もなじみがあるのでは」
 「ちょっと意外ですね、こういう昔からの駒組みになるのは」
 「というと、最新形の振り飛車がご希望でしたか。前からお訊きしたかったのですが、森山先生は、サークラとどの棋士の対局が見てみたいですか」
 「少し、素人ならではの感想をよろしいでしょうか」
 「大歓迎です……よね? 藤野さん」
 「そこで急に私に振らないでください。森山先生、お願いします。」
 藤野女流初段が笑顔でうながす。
 「こういう言い方は、ほかの棋士に対して失礼なことは承知のうえで、勝手なことをいいます。最初にトーナメント表を見たとき、新崎八段との対局に興味を覚えました。このところ、新崎八段が復調した感じがあったもので。米中会長の弔い合戦という意味合いでは弟子の新崎八段がふさわしいでしょう。トーナメント表を別にすると、全棋士のなかで……和田棋神と埴生名人は別格ということで外しますね」
 「なんだか仲間外れにされたみたいです」
 「別格扱いです。仲間外れではありませんよ」
 和田棋神のボケに、藤野女流初段が笑顔で適確なツッコミを入れる。
 「一番見たいのは、なんといっても藤江九段との対局でした」
 森山の言葉に、大きな拍手が起きた。
 「何か特別な理由がありますか?」
 「特別な理由ではありませんが、まず単純にサークラの対振り飛車の戦い方が見たかったんです」
 「そうですね……電王戦にしても、棋神戦にしても、対振り飛車の将棋は一局もありません。将棋ソフト同士の振り飛車対居飛車の対局の棋譜はありますが、プロ棋士が相手だと違ってくるでしょう」
 「理由はもうひとつあって、いままでの将棋ソフトとの対局を見ると、例の角換わりの飛車先の件のように、序盤にやや難があるような気がします。終盤の正確さを考えると、やはり序盤か中盤で少しリードしていないと苦しいような気がします。その点を考えるとサークラを倒す可能性が一番あるのは藤江九段ではないかと……」
 「なるほど……よくわかりました。藤江九段なら序盤でリードする可能性が高いというお考えもよくわかります。ボクも何度もひどい目に遭っています」
 「済みません、素人考えで。藤江システムが登場したときの印象があまりにも強烈で、いまだにその幻影が残っている気がします」
 藤江九段が棋神になったのは1998年のことだから、もう15年がたつ。まだ六段だった藤江が考案した「藤江システム」の破壊力はすさまじく、居玉のまま居飛車穴熊に襲いかかる斬新さは類を見なかった。「飛ぶ鳥を落とす勢い」という言葉がふさわしく、棋神戦では挑戦者決定戦で埴生を破って挑戦者になった。挑戦者決定戦は3番とも熱戦で非常におもしろかったが、迎えたタイトル戦の内容がひどかった。
 〈あんなに無惨なタイトル戦がほかにあるのだろうか〉
 森山は当時のことを鮮明に覚えていた。
 タイトル保持者だった小谷浩司棋神は何もさせてもらえずに4連敗を喫した。「藤江システム」にはまったく対応できない印象で、「藤江システム」を避けて急戦を挑んでもまったく歯が立たなかった。慣れない相振飛車を指したのも苦し紛れにしか見えず、案の定完敗した。
 将棋や囲碁の世界に「手合い違い」という言葉ある。「手合い」とは、簡単に言うと対局者の実力に開きがあるときにハンディをつけることだった。つまり、実力の差が歴然としていて、「平手」や「互い先」で対局するのはむずかしいことを指す。昔は対戦相手を罵る言葉として「手合い違い」という言葉がよく使われた。このときの小谷棋神の惨敗ぶりは、まさに「手合い違い」を思わせた。

 対局はじっくりとした駒組みが続き、藤江九段がタイムリミットにしていた50手を目前に、やっと駒がぶつかった。ギシギシと音がしそうな王頭でのねじり合いが繰り広げられる。
 「うーん、どちらも引きませんね」
 和田棋神が首をひねる。
 「形勢はどうなんでしょう」
 藤野女流初段が訊く。
 「互角でしょうね。ということは、藤江九段が目指していた先行逃げ切りの形にはできていないということですね」
 駒を取っては打ち付け、忍耐強いやり取りが続く。先手のサークラは王の回りを金駒4枚で固め、後手はそれを強引に崩しに出る。
 神経をすり減らすような折衝のなか、やはりサークラの指し手は正確さを極めた。藤江九段に目立ったミスがあったわけではないが、形勢は少しずつサークラに傾いていった。
 桂馬で王手をされて後手玉が9三に上がる。先手が守りの要の金を取って追撃する。後手が9二に金を打って守った段階で、和田棋神が小さなため息を漏らした。
 「これははっきりしたかもしれません。後手玉が詰めろではありませんが、桂馬が入ると詰みます。ここで先手が受けに回ると、後手が先手玉に迫るためには、桂馬を渡すしかありません」
 盤面は和田棋神の指摘のとおりに進む。攻め駒の桂馬を取られて後手王に詰みが生じた。一方、先手の王は詰みそうにない。
 藤江九段は少なくなった残り時間の大半を費やして持ち駒の銀を手にし、6六銀と相手の歩頭に打ち据えた。自信に満ちた手つきで、心なしが指がしなっていた。
 「これはなんですか? えっ? うーん」
 和田棋神が首を傾げて考え込んだ。
 しばらく考えてから、和田棋神が言葉を選ぶようにゆっくりと口調で解説を始めた。
 「これは……いま風にいうと、〝神の一手〟かもしれません。タダ捨てに見える銀ですが、おそらくとんでもない妙手です。手の意味自体をを説明するのは……むずかしくありません。この銀がなければ、後手王は詰んでいます」
 ▲8三飛△同金▲同銀成△同玉▲8二飛△7四玉▲6六桂……と和田棋神は手順を進めた。
 「どこに逃げても、金を打ってピッタリの詰みです。ところが、6六銀同歩の交換が入っていると、この最後の桂馬が打てなくなります。かといって、持ち駒に銀が1枚増えても、後手玉には詰みがありません。この最後の6六桂が打てないと、けっこう詰みにくい形です。一方先手玉には、この銀打ちで詰めろがかかっています。これは作ったようなギリギリの〝詰めろ逃れの詰めろ〟ですね」
 6六銀の銀を取ると先手玉の詰みも消えるが、後手が必至をかけるのはむずかしくなかった。そうなると、まったく別の打開策を考える以外になかった。
 サークラが延々と考えはじめた。1時間近くあった残り時間が、徐々になくなっていく。和田棋神と藤野女流初段が後手の手段を考えるが、どうにもならなかった。
 「やはり絶妙ですね。2回戦でサークラが指した一連の手順もみごとでした。あれはどの一手がすばらしいというより、一連の手順全体がすばらしかった。今回の藤江九段の6六銀は、おそらくその上を行く絶妙手です」
 「そういえば……電王戦の船井五段の将棋にも6六銀のタダ捨てが出てきましたね」
 藤野女流初段が首を傾げながら言う。
 「そうですね……なんか不思議な巡り合わせですね。あの将棋は2度の6六がポイントになりました。船井五段の念力が藤江九段に伝わりましたかね」
 「6六の念力って……なんだかオーメンみたいですね」
 藤野女流初段の冗談に、会場がどよめく。 笑いを浮かべた和田棋神は小刻みにうなずきながら言葉を続けた。
 「あのときの6六銀は、妙手か悪手かよくわからない不思議な手でした。この6六銀は、間違いなく妙手です……とここまで力説して見落としがあったら、メチャクチャかっこ悪いなあ」
 残り時間が30分を切ってもサークラは指そうとしなかった。
 大盤解説会場に、対局場の控室での検討の様子が伝えられた。
 「藤江九段の勝ちという結論が出て、検討が打ち切られたそうです」
 藤野女流初段がうれしそうに言う。会場に拍手が起きる。
 「うーん。これで再逆転の妙手が出たら、ボクも含めて全員切腹ですかね」
 和田棋神がニコリともせずに言う。「その際は介錯をお願いします」
 「そんな怖いことをお願いされても……」
 藤野女流初段が笑みを浮かべながら言う。
 和田棋神は、あらためて6六銀への応手を検討しはじめた。
 「組み合わせがいろいろあって、ちょっとしたパズルのようなんですね。同歩と取ると、後手が先手玉に必至をかけたときに、やはり詰みはなさそうです」
 和田棋神はもう時折しか駒を動かさなかった。指先で指し手をたどるような仕草をしながら絡み合った糸を解していく。
 「しかし、6六銀を取らずに守るとすると……こう飛車を打つくらいしかないですかね。これもヘンな感じですね」
 飛車を打つ手もほとんど守りにならず、すぐに却下された。
 「結論としては……やはり後手の勝ちは動きそうにありません」
 残り時間は刻一刻となくなっていくが、サークラは指そうとしなかった。秒読みになり、最後の1分になったことがわかると、会場がざわつき始めた。
 〈まさかこのまま指さないのでは……〉
 森山は妙な思いに囚われた。プログラム的にそんなことがありうるのだろうか。そんなことをいえば、ここで1時間近く考えることもありえないはずだった。
 あと数秒で切れ負けになる……観客が固唾を呑んだとき、「代指し」の奨励会員が投了を告げた。
 サークラの棋神戦初参戦の記録は、4勝1敗(特別対局1を含む)で終わった。

※参考棋譜 ▲渡辺明王座対△羽生善治二冠(2012年/王座戦五番勝負第4局)
http://live.shogi.or.jp/ouza/kifu/60/ouza201210030101.html

 下記の仲間。
【将棋(と囲碁)の話 お品書き】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1986.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1385699944&owner_id=5019671


電脳の譜【1】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2911.html
電脳の譜【2】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2912.html
電脳の譜【3】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2913.html
電脳の譜【4】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2914.html
電脳の譜【5】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2989.html
電脳の譜【6】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2991.html




竜王戦 三浦弘之 佐藤慎一 塚田泰明 米長邦雄 阿部光瑠 船江恒平 羽生善治 渡辺明 佐藤康光 森内俊之 先崎学 郷田真隆 丸山忠之 藤井猛 谷川浩司 藤田綾 渡邉恒雄 ナベツネ 藤井システム 大山康晴 升田幸三 

突然ですが問題です【日本語編187】──大黒柱 屋台骨

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年03月06日から


【問題】
 下記のブログを参考に、1)~ の慣用句の適否を判定しなさい。
【参考ブログ】「屋台骨を支える」(東洋経済オンライン)
http://blog.goo.ne.jp/goonosh100/e/b5c7cf1c9de8a81412bda3edc3a6712a

1)会社の屋台骨
2)一家の大黒柱
3)会社を支える屋台骨
4)一家を支える大黒柱
5)会社の屋台骨を支える
6)一家の大黒柱を支える



【解答?例】&【よくわからない解説】
 いつも以上にいい加減なことを書こうとしている。
 眉に塗り込む唾のご用意はよろしいでしょうか。

 1)~4)はとくに問題がないだろう。
 問題は5)と6)。
 まず6)から。仮に一家の大黒柱を父親だとすると、それをいろいろサポートするのが母親。
 この場合「一家の大黒柱を支える母親」で何も問題はないだろう。使用例としては少ないと思うが○。
 問題は5)。
 参考にあげたブログが詳しい。
 とりあえず辞書をひく。
http://dic.search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%B1%8B%E5%8F%B0%E9%AA%A8&stype=prefix&aq=-1&oq=&ei=UTF-8
■Web辞書『大辞泉』から
================引用開始
やたい‐ぼね 【屋台骨】

1 屋台の骨組み。また、家屋の構造。
2 一家を支える働き手。また、組織などをささえる中心となるもの。「―がゆらぐ」
================引用終了

■Web辞書『大辞林』から
================引用開始
やたいぼね【屋台骨】


屋台の骨組み。家屋の骨組み。

家庭・組織などを支えるもの。「一家の-となる」「-がぐらつく」
================引用終了

 どちらも元々の意味は1番目。2番目はそこから派生した意味で、実際に目にする例はほとんどこれだろう。「大黒柱」と近い意味・用法で使われている。
 では「会社の屋台骨を支える○○」と言えるか否か。かなり微妙だが、「間違い」とは言い切れない気がする。
 例文で考えてみよう。
 有楽製菓の屋台骨であるブラックサンダー。その開発の中心人物が開発部長のAさんだとする。こうなると、先の「一家の大黒柱を支える母親」と同様の言い回しが可能になるのでは。Aさんは「有楽製菓の屋台骨(であるブラックサンダー)を支えてきた人物」で、「いまも支えている人物」になる。
 さらに強引な考え方をする。
 有楽製菓の屋台骨は「チョコ事業部」だとする。チョコ事業部を支える主力商品はブラックサンダーで、チョコ事業部を支える中心人物は開発部長のAさんだとする。
 ブラックサンダーは「会社の屋台骨を支える商品」で、Aさんは「会社の屋台骨を支える人物」……無理?

 どうにもピンと来ない気がするのは、自分の語彙にないからだろうな。
「一家の大黒柱」にしても「会社の屋台骨」にしても、自分では使わない。後者の例なら「主力事業」とか「売上げの○%を占める」とかを使う。

突然ですが問題です【日本語編186】──お車をお呼びしましょうか お車をお呼びいたしましょうか お車を呼んでまいりましょうか

【問題】
 ほぼアンケートです。
 来客があらかじめ次の予定を話していた、という状況です。予定の時間になり、タクシーを呼ぼうか、と伝える言葉として下記を候補にしました。

1)お車を呼びましょうか
2)お車をお呼びしましょうか
3)お車をお呼びいたしましょうか
4)お車を呼んでまいりましょうか

【問1】
 1)~ の敬度の順位をあげなさい。「敬度が高いのは○○と○○」「○○と○○は同程度」くらいの書き方で構わない。

【問2】
 自分ならどれを使うか、1つだけ選びなさい。

【問3】
 下記の【参考記事】のように「お車」を「専務」にかえると、【問1】【問2】の解答がどうかわるか答えなさい。
 
【参考記事】
【専務をお呼びします、は(適切な)敬語ですか?】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2972.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1918769667&owner_id=5019671



【解答?例】
【問1】敬度の順位
 1)は丁寧語。
 2)は謙譲語I
 3)は謙譲語I兼謙譲語II
 4)は謙譲語II

 敬語の高低は微妙な場合もあるが、フツーに考えれば敬度は下記の順と思われる。
  1)<2)≦4)<3)
 微妙なのは2)と4)の比較。これを逆と主張する人がいるなら、逆らう気はない。


【問2】自分で使うのは
 2)を使う気がする。相手によっては3)。
 4)は使わない気がする。なんとなくだけど、4)だと電話をかけて呼ぶのではなく、自分で戸外に出て「流し」の車を止めるイメージがある。


【問3】「車」を「専務」にかえたら
 敬度がどうかわるかは不明。
 論理的にはかわらないはずなんだけど……。
 自分で使うなら、4)の気がする。論理的には2)3)もOKのはずだが、やはり「専務」に対する謙譲語になってしまう印象があるので。
 3)を使えば二方面敬語になる気もするが、菊地本がいうところの「二方面敬語」とはちょっと違う気がする。何より、「お車をお呼びいたしましょうか」が車に対する敬語ではないことを考えると……。

「~なそう」「~なさそう」「~なすぎる」「~なさすぎる」

下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年03月03日から

「〜な(さ)そう」「〜な(さ)すぎる」

 何度か書いたテーマなんで、まとめておく。
 まず、結論の表。

動詞+ない


■動詞+助動詞「ない」
■形容詞
1)一般の形容詞
2)語幹が1音の形容詞
 あたりを覚えておけばいいだろう。
「しなすぎる」「見なすぎる」あたりは「サ」を入れたくなる。でも本来の形は、「サ」を入れない。

 これを細かく見ていくとキリがなくなる。
 まず、「〜な(さ)そう」の話。
【「行かなそう」と「行かなさそう」をめぐって 独り言です38くらい──日本語教師関連編16くらい】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-724.html
【「行かなそう」と「行かなさそう」をめぐって2 独り言です40くらい──日本語教師関連編17くらい※全体公開】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-727.html

 形容詞の分類に関しては、下記だろう。
【「~ない」形の形容詞の迷宮──〈1〉〜〈4〉】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1814.html

「濃い」に関しては、下記か。
【濃いめ 濃い目 濃め 濃目 濃さそう 濃そう】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1610.html

 mixiのトピだと、下記がまとまっていると思う。よくわからないコメントも入っているけど(笑)。
【「動詞+なさそう」の用法について】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=398881&id=38319292

 ちょっとみっともない抜けがあったんで、修正版を〈2〉としてアップしておきます。
 5)を追加している。



「~なそう」「~なさそう」「~なすぎる」「~なさすぎる」〈2〉(修正版)


 何度か書いたテーマなんで、まとめておく。
 まず、結論の表。

そう すぎる

■動詞+助動詞「ない」→「サ」は不要。「サ」入れも許容
■形容詞
1)一般の形容詞 →「サ」は不要
2)語幹が1音の形容詞 →「サ」は必要
 あたりを覚えておけばいいだろう。
「しなすぎる」「見なすぎる」あたりは「サ」を入れたくなる。でも本来の形は、「サ」を入れない。

 これを細かく見ていくとキリがなくなる。
 まず、「~な(さ)そう」の話。
【「行かなそう」と「行かなさそう」をめぐって 独り言です38くらい──日本語教師関連編16くらい】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-724.html
【「行かなそう」と「行かなさそう」をめぐって2 独り言です40くらい──日本語教師関連編17くらい※全体公開】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-727.html

 形容詞の分類に関しては、下記だろう。
【「~ない」形の形容詞の迷宮──〈1〉~〈4〉】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1814.html

「濃い」に関しては、下記か。
【濃いめ 濃い目 濃め 濃目 濃さそう 濃そう】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1610.html

 mixiのトピだと、下記がまとまっていると思う。よくわからないコメントも入っているけど(笑)。
【「動詞+なさそう」の用法について】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=398881&id=38319292
 [22]でリンクは張った下記は興味深い。
【「知らなさすぎる」文法的に…】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/997445.html


■5)の例
 危ない/拙い/切ない(これは微妙かも)
【「~ない」形の形容詞の迷宮──〈1〉~〈4〉】 の表を見直すと、4)か5)か微妙なものがいろいろあるような(泣)。











               そう      すぎる    サの要不要    備考
■動詞+助動詞「ない」    書かなそう   書かなすぎる   不要     「サ」を入れた形も許容されつつ
               しなそう    しなすぎる
               見なそう    見なすぎる
■形容詞
1)一般の形容詞        長そう     長すぎる     不要
2)語幹が1音の形容詞     なさそう    なさすぎる     必要     法則性で考えると「必要」だが、例外もチラホラ
               よさそう    よすぎる*
               濃さそう**   濃すぎる*
*法則性としては必要そうだが、「よすぎる」「濃すぎる」はサが不要
**法則性としては「濃さそう」だが、「濃そう」も使われる

3)語尾が「ない」の形容詞で「ない」を「ぬ」にできるもの 
               つまらなそう  つまらなすぎる  不要    「サ」を入れた形も許容されつつある。助動詞から派生したものと考えられる
4)語尾が「ない」の形容詞で「ない」を「ぬ」にできないもの
               せわしなさそう せわしなさすぎる  必要    「ない」が「ある」「ない」の「ない」から
派生したと考えられる
5)語尾が「ない」の形容詞で↑の3)でも4)でもないもの
               幼そう     幼すぎる  必要  
               少なそう    少なすぎる 必要        一般の形容詞で単に語尾が「ない」になっているだけと考えられる。現段階では「サ」を入れた形は×







『明日、ママがいない』関連ニュース総集編(本文のみ)

 関係日記の本文だけをまとめてみた。個々の【ネタ元】はリンク先をご確認ください。


タイトルかえて続行か──ドラマ「明日、ママがいない」に中止要請【1】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2950.html
mixi日記2014年01月16日から


 録画はしたが、まだ見ていない。
 これは2回目の放映がなくなる可能性がある。貴重な映像かも。
 新聞で芦田愛菜のあだ名が「ポスト」と知って「妙な名前」と思ったが……この件だけでもアウトだろう。これだけだったら、名前を変更して続行もあったかも。
 でもさ……。
「泣いたものから食べていい」
「おまえたちはペットショップの犬と同じだ」
 これは完全にアウト。
 誰か気づきそうなものだが……。
 たしか野島伸司が脚本監修のはずだが、公式サイトには名前がない。いち早く逃げた?
 仮に2回目が放映されても、芦田愛菜が逃げてるんじゃないだろうか。そうなるとタイトルもかわる。





『あしだまながいない』



誤報なのか? 逃げる気満々? 人柱?──『明日、ママがいない』【2】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2928.html

mixi日記2014年01月17日から

「一部で同ドラマの公式サイトから脚本監修を務める野島伸司氏の名前が削除されたと報じられた」って、マトモな媒体はそんなこと書かないでしょ。裏を取れば最初から表記されていないことがわかるんだから。(←オ・マ・エ・が・言・う・な)
「野島伸司 削除」とかのキーワードで検索すると、ワラワラといろいろヒットする。
 元々公式サイトに表記してないほうが問題じゃないのかね。「はじめから逃げる気満々?」とか勘ぐられるよ。
 しかも矢面に立たされている脚本家の松田沙也は【ネタ元4】によるとは比較的キャリアが浅いらしい。その人にこういう重量級の脚本を書かせるかな。元々の「原案」を「メガ盛り」にしたとか。
 そういうのは「矢面」と言うよりなって言ったかなぁ……。
「話題作」ならまだしも「話題作り」だったらマズいよ。


これはダメでしょ 『明日、ママがいない』【3】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2929.html

 赤ちゃんポスト出身で「ポスト」だから、「ドンキ」はドン●ホーテ出身かと思った。
 そうなると、原さん、山上さん、川上さん、寺前さん、門前さん……大阪市長まで出演して。(←よしなさい!)

http://matome.naver.jp/odai/2138986310362046401
他の登場人物のあだ名

母親が彼氏を鈍器で殴って逮捕された「ドンキ」
貧乏すぎて施設に預けられた「ボンビ」
両親がピアノを残して蒸発した「ピア美」
17歳まで貰い手が現れない「オツボネ」
コインロッカーに捨てられていた「ロッカー」


強行突破して何かいいことあるの? 『明日、ママがいない』【4】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2930.html

 久しぶりにドラマネタを書いたら、後追い記事が止まらない(泣)。

 そうか。ドラマは多少のクレームでは打ち切りにならないか。
 ただ、これだけホニャララなことをやって、話題づくりにも成功し、視聴率は逆に上がりました。大成功!
 なんてアリなんだろうか。
 スポンサーが動けばイッパツなんだろうな。 
 でもね。こんなネガティブな騒動で視聴率が上がって何かいいことあるんだろうか。視聴者だってスポンサーだって、多少数字が上がっても色眼鏡で見るよ。
 何より、やはりフリだけでも謝罪をするべきだと思う。
 謝罪もなしに「最後まで見て」じゃ、ホンマに番宣とかわらないよ。


