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【なぞかけ 美人妻と部屋の一部──つまらんダジャレは嫌いだぁ138】

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【18】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1955992054&owner_id=5019671

 じゃなくて下記の仲間。
 下記の仲間。
【つまらんダジャレは嫌いだぁ!シリーズ】 お品書き
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1328602365&owner_id=5019671

mixi日記2017年月日から

 テーマサイトは下記。
【謎かけがが分かりません】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9638187.html
===========引用開始
「奥さん美人ですね」とかけまして「部屋の一部」とときますその心は

分かる方いますか?

■質問者からの補足コメント
奥さんがなんと答えるかがヒントらしいです 
===========引用終了

 昨日から↑の話が気になっている。
 気になって、気になって、南国のフルーツ並みにたわわにキになって、グラビアアイドルを目指そうかと。

 No.8の「やーね」には座布団を進呈したい。
 それは「部屋の一部」ではなく「家の一部」だろうが!
 でも多めに見てよ。

 対抗案は……。
「いーえ」
 それは「部屋の一部」ではなく「家の全部」だろうが!

 あと思いついたのは、「イマが盛りです」「イマがとってもいい感じですよね」。
「居間」も「家の一部」だろうが!

「本当に綺麗でしょ」
「間仕切り」(マジキレ!)って部屋の一部なのか?

 無理やりととのえました。。
「奥さん美人ですね」とかけまして「部屋の一部」ととく。
 そのココロは「先日主人をなくしたばかりで……」。
 そうね。未亡人は色っぽいってよく言われるからね(容姿・年齢に制限あり)。
 何言ってるかわかんないか。
 windowとwidowは遠くないか? 
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【自虐ネタ──つまらんダジャレは嫌いだぁ137】

 下記の仲間。
【つまらんダジャレは嫌いだぁ!シリーズ】 お品書き
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1328602365&owner_id=5019671

 ちょっと事情があって自虐ネタについて書く。ダジャレではないけど、一応仲間扱いに。
 念のため、自虐ネタの意味は下記くらい。
http://www.weblio.jp/content/%E8%87%AA%E8%99%90%E3%83%8D%E3%82%BF
===========引用開始
自虐ネタ
AVOID_CROSSLINK読み方:/AVOID_CROSSLINKじぎゃくネタ

自身の短所や欠点などを笑いのネタとし、自分を貶めることで笑いを誘う芸風の通称。
===========引用終了

 ヒロシの自虐ネタは一世を風靡した。容姿、貧乏、モテなかった話あたりが定番かな。
https://www.google.co.jp/search?client=safari&rls=en&q=%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%97%E3%81%AE%E8%87%AA%E8%99%90&ie=UTF-8&oe=UTF-8&gfe_rd=cr&ei=3QGjWPXUGLL98AfC2ZWoCg#q=%E3%83%92%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%80%80%E8%87%AA%E8%99%90

 で、むかーし作った自虐ネタ。
 会社の昼休み。
 若い女子何人かをまじえて雑談になった。当方も一応十分若かった。
 どういうきっかけだったか学生時代のフォークダンスの話になる。
「あれってさぁ。妙に手が汗ばんでいる男子がいるんだよね」
「いたいた。そういうのはだいたいキモいの」
「リアルで女子の手を握ったことがないから緊張していたんだろうね」
「そういうのと組むときは、指先しか触れないようにするのー」
「そうそう!」
 一同爆笑の中、頬がこわばらせていた当方が口を開く。
「そっ……そういうもんじゃないのか」
 呟くように言葉がもれる。「……俺、誰とでも指先だった……」

 厳密に言うとこれは自虐ネタではない。
 とっさに思いついた単なるネタでしかありません。当意即妙ってヤツなんだから(涙目)。

「~なのかな」「~とは思います」「~と思います」〈1〉〜〈3〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2020.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【10】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1880457960&owner_id=5019671

mixi日記2013年08月05日から

 テーマトピは下記。
【「なのかな」と「とは思います」】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=48610257&comm_id=222342
================引用開始
「なのかな」と「とは思います」
2009年12月03日 17:17

今週発売の週刊朝日。その連載コラムで作家の内館牧子が辛辣に批判して書いています。「かな」の乱用、誤用、悪用の数々。私は数年前から非常に不快な思いでいました。やっとプロも気がついたか、とね。

以前にも類似トピを立てたのですが、以外にも反応はありませんでした。

断定してもいい表現の最後に「かな」(なのかな)をつけるタレント、スポーツ選手、そして政治家や官僚、一般市民たち。

どうしてこんな表現がまかり通るのでしょう。

最悪はこの「かな(なのかな)」に「とは思います」を続けること。

「やってもいいのかな、とは思います」
「面白い試合になるかな、とは思います」
「来年度にでも企画してもいいのかな、とは思います」

なんなんだよ、これ…。絶滅させましょう。
================引用終了


 何年も前に立ったトピで、頓挫していた。
 原因? 言葉の神様に訊いてください。
 当方はトピ主の責任が大きいと思う。いくつかあったちゃんとしたコメントに対してあんな書き方をしていたら、コミュニケーションにならない。
 数年ぶりにカラアゲされたので、思うところあって[29]のコメントを入れたが……やっぱりダメみたい。
 これ、ちゃんと書こうとするとものすごくたいへんだと思う。だって、文脈によっては何も問題がない表現なんだから。当然、文法的には何も問題がない。
 こういうのは、本来はインネンをつける側が論理的に説明すべきものだろう。論理で説明できないのなら、ヘンに感じる例を集めて考えるしかないのかな、とは思う(これはOKだよね)。
 問題を切り分けながら、順番に考えていきたい。以下、煩わしいので基本的にデス・マス体ではなく常体で見ていく。