日テレはどこまでも強気
──『明日、ママがいない』【5】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2934.html

 第2話が放映されたら騒ぎが拡大しそうだから、いまのうちにアップしておく。
【ネタ元7】によると視聴率14.0%は「上々の滑り出し」らしい。
 下記を見ると、このクールの初回視聴率では、4位。昨年の年間で考えると、
21位の数字。「上々」ですか? ただ、このまま打ち切られずに続くと右肩上がりの可能性はある。
http://artv.info/ar1401-first.html
http://artv.info/ar13-first.html

【ネタ元8】【ネタ元9】のように芦田愛菜の演技力のスゴさに話をすりかえる論調が目立つようになってきた。それは話が違う。優秀な学者であれば罪を犯しても許される、なんてことはない。
 しかも、問題があるのは芦田愛菜ではなく制作サイドなんだから、あまりにもメチャクチャ。誇張は見られるが作品としては素晴らしい……なら別だけど。
 細かいツッコミどころは多い。ドンキが引き取られる冒頭のシーンはあまりにも盛り上げすぎ。あれじゃ人さらいよりヒドい。いろいろあったけど、最後のドンキの一投。フォームは妙にサマになっていたが、あの香水ビンを2階まで投げられるかな?
 芦田愛菜のスゴさはあらためて書くまでもない。4人の子役にスポットが当たる中、鈴木梨央の演技もスゴいと思う。でも芦田愛菜と比べるのは気の毒。
 表情からしていつもと違う。
 芦田愛菜のこんな怖い顔は、劇場版の『LIAR GAME -再生-』(2012年3月)以来だろうか。このすぐあとに、『ビューティフルレイン』(2012年7月1日〜9月16日)であどけなさ全開にした子供と同一人物とはとても思えない。
 眉の形がはっきり違って見えるのは、多少描いているのかな。髪をアップにしただけでこんなに吊り上がるものでもない。要はそれだけ顔つきが違うってこと。
 天才子役と言うと何人かあがる。
 四方晴美、杉田かおる、安達祐実……レベルが違う気がする。

 通常、芦田愛菜と似ている人物としては、永作博美、井上真央、カワウソなどがあげられる。怖い顔の芦田愛菜に限れば……目元は菅田将暉じゃなくて、男性タレントにいたよな。
http://sokkuri.net/alike/%E6%B0%B8%E4%BD%9C%E5%8D%9A%E7%BE%8E/%E8%8A%A6%E7%94%B0%E6%84%9B%E8%8F%9C

『LIAR GAME -再生-』の公式サイトから。(大人の事情で写真は省略)


『ビューティフルレイン』の公式サイトから。(大人の事情で写真は省略)


『明日、ママがいない』の公式サイトから。(大人の事情で写真は省略)



 ここまで顔つきをかえているのに、【ネタ元10】の写真はなんなんだろな。
 何も考えずに写真を選んでいるとしか思えない。芦田愛菜のプロ意識を少しは見習ってほしい。
 下記の写真もホニャだと思う。
【ネタ元11】【猛抗議で中止必至 日テレ「明日、ママがいない」のエグさ】2014年1月17日
http://gendai.net/articles/view/geino/147298

 20日にあがってきたニュースが【ネタ元12】。日テレはどこまでも強気なのね。このまま押し切れるんなら、最高の話題づくりだもんな。
【ネタ元10】にあった〈20日にも放送中止申し入れ〉の話はどこに行ったのだろう。【ネタ元12】の書き方では何がなんだか。



日テレはどこまでも強気──『明日、ママがいない』【6】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2935.html

「過剰反応」って意見も一理ある。「人権」を振りかざせばなんでもアリ、って風潮はどうかと思う。
 しかし「ポスト」はマズいだろう。事実上、対象を限定している。ドンキ(これも相当ヒドい。ボンビは論外)との対照のため、「親の顔さえ知らない境遇」が必要だったのかもしれない。ほかにいくらでも設定はつくれただろう。先輩格のロッカーもいるんだし。

 抗議する側も本気で〝やる気〟なら、スポンサーに抗議するべきだろうな。なんせお客様には弱腰だから。「つけ鼻・金髪かつら」でCMが放送中止なんて意味がわからない。
【つけ鼻・金髪かつらの演出に批判 全日空CM、放送中止】
http://www.asahi.com/articles/ASG1P351WG1PULFA007.html?ref=mixi


日テレの強気も限界か──『明日、ママがいない』【7】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2947.html

 予想どおりの展開。
 民法テレビ局には、「スポンサー離れ」が一番痛いはず。残った5社も時間の問題では。これで視聴率がうなぎ上りなら、新たなスポンサーも見つかるかもしれない。でも視聴率も下がったんじゃ、続ける理由はない。
 擁護する記事(末尾にリンク)もあるけど……苦しいよなぁ。
 日テレの対応がマズすぎだった気がする。まずあからさまに限定される「ポスト」をニックネームに使ったのがマズい。「親がつけた名前なんか捨てる」という決意表明の方法なんだろうが。しかもほかの子供のニックネームは……誰か気づけよ。
 こういう展開になってしまうと、「論理」は通用しない。「逃げ切れる」(押し切れる?)か否か、って問題になる。
 こんな早い時期にスポンサーが離れてしまったら、もう「つかまって」いるんじゃないだろうか。


泣くのは「やらずぶったくり」のテレビ局ではなくスポンサー?
──『明日、ママがいない』【8】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2946.html

 mixiのニュース一覧では【ネタ元20】のタイトルが「明日ママ 愛菜らケア徹底的に」になっている。何か意味があるのだろうか。
 第2話の段階でエバラ食品工業、JX日鉱日石エネルギー(エネオス)、キユーピーの3社がCM放送を取りやめた。花王、日清食品、富士重工業(スバル)、三菱地所、小林製薬の5社は提供クレジットがなかった。たぶんスポットCMに切りかえたのだろう、お金がどう動くのかは知らなかった。
 たしか次に抜けたのは日清食品と富士重工業(スバル)。【ネタ元18】の段階で全滅になった。「抗議や申し入れは重く受け止める」けど謝罪や変更の検討すらしないのはなんで?
 ビックリしたのは26日にチェックした。【ネタ元19】。このサイトってかなり過激な内容のはずなのに、きわめてまとも。
 さすがにスポンサーが撤退したら日テレも苦しいだろう……と思ったら大人の世界は違うのね。
〈広告料金については、広告主判断でCMを見合わせた場合、原則的に支払いが発生する〉って、CMは流さないけど料金は返さない、ってこと? それじゃ「やらずぶったくり」じゃん。高額だろうから「やらずぼったくり」かも。まあ、あとあとしっぺ返しがくるのだろうが。
 このドラマをめぐる金銭の話ではもっとイヤな話を聞いた(【ネタ元21】)。
 番組への批判と直接は関係ないと思うが……。
「養育里親」には里子1人につき年間200万円以上で、「専門里親」だと年間約300万円に増額。各種の手当のほか、里親への報酬(養育里親の場合、里子1人で7万2千円~10万7千円/月。地域によって差があり)があるとか。
 これが高いか安いか簡単には言えないけど……。
 このことにふれられたくないから、〝甘い汁を吸っている〟関係者が潰しにきているという話も流布しているらしい。なんとも言えないけど、可能性は否定できない。
 
 これは拡散希望みたいなんで全文をひいておく。
【ネタ元21】なんでこのドラマが不自然に批判されているか、だんだん見えてきた
http://copipe.cureblack.com/c/44763
================引用開始
“なんでこのドラマが不自然に批判されているか、だんだん見えてきた


・「養育里親」には、里子1人につき年間200万円以上の「養育費・里親手当」が支給されます。
・ 「専門里親」になると(養育里親としての経験が一定以上あれば、無試験・無資格でなれる)支給額は約300万円に増額されます。
・ 里子にかかる学費や医療費は無料で、そのほかにも随時、
 手厚い手当が(委託時の支度費、進学費、教材費、クラブ活動費、塾費用、暖房費、学習指導費、夏季特別行事費、
 期末一時扶助費、タクシー代など通院交通費etc)支給されます。
・ 上の手当は、国から支給される「最低限」の額で、その他に、自治体などから各種手当が支給されます。
  昨年度と今年度は「こども安心基金」から、里親宅の住宅リフォーム費、パソコンやベッドなどの購入費などが支給されてます。
・これらの手当は、実際の使用用途に関わらず、すべての里親に一律支給されるので、実際に里子のために使った金額との差額を着服する目的で、
 里子を預かる里親は少なくありません。
・もちろん、これらの「里子のための手当」とは別に、里親には報酬が支払われています(養育里親の場合、里子1人で7万2千円~10万7千円/月。地域によって差があり)。
 それにも関わらず、里子のために支給される手当を里子に使わず、私腹を肥やす里親が多いのです。
・里子の養育は公費でまかなわれ、里親は公費から報酬を受け取っています。里子の養育に、里親が私費を拠出することは、ほとんどありません。
・ 現在、これだけの手厚い手当を享受していながら、里親団体は、さらなる「賃上げ」を行政に要求しています。


んでもって、里親から子供への虐待も起こっているわけね

【里親から里子への児童虐待~搾取される子供たち~】
http://child-abuse.main.jp/

なるほど、ドラマを中止せよとまで批判している奴らが見えてきたね”
================引用終了


もはやグズグズ──『明日、ママがいない』【9】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2951.html

 いつもは過激な某ニュースサイトがこの問題に関してはマトモなことは【8】で書いた。一方で、「日刊サイゾー」は飛ばしています。
 立川明日香の言い分はたぶん当たっているんだろう。しかし、現在がどうかはわからない。
 これをドキュメンタリーか何かで「児童養護施設の実態」を追うなら話は別。誰が見るのかは知らないし、それならそれでまたぞろヤラセなんて話になるのかもしれない。
 とにもかくにも素材、もっとハッキリ言うならネタにするなら、もう少し慎重にやるべきだった。
 だって、「このドラマを通じて恵まれない生い立ち子供が生きる勇気を……」とか言ったって、「しょせん(営利目的の)作り話」と言われたらそれっきりになる。
【ネタ元22】のキモは〈年々規制が厳しくなるテレビ業界において、“面倒くさい”人権団体に目をつけられたら終わり〉ってとこ。そのとおりなんだろうな。
 昔からそうですけど。『トラブル・バスター』(景山民夫)にもそんな話があった。三大タブーとか言って、いろいろメンドーな話はあるのよ。

 で、突然ふってわいたのが【ネタ元23】の話。サイバラ先生関連の人だから、高須先生のことを悪く書く気はない。
 金銭の話も【8】でちょっとしたけど、そんなに簡単に新しいスポンサーにはなれないと思う。降板したスポンサーは枠を買って、原則として広告料は取られ損なんだもん。そこに新しいスポンサーを入れたら詐欺になりかねない。
 これで応援メッセージが来るなら「言ったモン勝ち」(笑)。


日テレはもったいないことをしたのかも
──『明日、ママがいない』【10】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2952.html

【ネタ元24】の記事はどうなんだろう。
>このため、お金を払っているスポンサーの影響力は非常に強く、今回のように番組への批判がスポンサーにとって不利益だと判断されれば、スポンサーは番組を降りてしまい、テレビ局は経営ができなくなります。

 これが正常な考え方だとは思う。しかし。現実には【8】で書いたようにスポンサーは枠買いしているので、テレビ局は痛くも痒くもないらしい。まあ、こういうことをしてれば、あとあとヒドいしっぺ返しを食らうとは思うけど。
 イヤな話は【ネタ元25】。「日刊サイゾー」の記事を鵜呑みにするのは危険だけど……。
 松嶋菜々子のドタキャンの産物か否かは別として……。
>オリジナル脚本の場合、事前に専門家などと設定や演出のすり合わせを行うことが多いのですが、今回はそういったことをする時間がなかった可能性もあります
 と考えるといろいろ納得できる。あまりにも重い内容にもかかわらず脚本家はほぼ新人の松田沙也。そして脚本監修が野島伸司。構図が見えてくる。
 で、【ネタ元26&27】のように再度の要請が来る。しかも具体的に被害?報告もある。これでも日テレは逃げ切るハラだろうな。
【ネタ元28】のとおり、第3話は強行放映。スポンサーCMはナシで、流れたのはスポットCMというヤツだろう。なんでこんなことになるのかは知らない。高須クリニックはどうした?
 注目すべきは【ネタ元29】。慈恵病院のサイトにアクセスしてみた。これがアクセスが集中しているのか激遅イライラ丸。「現在放送中の「明日、ママがいない」放送に当たりまして」http://jikei-hp.or.jp/tv_mama/に進むのが、また一苦労で……。
 このサイトは是非読んでもらいたい。病院側の真摯な態度がうかがえる。こういうのを名文と言うのかもしれない。「売名行為」だとか言ったのは誰だよ。
 今回の騒動の原因がどこにあるのかよく理解できる。慈恵病院のサイトから引用する。

「はじめに」から========引用開始
全国児童養護施設協議会は放送以前から内容を問題視し、12月に内容変更の申し入れをしていました。それにも関わらず第1回が放送され、実際に影響を受けたお子さんがいらっしゃいます。第2回の放送内容では過激な印象が薄れて少し安心しましたが、差別的なあだ名で呼び合い、施設のお子さんがペットショップの犬扱いされる部分につきましては変化がなく、残念な思いです。
================引用終了

「取材して頂きたかった」から==引用開始
「こうのとりのゆりかご」の現実についても当院にお越しいただいたり関係者の話をお聞きになれば、「ポスト」というあだ名が使用できるものではないことはご理解いただけたはずです。これらのあだ名で呼ぶことは、虐待を受けた子どもにとってフラッシュバックを引き起こす原因になります。「ポスト」「ドンキ」「ロッカー」などのあだ名をどうしても使用しなければいけないのなら、その必然性も同時に表現していただくべきと思います。
================引用終了

 ドラマ自体は多少刺激的な内容だけどよくできていると思う。しかし、あのあだ名だけでアウト。あれさえなければこんなことにはならなかっただろう。「ポスト」がなければ、具体的な被害者も特定されなかった可能性が高い。
「親からもらった名前を捨てる」ためのあだ名を穏当なものにして、もっと慎重につくっていれば大傑作のドラマになったかもしれない。もはや神の領域の芦田愛菜を筆頭に、出演者の演技もすばらしい。
 あるいは、要請に対して日テレがちゃんと対応していれば、こんなことにはならなかった気がする。
 すでに番組を見たショックでリストカットした人もいるという。今後もっとヒドい被害が出たとき、日テレは責任をとれるのだろうか。


【1】~【9】に関しては下記参照。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2950.html




もっと早くこういう対応をしていれば……
──『明日、ママがいない』【11】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2953.html

 やはり突っ張りきれなかったのね。そりゃそうだろう。3日前にはあんなに強気だったのに。もっと早くにこういう対応をしていれば、ここまで話はこじれなかったはず。繰り返すけど、ドラマ自体には多少の過剰表現はあるけどさほど問題はない。問題は、あのデリカシーの欠片もないニックネームと、日テレの対応の悪さなんだから。
 さて、2月4日までにどこをどうするのだろう。これでいい加減なことをしたら、さらにオオゴトになるよ。
『女性自身』によると、ずいぶん前に7話まで撮影が終了している。http://topics.jp.msn.com/wadai/cyzo/article.aspx?articleid=3133471#scpshrtu
 それにしても、こういう事実がなぜ「全国児童養護施設協議会」から発表になるのだろう。日テレ側が会見するものじゃないかな。意地でも謝罪はしないつもりだろうか。

【1】~【10】に関しては下記参照。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2950.html

 ついでだから、mixiのドラマのコミュに書いたことを回収しておく。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=89345&id=75588623


[315] 2014年01月24日 13:06
tobirisu

 スポンサー云々の話はおいておいて……。

 ご記憶のかたがいらっしゃったら教えてください。
 子供同士はニックネームで呼び合っていますが、魔王(もしくはアイスドール)が子供のことをニックネームで呼んだシーンがありましたっけ。
 本名も呼ばず、ニックネームも巧妙に避けている気がします。
 まあ、「おまえ(たち)」って呼び方もどうかと思いますが……。


[319] 2014年01月24日 15:34
tobirisu >>[317]

 おそらく、施設側の人間がその呼び方をすると「差別」「イジメ」の類いになる、という配慮でしょう。
 ただ、ニュースなどではその「配慮」を指摘するコメントがなかったので、当方の勘違いかな、と思いました。


[411] 2014年01月27日 11:23
tobirisu >>[409]

 ドラマに関する報道をチェックしてきました。
日テレの強気も限界か──『明日、ママがいない』【7】
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=5019671&id=1920397222

 ここまで騒ぎが大きくなった原因のひとつは、ドラマの内容には関係なく、日テレの対応のマズさだったと思います。

・いまだに謝罪の言葉がない
 安易に謝罪をしないのはアメリカ流なのかもしれません。しかし、日本では反感を買います。極端な話、そぶりだけでもいいのですから「不快な思い」をした人たちへの謝罪の言葉を発表するべきでした。謝罪したうえで「しかしながら……」と主張するべきところを主張すればここまでのことにはならなかったはずです。

・内容変更を検討することすらしない
 これも極端な話、そぶりだけでもしていればここまでのことにはならなかったはずです。
 謝罪も内容変更もなしに「最後まで見ろ」では、単なる番宣です。

・時代錯誤
 ドラマの内容が時代錯誤、という説もあります。それは「演出」として……。
 多少苦情があっても「話題づくりになるからOK」という態度が感じられます。こういう態度は現代では「炎上商法」と取られかねません。視聴率が伸びないのはそのせいもあるのでしょう。

 内容に関しては、過剰気味だと思いますし、細かい疑問をあげるとキリがありません。
 それらは「演出」と考えることもできるでしょう。
 ただ、「ポスト」というニックネームにしたのはマズい……というより大失策です。
「赤ちゃんポスト」が全国唯一(この騒動で初めて知りました)では、「モデル」と判断されてもしかたがありません。モデルにしているわけでもなんでもないんですけど。
 同様の「ロッカー」は何も言われません。「ボンビ」「ドンキ」「パチ」あたりは「ポスト」よりももっとヒドいと思いますが、問題になりません。
 必要のないところで余計な火種をつくったということです。こんなものは「演出」でもなんでもありません。「親からもらった名前を捨てる」ためなら、もっとフツーのニックネームにすれば済んだことです。
「ストーリーの必然性」……etc.が皆無なのですから、ほかの「差別、暴力、いじめ、殺人、体罰」……etc.とは別問題でしょう。


[478] 2014年01月29日 10:43

tobirisu >>[467]

>慈恵病院の赤ちゃんポストは去年、TBSでドラマでやっていました。
『こうのとりのゆりかご~「赤ちゃんポスト」の6年間と救われた92の命の未来~』(2013年11月25日、TBS)ですよね。

 そのドラマに、今回のパチ役の五十嵐陽向くんが出ていた、というプチ発見。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%B5%90%E9%99%BD%E5%90%91


【追記】
 きわめてまともな関連記事【ネタ元30】を読んで、ホッとした。
 妙に感情的な書き手が多すぎる。
 文章としては粗も目立つ。たとえば、締めの紋切り型は×でしょう。
 しかし、こういう考え方で書ければ、そんなことは些末な問題でしかない。下記のような当たり前のことがわからずにピャーピャー言ってる記事が多すぎる。
 いいドラマだと思うとか、子役の演技がすばらしいとか……そういう話は問題の本質は関係ない。
 もっと早くに関係者の言葉に耳を傾けて、あらためるべきところをあらためれば、すばらしいドラマになる可能性だってあった。

================引用開始
しかし、「フィクションだから何でもOK」というわけではありません。ドラマの脚本・演出で、例えば誰かを傷つけたり、社会的差別や偏見などを助長することは許されません。たとえ「表現の自由」が認められるとしても、他者の権利を踏みにじってはいけないという「内在的制約」が存在するのです。
================引用終了


ますます紛糾する一方──『明日、ママがいない』【12】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2956.html

『明日、ママがいない』に関して日テレが「変更を検討する」ことになったらしい。日テレ側から正式なコメントは出たのだろうか?
 物語の制作に携わる側から、事態を懸念する声があがりはじめている(【ネタ元31】)。
【ネタ元31】TOCANA 2014年2月1日 09時00分 (2014年2月1日 19時29分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20140201/Tocana_201402_post_3580.html?_p=1

 この騒動に関していち早く問題提起したのはナイナイの岡村隆だったはずだが、その話はおく。
 これ、話が逆じゃないかな。日テレがいつまでもまともな対応をしないからこういうことになったのでは。規制するほうも問題だけど、規制されるようなことをしたほうには責任はないの?
 ちょっと例が違うかもしれないが……。
 マンガでも小説でも写真集でもいいけど、近年はかなり際どいものが出回っている。それでも大目に見てもらっているのは、ギリギリの線を守ってるからじゃないかな。ここであからさまに公序良俗に反するものが出て、業界内では「あれはヤバい」と噂になる。フツーはそこでやめるんだけど、事態を甘く見たのか一向にあらためない。ついに検挙され、ついでと言ってはなんだが、グレーゾーンのものまで一斉に排除されたとする。
 規制するほうが悪いの? 規制されるほうが悪いの?
 