【1】「~と思う」と「~とハ思う」の違い
 まず、この「ハ」の働き。辞書の全文は末尾に。
 かなり微妙で「3 強調」でもいいんだけど、説明の都合上「2 対比」と考えておく。このほかに「限定」なんて働きもあったと思うけど見つからない。このあたりをあまり厳密に考えても意味はないだろう。
「~と思う」は、ごくフツーの表現。どんな意味になるのかは説明不能。これに「ハ」がついて「~とハ思う」になると何がかわるのか。
 おそらく、この「ハ」は「モ」に近い。
「Aとハ思う」けど「Bとモ思う」し、「Cとモ思う」……かもしれない。
 大元を「Aとモ思う」にしても、大きな違いはないだろう。
 つまり、「~と思う」と比べると「~とハ思う」には「逆接」(「躊躇」と言ってもいい)のニュアンスがある。実際に言葉にはしなくても、含意している、と思われる。
 
【2】「~と思う」と「~と思いハする」の違い
 コメント[42]でおもしろい話が出る。なんでトピ主はスルーしているのだろう。ちゃんと「議論」に付き合ってくれそうな人が登場したのに。
【2】と【1】の「ハ」の働きはよく似ている。「~とハ思う」と「~と思いハする」はほぼ同義と言ってもいいかも。
 もちろん厳密に考えれば違っている。
「Aとハ思う」の含意は「でもBとモ思う」「でもCとモ思う」が本線。
「Aと思いハする」の含意は「でも疑問が残る」「でも賛成できない」「でも現実には無理」……etc.が本線だろう。
「逆接」や「躊躇」の方向性が微妙に違う。当方は通常、この程度のことは「大差なし」で押し切ることにしている。(←オイ!)

【3】「~かな」の問題点
 近年若年層の流行とされる曖昧表現のひとつなのだろう。個人的には若年層特有とは思わない。トピにも口癖にしている上司の例が出てくる。さらに言うと、「曖昧表現」が広がっているのではなく、「曖昧」と「極論」の二極化だと思う。もっとさらに言うと、単に日本語を使えない人が増えたので、こういう安易な表現に流れるのだと思う。
「~とか」「~のほう」などの仲間なのかな、とは思う(これはOKだよね。以下略)。
 ただ、そんなふうに乱暴にひとくくりにして「全部ダメ」と言うと、単なる●●になりかねない。「~とか」あたりは、フツーに使うなら何も問題はない。度が過ぎるとヒステリックな言葉狩り(重言?)にしか見えなくなる。
 まあ「~かな」と「~とハ思う」を組み合わせると、文脈によっては曖昧さが強調されることはありそうなんだけど、何も問題がないこともある。適切な文脈を用意してくれないと、何も判断できない。
696)【バイト敬語/若者言葉──「~とか」の話】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1820136974&owner_id=5019671
【バイト敬語/若者言葉の話】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1818.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1824951700&owner_id=5019671

【4】「~かな、とは思う」の実例
 トピに出てきた例文で確認する。

1)やってもいいのかな、とは思う
※これを「やってもいいのだろうか?」と異議を唱える表現と解釈しているが、それはムチャでは。「そんなことをやってもいいのかな、と思う」くらいならそのとおりかもしれないかな、とは思う。コメント[4]に出てくる書きかえ案は「私はやりたい、と思う」。それはそれでムチャじゃないかな、とは思う。
2)面白い試合になるかな、とは思う
※書きかえ案は「面白い試合になると思う」。ニュアンスがかなり違うかな、とは思う。
3)来年度にでも企画してもいいのかな、とは思う
※書きかえ案は「来年度に企画してみてはいかがですか? 」。ニュアンスがかなり違うかな、とは思う。なんで1)の書きかえ案と主語がかわっているのかな、とも思う。
4)もうそろそろ販売の方法を変えてみてもいいのかなぁ、とは思います
※上司のこの発言に対して「それは、変えるってことですか?」と訊くのはどうなんだろう。上司の答えは5)。
5)「いや、そうではなくて検討する時期に来ているのではないのかなぁ、と言うことです」
※これに対して「また同じことを言いましたね。じゃ、販売方法の見直しを検討するんですか?」って、喧嘩売ってるのかな?
「~とは思います」はどこに行ったの? これは単に上司の曖昧な表現(たぶん口癖)に苛立っているだけじゃないかな。個人的な苛立ちでしかなければ、共感してもらうのはけっこうたいへんだよ。

 前半が感覚的なのがマズいのか、とも思ったが、違うようだ。結局、これは個人の好みの問題じゃないのかな。
 文脈によってハ、「そこまで曖昧にする必要はない」ってケースもあるかもしれない。でもその文脈を示してもらえないと、判断できない。

6)そういう考え方もアリなのかな、とは思う
※これを「そういう考え方もアリだと思う」と同義と考えるのはいくらなんでも乱暴だろう。少なくとも当方はそんな無茶な発送はしない。配送センターが混乱しかねない。

 

■Web辞書『大辞泉』から
http://dictionary.nifty.com/word/%E3%81%AF?dic=daijisen
================引用開始


[係助]名詞、名詞に準じる語、活用語の連用形、助詞などに付く。
1 判断の主題を提示する意を表す。「犬―動物だ」「教育―国民の義務である」「黒牛潟潮干の浦を紅の玉裳裾引(すそび)き行く―誰(た)が妻」〈万・一六七二〉
2 ある事物を他と区別して、または対比的に取り立てて示す意を表す。「風―強いが、日―照っている」「夕されば小倉の山に鳴く鹿―今夜(こよひ)―鳴かず寝(い)ねにけらしも」〈万・一五一一〉
3 叙述の内容、またはその一部分を強調して明示する意を表す。「喜ばずに―いられない」「やがてわかって―くれるだろう」「死を恐れざるに―あらず、死の近きことを忘るるなり」〈徒然・九三〉
4 (文末にあって)感動・詠嘆を表す。…ことよ。…だなあ。…よ。「されど、門の限りを高う作る人もありける―」〈枕・八〉
5 (形容詞・打消しの助動詞「ず」の連用形に付いて)順接の仮定条件を表す。…のときは。…の場合は。…ならば。「験(しるし)なきものを思はず―一坏(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし」〈万・三三八〉
◆係助詞「は」は現在では「わ」と発音するが、「は」で表記するのが普通。格助詞「を」、また「ときに」に付くときは、音変化して「をば」「ときんば」の形をとることもある。4については終助詞とする説もある。また、5については近世初期以降には「は」が音変化して、「くば」「ずば」の形をとることもあり、「ば」を接続助詞と解して仮定条件を表すこともあった。→をば →ときんば →ずば →ては
================引用終了


「〜していきます」「~していきたいです」「~していきたいと思います」
──「~なのかな」「~とは思います」「~と思います」〈2〉

mixi日記2014年07月08日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=5019671&id=1929188749

 下記が関係あるかも。
1020)【「~なのかな」「~とは思います」「~と思います」】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2842.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1908860625&owner_id=5019671

 テーマサイトは下記。
【「~して行きたい」「~して行きたいと思う」など。】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12131579487

 まず質問の全文を引く。
================引用開始
「~して行きたい」「~して行きたいと思う」など。
例えば不祥事を謝罪するときに「今後このようなことの無いように気を引き締めて行きたい」と気を引き締めるのではなく 引き締めて行きたい。
「ただいまから成績を発表して行きたいと思います」発表するのではなく発表して行きたいなど。
何故ぼかすような表現なんでしょうか。
================引用終了

 発言者の立場によって、事情が微妙にかわってくる。話の内容を考慮して、例文は基本的にデス・マス体で考える。
 断定的な言い方から曖昧な言い方まで、いくつか段階がある。

●謝罪の言葉
1)今後このようなことのないように気を引き締めます
  ↓
2)今後このようなことのないように気を引き締めていきたいです
  ↓
3)今後このようなことのないように気を引き締めていきたいと思います

 大前提として、謝罪の場合は「いきたいと思います」ではなく「いく所存でございます」くらいのほうが自然だろう。
 1)が一番スッキリしている。「引き締める」か否かは個人の心がけの問題だから「たい」をつけるのはおかしい、というのはごもっとも。「たい」は希望や願望を表わす(辞書の引用は末尾)。
 このように断言すると、同じような事態が再発したときに責任を追及されそう。
 だから少しボカすのだろう。政治家などの常套手段(笑)。そこで2)のように「たい」をつける。「いく」とは断言できないが、「いきたい」。「いく」努力はするけど、「いけなかった」ら許してね。
 デアル体で「いきたい」と言えば何も問題がないが、これに「です」をつけて「いきたいです」にすると、ちょっと問題がある。むずかしい話は別として、「たい」の活用を見ると形容詞とほぼ同じことがわかる。
 つまり、「たいです」(「たかったです」も同様)に覚える異和感は「うれしいです」に覚える異和感とほぼ同じもの。「間違い」ではないが、『大辞林』が〈現在かなり広がっているが,多少ぎこちなさも感じられる〉としているのだから、避けるべきだろう。
【この文章〈「形容詞終止形」+「です」〉は文法的に正しいですか】教えて!goo
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2891.html

 避ける方法はいろいろ考えられるが、一番安直なのは「〜と思います」をつけること。こうして3)のような形が広まることになる。
 2)の形を避けるのが「たいです」に対する異和感のせいか否か正確なところは、本人に確認しないとわからない。
「希望」にさらに「〜と思う」をつけるんだから、クドい印象になるのは当たり前。

●所信表明の言葉
「所信表明」というといかめしいが、プロ野球の新人の入団挨拶と考える。
1)一生懸命頑張ります
  ↓
2)一生懸命頑張りたいです
  ↓
3)一生懸命頑張りたいと思います
 1)がスッキリしているが、ちょっと控えめに言うなら2)、「たいです」に異和感があれば3)になるのだろう。
 これが「一生懸命頑張って新人王をとります」だとビッグマウスになる。3)のパターンが自然だろう。

 これが子供の将来の夢で「野球選手になります」だと2)が自然な気がする。もちろん3)でも構わない。「海賊王に、おれはなる」のほうが威勢はいいけど(笑)。



http://kotobank.jp/word/%E3%81%9F%E3%81%84?dic=daijisen&oid=11083400
================引用開始
デジタル大辞泉の解説
たい 【たい】

[助動][たかろ|たく・たかつ|たい|たい|たけれ|○]《希望の助動詞「たし」の連体形「たき」の音変化》動詞、および助動詞「れる」「られる」「せる」「させる」の連用形に付く。
1 話し手の希望を表す。「御飯を食べたい」「日比(ひごろ)月日がおがみたいと思うたに」〈虎明狂・腰祈〉
2 話し手以外の人の希望を表す。「読みたいなら貸すよ」「やめたい人はやめればいい」
3 「ある」「である」「なさる」「くださる」や尊敬の助動詞「れる」「られる」に付いて、他に対する希望・要求を表す。…てほしい。「正直者がばかを見ない世の中でありたい」「別表を参照されたい」
◆「たい」が他動性の動詞に付く場合、希望の対象を表すのに、「水を飲みたい」「水が飲みたい」のように「…ヲ…タイ」「…ガ…タイ」の両形を、室町時代以来用いてきている。連用形「たく」の音便形「とう(たう)」は中世から行われているが、現代語では、「ございます」「存じます」を伴うときにかぎって行われる。また、接続助詞「て」を伴う場合、「たくって」となることもある。3は多く文章語に用いる。
================引用終了

 ちょっとメモ。
バイト敬語/若者言葉──「~とか」の話
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2310.html
================引用開始
 こうなると、近年の若者言葉に特有の曖昧表現、というククリ方もできそうな気がする。ただ、それは少し違うのでは、って気もする(「曖昧表現」の一方で「氏ね」などの直截な表現も目立つ。二極化と言うほうが正確だろう。)。
================引用終了


──「~なのかな」「~とは思います」「~と思います」〈3〉
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12245302735.html

 テーマサイトは下記。
【「は」が入ると、途端にやる気がないように思えるのはなぜ?】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9624045.html
===========引用開始
以下の文章をご覧ください。

A「頑張ってみようと思います」
B「頑張ってみようとは思います」

A「やってみたいと思います」
B「やってみたいとは思います」

A「続けてみたいと思います」
B「続けてみたいとは思います」

A、Bどちらもほとんど同じ文章ですが、Aと比較してBは、「は」が入っています。
この「は」が入るだけでAと比較すると途端に「やる気のなさ」「100%全力を尽くす気がない」「上辺だけ」「本音じゃないよ、建前さ」という感じが際立ちます。