 そんなことを考えていたら、とんでもない話が出てきた。それが【ネタ元32】。
【ネタ元32】
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20140201-00032194/
 書き手の水島宏明氏は、ずうっとこの問題を追っている。【ネタ元32】のサイトで過去の記事が読める。
 よりによって、こういう飛び蹴りが出るとは。
〈「明日ママ」の初回放送をリアルタイムで夫の安倍晋三首相と2人で見たという〉
〈「明日ママ」の問題はいずれ国会でも審議されることになりそうだ〉
 もう手遅れなのかもしれない。
 ここまで来た大きな原因は、日テレの対応のマズさだろう。
〈その隣では夫も一緒にドラマを見ているかもしれない〉
 って、ほとんど恫喝のレベルだと思う。

 これで圧力的なもので事態が急変……というのもどうかと思う。
 でもさぁ。
 多くの関係者の気持ちを害し(当方のキャラだとなかなか「傷つけ」とは書けない)……。
 ドラマ制作サイドも、大半はある意味犠牲者だろう。
 当然、出演者だって犠牲者だろう。
 視聴者は……どうなんでしょうね。ただ、こんなに話題になっているのに視聴率は伸びないのはなぜなんだろう。

 遅い時間に飛び込んできたのが【ネタ元33】。
【速報】「明日ママ」で日本テレビが慈恵病院を訪問 内容変更の方針を伝達
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20140201-00032228/
〈未確認だが、すでに台詞を変えた「一部撮り直し」の撮影が始まっているらしいという情報がテレビ関係者の間で噂として広がっている〉ってホント?
 この記事を読む限りでは、日テレ側は「直さない気満々」に見えるが。


結局どう改善したかは薮の中──『明日、ママがいない』【13】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2959.html

【ネタ元34】を見ると、衆院予算委員会で話題になったらしい。厚生労働相のコメント。
「ドラマ、フィクションだからデフォルメもある」
「現場でも年間数十例の虐待事案がある。なくさなければならず、しっかり対応したい」
 なんかまったく違う方向に動いてないか。
【12】の【ネタ元32】の元記事は案の定削除されたらしい。あの内容じゃしょうがないよ。

 で、昨日が期限だった日テレの変更方針の話。
「具体的な改善点の説明はご容赦してほしい」ですか。一般的には典型的な誤用では? 「容赦していただきたい」か「ご容赦いただきたい」くらいかな。
 ストーリーの変更点を明かすとネタバレになるからね。でもさ。「オフレコ」を条件に台本の変更点を見せてもらわないと、どう直したかはわからないと思うよ。そんなんでよく納得したね。大人の取引かな。だって抗議して注目を集めたために調査されそうなんだもん。これ以上ないヤブヘビ。

 ここからは予想。登場人物のニックネームはかわらないだろうね。呼びかける回数を減らすかもしれないけど、そんなことにどんな意味があるんだ?
 ストーリーはマイルドになるだろうね。
 だって第1話、第2話は話題づくりのためにハードな内容で、あとは徐々にハートフルな方向につくっていたんだから。第3話の段階でそう感じられたんですけど。「ペット云々」の話が第4話以降に消えていたら、変更なのか元々そういう感じになっていたのか視聴者にはわからない。
 日テレが最初から「最後まで見てほしい」と言っていたのは、こういうことだろう。最初はハードだけで徐々にソフトになる……それは変更ではなく既定路線。
 これで丸くおさまるなら、いったいなんのための抗議だったのか。
 これで注目を集めて視聴率急上昇なら日テレは笑いが止まらない。
 でもそうはなっていないみたい。 
 こんなアヤのついたドラマは受け入れられないんじゃないかな。ちょっとでもヘンな点があったら、「変更」に見える。視聴者が白けるって。
 相変わらず過激だったら叩かれ、ヌルくなっていたら批判され……さてスポンサーはどう動くんだろう。
 日テレがもっと早くにまともに対応してればこんなことにはならなかったの。
 個人的には……最初から言っているようにドラマとしてはおもしろいから見つづけると思う。ただ、いろいろアラが見えて……。

【ドラマ視聴後の感想】
 第4話はとくに矛盾点が多かった気がする。これが「変更」のせいなのか、元々だったのかは薮の中……。



逆切れ? 居直り?──『明日、ママがいない』【14】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2970.html

 久しぶりかなぁ。
 全国児童養護施設協議会も日テレもあまりにもホニャララなんで興味を失った。
 昨日の放映分で、また日テレがやらかしたらしい。
 最初にお断わりしておくが、まだ録画したものを見ていない。こういう話を見もせずに書くのはよくないことはわかっている。だが、ネットニュースなどを読んでだいたいのことはわかってしまった。
 これはいくらんんでもマズいんじゃないか。作品中で弁明するのは、「逆切れ」「居直り」と取られてもしかたがない。だって相手の反論は許さずに一方的に言いたいことを垂れ流すんでしょ。しかもこの回のタイトルがヒドい。「物言わぬ青年へ。愛と魂の大演説を聞け」って。「大演説」ってのは自虐のつもりだろうか。
 擁護派に言わせると、文句を言うヤツはクレーマーらしい。
 だが、中立派のつもりの当方から見ると、擁護派の言い分も相当歪んでいる。どこかで見た論調と思っていたが、あれはモンペア(モンスターペアレンツ)だね。
 番組可愛さで冷静な判断ができなくなっている。
 制作側がモンペアと化して、我が子をかばうのはわかる。欠点や悪行に目をつぶり、「そんな子じゃないんです」「こんないいところもあるんです」と主張するのはまだわかる。制作側でもない人間が、なんであんなに感情移入できるんだろう。
「いいドラマだ」とか「子役の演技がすばらしい」とか「魔王(三上博史)の言葉が胸にしみた」とか……そういうことではないと思う。
 日テレのやっていることを客観的に考えてみようよ。
 クレームにぞんざいに対応し、逃げ切れないとわかって謝罪。
 番組内での謝罪は棚上げ。
 修正点はウヤムヤ。
 あげくが、登場人物の言葉を借りて反論……。

 クレームをつけた人はこういうことを「改善」とはとらないと思うよ。
 まあ、全国児童養護施設協議会も慈恵病院もこれ以上追及はしないだろうね。バカバカしいも。
 スポンサーは離れたまま。視聴率も上がる気配はない。
 悪質なクレーマーとモンペアの戦いですか。勝手にやってください。


もはやグダグダ──『明日、ママがいない』【15】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2977.html

 【ネタ元39】を読んで呆れる。これって「居直り」じゃないのかね。
 黙ってやりすごすしかないと思うんだけど。社長の定例会見ともなると、ふれないわけにいかないんだろうね。
 【ネタ元40】も相当頭が痛い。こんなにボカしたら、「ペラペラ話し」てないと思うけど。「さすがにハッピーエンドなのは間違いないだろうが…」って、何がどうなったらハッピーエンドなのだろう。
 いまさらポスト(芦田愛菜)の母親が登場しても、簡単になじめるとは思わない。相性抜群の里親が登場するのもどうだろう。パチの里親がポストまで引き取って姉弟のように……ならハッピーエンドかもしれない。
 どちらかと言うと、里親は見つからないけど力強く生きていく……ってのがハッピーエンドのような。

 mixiのあるトピで下記のようなコメントがあった。
 アイスドール(このあだ名は使われなくなった)こと水沢叶(みずさわかない)
→見ず騒がない=ドラマを視聴せずにギャアギャア言うな
 コガモの家
→子がもの言え=大人の言葉はどうでもいい。子供の主張を聞こう
 明日、ママがいない
→芦田愛菜がいない=ポストは最後にはいなくなる?

 すんごいことを考える人がいると思ったが、案の定、2ちゃんねるでいろいろ言われていた。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%80%81%E3%83%9E%E3%83%9E%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%84+%E6%B0%B4%E6%B2%A2+%E3%81%BF%E3%81%9A%E3%81%95%E3%82%8F+%E9%A8%92%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E3%80%80%E3%82%B3%E3%82%AC%E3%83%A2%E3%81%AE%E5%AE%B6&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

 この話でひとしきり盛り上がるかと思ったら、3番目に反応した人が1人だけ。そこはかなり早い時期から……。
 ひょっとするともはや常識だった? それとも自己主張するだけ(反応するのは自分と同じ意見だけ)で、他者のコメントなんて読んじゃいない?

 ここまでいくと、魔王こと佐々木友則にもなんか意味がある気がするんだけど、何も思いつかない。
「ま を う」にかえれば……「ま」がない(泣)。
 なでしこジャパン監督の佐々木則夫と妙に字面が似ている……。

 名前にまで意味が込められていたんだ……と関心するところなのかな。
 アンチが見ると、登場人物の名前でとことん遊んで……不謹慎だ! ってことになる?



日刊サイゾーの手のひら返し──『明日、ママがいない』【16】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2984.html

 【ネタ元41】。ウーン。日刊サイゾーは好き放題書いていたはずなんだけど、ここに来て手のひらを返しますか。
 記事の末尾にある「芸能ライター」のコメントにやや驚く。
〈第8話で、風向きがガラリと変わった印象〉という部分には疑問を感じる。これじゃすべてが終わってからの分析だよ。第8話が放映されて何日たったの?
 その点を除けば、当方が最初から書いていたことときわめて近い。
1)〈“親の顔を知らない”という点は重要でしたが、必ずしもあだ名が“ポスト”である必要はなかった〉
2)〈初回で魔王が子どもたちにあそこまで暴力的である必要もなかった〉
3)“もったいないドラマ”という印象
 ただ、2)に関してもしかたがない一面もある。あれは話題づくりのための脚色だろう。それが裏目に出たのは「日テレの対応のマズさ」のせい。
 ドラマとしては悪くないのにね。


なんだかんだと最終回──『明日、ママがいない』【17】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2986.html

『明日、ママがいない』が、ほかのドラマよりちょっと早く最終回を迎える。
 全9回は比較的早く発表されていたので、予定変更の類いではないだろう。
 ただ、最後まで時間延長なしは予定外だと思う。
 時間延長するとスポンサーの調整がたいへんなんだろうな。極端な話、高い数字が取れていたら、回数延長や、スペシャルだって考えられたのに。ホントにもったいないことをしたよ。
 DVD売るのだろうか。少なくとも第1話と第2話は収録できないと思う。
 そうなると……。
 昨日、HDDに入っていた第1話から第6話をDVDに落とした。あとは9話の放映を待って、もう1枚ディスクができる。商売できるかな。(←オイ!)

 まさかと思うけど、いまさら「ポスト」は「赤ちゃんポスト」とは無関係、って後出しだけはやめてくれよ。「ポスト魔王」(魔王2代目)の意味だったとか。やりかねないからなぁ。
「ボンビ」は実際に貧乏だったわけではなく、妄想だったからOKなんて説も流布しているからなぁ。そんなムチャな。
 そもそもあの不謹慎なニックネームは誰がつけたんだって話がある。
 親がつけた名を捨てる意味で自ら名乗っているからヨシ……なんてムチャな論理も通っているみたい。
 ポストだのボンビだの、自分でつけるわけないでしょうが。回りが命名したと仮定しても、「オマエは赤ちゃんポストに捨てられていた……」なんて話すとは思えないけど。
 たしか第1話では、ドンキの命名シーンがあったような。回りがおもしろがってドンキでつけてたと思うよ。どうしてそういう事情を子供が知ってるのかは謎だけど。しかも仲間内だけの呼称……って設定のはずが、施設職員のロッカーのノートにデカデカと……。

 昨日、いろいろな議論をしていたmixiのトピが削除された。爬虫類がらみでちょっと諍いがあってトピ主が嫌気がさしていたからなぁ。だから爬虫類は嫌い。
 トピに書いた主なコメントのバックアップを上げておく。

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[2] 2014年01月30日 22:34

 さっき書いた日記から。

 やはり突っ張りきれなかったのね。そりゃそうだろう。3日前にはあんなに強気だったのに。もっと早くにこういう対応をしていれば、ここまで話はこじれなかったはず。繰り返すけど、ドラマ自体には多少の過剰表現はあるけどさほど問題はない。問題は、あのデリカシーの欠片もないニックネームと、日テレの対応の悪さなんだから。
 さて、2月4日までにどこをどうするのだろう。これでいい加減なことをしたら、さらにオオゴトになるよ。


【追記】
 きわめてまともな関連記事【ネタ元30】を読んで、ホッとした。
 妙に感情的な書き手が多すぎる。
 文章としては粗も目立つ。たとえば、締めの紋切り型は×でしょう。
 しかし、こういう考え方で書ければ、そんなことは些末な問題でしかない。下記のような当たり前のことがわからずにピャーピャー言ってる記事が多すぎる。
 いいドラマだと思うとか、子役の演技がすばらしいとか……そういう話は問題の本質は関係ない。
 もっと早くに関係者の言葉に耳を傾けて、あらためるところをあらためれば、すばらしいドラマになる可能性だってあった。

================引用開始
しかし、「フィクションだから何でもOK」というわけではありません。ドラマの脚本・演出で、例えば誰かを傷つけたり、社会的差別や偏見などを助長することは許されません。たとえ「表現の自由」が認められるとしても、他者の権利を踏みにじってはいけないという「内在的制約」が存在するのです。
================引用終了

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[37] 2014年02月01日 00:24

>>[36]

>今回も実態はそれに近いのではないかと予想します。
 おそらく日テレはそう考えている気がします。『女性自身』によると、早い段階で7話まで撮影が済んでいたそうですから。ホントですかね。
 ただそれをやったら問題はさらに大きくなります。
 極端なことを言うと、1回放映を休んででも善処(これも政治家用語?)するべきです。

>「ここを、このように改善した」とか言われても判りようがないと思いますが
 そこは抗議している側が追及すると思います。しなきゃホニャララです。

>ポストというあだ名は絶対に変えないでしょう
 そう考えるのが妥当でしょうね。
 しかし、そこをかえない限り抗議している側は納得しないと思います。
 脚本の変更はウヤムヤにできても、ここがイチバンわかりやすいところです。

 もし日テレがこれを変更したら大英断でしょう。
 個人的には変更するべきだと思っています。
「そこにメッセージが込められている」という考え方もあるでしょう。
 当方は、あのバカげたニックネーム(ドンキ、ボンビあたりも)をつけたことが、最大の失策だと思っています。あれがなければ逃げ切れた(言葉が悪いですね)と思っています。
 ちなみに、オツボネの旧名はウサギだったとか。ケガで目が赤いことを指してウサギ……。
 あまり指摘されていませんが、これはポストに匹敵するほど、やってはいけないネーミングだと思います。
 身体的な欠陥を揶揄するニックネーム。
 片足の不自由な子がいたら……と考えればわかることです。

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[57] 2014年02月01日 17:41

>>[55] ようこさん

 方向音痴なのはようこさんではないでしょう。ドラマの感想を書くべきトピでいつまでもグダグダとこむずかしいことを書いてる……。(←オ・マ・エ・が・言・う・な)

 そういう話になってしまうという事実が、このドラマの問題点を如実に表わしている気がします。純粋にドラマとして楽しめない問題を内包しているということです。
 本来はいい意味での問題作だったのかもしれませんが、ちょっとした配慮不足のせいで、悪い意味の問題作になっているような……。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

[59] 2014年02月01日 22:30

 さっき書いた日記から。

『明日、ママがいない』に関して日テレが「変更を検討する」ことになったらしい。日テレ側から正式なコメントは出たのだろうか?
 物語の制作に携わる側から、事態を懸念する声があがりはじめている(【ネタ元31】)。
【ネタ元31】TOCANA 2014年2月1日 09時00分 (2014年2月1日 19時29分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20140201/Tocana_201402_post_3580.html?_p=1

 この騒動に関していち早く問題提起したのはナイナイの岡村隆だったはずだが、その話はおく。
 これ、話が逆じゃないかな。日テレがいつまでもまともな対応をしないからこういうことになったのでは。規制するほうも問題だけど、規制されるようなことをしたほうには責任はないの?
 ちょっと例が違うかもしれないが……。
 マンガでも小説でも写真集でもいいけど、近年はかなり際どいものが出回っている。それでも大目に見てもらっているのは、ギリギリの線を守ってるからじゃないかな。ここであからさまに公序良俗に反するものが出て、業界内では「あれはヤバい」と噂になる。フツーはそこでやめるんだけど、事態を甘く見たのか一向にあらためない。ついに検挙され、ついでと言ってはなんだが、グレーゾーンのものまで一斉に排除されたとする。
 規制するほうが悪いの? 規制されるほうが悪いの?
 
 そんなことを考えていたら、とんでもない話が出てきた。それが【ネタ元32】。
【ネタ元32】
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20140201-00032194/
 書き手の水島宏明氏は、ずうっとこの問題を追っている。【ネタ元32】のサイトで過去の記事が読める。
 よりによって、こういう飛び蹴りが出るとは。
〈「明日ママ」の初回放送をリアルタイムで夫の安倍晋三首相と2人で見たという〉
〈「明日ママ」の問題はいずれ国会でも審議されることになりそうだ〉
 もう手遅れなのかもしれない。
 ここまで来た大きな原因は、日テレの対応のマズさだろう。
〈その隣では夫も一緒にドラマを見ているかもしれない〉
 って、ほとんど恫喝のレベルだと思う。

 これで圧力的なもので事態が急変……というのもどうかと思う。
 でもさぁ。
 多くの関係者の気持ちを害し(当方のキャラだとなかなか「傷つけ」とは書けない)……。
 ドラマ制作サイドも、大半はある意味犠牲者だろう。
 当然、出演者だって犠牲者だろう。
 視聴者は……どうなんでしょうね。ただ、こんなに話題になっているのに視聴率は伸びないのはなぜなんだろう。

 遅い時間に飛び込んできたのが【ネタ元33】。
【速報】「明日ママ」で日本テレビが慈恵病院を訪問 内容変更の方針を伝達
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20140201-00032228/
〈未確認だが、すでに台詞を変えた「一部撮り直し」の撮影が始まっているらしいという情報がテレビ関係者の間で噂として広がっている〉ってホント?
 この記事を読む限りでは、日テレ側は「直さない気満々」に見えるが。

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[121] 2014年02月05日 12:14

>>[120] 琥虎丸さん

【表現の自由に関して】
 
>本来国がテレビ等に口出しはしてはいけないそうです
 建前としてはそうなんですかね。
 実際には間接的に出していると思います。
 あまり表立ってやるとオオゴトになる、ってことだと思います。

「表現の自由」とかいうものに関して、あっちのトピに書いたことを抜粋しておきます。
【追記】
 きわめてまともな関連記事【ネタ元30】http://www.excite.co.jp/News/column_g/20140130/Jijico_7185.html を読んで、ホッとした。
 文章としては粗も目立つ。たとえば、締めの紋切り型は×でしょう。
 しかし、こういう考え方で書ければ、そんなことは些末な問題でしかない。下記のような当たり前のことがわからずにピャーピャー言ってる記事が多すぎる。
 いいドラマだと思うとか、子役の演技がすばらしいとか……そういう話は問題の本質とまったく関係ない。
 もっと早くに関係者の言葉に耳を傾けて、あらためるべきところをあらためれば、すばらしいドラマになる可能性だってあった(過去形)。
================引用開始
しかし、「フィクションだから何でもOK」というわけではありません。ドラマの脚本・演出で、例えば誰かを傷つけたり、社会的差別や偏見などを助長することは許されません。たとえ「表現の自由」が認められるとしても、他者の権利を踏みにじってはいけないという「内在的制約」が存在するのです。
================引用終了


 下記のような話になると、いくらなんでもという気がします。
 まあ、実在する地名を出す必要性はないかもしれませんが。「リアリティのため」と言われると……。
http://mainichi.jp/feature/news/20140205k0000m040179000c.html

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

[132] 2014年02月06日 10:22

【局側の対応・抗議の是非】

 さきほど追記した日記から。

【ネタ元34】を見ると、衆院予算委員会で話題になったらしい。厚生労働相のコメント。
「ドラマ、フィクションだからデフォルメもある」
「現場でも年間数十例の虐待事案がある。なくさなければならず、しっかり対応したい」
 なんかまったく違う方向に動いてないか。
【12】の【ネタ元32】の元記事は案の定削除されたらしい。あの内容じゃしょうがないよ。

 で、昨日が期限だった日テレの変更方針の話。
「具体的な改善点の説明はご容赦してほしい」ですか。一般的には典型的な誤用では? 「容赦していただきたい」か「ご容赦いただきたい」くらいかな。
 ストーリーの変更点を明かすとネタバレになるからね。でもさ。「オフレコ」を条件に台本の変更点を見せてもらわないと、どう直したかはわからないと思うよ。そんなんでよく納得したね。大人の取引かな。だって抗議して注目を集めたために調査されそうなんだもん。これ以上ないヤブヘビ。

 ここからは予想。登場人物のニックネームはかわらないだろうね。呼びかける回数を減らすかもしれないけど、そんなことにどんな意味があるんだ?
 ストーリーはマイルドになるだろうね。
 だって第1話、第2話は話題づくりのためにハードな内容で、あとは徐々にハートフルな方向につくっていたんだから。第3話の段階でそう感じられたんですけど。「ペット云々」の話が第4話以降に消えていたら、変更なのか元々そういう感じになっていたのか視聴者にはわからない。
 日テレが最初から「最後まで見てほしい」と言っていたのは、こういうことだろう。最初はハードだけで徐々にソフトになる……それは変更ではなく既定路線。
 これで丸くおさまるなら、いったいなんのための抗議だったのか。
 これで注目を集めて視聴率急上昇なら日テレは笑いが止まらない。
 でもそうはなっていないみたい。 
 こんなアヤのついたドラマは受け入れられないんじゃないかな。ちょっとでもヘンな点があったら、「変更」に見える。視聴者が白けるって。
 相変わらず過激だったら叩かれ、ヌルくなっていたら批判され……さてスポンサーはどう動くんだろう。
 日テレがもっと早くにまともに対応してればこんなことにはならなかったの。
 個人的には……最初から言っているようにドラマとしてはおもしろいから見つづけると思う。ただ、いろいろアラが見えて……。

【ドラマ視聴後の感想】
 第4話はとくに矛盾点が多かった気がする。これが「変更」のせいなのか、元々だったのかは薮の中……。

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[139] 2014年02月06日 22:01

>>[133]

【表現の自由についての議論の整理】……なのかな?