なぜでしょうか? 
===========引用終了

「途端にやる気がないように思える」ってフレーズに笑ってしまった。
 この「ハ」は【限定】と考えると判りやすいだろう。

A「頑張ってみようと思います」
B「頑張ってみようとは思います」
「頑張ってみようと思う」はそのままの意味。
「頑張ってみようハ思う」だと、その気があるけど、【あるだけ】。ほんとに「頑張ってみる」ことができるかは未知数。そりゃ覇気が感じられない。

 似たような言い方に下記がある。
C「頑張ってみようと思いハします」
 こちらも、思うけど【思うだけ】。そりゃダメだって。これはBよりもヒドい気がする。

【限定】も悪い意味だけではない。もっと元気いっぱいの場合もある。 
A「腹筋なら500回できる」
B「腹筋なら500回ハできる」
 これだと、Bでも覇気が感じられる。まあ限定しないAのほうが元気って気もするけど。


 以下は余談。
 格助詞の「ハ」にはいくつかの働きがある。
 かのベストセラー『日本語練習帳』は「ハ」お働きを4つに分けている。
===========引用開始
1)問題(topic)の下に答えを持ってくるよう予約する
2)対比
3)限度
4)再問題化  
===========引用終了

 説明はむずかしいだけでちょっとヒドいので、おすすめハ【限度……対比かも】できない。
 今回「ハ」は厳密に言うと「4)再問題化」だと思うけど、難しく考える必要はない。「3)限度」でいいだろう。
 一般的な「ハ」の用法のほとんど1)だけど、それだけでは説明できない例が出てくる。
 詳しくは下記をご参照ください。すんごく長い。勉強が好きな人にハ【対比かな】おすすめかも。
【チャレンジ日記──「は」と「が」 毒抜き編 〈1〉~〈7〉】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-592.html

 ちなみに名著の4分類にも入らない特殊な用法もある。これはホントに特殊なんで、別に考えるほうがよいだろう。
【「ハ」の用法 男は度胸、女は愛嬌 春はあけぼの 東京は浅草にやってまいりました〈1〉】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2177.html


【20170207追記】
 いかんなぁ。焦り気味で書くとボロボロだな。
〈格助詞の「ハ」〉って、いつから「格助詞」になったんだよ。じゃあ何助詞かって言うと、係助詞だろうな……メンドーなんで「助詞」って呼んでおく。文法音痴がバレバレ(泣)。まぁ、本題には関係しないからいいかっ。

 本題の「ハ」の働きを【限度】と言い切れるか否かは、実はけっこう微妙。
 念のため、辞書を再掲する。
https://kotobank.jp/word/%E3%81%AF-597777#E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.9E.97.20.E7.AC.AC.E4.B8.89.E7.89.88
===========引用開始
大辞林 第三版の解説


( 係助 )
〔現在では「わ」と発音する。助詞「を」の下に付くとき、「をば」となることがある〕
種々の語や文節、活用語の連用形などに接続する。多くの事柄の中から、一つのものを取り出して提示するのが本来の用法である。
①特に一つの物事をとりあげて提示する。 「お酒-ぼくが買う」 「食事-もうすんだ」
②題目を提示して、叙述の範囲をきめる。 「象-鼻が長い」 「ぼく-学生だ」 「今日-よい天気だ」
③二つ以上の判断を対照的に示す。 「行き-よいよい、帰り-こわい」 「親に-孝行、友人に-信義」
④叙述を強める。
㋐〔格助詞・副詞などに付いて〕 意味や語勢を強める。 「たいてい-、そのまま帰る」 「君と-もう会わない」
㋑〔動詞・形容詞の連用形、および助詞「て・で」に付いて〕 一続きの叙述の一部分を強調する。 「絶対に行き-しない」 「なるほど美しく-ある」 「少なくともわかって-いる」 「まだ書いて-いない」 「真実で-ない」
⑤〔「…(で)は…(だ)が」の形で〕 譲歩の気持ちを表す。活用語の連用形に付くこともある。 「雨も、降り-降ったが、ほんのわずかだ」 「ごめんどうで-ございますが」
⑥動作・作用の行われる条件・事態を表す。現代語では「ては」の形で用いられるが、古語では「ずは」「くは」「しくは」などの形をとることもある。 「不正があって-ならない」 「おこられて-大変だ」 「会社として-万全の備えをするつもりです」 「忘れて-夢かとぞ思ふ/伊勢 83」 「あらたまの年の緒お長くあひ見ず-恋しくあるべし/万葉集 4408」 「鶯の谷よりいづるこゑなく-春くることをたれかしらまし/古今 春上」 「恋しく-形見にせよとわが背子が植ゑし秋萩/万葉集 2119」 → ずは(連語) ・ ずば(連語)
⑦文末にあって、終助詞的に用いられる。体言や活用語の連体形に接続して、感動の意を表す。よ。「はも」「はや」などの形をとることがある。 「歯固めの具にももてつかひためる-/枕草子 40」 「あはれ、それを奉り鎮め給へりし-や/大鏡 道長」
⑧(文末にあって終助詞的に用いられ)話し手自身に対して、念を押すような気持ちでの詠嘆を表す。 「すはよい-とて追たそ/史記抄 3」 「又五十字、百字有る歌もあらう-さて/狂言・萩大名 虎寛本」 〔⑦ は上代では「はや」「はも」の形をとる。⑧ は中世以後の用法。近世では「わ」と表記されることが多くなり、現代語で主として女性が用いる終助詞「わ」の源流となる〕 → はや ・ はも(連語) ・ わ(終助)
===========引用終了

「再掲」してみてもそんなに大きくかわっているはずはなく、ほぼ記憶どおり。
『大辞林』の[4]は【限度】ではなく【強調】と考えている。このあたりは、どちらでもいいとも言える。
 その気ハあるけど、【あるだけ】 ……なら【限度】。
 一応頑張ってハみるけど、みるけどさぁ……なら【強調】。このあたりは【言い訳】のほうがピッタリだと思うが、辞書はよほどのことがないとそんな書き方はしない(笑)。

平成23年度「国語に関する世論調査」に対する疑問 失笑 失恋 失効 失念 失禁〈1〉〜〈3〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2020.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【9】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1854387407&owner_id=5019671

mixi日記2012年09月29日から

 下記の続き。
【「言葉遣いに気を使っている人」が8割超……噓おっしゃい(失笑)】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1871850778&owner_id=5019671

 文化庁の平成23年度「国語に関する世論調査」の結果が発表されたのが20日。いろいろ疑問を感じ、書こう書こうと思って書けずにいた。もう夏炉冬扇(どこのジジイだ)かと思ったが、29日の「天声人語」が扱っていたので、考え直して書いておく。

>「なにげなくそうした」ということを,「なにげにそうした」と言う
 で、文化庁様としては「なにげに」はまだ許容してないということでよろしいのでしょうか。下記の●●辞書の版元をご指導いただけませんか。
■Web辞書『大辞泉』から
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%92%E3%81%AB&dtype=0&dname=0na&stype=3&index=20456800&pagenum=1
================================引用開始
なにげ‐に【何気に】
《「何気ない」の「ない」を取り、形容動詞活用語尾「に」を付けて副詞化した語》⇒何気ない[補説]
================================引用終了

>「寝る前に歯を磨きます。その時に…」ということを,「寝る前に歯を磨くじゃないですか,その時に…」と言う
 これは例文が悪い。そもそも「寝る前に歯を磨きます。その時に…」って言い回しが使われるのはどういうときか考えましょうよ。「歯の磨き方」という解説書ならアリでしょうが、会話でこんな言い方しますか? 「~じゃないですか」を使う人でも、こんな妙な使い方はしないでしょう。

 以下、◎印が正解です。メンドーなのでデアル体で書く。

>煮え湯を飲まされる
>  (ア) 信頼していた者から裏切られる◎・・・・・・・・・・・・・・・・・64.3%
>  (イ) 敵からひどい目に遭わされる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23.9%
 うーん、微妙。当方は両方の意味で使えると思っていたような……。味方限定ですか。しかも「信頼」している。こういう言葉を自分で使うことはまずないからなぁ。ちなみに「敵から」ではなく「敵に」では。

>うがった見方をする
>  (ア)物事の本質を捉えた見方をする◎・・・・・・・・・・・・・・・・・・26.4%
>  (イ)疑って掛かるような見方をする・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48.2%
 これも微妙。当方の語感だと「うがった見方」は「深読みした見方」くらいの意味(妙な日本語だな)。ほぼ(ア)だろな。(イ)ってことはない。
 下記にある古い辞書の記述は興味深い。ただ、この記述が「疑って掛かるような見方をする」と通じるか否かはなんとも……。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7710167.html
 下記あたりだともう何が争点なのか……。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1494524579
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1494524484

>にやける 例文:彼はいつもにやけている。
>  (ア)なよなよとしている◎・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14.7%
>  (イ)薄笑いを浮かべている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76.5%
 これには参った。個人的には「正用」の使い方は目にしたことがない。しかも「誤用」のほうはかなりの頻度で見聞している。ほとんど使われない言葉なら辞書の意味と合致していてもいなくてもあまり問題はない。でもこれは……。

>失笑する 例文:彼の行為を見て失笑した。
>  (ア)こらえ切れず吹き出して笑う◎・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27.7%
>  (イ)笑いも出ないくらいあきれる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60.4%
「笑いも出ないくらいあきれる」なんて解釈があることに驚く。「笑いを失う」と考えれば、そうとれなくもない。失格/失恋/失効……の仲間かも。以前、別の意味で「失笑」について教えてもらった。
【気になった言葉を挙げていきます】(226&243~245)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?page=12&comm_id=365263&id=2501635
 当方の語感では、「失笑する」は「こらえ切れず苦笑してしまう」くらいの意味。「吹き出し」はしない。

>割愛する 例文:説明は割愛した。
>  (ア) 不必要なものを切り捨てる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65.1%
>  (イ) 惜しいと思うものを手放す◎・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17.6%
 これも異和感がある。「割愛」をよく見るのは「紙面の都合で一部割愛する」のような例文。「手放す」よりも「(やむをえずに)省略する」に近い。

「天声人語」の全文は下記。
================================引用開始
2012年9月29日(土)付

 生まれては消え、消えては生まれ。うたかたのような言葉の中にも、生き延びて市民権を得るものがある。腹が立つ意味の「むかつく」もどうやら根を張ったらしい。日常会話で使う人が全体の約半数、30代までに限れば4分の3を超えるそうだ▼文化庁の国語世論調査は毎年、ひとしきりの話題を提供してくれる。今年の調べでは、「なにげなく」を「なにげに」と言う人が約3割いた。「正反対」を「真逆(まぎゃく)」、「中途半端でない」を「半端ない」がともに2割強と聞けば、言葉は生きものだと痛感する▼この手の言葉は、若者の間から生まれて、年かさの世代へ攻め上がる。年配層は眉間(みけん)にしわが寄るが、「真逆」も「半端ない」も16~19歳では6割以上が使っている。遠からず定着と相成るのだろう▼これを乱れと見るか、言葉の賑(にぎ)わいと見るか。茨木のり子さんに「日本語」と題する詩がある。〈制御しがたい奔流は/濁りに濁り/溌剌(はつらつ)と流れてゆくがいい/決壊を防ごうと たとえ百万人/力を併せて清潔なダムを作ってみても/そこに魚は住まないだろう〉▼茨木さんは別の随筆で、聞き苦しい言葉は無数にあると言いつつ、「いやな日本語を叩(たた)きつぶせば、美しい日本語が蘇(よみがえ)るというものでもないだろう」と書いていた▼曖昧模糊(あいまいもこ)を「あいもこ」、かくかくしかじかでを「かくしかで」――などと若者言葉は多彩だ。眉が八の字になりかけるが造語の才には脱帽する。頑迷にならず、迎合もせず、生きた濁流を眺めようか。
================================引用終了


失笑 失恋 失効 失念 失禁〈2〉  
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12244656755.html