「表現の自由」などという壮大なテーマは手に余りるのですが……。
 今回のような話になると「表現の自由」を云々を主張する人がいます。
 芸能人で、岡村隆史、松本人志などが発言していた記憶があります。ああいう立場の人が主張するならまだしも、一般人が語るのは……という気持ちがあります。
 
 ただ、今回の件は「表現の自由」などという高尚なものとは無関係だと思っています。
 今回の騒動で抗議した人が「表現の自由」をおかすことになるのか。
 そんなことはないでしょう。
 日テレ側に「表現の自由」を守るために抗議を受け入れることはできない、なんて主張はできないはずです。
 話が逆でしょう。「表現の自由」を守るためには、微妙なテーマを扱う作品は慎重につくる必要があるはずです。たとえば同じ時間帯のフジテレビは難病のALSを扱うドラマを放映しています。「協力 日本ALS協会」とクレジットが入っていたはずです(実際どの程度のチェックを受けているかは知りませんが)。
 日テレは、あんな微妙なテーマを扱うのに、どの程度関係諸団体に相談をしたのでしょうかね。
 昨年中に台本の改善要求があったという話もあるとか。あんなバカげたニックネームをつけ、改善要求を無視した結果がこれです。そんな態度で制作したものが「表現の自由」を主張できますかね。
「あくまでもフィクションだから……」などという無責任な意見も見ます。そんな論理が通ると思いますか?
 簡単な話です。日テレ側が「あくまでもフィクションだから……」と開き直ったらどんなことになるか考えてみてください。
「ポスト」というニックネームで対象を特定して「あくまでもフィクションだから……」って、ありえないでしょう。まあ実際にはあの病院をモデルにしたわけではないのですが。すでにどこかのトピで書きましたが、たぶん、「ポスト」というニックネームで対象が特定されることに気づいていなかったのでしょうね。気づいていてやったのなら論外です。

 題材として取り上げられた人は犠牲者だと思います。
 出演者はもちろん、ドラマの制作に携わった人も犠牲者だと思います。
 当方が一番の犠牲者と考えているのは、脚本家です。まだ若い脚本家で、これが初めての連ドラだったそうです。今後業界内でどんな立場になるのでしょう。
 詳しくは下記をご参照ください。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1920016715&owner_id=5019671

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[158] 2014年03月09日 13:18

>>

>役割が終わったなら最終回前にはこのトピックスを閉じようと思います。

 どういう意味でしょうか。
 コメントの投稿を禁じることは誰にもできないはずですが……。
「このトピを削除する」という意味なら、絶対にやめてください。
 このトピは、擁護派と批判派の両方のちゃんとした意見が読める貴重な場です。
「別コミュで雑談トピックスも立った」そうですが、擁護派が一方的な主張をしているコメントがほとんどではありませんか? 
 なんの根拠を示さずに関係者を誹謗中傷するコメントも目立ちます。

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[163] 2014年03月10日 23:28

>>[161]

 意味がわかりません。

 コメント157には「書き込みしてくれた人とメッセージくれた全ての人に感謝します」とあります。
 トピの削除は「書き込みしてくれた人」に対する重大な裏切り行為ではありませんか。

>タイムリーな議論は良しとして、無責任な言いっ放しもあるし、後日の閲覧向けに昔の議論を放置しとくのも観てる人とは温度差があると思い、トピックスの削除を考えてました。
 そんな予定があるなら最初にそう書いてください。当方はコメントは控えたと思います。

>もし、新しいトピックスを立てるなら協力は惜しみません。
 いまさら新しいトピを立てて何をするのでしょうか。

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【1】~【16】に関しては下記参照。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2950.html

なんだかんだと最終回──『明日、ママがいない』【17】

『明日、ママがいない』が、ほかのドラマよりちょっと早く最終回を迎える。
 全9回は比較的早く発表されていたので、予定変更の類いではないだろう。
 ただ、最後まで時間延長なしは予定外だと思う。
 時間延長するとスポンサーの調整がたいへんなんだろうな。極端な話、高い数字が取れていたら、回数延長や、スペシャルだって考えられたのに。ホントにもったいないことをしたよ。
 DVD売るのだろうか。少なくとも第1話と第2話は収録できないと思う。
 そうなると……。
 昨日、HDDに入っていた第1話から第6話をDVDに落とした。あとは9話の放映を待って、もう1枚ディスクができる。商売できるかな。(←オイ!)

 まさかと思うけど、いまさら「ポスト」は「赤ちゃんポスト」とは無関係、って後出しだけはやめてくれよ。「ポスト魔王」(魔王2代目)の意味だったとか。やりかねないからなぁ。
「ボンビ」は実際に貧乏だったわけではなく、妄想だったからOKなんて説も流布しているからなぁ。そんなムチャな。
 そもそもあの不謹慎なニックネームは誰がつけたんだって話がある。
 親がつけた名を捨てる意味で自ら名乗っているからヨシ……なんてムチャな論理も通っているみたい。
 ポストだのボンビだの、自分でつけるわけないでしょうが。回りが命名したと仮定しても、「オマエは赤ちゃんポストに捨てられていた……」なんて話すとは思えないけど。
 たしか第1話では、ドンキの命名シーンがあったような。回りがおもしろがってドンキでつけてたと思うよ。どうしてそういう事情を子供が知ってるのかは謎だけど。しかも仲間内だけの呼称……って設定のはずが、施設職員のロッカーのノートにデカデカと……。

 昨日、いろいろな議論をしていたmixiのトピが削除された。爬虫類がらみでちょっと諍いがあってトピ主が嫌気がさしていたからなぁ。

(略)

 トピに書いた主なコメントのバックアップを上げておく。

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[2] 2014年01月30日 22:34

 さっき書いた日記から。

 やはり突っ張りきれなかったのね。そりゃそうだろう。3日前にはあんなに強気だったのに。もっと早くにこういう対応をしていれば、ここまで話はこじれなかったはず。繰り返すけど、ドラマ自体には多少の過剰表現はあるけどさほど問題はない。問題は、あのデリカシーの欠片もないニックネームと、日テレの対応の悪さなんだから。
 さて、2月4日までにどこをどうするのだろう。これでいい加減なことをしたら、さらにオオゴトになるよ。


【追記】
 きわめてまともな関連記事【ネタ元30】を読んで、ホッとした。
 妙に感情的な書き手が多すぎる。
 文章としては粗も目立つ。たとえば、締めの紋切り型は×でしょう。
 しかし、こういう考え方で書ければ、そんなことは些末な問題でしかない。下記のような当たり前のことがわからずにピャーピャー言ってる記事が多すぎる。
 いいドラマだと思うとか、子役の演技がすばらしいとか……そういう話は問題の本質は関係ない。
 もっと早くに関係者の言葉に耳を傾けて、あらためるところをあらためれば、すばらしいドラマになる可能性だってあった。

================引用開始
しかし、「フィクションだから何でもOK」というわけではありません。ドラマの脚本・演出で、例えば誰かを傷つけたり、社会的差別や偏見などを助長することは許されません。たとえ「表現の自由」が認められるとしても、他者の権利を踏みにじってはいけないという「内在的制約」が存在するのです。
================引用終了

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[37] 2014年02月01日 00:24

>>[36]

>今回も実態はそれに近いのではないかと予想します。
 おそらく日テレはそう考えている気がします。『女性自身』によると、早い段階で7話まで撮影が済んでいたそうですから。ホントですかね。
 ただそれをやったら問題はさらに大きくなります。
 極端なことを言うと、1回放映を休んででも善処(これも政治家用語?)するべきです。

>「ここを、このように改善した」とか言われても判りようがないと思いますが
 そこは抗議している側が追及すると思います。しなきゃホニャララです。

>ポストというあだ名は絶対に変えないでしょう
 そう考えるのが妥当でしょうね。
 しかし、そこをかえない限り抗議している側は納得しないと思います。
 脚本の変更はウヤムヤにできても、ここがイチバンわかりやすいところです。

 もし日テレがこれを変更したら大英断でしょう。
 個人的には変更するべきだと思っています。
「そこにメッセージが込められている」という考え方もあるでしょう。
 当方は、あのバカげたニックネーム(ドンキ、ボンビあたりも)をつけたことが、最大の失策だと思っています。あれがなければ逃げ切れた(言葉が悪いですね)と思っています。
 ちなみに、オツボネの旧名はウサギだったとか。ケガで目が赤いことを指してウサギ……。
 あまり指摘されていませんが、これはポストに匹敵するほど、やってはいけないネーミングだと思います。
 身体的な欠陥を揶揄するニックネーム。
 片足の不自由な子がいたら……と考えればわかることです。

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[57] 2014年02月01日 17:41

>>[55] ようこさん

 方向音痴なのはようこさんではないでしょう。ドラマの感想を書くべきトピでいつまでもグダグダとこむずかしいことを書いてる……。(←オ・マ・エ・が・言・う・な)

 そういう話になってしまうという事実が、このドラマの問題点を如実に表わしている気がします。純粋にドラマとして楽しめない問題を内包しているということです。
 本来はいい意味での問題作だったのかもしれませんが、ちょっとした配慮不足のせいで、悪い意味の問題作になっているような……。

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[59] 2014年02月01日 22:30

 さっき書いた日記から。

『明日、ママがいない』に関して日テレが「変更を検討する」ことになったらしい。日テレ側から正式なコメントは出たのだろうか?
 物語の制作に携わる側から、事態を懸念する声があがりはじめている(【ネタ元31】)。
【ネタ元31】TOCANA 2014年2月1日 09時00分 (2014年2月1日 19時29分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20140201/Tocana_201402_post_3580.html?_p=1

 この騒動に関していち早く問題提起したのはナイナイの岡村隆だったはずだが、その話はおく。
 これ、話が逆じゃないかな。日テレがいつまでもまともな対応をしないからこういうことになったのでは。規制するほうも問題だけど、規制されるようなことをしたほうには責任はないの?
 ちょっと例が違うかもしれないが……。
 マンガでも小説でも写真集でもいいけど、近年はかなり際どいものが出回っている。それでも大目に見てもらっているのは、ギリギリの線を守ってるからじゃないかな。ここであからさまに公序良俗に反するものが出て、業界内では「あれはヤバい」と噂になる。フツーはそこでやめるんだけど、事態を甘く見たのか一向にあらためない。ついに検挙され、ついでと言ってはなんだが、グレーゾーンのものまで一斉に排除されたとする。
 規制するほうが悪いの? 規制されるほうが悪いの?
 
 そんなことを考えていたら、とんでもない話が出てきた。それが【ネタ元32】。
【ネタ元32】
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20140201-00032194/
 書き手の水島宏明氏は、ずうっとこの問題を追っている。【ネタ元32】のサイトで過去の記事が読める。
 よりによって、こういう飛び蹴りが出るとは。
〈「明日ママ」の初回放送をリアルタイムで夫の安倍晋三首相と2人で見たという〉
〈「明日ママ」の問題はいずれ国会でも審議されることになりそうだ〉
 もう手遅れなのかもしれない。
 ここまで来た大きな原因は、日テレの対応のマズさだろう。
〈その隣では夫も一緒にドラマを見ているかもしれない〉
 って、ほとんど恫喝のレベルだと思う。

 これで圧力的なもので事態が急変……というのもどうかと思う。
 でもさぁ。
 多くの関係者の気持ちを害し(当方のキャラだとなかなか「傷つけ」とは書けない)……。
 ドラマ制作サイドも、大半はある意味犠牲者だろう。
 当然、出演者だって犠牲者だろう。
 視聴者は……どうなんでしょうね。ただ、こんなに話題になっているのに視聴率は伸びないのはなぜなんだろう。

 遅い時間に飛び込んできたのが【ネタ元33】。
【速報】「明日ママ」で日本テレビが慈恵病院を訪問 内容変更の方針を伝達
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20140201-00032228/
〈未確認だが、すでに台詞を変えた「一部撮り直し」の撮影が始まっているらしいという情報がテレビ関係者の間で噂として広がっている〉ってホント?
 この記事を読む限りでは、日テレ側は「直さない気満々」に見えるが。

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[121] 2014年02月05日 12:14

>>[120] 琥虎丸さん

【表現の自由に関して】
 
>本来国がテレビ等に口出しはしてはいけないそうです
 建前としてはそうなんですかね。
 実際には間接的に出していると思います。
 あまり表立ってやるとオオゴトになる、ってことだと思います。

「表現の自由」とかいうものに関して、あっちのトピに書いたことを抜粋しておきます。
【追記】
 きわめてまともな関連記事【ネタ元30】http://www.excite.co.jp/News/column_g/20140130/Jijico_7185.html を読んで、ホッとした。
 文章としては粗も目立つ。たとえば、締めの紋切り型は×でしょう。
 しかし、こういう考え方で書ければ、そんなことは些末な問題でしかない。下記のような当たり前のことがわからずにピャーピャー言ってる記事が多すぎる。
 いいドラマだと思うとか、子役の演技がすばらしいとか……そういう話は問題の本質とまったく関係ない。
 もっと早くに関係者の言葉に耳を傾けて、あらためるべきところをあらためれば、すばらしいドラマになる可能性だってあった(過去形)。
================引用開始
しかし、「フィクションだから何でもOK」というわけではありません。ドラマの脚本・演出で、例えば誰かを傷つけたり、社会的差別や偏見などを助長することは許されません。たとえ「表現の自由」が認められるとしても、他者の権利を踏みにじってはいけないという「内在的制約」が存在するのです。
================引用終了


 下記のような話になると、いくらなんでもという気がします。
 まあ、実在する地名を出す必要性はないかもしれませんが。「リアリティのため」と言われると……。
http://mainichi.jp/feature/news/20140205k0000m040179000c.html

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[132] 2014年02月06日 10:22

【局側の対応・抗議の是非】

 さきほど追記した日記から。

【ネタ元34】を見ると、衆院予算委員会で話題になったらしい。厚生労働相のコメント。
「ドラマ、フィクションだからデフォルメもある」
「現場でも年間数十例の虐待事案がある。なくさなければならず、しっかり対応したい」
 なんかまったく違う方向に動いてないか。
【12】の【ネタ元32】の元記事は案の定削除されたらしい。あの内容じゃしょうがないよ。

 で、昨日が期限だった日テレの変更方針の話。
「具体的な改善点の説明はご容赦してほしい」ですか。一般的には典型的な誤用では? 「容赦していただきたい」か「ご容赦いただきたい」くらいかな。
 ストーリーの変更点を明かすとネタバレになるからね。でもさ。「オフレコ」を条件に台本の変更点を見せてもらわないと、どう直したかはわからないと思うよ。そんなんでよく納得したね。大人の取引かな。だって抗議して注目を集めたために調査されそうなんだもん。これ以上ないヤブヘビ。

 ここからは予想。登場人物のニックネームはかわらないだろうね。呼びかける回数を減らすかもしれないけど、そんなことにどんな意味があるんだ?
 ストーリーはマイルドになるだろうね。
 だって第1話、第2話は話題づくりのためにハードな内容で、あとは徐々にハートフルな方向につくっていたんだから。第3話の段階でそう感じられたんですけど。「ペット云々」の話が第4話以降に消えていたら、変更なのか元々そういう感じになっていたのか視聴者にはわからない。
 日テレが最初から「最後まで見てほしい」と言っていたのは、こういうことだろう。最初はハードだけで徐々にソフトになる……それは変更ではなく既定路線。
 これで丸くおさまるなら、いったいなんのための抗議だったのか。
 これで注目を集めて視聴率急上昇なら日テレは笑いが止まらない。
 でもそうはなっていないみたい。 
 こんなアヤのついたドラマは受け入れられないんじゃないかな。ちょっとでもヘンな点があったら、「変更」に見える。視聴者が白けるって。
 相変わらず過激だったら叩かれ、ヌルくなっていたら批判され……さてスポンサーはどう動くんだろう。
 日テレがもっと早くにまともに対応してればこんなことにはならなかったの。
 個人的には……最初から言っているようにドラマとしてはおもしろいから見つづけると思う。ただ、いろいろアラが見えて……。

【ドラマ視聴後の感想】
 第4話はとくに矛盾点が多かった気がする。これが「変更」のせいなのか、元々だったのかは薮の中……。

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[139] 2014年02月06日 22:01

>>[133]

【表現の自由についての議論の整理】……なのかな?

「表現の自由」などという壮大なテーマは手に余りるのですが……。
 今回のような話になると「表現の自由」を云々を主張する人がいます。
 芸能人で、岡村隆史、松本人志などが発言していた記憶があります。ああいう立場の人が主張するならまだしも、一般人が語るのは……という気持ちがあります。
 
 ただ、今回の件は「表現の自由」などという高尚なものとは無関係だと思っています。
 今回の騒動で抗議した人が「表現の自由」をおかすことになるのか。
 そんなことはないでしょう。
 日テレ側に「表現の自由」を守るために抗議を受け入れることはできない、なんて主張はできないはずです。
 話が逆でしょう。「表現の自由」を守るためには、微妙なテーマを扱う作品は慎重につくる必要があるはずです。たとえば同じ時間帯のフジテレビは難病のALSを扱うドラマを放映しています。「協力 日本ALS協会」とクレジットが入っていたはずです(実際どの程度のチェックを受けているかは知りませんが)。
 日テレは、あんな微妙なテーマを扱うのに、どの程度関係諸団体に相談をしたのでしょうかね。
 昨年中に台本の改善要求があったという話もあるとか。あんなバカげたニックネームをつけ、改善要求を無視した結果がこれです。そんな態度で制作したものが「表現の自由」を主張できますかね。
「あくまでもフィクションだから……」などという無責任な意見も見ます。そんな論理が通ると思いますか?
 簡単な話です。日テレ側が「あくまでもフィクションだから……」と開き直ったらどんなことになるか考えてみてください。
「ポスト」というニックネームで対象を特定して「あくまでもフィクションだから……」って、ありえないでしょう。まあ実際にはあの病院をモデルにしたわけではないのですが。すでにどこかのトピで書きましたが、たぶん、「ポスト」というニックネームで対象が特定されることに気づいていなかったのでしょうね。気づいていてやったのなら論外です。

 題材として取り上げられた人は犠牲者だと思います。
 出演者はもちろん、ドラマの制作に携わった人も犠牲者だと思います。
 当方が一番の犠牲者と考えているのは、脚本家です。まだ若い脚本家で、これが初めての連ドラだったそうです。今後業界内でどんな立場になるのでしょう。
 詳しくは下記をご参照ください。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1920016715&owner_id=5019671

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[158] 2014年03月09日 13:18

>>

>役割が終わったなら最終回前にはこのトピックスを閉じようと思います。

 どういう意味でしょうか。
 コメントの投稿を禁じることは誰にもできないはずですが……。
「このトピを削除する」という意味なら、絶対にやめてください。
 このトピは、擁護派と批判派の両方のちゃんとした意見が読める貴重な場です。
「別コミュで雑談トピックスも立った」そうですが、擁護派が一方的な主張をしているコメントがほとんどではありませんか? 
 なんの根拠を示さずに関係者を誹謗中傷するコメントも目立ちます。

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[163] 2014年03月10日 23:28

>>[161]

 意味がわかりません。

 コメント157には「書き込みしてくれた人とメッセージくれた全ての人に感謝します」とあります。
 トピの削除は「書き込みしてくれた人」に対する重大な裏切り行為ではありませんか。

>タイムリーな議論は良しとして、無責任な言いっ放しもあるし、後日の閲覧向けに昔の議論を放置しとくのも観てる人とは温度差があると思い、トピックスの削除を考えてました。
 そんな予定があるなら最初にそう書いてください。当方はコメントは控えたと思います。

>もし、新しいトピックスを立てるなら協力は惜しみません。
 いまさら新しいトピを立てて何をするのでしょうか。

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【1】~【16】に関しては下記参照。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2950.html

濃いめ 濃い目 濃め 濃目 濃さそう 濃そう

【日本語アレコレ】
 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1486031711&owner_id=5019671

mixi日記2010年10月26日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1609452838&owner_id=5019671

 下記の【解答例】用の参照ページを書きはじめて収拾がつかなくなりつつある。
 とりあえず、「濃い」の話(略して「コイバナ」?)をしてお茶を濁すことにする。
突然ですが問題です【日本語編23】──よい/ない/濃い/愛い(憂い)/酸い
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1596.html

 テーマトピは下記?
【質問トピック】こんなときどんな言葉を使えばよいのでしょうか?(520)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=608579
 まず、「520」と「522」のほぼ全文を転載する。
================================
「520」
「濃いめ」、「濃い口」という言い方がありますが、
「薄め」、「薄口」からの類推ですと「濃目(こめ)」、「濃口(こくち)」
が正しい様に思います。どうなのでしょう?

また「濃い」に助動詞「そうだ」を付ける場合は「濃さそうだ」、「濃そうだ」
どちらになるのでしょうか?

それから同じ二文字の形容詞で「良い」に付いてですが、
「悪め」に対応するのは「良い目」、「良目(よめ)」どちらとするべきでしょうか?
================================
522
>520
>「濃さそうだ」、「濃そうだ」 どちらになるのでしょうか?

「形容詞 二文字」で検索したところこのようなサイトを見つけました。
http://nihongo-online.jp/tree02/treebbs.cgi?kako=1&all=3131&s=3133

現在時間を取れる状況にないため、紹介だけの中途半端なコメントですみませんが、ご参考まで。
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「522」のリンク先を確認した。
 よく目にするお名前が……。
 このリンク先だと、最初の質問が見えないのはなぜ? Macintoshだから?
 コチャコチャやって、最初の質問がわかるリンクを見つけた。これはこれで一覧できないので不便だな。
【No.3131 見るからに濃さそう or 濃そう?】
http://nihongo-online.jp/tree02/treebbs.cgi?kako=1&log=3131

 何度か読んでみたけど、当方の読解力ではよくわからない。途中から「なさそう」の話になってるし……。もしかするとこの方々の考え方はホニャラララ。
 当方には下記のほうが参考になった。さすがNHK放送文化研究所。全文をひく。
【濃<こ>いめ? 濃<こ>め?】
http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/qa/kotoba_qa_01050101.html
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Q 「味が濃いめ」という言い方をしたところ、「濃め」が正しいのではないか、という指摘を受けました。
A 放送では、「こいめ」(表記「濃いめ」)を使うようにしています。
【解説】
 ただし、「『濃め』が正しいのではないか」という考えがあることにも、それなりの理由があります。
 形容詞に「~め」が付く場合には、その「語幹」に付くのがふつうです(「ことばのハンドブック」P.63)。「語幹」とは、形容詞から「い」を除いた部分のことです。
 (例)「大きい」
    →語幹は「大き」
    →「大きめ」(×大きいめ)
 これは、「少ない→少なめ」「多い→多め」「かたい→かため」のように、規則的になっています。ここからすると、「濃い」の場合は「濃め」が正しいことになってしまいます。
 ただし、ことばの全国調査の結果から、「濃め」という言い方をする人はたいへん少ないことが分かっています。このため、「濃い」の場合には例外的に「濃いめ」を使うことになっています。
 「甘い→甘口」「辛い→辛口」のような「~口」も、語幹に付きます。これも、「濃い」の場合は例外的に「濃い口」となります。「薄茶」に対して「濃い茶」と言うのも、同じ理由です。ただし、「~すぎる」の場合は「濃いすぎる」ではなく「濃すぎる」となります。
 なお、「濃口」「濃茶」と書くと、「こくち」「こちゃ」と読むことになってしまうので、「濃い口」「濃い茶」と「い」を入れて書くようにしましょう。
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 念のためWeb辞書をひいておく。『大辞泉』には「濃いめ」の項目があるが、「濃め」に関する記述はない。
■Web辞書(『大辞林』から)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%93%E3%81%84%E3%82%81&dtype=0&dname=0ss&stype=0
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こいめ30 【濃いめ】
〔補説〕 「め」は接尾語
普通より少し濃い程度。濃め。
―の味付け
口紅を―につける
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 法則性で考えれば「濃め」になるはずだが、Web辞書を見る限り、「濃いめ」が本線扱い。
 ちなみにWeb辞書では接尾語の「目」に関しては「形容詞の語幹」につくとしている。だったら「濃め」のはず。
 たぶんWeb辞書は、「濃い」の語幹に「め」がついた「濃め」も認めている。認めない理由がない。ただし、そんなものはいちいち立項しない。それとは別に例外的に「濃いめ」という言葉も認めている。
 ……と思ったのだが、ちょっと違うみたい。「薄め」「厚め」「大きめ」など、「形容詞の語幹+め」を片っ端から立項してる。信じらんない。だったら「濃め」も立項しなよ。やっぱりWeb辞書ってホニャララなんだろうか。
 Web辞書の編集方針はよくわからないが、とにかく「濃いめ」も「濃め」もアリのようだ。
 さて、元々の本題は「濃さそうだ」か「濃そうだ」だったな。
 今度は「そうだ」をひく。実はこの点に関しては以前別件で調べたので記憶がある。
■Web辞書(『大辞泉』から)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%9D%E3%81%86%E3%81%A0&dtype=0&dname=0na&stype=0&index=13098310786500&pagenum=1
 ↓
http://kotobank.jp/word/%E3%81%9D%E3%81%86%E3%81%A0?dic=daijisen&oid=10786500
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[助動][そうだろ|そうだっ・そうで・そうに|そうだ(そうな)|そうな|そうなら|○]

ア 動詞・助動詞などの連用形、形容詞・形容動詞などの語幹に付き、語幹が1音節の形容詞には「さそうだ」、また助動詞「たい」「ない」に付くときは「たそうだ」「なそうだ」の形をとる。様態の意を表す。…というようすだ。今にも…するようなようすだ。「雨が降りそうだ」「彼はいかにもじょうぶそうだ」「自信がなさそうだ」「後ニ難ノ起リサウナ事ヲバスルナ」〈天草本伊曽保・鳶と鳩〉
イ 体言、または活用語の連体形に付く。1ア に同じ。「最前から見ますれば旅のお人様さうなが、どちらからござんした」〈伎・吉祥天女安産玉〉「おせきはどこにゐる。おれは死ぬるさうな」〈伎・夕霧七年忌〉

2 活用語の終止形に付く。伝聞の意を表す。…ということだ。…という話だ。「手術後の経過がよいそうで安心した」「今日の試合は中止するそうだ」「女郎も好(い)い男をすてて、醜夫(ぶをとこ)を見えにするさうだから」〈滑・浮世風呂・二〉
◆語源は、「さま(様)」の音変化、あるいは「相」の字音ともいう「そう」に断定の助動詞「だ」の付いたもの。1アの「そうだ」は室町末期から用いられ、古くはイのように体言や活用語の連体形にも付いて用いられた。一方、2の「そうだ」は江戸時代からみられるが、活用は連用(そうで・そうに)、終止(そうだ・そうな)、連体(そうな)の三形だけである。12とも会話文などでは、語幹に助詞「よ」「ね」「さ」を付けて「降りそうよ」「降るそうよ」などと用いることが多い。なお、1 の終止形「そうな」は、室町・江戸時代に用いられたが、現代語でも古風な表現に用いられる。「そな」となる場合もある。
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〈語幹が1音節の形容詞には「さそうだ」〉になるんだから、「よさそうだ」「なさそうだ」「濃さそうだ」になる。
 ただ、これはあくまでも法則から考えただけ。〈ことばの全国調査の結果から〉「濃そうだ」が圧倒的に多いとか言われたら知らない。(←オイ!)
 個人的な語感では「濃そうだ」だけど、そんなことを言ったって根拠の示しようがない(泣)。
 ほかの例で考えると、「濃さすぎる」「濃げ」とは言わないだろう。「~すぎる」「~げ」の接続は「形容詞の語幹など」につくとだけあって、「語幹が1音節の形容詞」なんて話はない。ということで、正確なところはわからない。(←オイ!)