 直接的には下記の続きだろうな。
【平成23年度「国語に関する世論調査」に対する疑問】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2518.html
 以下は一部の抜粋(重言)。
===========引用開始
>失笑する 例文:彼の行為を見て失笑した。
>  (ア)こらえ切れず吹き出して笑う◎・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27.7%
>  (イ)笑いも出ないくらいあきれる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60.4%
「笑いも出ないくらいあきれる」なんて解釈があることに驚く。「笑いを失う」と考えれば、そうとれなくもない。失格/失恋/失効……の仲間かも。以前、別の意味で「失笑」について教えてもらった。
【気になった言葉を挙げていきます】(226&243~245)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?page=12&comm_id=365263&id=2501635
 当方の語感では、「失笑する」は「こらえ切れず苦笑してしまう」くらいの意味。「吹き出し」はしない。
===========引用終了

 トピのやり取りを保全しておく。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

[226] 2008年05月28日 19:30

S
>225

(略)
それと、意外に思われるかもしれませんが、「失笑」には本来、「軽蔑して笑う」というニュアンスはありません。ほとんどの人が間違えていますので気をつけましょう。(^^;

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

[243] 2008年05月30日 01:35

tobirisu

(略)
>225
>Sさん

>それと、意外に思われるかもしれませんが、「失笑」には本来、「軽蔑して笑う」というニュアンスはありません。ほとんどの人が間違えていますので気をつけましょう。(^^;

 あせり気味に辞書を確認しました。たしかにおっしゃるとおりですね。誰も食いつかないってことは常識……と考えてさらに汗が(泣)。
 ただ、「失笑を買う」とか「失笑を禁じえない」という慣用句の場合は「軽蔑して笑う」のニュアンスですよね。
 これは誤用が広まってからできた慣用句ってことでしょうか。

 恥をかくついでに質問をもうひとつ。
「失笑」の「失」ってどういう働きをしているのでしょうか。 
  1)うしなう……失格/失恋/失効など
  2)そこなう……失策/失言など
「失礼」あたりはどちらともとれる……。
 で、「失笑」は、「笑いをそこなう」?

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

[244] 2008年05月30日 02:08

A
>243 2008年05月30日 01:35 tobirisu さん

(略)
>「失笑」の「失」ってどういう働きをしているのでしょうか。

「失禁」の「失」と同じだと思います。
「無意識に~してしまう」「~をとめられない」というところでしょうか。

とすると、今気づきましたが、
「失禁」って、「“禁”を禁じえない」のような、ちょっと面白い言葉かもしれません。

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[245] 2008年05月30日 02:27

A
追って気づきましたので、連投失礼します。

243 2008年05月30日 01:35 tobirisu さん
>「失笑を買う」とか「失笑を禁じえない」という慣用句の場合は「軽蔑して笑う」のニュアンス

いや、「失笑を買う」のほうは、本来の「失笑」を「されてしまう(ようなことをした)」ということで
意味は通ると思います。

「失笑を禁じえない」のほうは、言われてみれば、
本来の意味だとすると重複表現っぽくなってしまいますね。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

[246] 2008年05月30日 18:17

S
225で最初に「失笑」について書いたSです。

実はこれ、最近の「おバカブーム」「インテリブーム」「雑学ブーム」でその種のTV番組が乱立していますが、そういった番組のひとつで紹介されていたもので、私自身、それまでは誤解した意味で「失笑」を捉えていました。

「軽蔑して笑う」意味としては、「冷笑」というのがありますが、最近は「失笑」が幅を利かせていて、あまり耳にしません。
ただ、自分の感覚では「冷笑」には「とことん見下す」ニュアンスがあるのに対し、「失笑」(もちろん誤用としてですが)には「軽く見下す」ニュアンスがあって、そんなに悪くないと思っています。

「一生懸命」が本来「一所懸命」の誤用でありながらも、もはや主流になっているように、「失笑」も誤用の意味が定着してもそんなに悪くないんじゃないかなと思っています。

ついでに似たような事例を幾つか。

「姑息」に「ひきょう」や「ずるい」というニュアンスはありません。
「陳腐」に「古臭い」や「程度が低い」というニュアンスはありません。
「憮然」に「むっとして不機嫌になる」というニュアンスはありません。
「こじゃれた」に「ちょっとお洒落な」というニュアンスはありません。

全部最近のTVを観て自分の用法が誤っていたことを知らされた言葉です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



失笑 失恋 失効 失念 失禁〈3〉  
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12244668613.html

 テーマサイトは下記。
【失笑の誤用の方の意味の熟語ってないですか?】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9620268.html
===========引用開始
文章を書くときに「呆れて笑いを失う、まったく笑えない」
みたいな状況を表したい事態によく直面します。
つい、失笑した…と書きたくなるのですが、それは誤用なので、
その間違った方の意味の熟語があれば教えて欲しいです。
===========引用終了

 まず「失」の働きを確認する。
https://kotobank.jp/word/%E5%A4%B1-521044#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89
===========引用開始
デジタル大辞泉の解説
しつ【失】
1 うしなうこと。損失。
2 あやまち。失敗。「利潤に耽るは商人の失」
3 きず。欠点。「学者の失は人を侮(あなど)る」
4 野球で、失策の略。エラー。「三失」「遊失」


しつ【失】[漢字項目]
[音]シツ(漢) [訓]うしなう うせる
[学習漢字]4年
1 なくす。うしなう。うせる。「失業・失点・失望・失恋/遺失・消失・焼失・喪失・損失・得失・紛失・忘失・滅失・流失」
2 うっかり出してしまう。「失禁・失言・失笑」
3 あやまち。しくじり。「失策・失敗/過失」 
===========引用終了

[漢字項目]のほうがわかりやすいだろう。『大辞泉』の[漢字項目]は、ちょっとした漢和辞典のように使える(「使えない」ことも多かった気がするけど)。
 うーむ。「うっかり出してしまう」か。これは「うっかり〜してしまう」でよいのでは。「うっかり禁を出す」って……。「うっかり出してしまう」だとほかにもいろいr……ぐゎ、何をするんだ。
 言うまでもなく、「失笑」の誤用は「1」の意味で解釈したのだろう。ただなぁ。〈1〉〈2〉で見た「国語に関する世論調査」だと6割超が誤用しているそうな。そんな●●がホントにそんなにいるんだろうか。

 それは別にして、本題。
「正用」の「失笑」の類語なら「苦笑」「苦笑い」「微苦笑」「薄笑い」あたりが近いかな。
「誤用」の「失笑」の類語は……熟語限定だと浮かばないorz。
「茫然(自失)」「唖然」あたりだろうか。
 ちょっと捻って「脱力」かな。
 熟語でなければ、「ドン引きする」「しらける」「呆れる」「言葉を失う」あたりだろうか。
「言葉を失う」つながりで「閉口(する)」もアリかも。

 こういう事態がさらに悪化すると、「失言」は「言葉を失う」こと、なんて珍解釈も出てくるのだろうか。なんだかなぁ。

『漢字と日本人』(高島俊男/文春新書/2001年10月20日第1刷発行/2001年12月1日第4刷発行)

【読書感想文 お品書き 】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1935282276&owner_id=5019671
●『読書感想文』カテゴリートップは下記。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-category-19.html

 さっきアップした読書感想文と同じ月に下記があったので、メモがわりに。

 イヤだな。高島さんの本を読むと、無知を思い知らされて気持ちが暗くなる。根本的な教養が違いすぎるんだからしょうがないんだけどさ。

「和語に漢字をあてるおろかさ」(p.86~)
 著者に、表記に関する質問の手紙が来ることがあるらしい。たとえば、「取る」「採る」「捕る」「執る」「摂る」「撮る」などはどう使い分けるべきなのか。あるいは、「計る」「図る」「量る」「測る」などの場合は……。
 わたしはこういう手紙を受けとるたびに、強い不快感をおぼえる。こういう手紙をよこす人に嫌悪を感じる。こういう手紙をよこす人は、かならずおろかな人である。おそらく世のなかには、おなじ「とる」でも漢字によって意味がちがうのだから正しくつかいわけねばならない、などと言って、こういう無知な、おろかな人たちをおどかす人間がいるのだろう。そういう連中こそ、憎むべき、有害な人間である。こういう連中は、たとえばわたしのような知識のある者に対しては、そういうことを言わない。「滋養分をとる」はダメ、「摂る」と書きなさい、などとアホなことを言ってくるやつはいない。ほんとに自分の言っていることに自信があるのなら知識のある者に対してでも言えばよさそうなものだが、言わない、もっぱら自分より知識のない、智慧のあさい者をつかまえておどす。
「とる」というのは日本語(和語)である。その意味は一つである。日本人が日本語で話をする際に「とる」と言う語は、書く際にもすべて「とる」と書けばよいのである。漢字でかきわけるなどは不要であり、ナンセンスである。「はかる」もおなじ。その他の語ももちろんおなじ。(p.87)
 正論なんだろうな。こういう指摘を目にすると、漢字の使い分けに悩むのはバカって気になる。ただね……おそるおそるインネンをつけはじめる。
 たしかに、表記なんて最終的には書き手の好みの問題になることが多い。著述家の表記に対して文句をつけるのはバカ(不統一が目立つとインネンをつけたくなるけど)。ただ、指導的立場の人は、愚かとわかっていても、こういう使い分けを前提にするしかない。
 著者は「和語はかな書き」を原則にしているようで、ここに引いた文章にもその傾向がうかがえる。しかし、これを素人がマネするのは相当むずかしい。引用文中の表記で見てみよう。
「強い」「おろかな」「ちがう」「あさい」……と形容詞&形容動詞を並べると「強い」だけが漢字になっている。 副詞の「かならず」をかな書きするのも珍しい。「憎む」は漢字で、「憎い」ならどうなるのだろう。
 などと考えていくと、収拾がつかなくなる。著者は当然なんらかの法則性に従って書いているから混乱などしないのだろうが……。

 明治以後の英語神聖化、英語崇拝、それとおなじことが、あるいはもっと極端な形で、漢字神聖化、漢字ばかりでできている書物やそういう書物をよむ人間に対する尊敬、崇拝としてあったわけだ。
 ことばの素性という観念があれば、字音語と和漢混淆語は漢字で書かねばならぬが、和語は何も漢字で書く必要はない、かなで書いたほうがよい、という判断もできるのだが、それがわからないから、なんでも漢字で書くのが正式だと思ってしまうのである。「宿場」や「本陣」は漢字で書くべき語だが、「はたご」は和語なのだからかなでよい、かなのほうがよい、と言っても、どこがちがうのかわからないわけだ。(p.112~113)
 この前段には「日本語も英語も言語として同格である、日本人が英語がわからなくてもすこしも恥ではない、とはっきり言うのは、英語のできる人、すくなくとも教育のある人である。」という一文がある。この一文がそのままインネンに使えそう。一般の人あるいは十分な教養のない人は、漢字を否定できない。個人的には? 副詞を別にすれば、漢字で書けるものできるだけ漢字で書きたい、という思いが捨てきれない。

それもそのはずで、日本語だけの文章というのは平安女流文学ぐらいしかないからその方法でゆくほかないわけだが、あれは女が情緒を牛のよだれのごとくメリもハリもなくだらだらと書きつらねたものだから、あの方式でガッチリした論理的な文章を書くのは無理なのである。つまりは、千年にわたって一度も日本語の文章を構築しようとしなかった日本の男たちの罪なのである。(p.118)
 怖いこと書くね。婦人団体(?)あたりからクレームが来ないのかね。もっとも、いちばん罪が重いのは「男たち」って書いてあるんだから、男尊女卑思想ってことじゃないけど。

 なおついでに、わたしが江戸時代随一の文章家--いやそれ以前をつうじても第一の学者、文章家と信じる新井白石の文章を御紹介しておきましょう(「学者、文章家」と言ったが、この両者は別のことではない。学問がなくてよい文章の書けるはずはないし、それに、文章にとって何よりだいじなのは気品、格調だが、それは学問のうらづけなしにそなわるものではない)。(p.119)
 これは一面の真理かもしれない。しかし、これを肯定してしまうと、「学のない人間にはよい文章は書けないし、気品や格調のある文章は書けない」ってことになってしまう。そうなのかね。蛇足ながら、これが真理だとしても、逆は真ではない。学さえあればよい文章を書けるわけではないし、学問の裏づけがありさえすれば気品や格調のある文章が書けるわけでもない。