【続きは】↓
「濃いくない」「好きくない」「違くない」
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1629.html

ネットが広めた誤用……etc.──「教授する」か「教示する」か

〈1〉「教授する」か「教示する」か

 下記の仲間。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1129089107&owner_id=5019671

mixi日記2009年11月24日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1346411816&owner_id=5019671

 気になるテーマを目にして書きはじめたら、ズルズルとんでもないことになってしまったorz。

 ネットの普及に伴って急速に広まったと思われる誤用っぽい表現がいくつかある。以前にも、マンガで使われることによって広まったと思われる例があった。ネットの影響力はケタ違いなので、そのテのものも広~く蔓延した。
 とにかく響きのいい言葉はあっという間に広がる。チェック機能がないから、誤用っぽくても明らかな誤用でも関係なく広がる。

「役不足」「すべからく」
よく目にする誤用の御三家
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=746503742&owner_id=5019671
 ↑で触れた「斜に構える」「さわり」はマンガではあまり見ない。一般の活字媒体から広まった例だろう。
 一般の活字媒体から広まったものには「欲しいままにする」もある。朝日新聞でも目にするようになってしまった。04-7-1/08-6-7(こっちは朝日新聞じゃないか)。
 08-6-7から引く。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=851937145&owner_id=5019671
【「朝日新聞から」総索引(2002年~) 】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-244.html
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・大国の名を欲しいままにする
 これはさすがに「ほしいまま」にしてもらった。用法も厳密に言えば誤用だと思うが許容した。本来は「権力をほしいままにする」とか「ほしいままにふるまう」と使い、「好き勝手にすること」。漢字で書くなら「縦」とか「恣」とかを当てる。「擅」でもいいらしい。「擅」は「独擅場(どくせんじょう)」の「擅」。本来はこれだったが、いまは「独壇場(どくだんじょう)」のほうがフツーになってしまった。
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 ネットで広まったあやしげな表現のなかには、明らかな誤用もあるし、微妙な例もある。
 明らかな誤用には以下のようなものがある。
「適宣」「適せん」→「適宜」
つまらんダジャレは嫌いだぁ!44──ダンコンの世代(2009年09月14日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1283357618&owner_id=5019671
「直裁」→「直截」
ちょっと気になる誤用の話──直裁ないいかたをする(2008年12月18日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1025959857&owner_id=5019671

 微妙な例で真っ先に浮かぶのは、「ご教授ください」。
 これは誤用で「ご教示ください」が正しい、と主張する人がいる。当方はそこまで主張する気にはなれない。
「教授」をネット辞書(『大辞泉』)で引く。

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きょう‐じゅ〔ケウ‐〕【教授】

[名](スル)
1 学問や技芸を教え授けること。「書道を―する」
2 児童・生徒・学生に知識・技能を授け、その心意作用の発達を助けること。
3 大学や高等専門学校・旧制高等学校などで、研究・教育職階の最高位。また、その人。「大学―」
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〈[名](スル)〉になっているから、「教授する」は文法的には間違っていない。したがって、「ご教授します」も「ご教授ください」も間違いではない。
 ここでちょっとひっかかるのは「ご教授します」と自分の行動に「ご」をつけていいのかということ。これは「ご~する」の形で「謙譲」だから問題はない。
【関連トピ紹介】8──敬語の話1 自分の行為に「お」や「ご」をつけるのはNGか
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=42296162

 文法的には間違っていないが、一般的に使うか否かは別の話になる。
 こうなると辞書は役に立たず、主観の問題になってくる。
 個人的には、「ご教授ください」は使わないし、相当異和感がある。これを使うとしたら、偉い人が偉そうに語る場合。
ご教授いたそう」
 それは偉そうだな(笑)。専門的で高度な知識なら「ご教授」でもいい気がする。
 ネットで使われる例は、「○○について教えてください」くらいの意味だから。「教えてください」で十分だと思う。「教えていただけませんか」くらいのほうが丁寧か。少し改まった感じにするなら「ご教示ください」だろう。

 一般的に考えても、「ご教授」するからには、それなりの内容でなくては困る。辞書の「1」例にある「書道を教授する」はアリだろう。これは逆に「教示する」にはしにくい。
 実際に目にする例だと、囲碁・将棋(これは「技芸」だろうか)だろう。「教授」でも間違いではないが、フツーは「(一局)ご指南ください」「(一局)ご指南いたしましょう」とか言う。「指南」は少し語感が古いから、現代なら「指導」のほうが自然かもしれない。
ご教授ください」が広まったのは、おそらくそのほうが「ご教示」より丁寧な印象があるみたいに誤解されたから。それがネットで使われるようになってとんでもないスピードで流布した。もはや止めようがない気がする。
 こういう例はほかにもあるんだろうな。

 ちなみに、〈[名](スル)〉は、漢語名詞に「する」をつけてサ行変格活用の動詞として使われることを意味する。辞書で見ると、意外なものが「~する」にできる。少し前にビックリしたのが「参考する」がアリってこと。どこのトピで見たかは覚えていないorz。
 こういう例を見ると、「お茶」に「する」をつけて「お茶する」という表現もそうおかしくない気がしてくる(笑)。
 さらにちなみに、このテの動詞の可能形は「教示できる」と「教示することができる」の2通りがある。どちらを使いますか?
【板外編5】「ラ抜き言葉」を防ぐ方法
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1031310405&owner_id=5019671
 もひとつちなみに、「サ行変格活用の動詞」はいろいろあるが、下記のどれが正しいでしょう。
  1)信じる者こそ救われる
  2)信ずる者こそ救われる
  3)信じるからこそ捨てられる
  4)信ずるからこそ捨てられる


【追記】
「参考する」の話は下記。
【来る人がいない?/ご参考ください の違和感】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39728414

「10」のコメントだけ回収しておく。
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 このコミュに限っても、「は」と「が」に関しては過去に繰り返し話題になっています。
 キチンと説明しようとすると、ものすごく長くなるはずです。

 下記をご参照ください。
http://mixi.jp/search_topic.pl?community_id=19124&submit=search&category_id=community&sort=date&page=1&open=1&type=top&bbs=0&keyword=%A1%D6%A4%AC%A1%D7%A1%A1%A1%A1%A1%D6%A4%CF%A1%D7%A1%A1&x=47&y=10

>0
> 初出の事項は「が」で既出事項は「は」という説明ではこの文章の不自然さを説明できません。
 当方は〈初出の事項は「が」で既出事項は「は」〉という考え方がわかりやすいと思いますが、そうともいえないという考え方もあるようです。
下記の「2」と「3」をご参照ください。
【「は」と「が」の使い分け練習問題。】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=27871409&comm_id=19124

「ご参考ください」は個人的にはヘンだと思います。しかし、「9」のかたがおっしゃるように「参考する」を認めている辞書もあります(初めて知りました)。

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ネット辞書『大辞泉』
さん‐こう〔‐カウ〕【参考】
[名](スル)何かをしようとするときに、他人の意見や他の事例・資料などを引き合わせてみて、自分の考えを決める手がかりにすること。また、そのための材料。「研究の上で―になる」「内外の判例を―する」

ネット辞書『大辞林』
さんこう[―かう] 0 【参考】
(名)
スル
[1]考えをまとめたり、物事を決める際に、手がかりや助けとすること。また、その材料。
・前例を―にする
[2]種々の資料などを利用し、考えること。また、その資料。
・ご―までに
・欧米の書籍を広く―する時間を要する〔出典: 社会百面相(魯庵)〕
================================

 手元の『広辞林』も「参考する」を認めています。
 そうなると、「ご参考ください」を誤用と断言する自信はありません。

>0
>「参考に」と「参考と」のニュアンスの違いはなんなんでしょうか。
 諸説あるようですが、個人的には意味はほとんど同じと考えています。
「と」のほうが少し堅苦しいニュアンスがあると感じるので、自分では極力「に」を使うことにしています。ただし、「一丸となる」の場合などは、「と」のほうが自然でしょう。
 この話もキチンと書こうとするとかなり長くなるので省略します。
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〈2〉「ご存じのとおり」か「ご存知のとおり」か


 いきなりですが問題です。下記の番組タイトルにフリガナをつけてください。

『ご存知!旗本退屈男』(○○○○はたもとたいくつおとこ)

 ネットが広めた誤用には2通りある気がする。
 
1)人間が●●の場合
2)マシン(変換ツール)が●●の場合

 詳しいことはhttp://mixi.jp/view_diary.pl?id=1360517677&owner_id=5019671&org_id=1360591441で書いた「新死語」の件とともに改めて整理したい。
 今回書きたいのは「2)マシン(変換ツール)が●●の場合」。まあ、これも使う人間が賢ければ防げるんだけどさ。
 以前書いたものとしては、「ひもとく」の話がある。
2)【「紐解く」と「繙く」の違い】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=18459809

 ↑のトピの「21」「22」にも書いたが、「看護士」と「看護師」の話や「小龍包」と「小籠包」の話もそうだろう。
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2008年10月25日 20:15
 古いトピを掘り起こします。
「紐解く」が広まった責任の一端は、MS-IMEにあるような気がします。
 かなり賢くなったと言われるMacintoshのOS X用のことえりが「看護師」を変換できないことは少し前に知りました。
 先ほど日記のコメントにいただいた情報によると、Windowsでも「看護士」になるそうです。
 このように、パソコンの変換の不備によって増えたと思われる間違いって、ほかにどんなものがあるのでしょうか。
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2008年10月28日 07:07
「欲しいまま」という誤用もあったな、と思ったら、「18」で書いていましたorz。

 Macintoshのことえり君の場合、「しょうろんぽう」は「小龍包」です。
 少し前に香港のガイドブックを作ったときに、Macづかいのライターが小龍包と書いてきたんで「しょうがねえな」と思ったけど、ことえり君の責任だったのね。OS 9用の古いことえりだと「しょう論ぽう」と変換する。ここまでバカなら、それはそれで諦める。
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 もっと頻繁に目にする例を思い出した。おそらくネット限定で、まともな出版物では見た記憶がない。これは表記の問題とはちょっと違う気がする。
「ご存知のとおり」

 まず『大辞泉』から引く。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%9E%E3%82%93%E3%81%98&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=12818611054600
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ぞん‐じ【存じ】

知っていること。承知していること。「結果は御―の通りです」→御存じ
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「ご存じ」と書くか「御存じ」と書くかは趣味の問題(フツーは「ご存じ」だろう)。
『大辞林』はちょっと不親切。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%9E%E3%82%93%E3%81%98&dtype=0&stype=1&dname=0ss
================================
ぞんじ0 【存じ】

〔補説〕 動詞「存ずる」の連用形から
知っていること。思っていること。承知。存知。
・御―の人
================================

 何が不親切って、最後に「存知」と記載している。これだけを見ると、「存じ」を「存知」と書いてもいいのか、と勘違いをされかねない。
「存知」を『大辞林』で引く。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%9E%E3%82%93%E3%81%98&dtype=0&stype=1&dname=0ss&ref=1&index=111642000000
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ぞんち1 【存知】

(名) スル
〔補説〕 「ぞんぢ」とも
知っていること。心得ていること。承知。覚悟。
・後日の訴訟を―して、木刀を帯しける用意のほどこそ神妙なれ〔出典: 平家 1〕
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「存知」は言葉としては存在するが、「ぞんち」(もしくは「ぞんぢ」)と読む別の言葉。 
「ご存知でしょうが」とするのは誤用と言ってしまっていいだろう。
 ところが、この用例が異様に多い。グーグル検索で「ご存知」を検索すると、約17,500,000 件もある。
 なかには、テレビドラマのタイトルまである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%94%E5%AD%98%E7%9F%A5!%E6%97%97%E6%9C%AC%E9%80%80%E5%B1%88%E7%94%B7
 これは、一部の変換ツールが「ごぞんじ」で「ご存知」と変換するからとしか思えない。当方はマイクロソフト系があやしいと睨んでいる。どなたか検証してください。

 ただ、ここで新たな問題が出てくる。
『ご存知!旗本退屈男』のような「ご存知」の使い方は誤用と言い切れるのか? 
 結論を言ってしまうと、こっちは誤用とは言い切れない気がする。意味を考えると、「ご存知」でも間違いではない気がしてくる。ってことは、「ご存知でしょうが」は誤用でも、「ご存知のとおり」は誤用とは言いきれないのかな。
 ただし、フリガナをつけるなら、「ぞんち」もしくは「ぞんぢ」が正解ってことになる。
 発音するときも、「ぞんじ」ではなく「ぞんぢ」でお願いします。

【追記】
『「超」文章法』のp.109に「ご存知でしょうが」があった。
【読書感想文『「超」文章法』】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=954734558&owner_id=5019671

 ちょっと気になっていたトピを見つけた。
【「ご存知」と「ご存じ」】日本語の乱れが気になる会
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=37381131

 これもメモしておく。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1131515816

【追記2】
 ↑の文章はかなりとっちらかってるな。
 少なくとも下記の部分は修正したほうがよさそうだ。詳しくは↓の〈2〉参照。
================================
 結論を言ってしまうと、こっちは誤用とは言い切れない気がする。意味を考えると、「ご存知」でも間違いではない気がしてくる。ってことは、「ご存知でしょうが」は誤用でも、「ご存知のとおり」は誤用とは言いきれないのかな。
================================
  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓
================================
 結論を言ってしまうと、こっちは誤用とは言い切れない気がする。意味を考えると、「ご存知」でも間違いではない気がしてくる。ってことは、「ご存知でしょうが」「ご存知のとおり」も誤用とは言いきれないのかな。
================================

「ご存じのとおり」か「ご存知のとおり」か〈2〉

mixi日記2011年04月09日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1703659186&owner_id=5019671

 テーマサイトは下記。
【ごぞんじですか と書くには】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1359756898

 質問内容を要約する。
「ごぞんじですか」の表記として、正しいのはどれか。
  1) ご存じですか
  2) 御存じですか
  3) ご存知ですか
  4) 御存知ですか

 問題を切り分ける必要がある。
 まず接頭語の「ご」の表記。
 これは「御」と書いても間違いではない。ただ、一般的には「ご」だろうな。
「御苦労様」「御機嫌いかがですか」「御足労いだだく」……間違いではないが、めったに見ない。
 接頭語の「お」を「御」にするのはさらに珍しいだろう。これも「御見舞い」と書いても間違いではないけど。
 問題は、「1) ご存じですか」と「3) ご存知ですか」。
 ↑で見たこの問題に関して再検討してみる。
『続弾! 問題な日本語』は明解に言い切っている。

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「ご存知」vs.「ご存じ」、どっち?

動詞「存ずる」の連用形「存じ」の上に接頭語「ご」を付けたもので、「ご存じ」が正しい。「存じ」は謙譲語だが、「ご」を付けて全体で尊敬語に転用したものである。一般には「存知」と書かれることも多いが、当て字。ただ、心得えている、という意味の「存知(ぞんち・ぞんぢ)」という語も中世から使われており、それと混同したものと見られる。(小)(p.94)
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読書感想文/『続弾! 問題な日本語』(北原保雄編/大修館書店/2005年11月3日初版第1刷発行)【1】~【3】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1717.html

 ベストセラーではあってもアラが目立つので、この本に関してはいろいろインネンをつけてきた。しかし、この記述に限ればきわめて妥当だろう。
「ご存知ですか」は当て字。「存知(ぞんち・ぞんぢ)」との混同とも考えられる。とにかく、「ご存じですか」が本来の形。
「ご存知ですか」は絶対間違い、とまで言う気はないが、個人的には使わない。校正が行き届いたまともな出版物には出てこないはず。

 手元の『朝日新聞の用語手びき』の使い分けを確認した。いつもは表記の話だと真っ先にこれをひくんだけど、なぜかやっていなかった。単純な表記の問題と考えてなかったんだろうな。
「御」と「お」の使い分けに関しては記載がない。まあ、「お」にするものだろう。
「御」と「ご」の使い分けに関して。
〈接頭語〉は「ご」。これは「一般の接頭語」ということだろう。
  ご縁/ご協力/ご多分に漏れず/ご本尊
〈接頭語のうち漢字で書く習慣が強いものや、固有名詞に近いもの〉は「御」。
  御所/御前試合/御用邸……etc.
 ちなみに、「ごぞんじ」に関しては単独の項目があり、〈御存知→ご存じ〉になっている。
 今度は『記者ハンドブック』(共同通信社)をひく。「御」と「お」の使い分け、「御」と「ご」の使い分けに関してはほぼ同様。「ご」の用例のなかに「ご存じ」が入っている。
 こう見ていくと、「ご存知」と書く理由はない。

 ……で終わらせることができればラクなんだけどさ。ネットだと、「ご存知ですか」としているほうが圧倒的に多いだろう。最大の理由は、パソコンが変換してくれるから。それらしい漢字に変換してくれるなら、誰も疑わない。困ったことに、「ご存知ですか」でOKと思わせる要因がほかにもあり、いろいろ考える必要がある。
 ということで、例によってあやしげなことを並べる。以下はほぼヨタ話と考えてほしい。
 まあ、こんなことをグチャグチャ言っても、これからも「ご存知です」「ご存知のとおり」は使われ、そのうち辞書にも採用されるんだろうな。しょうがないか。

●「ごぞんじです」の品詞は
『続弾! 問題な日本語』は「ごぞんじです」を〈動詞「存ずる」の連用形「存じ」の上に接頭語「ご」を付けたもの〉としている。こう考えるなら、「ご存知」はありえない。
 しかし、〈「ご」+「存知」(名詞)+「です」〉という解釈もできなくはない。ただしクドいようだが、その場合の読みは「存知(ぞんち・ぞんぢ)」になる。「存知(ぞんち・ぞんぢ)」という言葉あるから「ご存知です」「ご存知のとおり」もOKというのは、単なる後づけのコジツケじゃないのかなぁ。

●なぜ「お存じ」ではないのか
 こんなことに文句をつけてもしかたがないとは思うが、「存じる」につける接頭語なら「お」がフツーだろう。
 原則的に和語系には「お」がつき、漢語系には「ご」がつく。「ご」がついているから、「ごぞんじ」が「ご」+「存じる」ではなくて「ご」+「存知」の印象になっているのでは。
274)【お茶/おビール/お刺身……etc.】日本語
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1456.html

「存じる」は[動ザ上一]で〈「ぞんずる」(サ変)の上一段化〉したもの。やはりこういう書き方をするしかないのか。頭痛っ。
 似たような形で浮かぶのは「案じる」「信じる」「通じる」「投じる」「念じる」「命じる」「論じる」あたりだろうか。それぞれ「ご存じです」と同じ形にしてみる。
  案じる  お案じです
  信じる  お信じです
  通じる  お通じです
  投じる  お投じです
  念じる  お念じです
  命じる  お命じです
  論じる  お論じです
 いずれも「お~」だろう。あれ? 「論じる」は「ご論じです」とも言いそうだな。用例が極端に少なさそうだからわからない。ほかもあまり使わないだろうな。「お命じです」あたりなら使うだろうか。

●こんな微妙な使い分けできるの?
 仮に、「ご存知です」を〈「ご」+「存知」(名詞)+「です」〉と解釈するなら、表記の使い分けは下記のようになる。それはヘンじゃないか? もしこういう使い分けが自然に感じられて読みも「存知(ぞんち・ぞんぢ)」で徹底できるなら、それはそれでもいい。ただ、当方はそんな微妙なことはできないので「ご存じです」「ご存じのとおり」を使う。

  存じる       命じる
  存じます      命じます
  存じ上げています  ??
  ご存じください   お命じください
  ※「存知する」がXだから、「ご存知ください」もXのはず。
   こんな形は使わないか(笑)。
  ご存知です     お命じです
  ご存知のとおり   お命じのとおり

●「ご存じのかた」の使い方(ほとんどインネン)
 いまさらながらだけど、「存じる」の元になっている「存ずる」とはどういう意味なのか。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E5%AD%98%E3%81%9A%E3%82%8B&stype=0&dtype=0
================================
ぞん・ずる【存ずる】
[動サ変][文]ぞん・ず[サ変]
1 「知る」「承知する」の意の謙譲語。「知らぬ―・ぜぬでらちがあかない」
2 「思う」「考える」の意の謙譲語。「お変わりなくお過ごしのことと―・じます」
◆現代では多く「ます」を伴った形で、聞き手に対して、改まった気持ちをこめて丁重に言うのに用いる。
================================
 ネットの質問で、「ご存じのかた、教えてください」と書く人がいる。これは二重の意味でおかしいという説がある。

1)「ご存じでないかたは教えられません」
 これは当方が冗談まじりで主張すること。これが「迷い犬」とかのことならさほどおかしくない。「お心当たりのあるかた」みたいな意味で「ご存じのかた」と言うならさほど異和感がない。ただ、これだって「心当たりがない」ならどうしようもないだろ、と屁理屈を言うことはできる。

2)「知っていること」「わかっていること」
「存ずる」は「知る」の謙譲語。つまり「ご存じのかた」は「知っているかた」という意味。
 迷い犬と同じ?で、「○○のサイトを知っているかた」という意味で使うならいいだろう。しかし、「○○と△△の違いを知っているかた」はヘンではないか、という説を聞いたことがある。
 これはこれで納得できる。そういうことに関してなら「知っているかた」ではなく「おわかりのかた」が正しいだろう。
 まあそこまで求めちゃいけないか。
 ちなみに、ネットで「ご存知」と並んでよく目にするのが「ご教授ください」の類い。これもやめたほうがいい。


〈3〉直裁ないいかたをする 直截 ちょくさい ちょくせつ 
mixi日記2008年12月18日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1025959857&owner_id=5019671

直裁ないいかたをする

 Windowsユーザーの原稿で見かけた。これは問題の根が深い。
 何よりの証拠に「直裁」で検索すると約278万件も(!)引っかかってくる。もちろん、正しく「直裁」の意味(「ただちに裁決する」くらいの意味)で使っている例もあるんだろうけど、そんなに使用頻度の高い言葉ではないから大半は誤用だろう。
「直裁」は意味が違うから、正しくは「直截」。「直截」で検索すると、約18.3万件。誤用の10分の1以下(笑)。
 まず問題は「直截」をなんて読むか。一般には「ちょくさい」の気がする。それは慣用読みで、正しくは「ちょくせつ」。慣用読みにあれほど寛容(単なる偶然です。ダジャレのつもりはありません)で片端から無節操に採用しているIMEが、「ちょくさい」を採用していないらしい。Macintoshのことえりが採用していないことは少し前に気づいていた。今回のことから判断すると、MS-IMEも採用していない。そりゃダメだよ。「ちょくさい」だと思い込んでいる人が、変換して「直裁」しか出てこなきゃ、字が似ているから絶対この字が正しいと思っちゃうよ。
 ずいぶん前(あんまり古くて探すのに苦労した。2002年の話だった)に、Macintoshの古いことえりが「ちょくさいてき」を変換しない、ってメールを書いてきた人がいる。そんときに、正しい読みが「ちょくせつ」だからでしょう(感じ悪っ)、と書いたあとに付け加えた話。

【とっても親切なtobirisuちゃんメール】=============
 でね、これはネタ帳に加えようと思っていますが、「直截的な」というのは、誤用とまでは言いませんが、異和感を覚えます。個人的な語感では、「直截な」が本来の使い方だと思います。こういう微妙な表現にぶち当たると、苦手な文法的解釈をして論理的に考えるしかありません。
 接尾辞(?)の「的」が何につくかと考えると、たったいま使った「文法的」のほか、
 積極、消極、表面、個人……etc.
 と、すべて名詞です(「積極」「消極」を「的」抜き名詞としてで使うことはめったになさそうですが。積極果敢ぐらいかね)。
 一方「直截」の品詞が何かというと、一般的には「名詞と形容動詞」です(この「名詞と形容動詞」の働きをする単語の品詞をどう分類するかは専門家の間でも意見が分かれているそうですが、学術的な話はどうでもよいので暫定的にこうしておきます……ウーム「的」を多用すると小難しい話に見える)。このパターンの言葉は、
 適当、適切、最適、強引……etc.
 などいくらでもありますが、いずれも「的」はつきません(例外がありますかね?)。こう考えると、「直截」は、「直截的な」とは使わないと考えるのが妥当です。

 ただし、この場合を問題を複雑にしているのは、「直接」という同音語があり、「直接的な」などの表現がよく使われることです。自分で使う場合でも「ちょくせつな」というのは、言葉足らずのような気がして、「ちょくせつてきな」としたくなります。これが「ちょくさいな」だと何も異和感がないため、書くときには「直截」を「ちょくさい」と意識しながら書いています。
 こうなると、話がグチャグチャになってきます。さらに言えば、「きわめてチョクセツテキナ表現」という用法だと、「直接的」でも「直截的」でもほとんど同義の気がしなくもありません(厳密には違うのでしょうが)。もっと言えば、名詞のなかで「的」がつくものとつかないものには何か法則性があるのでしょうか。「わたし的には」とか「気持ち的には」のように、「としては」に書きかえることができるものは×という気がしないでもないのですが、よく判りません。
 このテのことは考えはじめるとどんどん泥沼に入っていくところがあって、不用意に書くとこのようにわかの判らない文章になりがちです(もう少し整理せんとアカンな)。
===============================


【20110226追記】
 最近、「直裁」のほかに「直載」と書く例もふえているらしい。
http://www.google.co.jp/search?client=safari&rls=ja-jp&q=%E7%9B%B4%E8%BC%89&ie=UTF-8&oe=UTF-8&redir_esc=&ei=n3FoTeq4CYbuvQOBh4DkAg
 いまさらながら「直截」を辞書でひいてみた。Web辞書は「慣用読み」として「ちょくさい」を認めている。まあ、これだけ誤読が増えるとしょうがないよな。

■Web辞書(『大辞泉』から)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/14730712185100/
================================
ちょく‐せつ【直×截】
[名・形動]《慣用読みで「ちょくさい」とも》
1 すぐに裁断を下すこと。また、そのさま。「―な(の)処置」
2 まわりくどくなく、ずばりと言うこと。また、そのさま。「簡明―な表現」
================================

■Web辞書(『大辞林』から)
================================
ちょくせつ0 【直▼截】
(名・形動)
[文]ナリ
[1]まわりくどくないこと。ずばりということ。また、そのさま。
―簡明
語を出すに軽快にして―なる〔出典: 即興詩人(鴎外)〕
[2]ためらわずただちに決裁すること。
〔補説〕 「ちょくさい」は慣用読み
================================



テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

助詞の話──「ノ」と「ガ」 Yahoo!知恵袋

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【5】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1669912728&owner_id=5019671

mixi日記2011年03月18日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1691851574&owner_id=5019671

 テーマサイトは下記。
【ニュースのアナウンス「の」「が」?】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1157901266

 質問文を一部加工して転載する。
================================
今ニュースで、「市の用意したバス」とアナウンサーが言いました。
それでふと思ったんですけど、

「市の用意したバス」
「市が用意したバス」

この二つって、何がどう違うんですか?
================================

 とっくに書いたと思ったが、見つからない。書いてみよう。
 助詞の話はあまり踏み込みたくないのでサラリと書く。
 とりあえず辞書をひく。『大辞泉』の記述はわかりにくいので、『大辞林』にする。

■Web辞書(『大辞林』から)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%AE&dtype=0&dname=0ss&stype=1&index=115246000000&pagenum=1
================================

1 (格助)
[2]従属句の主格・対象語格を表す。
  ぼく―読んだ本
  お酒―飲みたい人
  折節―移りかはるこそ、ものごとに哀なれ〔出典: 徒然 19〕
================================

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%8C&dtype=0&dname=0ss&stype=1&index=102907300000&pagenum=1
================================

1 (格助)
体言および体言に相当するものに付く。
[1]主格を表す。古語では従属節の主格表現にのみ使用されたが、中世の頃より用法が広まり、一般に主格を表すのに用いられるようになる。
  ぼく―やります
  花―美しい
  先生―書いた本
  兼行―書ける扉〔出典: 徒然 25〕
================================

 表現は微妙に違うけど「主格を表わす」ってことでいいだろう。
 意味も用法もほぼ同じ。ニュアンスの微妙な違いを指摘する人もいるが、無視していいと思う。
 ただ、まったく同じというわけではない。微妙な違いを見ていく。古文と現代文で微妙に違うが、基本的に現代文に限定する。
 
1)単純な文だと「ノ」は使いにくい
 ↑の例文を見ればわかる。「ノ」の例文は「ガ」にもできるが、逆はできないものがある(単純な所有を表わす「僕ノ本」などは別の話)。
  1)-1 ぼく〈ノ/ガ〉読んだ本
  1)-2 お酒〈ノ/ガ〉飲みたい人
  1)-3 ぼく〈ガ/X〉やります
  1)-4 花〈ガ/X〉美しい
  1)-5 先生〈ガ/ノ〉書いた本

 ところが、1)-3や1)-4も、もう少し言葉を加えると自然になる。
  1)-3 ぼく〈ガ/ノ〉やった仕事
  1)-4 花〈ガ/ノ〉美しい地方

 理由を説明すると大変なことになる。「こういうものだ」と考えるほうがいい。

2)前後の助詞によって使い分けるべき
 意味も用法もほぼ同じだから、都合のいいほうを使えばいい。とくに前後の同様の助詞がある場合は、重複を避けるほうが自然な文になる(重複しても間違いではないが、わかりにくくなる)。
  2)-1 これがぼくノ読んだ本です○    これがぼくガ読んだ本です△
  2)-2 このお酒ノ飲みたい人いますか△  このお酒ガ飲みたい人いますか○

 下記の場合はどうするか。
  このお酒〈ノ/ガ〉飲みたい人がいる
 この場合はどちらでもいいと思うが、当方なら「ヲ」にする。

 以下は本題を離れたヨタ話になると思う。

3)「ノ」が目立つ文では「ガ」を使うほうがいい
「ガ」が連続する文が不自然なことはすぐにわかるが、「ノ」は目立たないせいか、連続して使われることが多い。「ガ」にできるものはしたほうがいい。単なる経験則で根拠はないが、「ノ」の連続は2回までにするほうが無難。3回になると異和感が生じる。
  3)-2 この新潟のお酒ノ飲みたい人いますかX
     この新潟のお酒ガ飲みたい人いますか○

4)個人的には原則的に「ガ」を使う
 個人的には、前後の助詞の制約がないなら「ガ」を使うようにしている。
 とくに「お酒〈ノ/ガ〉飲みたい人」の場合なら、「ガ」を使う。
 これは「ガ」と「ヲ」の使い分けに近いものがある。
195【「ガ」か「ヲ」か──「本ガ読める」か「本ヲ読める」か】2010年05月07日
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1205.html

5)話し言葉だと「ノ」を使うことも
 4)と矛盾するようだが、話し言葉だと「ノ」を優先させることがある。「ガ」はどうしても音が汚い印象がある。言葉として強い印象もある。
 本題に戻って、アナウンサーが「ノ」を使ったのも、これと同じような意識が働いたのかもしれない。

6)所有を表わす「ノ」と「ガ」
 これは本題とはまったく関係がないので、また今度(笑)。


 この現象は「ガノ交替」で、かの三上章が命名したものらしい。
 そこまではわかったが、ネット検索しても本格的な論文しか出てこない。何が書いてあるかわかんないよー。

日刊サイゾーの手のひら返し──『明日、ママがいない』【16】

 【ネタ元41】。ウーン。日刊サイゾーは好き放題書いていたはずなんだけど、ここに来て手のひらを返しますか。
 記事の末尾にある「芸能ライター」のコメントにやや驚く。
〈第8話で、風向きがガラリと変わった印象〉という部分には疑問を感じる。これじゃすべてが終わってからの分析だよ。第8話が放映されて何日たったの?
 その点を除けば、当方が最初から書いていたことときわめて近い。
1)〈“親の顔を知らない”という点は重要でしたが、必ずしもあだ名が“ポスト”である必要はなかった〉
2)〈初回で魔王が子どもたちにあそこまで暴力的である必要もなかった〉
3)“もったいないドラマ”という印象
 ただ、2)に関してもしかたがない一面もある。あれは話題づくりのための脚色だろう。それが裏目に出たのは「日テレの対応のマズさ」のせい。
 ドラマとしては悪くないのにね。

【1】~【15】に関しては下記参照。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2950.html

【ネタ元41】日刊サイゾー
================引用開始
2014.03.07 金
『明日ママ』最終回目前で“号泣”祭り!? 「初回の酷評を撤回したい」「クレーム団体は反省しろ」の声も

 全スポンサーがCMの自粛を続けている芦田愛菜主演ドラマ『明日、ママがいない』(日本テレビ系)の第8話が5日に放送され、平均視聴率11.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録したことが分かった。
 1月クール連ドラの全話平均視聴率において、これまで向井理主演『S -最後の警官-』(TBS系)に続き、民放2位につけていた同作。だが、この放送回で『緊急取調室』(テレビ朝日系)に抜かれ、3位に下がってしまった。
 同作は、次回の第9話が最終回。物語も佳境に入っており、第8話では、ピア美(桜田ひより)がピアノコンクールに出場。父親が会場に来ていることを知ったピア美は演奏をやめ、父親を求め泣き叫ぶ……。一方、ドンキ(鈴木梨央)は、「彼氏と別れたの」と自分勝手な理由で娘を引き取りに訪れた母親(酒井美紀)の元へ帰ることに。しかし、児童養護施設を後にするドンキの前に、里親候補の夫婦(松重豊、大塚寧々)が現れる……というストーリーであった。
 子どもたちが、親の愛を求め号泣するシーンが印象的だった第8話。ネット上では、以前の賛否がウソのように、「このドラマで、初めて号泣しました」「愛について考えさせられた。やばいくらい泣いた」「魔王(三上博史)の『事実の親と、真実の親は違う』というセリフが忘れられない」といった賛辞であふれ、次回が最終回であることを惜しむ声が目立つ。
 また中には、「初回を見て、このドラマを酷評しました。撤回します。(中略)第1話を見た時は、まさかこのドラマで号泣するとは想像もしていなかった。ありがとう。母になったばかりの、あの頃の気持ちを思い出しました。今夜、娘を抱き締めてあげたい」といった書き込みも。
 さらに一連の騒動に対し、「クレーム団体は反省してほしい」「スポンサーは、局の“最後まで見てほしい”という言葉を、なぜ無視したのか」「人がバンバン殺されるドラマにはスポンサーがいるのに……」と、あらためて疑問を投げかける視聴者もいるようだ。
「第8話で、風向きがガラリと変わった印象です。振り返ってみると、主人公が“親の顔を知らない”という点は重要でしたが、必ずしもあだ名が“ポスト”である必要はなかったですし、初回で魔王が子どもたちにあそこまで暴力的である必要もなかった。今回、脚本が、どの程度騒動の影響を受けているかは不明ですが、今になって評価が高まっているだけに、“もったいないドラマ”という印象です」(芸能ライター)
 ハッピーエンドへ向け、加速中の同ドラマ。最終回の放送後、世間からどのような総評が下されるのだろうか?
================引用終了


「主観」と「典拠」

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2014年03月06日から

 下記の続きかも。
320)「事実」と「意見」【1】~【3】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1598.html

 下記がちょっと関係するかも。
【「なのかな」と「とは思います」】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=48610257&comm_id=222342
1020)【「~なのかな」「~とは思います」「~と思います」】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2842.html

 言葉の問題で意見が対立すると、ちょっと警戒が必要になる。話の内容に加えて、相手の性格を考慮しないと、徒労に終わる可能性がある。ラチが明かないテーマで延々と議論もどきを続ける人たちがいるが、あれはああいうのが好きでやってるんでしょうね。
 そもそもそういうことが好きなホニャララは、単なる意見交換を「議論」ととらえ、肩をいからせて鼻の穴を広げてコメントを入れてくる傾向がある。何がなんでも自説の正しさを押しつけたいらしい。「怪しいな」と思ったとき、当方はとっとと逃げることにしている。
 AかBか……みたいな話になったとき、明確な典拠(「根拠」でも「論拠」でもいいけど、今回は「典拠」と呼んでおく)を示すことができれば話が早い。辞書でもいいし、信頼できるサイトや書籍でもいい。説得力がある典拠であっても示されたほうが納得しない場合……これは放っておくのが正解だろう。
 どちらも明確な典拠を提出することができない場合は、主観による戦いになる。確固たる主観同士の議論になると目もあてられない。
 もちろん、ひと口に主観と言ってもさまざま。まったくアテにならない主観もあれば、信頼できる主観もある。
 前にどこかでそんな話になった……そんなもの思い出せるか、と心中で喚いたあとに思い出した。誰もほめてくれないので、自分でほめてやりたい。下記のコメント欄。ムダに長いのでポイントだけ書き出す。いま思い返してもホンマにくだらない騒動だった。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1374982386&owner_id=5019671

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tobirisu
2009年12月29日 17:51

当方は言葉の問題について考えるときは、できるだけ辞書や文献を調べることにしています。しかし、あのトピの問題はそういうものが通用しません。そうなると、主観で語るしかないと思います。なかには辞書や文献を調べればわかることに関して主観で語る人も多いのですが……。

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tobirisu
2009年12月29日 21:13

 そりゃ基本は主観ですけど、部分的には主観ではないとこもあります。
 その含有率で言えば、○○さんは間違いなく高濃度でしょう(なんのこっちゃ)。
 だから、泣かないで……と慰めてみる。

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 そりゃ「単なる主観」と、「細かな傍証の積み重ねの上に立脚する主観」とでは、天と地ほど違う。
 なんでこんなグチなのかメモなのかわからんことを書いたかと言うと、全体公開ではこれ以上はかけません(泣)。

参る 参ります 参りましょうか 参りましょう

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2013年10月09日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=5019671&id=1913614078

 敬語「参る」はどういうタイプの敬語か。
 これはちょっとまぎらわしい。
 従来の3分類だと「謙譲語」で、近年の5分類だと謙譲語II(丁重語)になる。
 文化庁の「敬語の指針」の18ページ~を見れば明らかだ。
http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/soukai/pdf/keigo_tousin.pdf#search='%E6%95%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E6%8C%87%E9%87%9D'
 定評のある資料でも、この段階でつまずいているものがある。


●Wikipediaの記述
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%AC%E8%AA%9E
 Wikipediaは「3分類」「5分類」の表は問題がないのだが、後半の「不規則動詞一覧」を見ると相当危うい。
 手元の『敬語再入門』http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2327.htmlと見比べるとよくわかる。この書籍は並みの敬語雑学本と同列に扱ってはいけない。著者の菊地康人先生は「敬語の指針」の編集委員でもあり、書籍の内容も文化庁の見解とほぼ同じ。つまり、「敬語の指針」の内容を詳細に解説したものと言っていいだろう。同じ著者の『敬語』にも、同様のことが言える。
 Wikipediaの「不規則動詞一覧」は最上段の分類名がすでにあやしい。「一般」「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」になっている。一方『敬語再入門』のよく似た表の最上段は「一般」(実際の項目名は空欄)「尊敬語」「謙譲語I」「謙譲語II」になっている。この違いは大きい。

 Wikipediaの「丁寧語」の欄に入っているのがなんなのか、当方にはサッパリわからない。
「上げる」は本来は謙譲語Iで、近年は美化語化の傾向がある(『敬語再入門』の表の参照)。
「申す」は謙譲語IIと考えるのが素直だろう(「敬語の指針」参照)。
「参る」も謙譲語II。
「おる」も謙譲語II。
「求める」は「丁寧な言い方」かもしれないが敬語ではないだろう。
「亡くなる」も敬語ではない。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2415.html
 P.165の【引用部】参照。
「いたします」は「いたす」(謙譲語II)の丁寧語だが、ここだけそういう分類をするのはヘン。
「いただく」は謙譲語II。
「休む」は「丁寧な言い方」かもしれないが敬語ではないだろう。


●Web辞書『大辞林』(第三版)の記述
http://dictionary.nifty.com/word/%E5%8F%82%E3%82%8B?dic=daijirin
 ↓
http://kotobank.jp/word/%E5%8F%82%E3%82%8B?dic=daijisen&oid=17211400
================引用開始
まいる【参る】

( 動ラ五[四] ) 〔「参(まゐ)入(い)る」の転〕
一 (自動詞)
❶①「行く」「来る」の意の謙譲語。動作の及ぶ相手を敬う。聞き手と動作の及ぶ相手とが一致している場合に用いられる。 「また明日二時に-・ります」 「お客さま,お迎えの車が-・りました」 「はい,すぐにそちらへ-・ります」
②「行く」「来る」の意の丁寧語。聞き手への敬意をこめていう。 「駅までご一緒に-・りましょう」 「このバスは市役所へ-・りますでしょうか」
③神社・寺院や墓へ行って拝む意の謙譲語。もうでる。参詣する。お参りする。 「菩提寺に-・る」
④「行く」「来る」意の尊大語。上位者が下位者の行為を低めていう。 「わしはあとから行くからお前は先に-・れ」 「早くこちらへ-・れ」
(以下略)
================引用終了

〈②「行く」「来る」の意の丁寧語〉とあるが、文化庁&『敬語再入門』を信じるなら、これは謙譲語II(丁重語)。「丁寧な言い方」ならOKだろうが(相当曖昧だけど)、「丁寧語」と言ってしまったら×。

 さらに言うと、謙譲語I、謙譲語IIと丁重語の違いを正確に説明するのは非常にむずかしい。少なくとも当方には無理なので、おそるおそる遠巻きに書いている。(←オイ!)
 一般に謙譲語II(丁重語)と書いてあったら謙譲語II=丁重語と考えてよいはずだが、そうとも言えない。きわめて近いけれど、ちょっと違う。これを謙譲語II≒丁重語と表わせるか否か、当方には判断できない。『大辞林』の②の例文がわかりやすいかもしれない。
  「駅までご一緒に-・りましょう」は謙譲語II。
  「このバスは市役所へ-・りますでしょうか」は丁重語。
 
 このあたりを説明するために、『敬語再入門』を見てみる。


●『敬語再入門』の記述
『敬語再入門』の末尾にある「敬語ミニ辞典」の記述をひく。原文は辞書形式なので改行がないが、読みやすさを考えて改行する。
================引用開始
まいる(参る)・……でまいる
「行く・来る」「……ていく・……てくる」の意の謙譲語II。主語〈I人称〉を低め、聞手に丁重に述べる。原則として「ます」を付けて使う。「先月、ロンドンにまいりました」(行く意)・「私はこの四月に京都からまいりました」(来る意)・「次第になじんでまいりました」(……ていく・……てくる意)
 時には、主語を低める性質を失って、単に聞手に丁重に述べるだけの用法で用いられる(丁重語)。「電車がまいりました」「暖かくなってまいりました」
 ただし、この場合も、主語は〈高める必要のないIII人称〉でなければならず、II人称者や、然るべきIII人称者では不可。×「あなたは(先生は)その会にまいりますか」→§38、§45
================引用終了

「主語を低める性質を失って」いるときに限って、謙譲語IIではなく、丁重語になる。繰り返すが、「丁寧な言い方」ではあっても丁寧語ではない。
「駅までご一緒に-・りましょう」は、話し手(もしくは「話し手」と「聞手」の双方)が主語だから謙譲語II。
「このバスは市役所へ-・りますでしょうか」は主語がバスだから丁重語。
 もちろん「~ました」を使っているから丁寧語でもあるが、それは別の話。↑の「敬語ミニ辞典」にも〈原則として「ます」を付けて使う〉とある。ちょっと言葉足らずかな。「参る」は謙譲語IIの場合も丁重語の場合も、原則として「~ます」「~ました」などの丁寧語を伴う、ってこと。


 さてここからが本題。(←オイ!)
「参る」に関して再確認したきっかけは、下記の質問。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8296002.html

「参りましょう」が誤用にされている、という話が気になった。
 正確な「誤用例」がわからないので、ここからは憶測をまじえる。メンドーなんで辞書は省略する。(←オイ!)
「参りましょう」の使い方は2つに大別できるだろう。

1)承諾
 トラブルが起こり、解決のために赴いてほしいと要請されたとする。
「そういうことならば、私が参りましょう」
 これはもっとも一般的な謙譲語II。語尾は「参ります」のほうが素直な気がするが、その話はパス。


2)提案
 問題になっているのはたぶんこちらだろう。
 同行者に「そろそろ参りましょう」と言う。この話は前にも書いているが、見つからなかった。キッパリ<( ̄- ̄)>
 そのときは、女性の師匠と弟子を想起した。少しかえて、水戸黄門と格さんで考える。
 道中、2人が茶屋休んでいる。黄門様が格さんを促す。
「そろそろ参りましょう(か)」
 これも一般的な謙譲語IIと考えることができる。
 逆に格さんが「そろそろ参りましょう(か)」と言ってもおかしくはないだろうが、厳密に考えるとちょっとひっかかる。黄門様も主語になるので、謙譲語IIの対象になってしまう。目上の人を自分の位置まで引きずり下ろすことになる。
 さらに言うと、目下が目上に指図している印象になりかねない。これは謙譲語ウンヌンとは別の話になる。

 現代の敬語として自然か否かという話になると、さらに微妙になる。「女性の師匠と弟子」「水戸黄門と格さん」なんて例を出したことと無関係ではない。
 部長と平社員が一緒に会社から出かける場合。
 部長が「そろそろ参りましょう」と言ったら、「誤用」ではないけどギャグでしかない。「そろそろ行こうか」くらいが自然だろう。
 平社員が「そろそろ参りましょう」だと、「誤用」とまでは言えないけど厳密にはやはりヘンだし失礼だろう。ちょっとボカして「部長、そろそろ(お)時間が……」くらいが大人の言葉づかいってものだろう。

【20131023追記】
 下記を見ると、敬語の問題で考えてもおかしいらしい。この書き手は敬語の専門家。ただ、修正案にはいろいろ疑問点もあるが……。(←オイ!)
【第29回「部長、そろそろ参りましょうか?」は○?×?】
http://www.web-nihongo.com/wn/j_manner/29.html/

 ということで、もう少し強気に出て、修正する。
【修正前】===========
 逆に格さんが「そろそろ参りましょう(か)」と言ってもおかしくはないだろうが、厳密に考えるとちょっとひっかかる。目下が目上に指図している印象になりかねない。これは謙譲語ウンヌンとは別の話。
================
  ↓
【修正後】===========
 逆に格さんが「そろそろ参りましょう(か)」と言ってもおかしくはないだろうが、厳密に考えるとちょっとひっかかる。黄門様も主語になるので、謙譲語IIの対象になってしまう。目上の人を自分の位置まで引きずり下ろすことになる。
 さらに言うと、目下が目上に指図している印象になりかねない。これは謙譲語ウンヌンとは別の話になる。
================

最近のコメントのやり取りから 1 フリー客 フリーの客 ふりの客

 mixi日記のバックアップ用のブログからリンクを張っているFB(なんのこっちゃ)にコメントを頂いた。
https://www.facebook.com/ryo.morisawa.75

【原文】■■■■■■■■■■■■■■■■

「ビッグコミック」2012-No.15
『太田和彦のイケイケ居酒屋』第百五回
================引用開始
カウンターは予約札が置かれているが、次々にフリーの客が来てそのたびに主人が「日本酒とビールのみ、店内は全面禁煙ですがよろしいでしょうか」と尋ねる。
================引用終了
「フリーの客」はさすがに誤用だろう。天下の小学館の出版物(マンガ誌とはいえ、読み物)で、しかも居酒屋の専門家がこの言葉を使ったことには衝撃を覚えた。 

「ビッグコミック」2012-No.18
『太田和彦のイケイケ居酒屋』第百八回
================引用開始
世界でも、一種類の魚だけで商売する店が普通にあるのは日本の鰻だけだそうだ。
================引用終了
 これは虚をつかれた。たしかに珍しいんだろうな。「鮪料理専門」とか「鰯料理専門店」はたまにあるけどさ。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


【頂いたコメント1】■■■■■■■■■■

オネーさんが隣に座ってくれるお店業界の用語(=指名のない客)と捉えれば誤用ですね。その語源(っていうのかな?)と思われる、オネーさんが(略)業界の古くからの隠語(=飛び込みの客)と捉えれば、誤用というか、「聞きまつがい」とでも言うんでしょうか?
などと思っていたら、こんな事↓に。
http://jhs.ac.jp/guide/glossary/3355.php


【頂いたコメント2】■■■■■■■■■■

魚じゃありませんが、「オイスターバー」とか。あれ? 「たこ焼き屋」はどうなんだろう…。
そういうピンポイントな商売って、昔はもっといろいろあったようですね。
https://www.facebook.com/pages/%E6%A0%B9%E6%9C%AC%E5%AD%9D/297922916900442

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 なんと言うか。
「こんな事」の記述は下記。「ホテル観光 用語事典」なんだそうな。
================引用開始
フリー客
読み :ふりーきゃく

予約をしないで当日やってくる客。
================引用終了

 こういう事典に採用されているから「フリー客」という言葉はアリとは言えない。ただ、業界用語としてはアリなのかもしれない。なんだか「スキー客」みたい。
 下記のようなサイトがあるってことは、じゃなり前から誤用されているのだろう。
【ふりの客? フリーの客? - ことばマガジン】
http://kotoba.asahi.com/quiz/2010080500003.html

 元々は何が一般的なのかは、フツーの辞書にのっている。
■Web辞書『大辞泉』から
http://kotobank.jp/word/%E6%8C%AF%E3%82%8A?dic=daijisen&oid=16319900
================引用開始
ふり 【振り/▽風】
【1】[名]

4 料理屋・旅館などで、紹介や予約なしに客が来ること。また、その客。「―の客」
================引用終了

「ふり」を「フリー」と取り違えたことから生まれた誤用だろうね。でも、ボチボチ「ふりの客」のほうが駆逐されそう。大勢が「有利」ではない。
 こうして●●が増えていく。


 で、「単魚料理店」に関して。「オイスターバー」か。とんでもないとこに目が行くもんだ。「蒲鉾店」もあるけど、原材料の魚はいろいろなんだろうな。
 ちなみに当方の返信は下記。
================引用開始
○○さん1

 そうなるとだな。「ふりの客」「フリー客」という使い分けが正しいってことか?
 何がなんだか(泣)。


○○さん2

「たこ焼き屋」って、それは粉ものやろが。
「焼きだこ屋」ならまだしも。
 ポピュラーな例を忘れていた。「たいやき屋」。(←オイ!)

「オイスターバー」か。それはアリかも。
 各種のオイスターソースカクテルが楽しめる店ですね。
「李錦記の17年をロックで」
================引用終了

第2章5比喩の使い方

第2章

5 比喩の使い方――クサくならない比喩に限るほうが無難


■紋切り型を作ったのは新聞記者?
 比喩について見ていくのだが、とりあえず紋切り型の話から始めたい。
 紋切り型って言葉の正確な定義は、例によって誰にもできない。まあ、「慣用句のなかでとくに使われることが多い表現」ぐらいに考えておけば間違いがない(「慣用句」を「常套句」や「決まり文句」と書きかえても大差はない)。一般にどういうものが紋切り型と呼ばれるのかを見てみよう。

【引用部】
「ぬけるように白い肌」「顔をそむけた」「嬉しい悲鳴」「大腸菌がウヨウヨ」「冬がかけ足でやってくる」「ポンと百万円」……
 雪景色といえば「銀世界」。春といえば「ポカポカ」で「水ぬるむ」。カッコいい足はみんな「小鹿のよう」で、涙は必ず「ポロポロ」流す。「穴のあくほど見つめる」という表現を一つのルポで何度もくりかえしているある本の例などもこの類であろう。
 こうしたヘドの出そうな言葉は、どうも新聞記者に多いようだ。文章にマヒした鈍感記者が安易に書きなぐるからであろう。一般の人の読むものといえば新聞が最も身近なので、一般の文章にもそれが影響してくる。(本多読本p.202~203)

 これは、「第1章4」で紹介した〈只野小葉さん〉で始まる文章を罵倒したあとに続く記述だ。近年は〈新聞が最も身近〉でもないだろう、ってのは個人的な感想なのでインネンにさえならない。美脚の形容に使われるのは「小鹿」じゃなくて「カモシカ」では、って疑問も無視する。当時はそういったのかもしれないし、どっちにしても紋切り型であることにかわりはない。このほかに紋切り型の例として、〈ぼやくことしきり〉〈……昨今である〉〈……今日このごろである〉などがあげられている。
 紋切り型について語るなら、忘れてはいけない文章読本がある。

【引用部】
 新聞にも紋切型の歴史があり、それはいまも続いています。
 昔は山の遭難があるとなぜか「尊い山の犠牲」という言葉が使われました。海水検査の結果を報じるときの「大腸菌うようよ」は、これを例示すること自体がもう手垢のついた発想になっています。
 捕まった容疑者はたいてい「不敵な面魂で」警察署の中に消え、取調室では「ふてぶてしさを装いながらも」「動揺を隠しきれない」が、なぜか差し入れのカツ丼は「ぺろりと平らげる」のです。
 新しい汚職事件が発生すると「衝撃が日本列島を走り抜け」、人びとはその「大胆な手口」に「怒りをあらわ」にし、「癒着の構造」に「捜査のメス」が入って「政界浄化」が実ることを期待します。政府与党の幹部は「複雑な表情を見せ」「対応に苦慮」、国会内は「一時は騒然となって」「真相の徹底究明」が叫ばれ、「成り行きが注目」されます。しかし「突っこんだ議論」はなく、「すったもんだの末」に「永田町の論理」が支配してうやむやになり、関係者は「ほっと、胸をなでおろし」、「改めて政治の姿勢が問われる」ことになるのです。(『文章の書き方』辰濃和男p.204~205)

 例示はまだまだ続く。ここまで並べてあると、すごい芸としかいいようがない。2人のセンセーの意見に共通するのは、紋切り型は新聞と縁が深いってこと。ほぼ同じ意見のセンセーはほかにもいる。

【引用部】
 こう並べてみると、たしかに新聞記事の文章は、出来合いの表現を組み合わせて書く傾向のあることが見えてくる。てっとり早く、手短に、という新聞のこういうジャンル特性は、悪い面ばかりではない。早く的確に情報を手に入れるためには、あまり個性的な文章では困る。型どおりに書いた新聞記事なら、読者が独創的な表現にとまどうことはない。既成の表現だからこそ、事件の概略がつかみやすくなるという面もあるだろう。(中村明『悪文』p.100~101)

 一応紋切り型を擁護してはいるが、このあとに〈だが、それは新聞記事の文章という場合のことである〉と続く。結局、新聞記事で使うのもあまりよいことではなく、フツーの文章を書くときには使っちゃダメらしい。
 でもなぁ。とりあえず疑問が2つある。
 まず小さな疑問。紋切り型の愛用者は、新聞記者だけではない。現代ではアナウンサーが使っている例のほうが目立つ気がする。文章と関係ないといえば関係ないけど、あれだってたいていはニュース原稿を書く人がいるはずだ。ニュース番組では、いまだに葬儀は「しめやかに営まれる」のが一般的だし、伝統行事は「古式ゆかしく」行なわれると相場が決まっている(「古式豊かに」というと誤用になる。紋切り型のうえに誤用なので、相当恥ずかしい)。このあたりだと、新聞記事ではほぼ絶滅しているのではないだろうか。
 次に大きな疑問。「紋切り型を使うな」って心得は理解できたとしても、個々の言葉が紋切り型かどうかを判断する基準なんてない。どこかに紋切り型の一覧表でも売っているのだろうか。仮にそんなものがあったとしても、すごい数になるから簡単には覚えられないって。「これは紋切り型だろうか」なんていちいち考えていたら泥沼にはまり(これも紋切り型か)、文章なんて書けなくなる。
 まあ、とりあえずここまでにあげた表現は、避けたほうが無難かもしれない。


■安易な比喩は〈アホらしい紋切り型〉になりやすい
 紋切り型を並べるのはたしかによくない。だが、絶対に使ってはいけない、とメクジラを立てる(これも紋切り型か)ほどのものではないだろう。

【引用部】
 紋切り型とは、いわずと知れた、型にはまった言い回しのことである。副詞、形容詞、常套句(じょうとうく)、諺(ことわざ)など、それらは世にあふれかえっていて、これらを全部、使うなと言われたら、日本語の文章を進めていくのに困るほどだ。だから、無理にこれらを避けようとすると、かえって、どうでもいい場面でヒネりすぎた表現をしてしまうことになりかねない。
 要は、頻度の問題である。避けなければならないのは、紋切り型に凝り固まった文章なのだ。
「彼は、雪をもあざむくような白い馬にまたがり、抜けるような青い空の下を疾駆していた」
 たったこれだけの長さの文章に、「雪をもあざむく白」「抜けるような青い空」という具合に紋切り型が連続してしまうと、書き手が、自ら描いた映像に対して何のイメージも抱いていないことがばれてしまう。(日本語倶楽部編『うまい文章の裏ワザ・隠しワザ』p.133)

〈要は、頻度の問題〉ってこと。紋切り型だらけになるのは、すでに書いたようにウマい文章を書こうとするから。ただし、フツーの人はそんなに神経質になる必要はない。わざとやろうとでもしない限り、こんなわけのわからない表現が次々に浮かぶほど言葉を知っている人はそうはいない。もちろん、人並み外れて語彙が豊富な人は、十分神経質になる必要がある。
 この引用部にあげられた紋切り型に注意してほしい。〈雪をもあざむく白〉も〈抜けるような青い空〉も、比喩と呼ばれるものだ。先にあげた新聞で使われる紋切り型のなかにも、比喩を含むものが少なくない。比喩を含む紋切り型の場合は、ちょっと警戒する必要がある。

【引用部】
 比喩は文章の味と香りを決める大事な調味料ですが、あまりに手垢のついたアホらしい紋切り型はよしましょう。「りんごのようなほっぺ」「白魚のような手」「水を打ったような静けさ」などなど。(山口文憲『読ませる技術』p.143)

 比喩は〈アホらしい紋切り型〉になりやすい。このことを確認したうえで、やっと比喩の話が始まる。


■直喩と隠喩の違いぐらいは知っといて損はない
 実用文派の文章読本のなかで、比喩の解説に力を入れているものはさほど多くない。これには理由があると思うが、とりあえず話を進める。
 比喩にはいくつかの種類があり、使用例で考えると、圧倒的に多いのは直喩(「明喩」ともいう)と隠喩(「暗喩」ともいう)だろう。

【引用部】
 が、手始めとして表現を工夫するとき、もっとも簡単で効果的なのは、比喩だ。よく知られているように、大きく分けると、比喩には「まるで……のようだ」という形をとる「直喩」(ちょくゆ)と、「まるで」という表現を含まない「隠喩」(いんゆ)がある。そのほかにもたくさんの比喩の分類がなされているが、まずはそんなに難しく考える必要はない。高度な比喩については、人の文章を読んでマスターすればいいことであって、初めからそのようなものをマスターしようとするほうが無理だ。
 要するに、比喩というのは、物事を何かにたとえることで、それを誇張して、目に見えるように表現する方法と考えておけば、とりあえず間違いない。ふつうに書けば「私は驚いた」で済むところを、「私は、まるで初めて花園に迷い込んだ子猫のように驚いた」と言うわけだ。そう考えておいて、あとは練習してみるといいだろう。(樋口裕一『ホンモノの文章力』p.164)

 非常にわかりやすい解説で、おおむねこのとおりだ。「まるで……のようだ」以外の形の直喩もあるとか、直喩と隠喩の違いはこんなに単純なものではない、なんて厳密な話は無視する。
 この引用部は第四章の〈作文・エッセイの書き方〉の中に出てくる。だからコメントしたくないって。ここであげられた比喩の例がウマいかウマくないかは、感覚の問題になるから誰にも決められない(ってことにしておく)。ウマいと思えた人は教えに従って〈練習〉すればいい。ただし、〈練習〉の具体的な方法は書いていない。もしそんな練習方法があるのなら、ぜひ教えてほしい。どんなに苛酷な「地獄の特訓」(これは隠喩で紋切り型か)にも耐える覚悟がある。ホントに効果があるならね。
 すでに書いたように、実用文派の文章読本のほとんどは、比喩の解説にあまり力を入れていない。しかし、何事にも例外はあるもので、ほぼ1章を使って比喩を解説している文章読本がある(あえて書名は伏せる)。
 内容を見ると、直喩や隠喩のほかにさまざまな比喩を紹介している。種類名だけあげておこう。
  諷喩/声喩/換喩/朧化法/象徴法
 こういった比喩に関して、くわしく解説している。このぐらいレトリックの本を何冊か参考にすれば誰だって書ける、なんて悪態をつく気はない。話としてはおもしろいし、巧みな比喩が文章に生命を吹き込む効果がどれほど高いか、って説明もわかりやすい。しかし、「だからどうした」としかいいようがない。「だからこそ罪深い」というべきだろうか。比喩の種類をどれだけ覚えても、巧みな比喩の効果が理解できても、文章を書くのにプラスになることはめったにない。むしろマイナスになる可能性が高い。
 この文章読本は、〈天にも昇るような〉や〈砂を噛むような〉を紋切り型だとしている。一方で、〈針のように鋭い神経〉や〈氷のように冷たい心〉を比喩の好例のように書いている。これも十分紋切り型なんじゃないの。この微妙な違いがキッチリ説明できるのなら、ぜひお願いしたい。
 無責任にリクエストさせてもらえるなら、お願いしたいことがほかにもある。比喩の効果について長々と書くぐらいなら、ウマい比喩の使い方のコツを教えてほしい。そこまでむずかしいことを求めるのがムチャなら、せめてウマい比喩とそうでない比喩とを見分ける明確な基準を示してほしい。そんなものあるわけないよね。だったら、安易にすすめたりしないでほしい。使い方には注意が必要なことを、しつこいぐらいに断わってくれないと、読者が誤解する。
 ここまで書いてしまったから、個人的な「意見」をハッキリさせておく(もうハッキリしてるって)。比喩に関する有効な心得は「ムヤミに使うな」ぐらいしかない。それ以外にいい方があるとすれば、「よほどのことがない限り使うな」だけ。


■比喩はどちらかというと芸術文の領域
 何もかもひっくるめて、どんな文章でもすべての比喩を使うな、と主張する気はない。比較的使いやすい比喩もあるが、その話はあとに回す。例によって、文章の種類がかわれば事情もかわってくる。芸術文と実用文とでは話が大きく違う。実用文のなかでさえも、比喩を使わなくても書けるものと、比喩を使いたくなるものがある。そのあたりのことに注目しているセンセーの意見を見てみよう。

【引用部】
文章技術に限っていえば、もっとも容易に書けるのは算数(数学ではない)の問題文である。なぜ容易に書けるのかといえば、たとえば比喩が不用だからである。隣組の回覧板の文章や法律文などもお手本があれば、どうにか書けそうだ。比喩を考える必要がないからである。商業文にしても同じだ。新聞記事や社説などはどうか。これはすこしむずかしい。記事文や社説には、XはYのようだ、YそっくりのX、Yに似たX、YめいたX、YよりもYらしいX、Y顔まけのX、Yに負けないほどのX、YにもまぎらうX、YもおどろくX……といった直喩はほとんど用いられることはないが、隠喩が大いに使われており、そこがすこしばかりむずかしいのである。(井上読本p.239~240)

 このあとに、〈ヤミ手当〉〈魔女(女子バレーボール選手)〉〈植物人間〉など、新聞に登場する隠喩が多数紹介されている。こうなってくると、どこまでが隠喩なのかって問題も出てくるが、無視して先に進む。

【引用部】
 のこるは随筆、小説や戯曲、そして詩といったところだが、この順序にしたがってむずかしくなるのではないかと思われる。使われる比喩の量と文章を書くことのむずかしさとが正比例するからである。つまりその文章が世の中の中心から外れれば外れるほど、個体的、個人的なものになればなるほど、比喩の量がふえて行き、その分だけ文章を書くことが骨になるのである。(井上読本p.240~241)

 少し表現をかえると、「比喩の量は芸術文と実用文とで大きくかわる」ってことになる。なんなら、「芸術文と実用文の違いは比喩の量と質によって決まる」ぐらいのことをいってもいいかもしれない。これは実用文のなかでもあてはまる。「比喩の量は文章の種類によって少しかわる」ってことだ。
 ずーっと前に「第1章1」で、〈エッセイ(身辺雑記)やルポルタージュ(旅行記)はやや特殊で実用文と芸術文の中間に位置すると思う〉と書いたのは、このことなのだ。
 うんと簡単な例で考えよう。
 白い花が咲いているのを見たとする。身辺雑記なら庭先で、旅行記なら旅先で、ってことになるだろうか。その花のことを書こうとすると、「白い花が咲いていた」と書くだけではなんか物足りない。いろいろある白のなかでも「どんな白なのか」、「どんな様子で咲いていたのか」を書きたくなる。さらに、その花が「どんなふうに見えて」、そのことによって「どんな気持ちになったのか」なんてことも付け加えたくなる。こうなると、比喩のひとつも使いたくなるのが人情だ。
 どの程度比喩を使うのかは、各自の表現力と相談してもらうしかない。表現力に自信のある人は、好きなだけやればいい。表現力に自信のない人は、できるだけ控えめにするほうがいい。そうしないと、クサい表現になる。「クサい表現」って言葉が曖昧に感じられるのなら、〈悪しき文学趣味〉って言葉を使っておこう。個人的には「控えめ」よりももっと消極的で、花について書くこと自体を避けたくなる。だってクサくなるのヤだもん。
 自然描写ってのは、限りなく芸術文の領域に近い話になる。情景描写ってのも、それに準ずる。先にあげた〈雪をもあざむく白〉や〈抜けるような青い空〉の例を見れば明らかだが、ウカツにやると取り返しのつかないことになる。〈アホらしい紋切り型〉であるうえにクサい表現なんだから、かなり悲惨だ。
 実用文派の文章読本のなかで比喩のことがあまり語られていないのは、このへんの問題のせいだろう。ごく少数の勇敢なセンセーを別にすると、危険を察知して回避している。
 先にあげた『読ませる技術』(山口文憲)の例が典型だ。コラム・エッセイをテーマにしているんだから、本来なら比喩についてもっと説明していても不思議ではない。しかし〈比喩は文章の味と香りを決める大事な調味料〉(隠喩)としながら、〈アホらしい紋切り型はよしましょう〉としかいっていない。
 この〈調味料〉の例だけでなく、『読ませる技術』には巧みな比喩がいろいろ出てくる。そういう比喩の使い手でさえ(「使い手だからこそ」か)、具体的な使い方の説明を回避してサラリと流している。説明するのはとんでもない難題、ってことがわかっているからだ。
 ウマい比喩ならどんどん使えばいい。しかし、ウマい比喩の作り方のマニュアルなんて存在しないし、比喩のデキの善し悪しを判断する基準もあるわけがない。それなのに、ヤタラと比喩の種類を並べたり、長々と比喩の効果を語ったりしてなんの意味があるのだろう。それがどれほど無責任で罪作りなのか、わからないのかね。単なる「見せびらかし」で、もっといえば悪質な「そそのかし」だ。フツーの人がフツーに比喩を作ったら、どんなことになるのかは簡単に想像できる。確実にヘンな文章になる。子供が相手の場合は話がまったく別になるが、イイ大人相手にバカなことをすすめるんじゃない……こういう感情的な書き方をしてはいけません。
 ついでに書くと、身辺雑記や旅行記は芸術文に近づくので、接続詞の必要度も低くなる。ほかの実用文に比べて、いくぶん少なめにすることを心がけたほうがいい。さほど神経質にならなくても、フツーに書けば少なめになるはずだ。


■アホらしい、クサい、ヘタ……それでも比喩を使いたいですか
 比喩の話に戻り、ほかの文章読本がどんな感じで説明を回避しているのか見てみよう。

【引用部】
 異質のものを結びつける遊びに、比喩があります。
「絹雲」を表現するのに少し気取って「透明感のある衣」と書いてみる。小鳥の飛ぶさまを「投げた石のように弧を描いて飛ぶ」と表現する。いろいろと苦労をするあの比喩のことです。比喩には、直喩、隠喩、換喩、提喩などがありますが、ここでは深入りしません。
 比喩がいかに人びとの理解を助けるか、作家、丸谷才一の次の文章を味わってください。『文章読本』のなかの一節です。(『文章の書き方』辰濃和男p.141)

「透明感のある衣」(隠喩)と「投げた石のように弧を描いて飛ぶ」(直喩)の印象に関しては、コメントしない。
 このあとに、延々と丸谷読本が引用されている。たしかにみごとな比喩が使われていて、比喩の使い方の見本にしたくなる。しかし、これは明らかに反則。丸谷読本は、内容が芸術文寄りなだけではなく、文章自体がほとんど芸術文になっているからだ。おそれ多くて、参考になんてできない。まあこの『文章の書き方』って文章読本は、なんの目的があるのか知らないが、引用文の大半が芸術文だからしょうがないけど。
 大半の文章読本が比喩について語るときに持ち出すのも、やはり芸術文だ。そりゃそうだろう。〈アホらしい紋切り型〉でもなく、クサい表現でもない比喩を、芸術文以外から探すのはそう簡単ではない。

【引用部】
 では、「野球」と「ベースボール」はどう違うのでしょうか。『ワシントン・ポスト』紙のケビン・サリバン(Kevin Sullivan)記者が、じつにおもしろい比喩を同紙に書いていました。(原文はここで1行アキ)
  野球とベースボールは寿司とマクドナルドのフィッシュ・バーガーほど違う。原材料は同じ魚だ。しかし、まったく異なる文化の中で、まるっきり違ったものになってしまっている。(原文はここで1行アキ)
「野球」と「寿司」に「ベースボール」と「フィッシュ・バーガー」を対比させた組み合わせが愉快です。比喩をつかう文章は、文学に多く見られます。実務文でも、もっとつかうべきです。ただし、実務文では比喩のつかいすぎに気を配ることが大切です。(高橋昭男『横書き文の書き方・鍛え方』p.163)

 ここで紹介されているのは芸術文ではないと思うが、素直に〈じつにおもしろい比喩〉だと思う。だからといって、〈実務文でも、もっとつかうべきです〉なんて意見に賛成する気にはなれない。「実務文」ってのがどんなものなのかはよくわからないが、「ビジネス文書」に近いものらしい。そのテのものに比喩なんて必要なんだろうか。
 この引用部に続いて紹介されているのは、例によって芸術文だ。しかも、この『横書き文の書き方・鍛え方』のp.66には〈文学の文章と仕事上の文章は、言葉の用法という点で、根本的に異なります〉とまで書いてある。こうなると単なる反則じゃない。相当悪質で、レッドカードの一発退場もの(ヘタな比喩だな)……と書いて、またひとつ比喩の問題点に気がついてしまった。〈アホらしい紋切り型〉じゃなくても、クサい表現じゃなくても、「ヘタな比喩」があるってことだ。
 こんなに比喩の悪口ばかりを並べていると、〈うるさい小姑に似ている〉(直喩)とか意地悪をいわれそうだ。少し前向きなことを書こう。
 比較的無難なのは、ギャグとして使う比喩だ。もともと、比喩には異質なものを結び付けたりする働きがある。落差が大きければ大きいほどいい、といわれているからギャグになりやすい。レッドカードの話も一種のギャグなんだから、わかる人だけがわかればよろしい。そういう書き方は独りよがりな文章の典型で、いちばん避けなければならないのでは……ウルッサイ!


■クサくならない「類喩」なら比較的無難
 気を取り直して、ホントに前向きなことを書こう。安易に使われた比喩がおちいりがちな悪い例として、3つのパターンをあげてきた。

1)〈アホらしい紋切り型〉
2)クサい表現
3)ヘタな比喩

 このうち、いちばん警戒しなければならないのは2)だろう。たいていの1)は2)の要素も含んでいると思うから、とにかく2)を防ぐことが最優先。3)に関しては、個人の技量にもかかわることなのでなんともいえない。
 1)と3)のことまで考えると話がややこしくなるので、ここから先は2)ではない比喩を使うコツに話を絞る。それは、類似する事物をクサくなく提示することだ(メンドーなのでこれを「類喩」と呼ぶ。それじゃ比喩とほとんどいっしょだろう、ってツッコミは禁止。個人的な「意見」になっているってツッコミも、とっくに手遅れなので禁止)。
 類喩は、直喩の形になる場合もあるし、隠喩の形になる場合もある。「たとえ話」とでもいえばわかりやすいだろうか。むずかしいもの(抽象的な事物など)を身近なもの(具体的な事物など)にたとえるのだ。比喩の一種なのは間違いないが、どう違うのかを見てみよう。

【引用部】
 しかし、学術的な論文はもとより、論述文一般について、情景を描写するための比喩は、あまり過剰でないほうがよい。葬儀の席でセクシーな香水が漂うような感じになってしまうからである。(野口悠紀雄『「超」文章法』p.124)

 ここに登場する〈葬儀の席でセクシーな香水が漂うような感じ〉(直喩)は、明らかに確信犯的に使われている。一種のギャグ(センセーがやる場合は「技」と呼ぶべきか)と考えることもできる。個人的にはウマいと思ったが、「唐突」と感じる人もいるかもしれない。これ以上深入りはしない。
 そもそも身辺雑記や旅行記以外の論述文で、情景描写が必要になることは少ない。仮に情景描写が必要だとしても、比喩まで必要なことなんてあるのだろうか。まあ、この問題も深く考えるのはやめておこう。
 このあとに、論述文でも使いやすい類喩の例がいろいろとあげられている。はじめに登場するのは、人体を使う類喩だ(当然ながら、類喩なんていい加減な言葉は使っていない。フツーに「比喩」と呼んでいる)。

【引用部】
 さまざまな対象について、人間の身体に喩えるのは、最も有効だ。人体ほど精巧に発達したものはないからだ。一つ一つの器官が機能分化しており、各々は非常に高度の機能をもっている。しかも、その機能は誰でも知っている。だから、喩えようとするときには、まず人体を考えるとよい。
◆日本経済のどこが問題なのか? これまでは、手足が少し疲れただけだった。しかし、どうも中枢神経が冒されているようだ。脳さえ損傷しているかもしれない。 
◆首が飛ぶかもしれないときにヒゲの心配をしてどうする(映画「七人の侍」における村の長老の言葉)。
◆高速道路は動脈だが、毛細血管にあたる市町村道も重要だ。
 慣用句になっているため、つぎのように、人体を用いた比喩であることを意識しないものさえ、多数ある。(野口悠紀雄『「超」文章法』p.124~125)

 このあとに、〈頭でっかち〉〈頭隠して尻隠さず〉など、人体を用いた表現が多数並んでいる。慣用句なのかことわざなのか、よくわからないものもある。紋切り型に近いものも多い気がするので、とくに引用はしない。
 そのあとに紹介されているのが、人体以外を使った類喩の例だ(一部の用例や解説を省略している)。

【引用・抜粋部】
【1】自動車の部品や装置
 エンジン、ブレーキ、アクセル、シャシーのように機能分化しているので、「牽引する」「止める」「加速する」などを表すのに使える。「会社を発展させるには、技術という強力なエンジンが必要だ。同時に、間違った方向に暴走しないためのブレーキ役となる人も必要である」というように。
【2】会社の組織
 総務、企画、営業、人事、経理、工場のように機能分化しているので、「企画部門ばかり強くて営業が弱い会社のようだ」「本社ばかり立派にして工場が古いままの会社のようなものだ」などと使える。
【3】誰もがよく知っている人名
◆スターリン的恐怖政治、周恩来的政治手腕。
◆ナポレオンとヒトラーをあわせたようなことになる。
◆ゴリアテスに立ち向かうダビデのような人だ。
【4】歴史的事実
◆ITは第二のゴールドラッシュだ。印刷術の発見のようなものだ。第二の産業革命だ。
◆日本経済は、氷山に衝突する直前のタイタニック号のような状態だ。
◆ドイツ軍が冬のロシアに攻め込んだようなものだ。
【5】特定の機能を表す代表的な地名
【6】スポーツもしばしば有効
◆マラソン選手に短距離を走らせるようなものである。
◆ボールなしでサッカーをやろうというようなものである。
【7】自然現象
【8】漢語を用いた表現
「人生にはいろいろなことがあって……」と長々と述べるより、「塞翁(さいおう)が馬」というほうがよい。一般に、長い表現は印象を散漫なものにする。短い表現で一撃のもとに仕とめる必要がある。この目的のために、中国の故事は有効だ。とくに、『三国志』は宝庫である(ただし、誰もが知っているわけではないから、簡単な説明が必要かもしれない)。
◆韓信の股くぐり、泣いて馬謖(ばしょく)を斬る、孔明の嫁選び、三顧の礼、桃園の契り、死せる孔明生ける仲達(ちゅうたつ)を走らす、等々。
 もちろん、『三国志』以外にも、便利なものが多い。
◆朝三暮四、木によりて魚を求む、九牛の一毛、滄桑の変、等々。(野口悠紀雄『「超」文章法』p.126~128)

 このなかでもとくに使いやすいのは、【1】【2】【3】【6】あたりだろうか。
 人体を使った類喩や【1】【2】の例を見ればわかるように、機能や特徴を〈誰でも知っている〉のがポイントになる。〈機能分化〉がハッキリしているほど用途が広いが、別に分化していなくてもいい。例としてあげるものがよく知られているほど、わかりやすい類喩になる。細かいものなら、ほかにもいろいろ考えられるはずだ。料理、食べ物、学校、教科、国、都道府県、動物……どれもあんまりいい例じゃねえな。動物の場合は紋切り型になるものも多いので、使い方に注意が必要になってくるし。
【3】【6】に関しては、「第1章2」で名文の話をしたときに実例を紹介している。
 井上読本が使っているのは、【3】と【6】の複合技。具体的に選手名をあげることの功罪は、あそこで書いたとおりだ。
『読ませる技術』(山口文憲)が使っているのは【6】の好例で、文章道をモータースポーツにたとえている。尻馬に乗って(動物を使った慣用句)当方がズラズラと書き足したように、共通点が多い例なら、いろんなことが書ける。
【8】はよく目にする類喩だが、別の問題がからんでくるので、諸手をあげて(人体を使った慣用句)賛成することはできない。どうしても使いたいなら、多用しないことと、辞書などで調べることぐらいは徹底したほうがいい。


■個人的な「意見」を少々──古臭い紋切り型は文章をジジムサくする
 比喩に関する記述の後半は、個人的な「意見」になってしまった。もうこれ以上書く必要はない気もするが、紋切り型とのからみで少し付記しておきたい。
 まず、紋切り型に関する個人的な経験。
 数年前に、慣用句だらけの文章を書いたことがある。最大の理由は、高齢の読者が多いPR誌の原稿だったこと。たくさんの材料を少ないスペースに詰めこむ必要があったせいもある。はじめは無意識だったが、途中からは意識的にやった。その結果、次のような表現が並んだ。

【慣用句の例】
破顔一笑/目配りも忘れない/矍鑠(かくしゃく)とした/得心した顔でうなずく/
お墨付き/驚嘆の声をあげる/心なしか悲しげ/険しい表情/
強烈なカウンターパンチを浴びる/壮大な歴史絵巻き/舌を巻くほど/
屈託のない笑顔/勢威を誇った/顔をくもらせた

 半分以上は自分の語彙にない言葉だ。「語彙にない言葉」なんてどこからもってきたんだ、ってツッコミはごもっともだか、考え方が間違っている。知識として知っていることと、ちゃんと使えることは別問題。目にしたことはあっても自分では1回も使ったことがない言葉なんて、「語彙にない」というべきだ。正直に書くと、このときまで「得心」は「えしん」と読むと思いこんでいた。
 ここに並べた慣用句のうち、どこまでが紋切り型なのかは専門家にきかないとわからない。こういう表現を嫌うセンセーは、〈紋切型の表現に充満している〉と小間物屋を開く(一種の比喩だが、ほとんど死語)かもしれない。
 書き上がった原稿をいま読み返すと、自分で書いたものとは思えない。ウマいとかクサいとかを通り越して、ひと言でいえば、ジジムサくてたまらない。そういう雰囲気の言葉を選んだつもりではあったが、ここまでジジムサくなるとは思わなかった。
 ここに並べた慣用句のうち、紋切り型になっていないものは、たぶん古臭い表現だ。こういう言葉をムヤミに使うと、ジジムサい文章になる。
 類喩の例としてあげたもののなかにも、「ジジムサさ」を基準に考えると、気をつけなければならないものがある。クサくなるよりはずーっとマシだが、注意するに越したことはない。
 まず〈【4】歴史的事実〉。これはかなり危険度が高いので、ジジムサくなるのがヤな人は避けたほうが無難だ。〈【3】誰もがよく知っている人名〉も、歴史上の人物を例に出すと危険度が高い。信長、秀吉、家康の比較なんてのは、とくに紋切り型になりやすい。逆手にとって(人体を使った慣用句)、ウマくまとめることができると効果はきわめて高いけど。ただ、新しい人名ならいいってわけでもなく、コテコテのアイドルなんかを出すと文章が軽くなる。そうなることを狙ってあえて例に出すのは、やや高等テクニックになる。
 微妙なのは〈【8】漢語を用いた表現〉で、たしかにウマく決まれば「サスガ博学」って印象になる。しかし、失敗すると単にジジムサい文章になってしまう。〈誰もが知っているわけではないから、簡単な説明が必要かもしれない〉が、どの程度説明するのかが難問だ。説明が簡単すぎるとわけがわからないし、説明がクドいとダサくなる。このあたりはケース・バイ・ケースとしかいえない。
 これとやや似ているのが、ことわざの使い方だ。

【引用部】
 以下は、文章の入口と出口の話。文章の書き出しをことわざで始めるのはもうよしませんか。「人間、なくて七癖というが」だとか「喉元すぎれば熱さを忘れるということわざもあるが」とか。古すぎます。(山口文憲『読ませる技術』p.151)

〈古すぎ〉るのでジジムサくなる。持ち出すことわざの難度が上がるほど、ジジムサ度も高くなる。かといって、ありふれたものを持ち出すとありがたみが薄れるし、紋切り型になる可能性が高い。
 悲惨なのは、意味を間違って使ってしまうケース(これがまた非常に多い)。間違ってはいなくても、使い方のピントがズレているのもよくある。間違っていても、ピントがズレていても、オバカに見えてしまう。
 成功してもジジムサく、失敗するとオバカ。それでも使いたい人はご自由に。

2014年02月の朝日新聞から

【索引】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-244.html
【索引】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-244.html

●朝日新聞から──番外編 よく目にする誤用の御三家
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-122.html

●朝日新聞から──ではない 世に誤用の種は尽きまじ
「7割以上が間違ったら、もうそれは誤用ではない」のか?
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-194.html


【2014年02月】

14-02-01
15日
 すぐれた作品は社会批評としての射程が長い。(朝刊40面)
 板垣麻衣子記者。『星新一ミステリーSP』の紹介記事。ショートショートをオムニバスドラマに仕上げるのは無理があるなぁ……って話を書いている場合ではない。この「射程」は「射程距離」にしなかったとう意味では○。ただ、「社会批評としての射程が長い」って、どういう意味なんだろう。この場合、ただ単に「すぐれた文学作品は寿命が長い」ってことじゃないのかね。


14-02-02
19日
別の委員から「そういう物言いはおかしい」と反発する声があがり、浜田健一郎委員長がぶぜんとして「終わります」と委員会を打ち切ったという。(朝刊38面)
 川本裕司編集委員。この「ぶぜん」が正用(悄然)か誤用(不機嫌そうに)かは、微妙。ただ、雰囲気からすると誤用だろうな。どうやら相撲の担当記者以外にもこの誤用の使い手がいるようだ。


14-02-03
21日
 東京都の舛添要一知事は21日、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相が、浅田真央選手について「大事な時には必ず転ぶんですよね」と述べたことに対し「若干困ったことだ。今後はおっしゃらない方がいいとやんわり進言したい」と苦言を呈した。(夕刊19面)
 記者不明。記事のタイトルは「森氏発言に苦言」。なんでこんなに一文が長いんだ? かなり微妙。ネット記事で芸能人が「苦言を呈する」よりはまともな使い方だが、舛添知事と森喜朗元首相の政治家としての格を考えると……。「おっしゃらない方がいいと」「やんわり」「進言したい」立場なら、「苦言」はナシだと思う。


14-02-04
19日
知識や権威筋によらず自分の感性に頼り切るあたり、この人らしく潔い。(「天声人語」)
 最近まめにチェックしているサイトで教えてもらった。引用する。
http://blog.goo.ne.jp/goonosh100/e/6cea868580ccada6f433eb1f73f98d9c
================引用開始
絵画についてだが、作家の開高健が「感動のきっかけは最初の一瞥(いちべつ)にある」と書いていた。そこで自分をとらえてくれなかったものは凡作であると。知識や権威筋によらず自分の感性に頼り切るあたり、この人らしく潔い。賞の意味など、どこかに消える。
(2014/02/19 朝日新聞 天声人語)

 「総理大臣賞」などの権威に対する弱さを扱ったコラムの最後の方からの引用です。ここで「権威筋」という言葉が使われていますが、辞書にによると、その意味は次のとおりです。

けんい‐すじ 〔ケンヰすぢ〕 【権威筋】(デジタル大辞泉)
ある分野や事柄に精通している人や機関。報道などで、情報源を公表しないとき、情報の信頼度が高いことを示すのに用いる。

 上の文中で「権威筋」という言葉がどのような意味で使われているのか、今一つはっきりしません。「総理大臣賞のような権威を感じさせるもの」なのかもしれませんし、辞書に書かれているとおり、「ある分野や事柄に精通している人や機関」なのかもしれません。どうも前者のような気もしますが、はっきりしません。

 さて、この「権威筋」という言葉の使用状況を日本語コーパス「少納言」で調べてみました。すると、恐らく「権力者」の意味で使用しているであろうと思われるものが見つかりました。幾つか挙げておきます。辞書のとおりの意味とはっきりわかるものは、見当たらないようでした。
================引用終了

 そもそも、「権威筋」という言葉が当方の語彙にない。聞いたことがあるのは「消息筋」あたりかな。Web辞書を引くと「信頼すべき筋」って項目があり、「消息筋」や「権威筋」に近いらしい。「信頼すべき筋」って辞書に立項されるような言葉なんだろうか。


14-02-05
23日
動詞形の張るを手元の辞書でひくと、もともとは糸や布などをたるみのないように延ばしたり広げたりすることらしい(天声人語)
 異字同訓の使い分けに関して文化庁がまとめたらしい。それ自体は悪いことではないと思う。ただ、ホントにそんなことが必要なんだろうか。新聞社あたりの用字用語にまかせておくべきでは。そんなことよりほかにやるべきことがあるのでは。句読点の打ち方の目安とか……。
 ここで問題です。「糸や布などをたるみのないようにノばしたり」は「延」でしょうか「伸」でしょうか。さっそく文化庁のサイトを確認してみた。
================引用開始
【伸ばす・伸びる・伸べる】まっすぐする。増す。そのものが長くなる。差し出す。手足を伸ばす。旅先で羽を伸ばす。伸び伸びと育つ。勢力を伸ばす。輸出が伸びる。学力が伸びる。草が伸びる。身長が伸びる。救いの手を差し伸べる。
【延ばす・延びる・延べる】遅らす。つながって長くなる。重複も認め合計する。広げる。出発を延ばす。開会を延ばす。支払いが延び延びになる。地下鉄が郊外まで延びる。寿命が延びる。終了時間が予定より10分延びた。延べ1万人の観客。金の延べ棒。
================引用終了
 はっきり書こう。これじゃわからないと思う。手元の共同通信社の『記者ハンドブック』によると、「糸」は「伸ばす」。「布」は不明。「しわがのびる」らしいから、「布」も「のばす」かな。ことほどさように微妙なものは手に負えない。こんなものを一般人に広めて何かいいことあるのかな。

【メモ】
【「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)】
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/ijidoukun_140221.pdf
【漢字小委員会の審議状況について(経過報告)】H25.11.12
http://www.bunka.go.jp/kokugo%5Fnihongo/syoiinkai/iinkai%5F05/pdf/sanko.pdf
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