 政府国語機関は、明治三十五年に発足してから昭和二十年敗戦まで四十数年間に、いくたびも内閣に対して国語改革案を建議した。ただしその建議が、政令となって実施にうつされたことは一度もない。案が公表されるたびにはげしい反対論がおこったからである。具体的にどういう人のどういう反論があったかについては、●田恆存『國語問題論爭史』(昭和三十七年新潮社)を見るとよい。現在全文をかんたんに見られるのは、森鴎外の「假名遣意見」(明治四十一年)、芥川龍之介の「文部省の假名遣改定案について」(大正十四年)など。いずれも全集にはいっている。言語学者、国語学者では、山田孝雄、橋本進吉、新村出などがしばしば反対論をのべた。それらの論はそれぞれの著作集におさめられている。(p.191)
 このあたりに関しては、知らないわけではないが、くわしい知識がない。最近復刻されたこの問題に関連する●田恆存の本は買ったけど、あれを読みきれるのだろうか。芥川龍之介の全集を確認したところ、たしかにそういう名の小論があった。関連書簡もあるらしい。ただねえ。旧かな遣い&旧漢字の文章を素養のない者が読むのはいささかしんどい。

「当用漢字」(p.197~)
 当用漢字の制定にあたっての裏話などがいろいろ紹介されていて、すこぶるおもしろい。そりゃ問題が多いのは判る。古い世代が旧かな遣いの論理性などについて書いている文章を目にすると、「そうなんだろうな」とは思う。しかし、物心ついた頃から新かな遣いで読み書きしてきた白痴世代としては、選択の余地がなかったんだよね。許しておくれよ。

読書感想文 『日本語ウォッチング』(井上史雄/岩波新書/1998年1月20日第1刷発行/2001年4月5日第6刷発行)

【読書感想文 お品書き 】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1935282276&owner_id=5019671
●『読書感想文』カテゴリートップは下記。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-category-19.html

 ちょっと事情があって、古い読書感想文をアップする。
 2002年6月の話。
 文章読本などではないので、さほど悪態はついていない。

 言葉の使われ方などについて、全国的な調査などを折り込みながら分析している。そもそもこの本を知ったのは、ネットの会議室http://kotobakai.seesaa.net/article/8174276.htmlで〈「ラ抜き言葉」になる言葉の判別法〉の一例として教えてもらったため。「ラ抜き言葉」に関して1章を割いている。

 なお、小説などに出てくるラ抜きことばはいろいろ拾われている。小林多喜二が、昭和初期の小説の中で使ったものが早いが(『蟹工船』一九二九年の「朝起きれなくなった」)、多喜二は一九〇三年(明治三六)年生れで五歳から北海道で育ったそうだから、図㈵-2の北海道の状況を反映しているとみられる。また川端康成の『雪国』(一九三五年)にも「遊びに来れないわ」という例があるが、地元芸者のことばだから、一律に扱えない。文章に書かれたラ抜きことばの早い例は、このように方言起源が多い。前述のように東京では昭和初期の若者が実際に使っていたから、小説などに登場するのは、かなり遅れたことになる。(p.9)
『雪国』に関しては、ほかの本でも見たことがある。「地元芸者」が使ったことよりも、「会話」の中の言葉であることがポイントのような気がする。現代文でも、“地”の文章で使われていると抵抗を感じるが、会話中だと「遊びにこられない」のほうがむしろ不自然では。この補助動詞の「くる」の可能形は、きわめて「ラ抜き言葉」になりやすい。『蟹工船』の例は、初めて知った。

一般的に短い動詞はよく使われる動詞でもあるから、使用頻度数の方が作用が大きいかと思ったが、研究結果によると、動詞の音節数の方が、要因として一番効いているようだ。(p.10)
 p.9〜では「ラ抜き言葉」の「使われ方の違い」が分析されている。「使用頻度数」と「音節数」のどちらの要因が大きいのかは不明。専門家が、こう書いているのだから「音節数」のほうの要因が大きいのだろう。
 漠然と感じていたのは「音節数の少ない動詞はラ抜きになりやすい」ということ。理由として考えられるのは、「そういう動詞のほうが使用頻度が高いから」。ということは、「使用頻度」のほうがポイントになる。そのことを証明するには、「音節数が少なくても使用頻度が低い」動詞を探せばいいのだが、そんな動詞は思いつかない。逆に「音節数が多くても使用頻度が高い」動詞は何かというと、これが微妙。「考えられる」「数えられる」あたりだろうか。

 幸いなことに、自分の使っている言い方がラ抜きことばかどうか不安なときの、実用的簡便判定法がある。ラ抜きかどうか心配になったら、その言い方の最後の「る」を取り除いて命令形としても使えるかを試せばいい。「走れる」の場合なら、「る」を取り去った「走れ」はまったく当たり前の命令だ。ラ抜きことばではないから使っていい。「走る」は五段動詞なのだ。これに対して、「見れる」の場合だと、「る」を取り去って「見れ」にすると命令形としてはおかしい。だから「見れる」はラ抜きことばによる言い方出、使わない方がいい。おかしなときには「見られる」のように「ら」をいれればよい。「見る」は一段動詞なのだ。(p.24〜25)
 これがネットの会議室で紹介された判別法。ただし、本書でもふれているように、命令形を「見れ」「起きれ」と言う地方の人には役に立たない。北海道と東北地方日本海側に加え、最近は西日本の各地にも広がっているらしい。そうなると、この判別法はますます通用しなくなっていく。本書より後に出版されたある「文章読本」では、やはり命令形に着目した判別法を紹介していた。ただしその書き方は本書より不完全。方言の話にもふれていない。こういうのは「単なる不勉強」と笑われる。

ことばは服装などと同じく自己表現の一つで、どんなことばを使うかで人柄まで判断されることがある。服装は歴史的にカジュアルな方向に変わってきたが、だからといって、どんな場面でもくだけたかっこうをするわけにはいかない。ことばも服装と同じで、場合により、周囲に合わせて、どんなふうに受け取られるか考えながら、使い分ける必要がある。(p.30)
 齊藤美奈子も「文体は服装」みたいなことを書いていた。観点は違うけど、同じような結論になっているのは偶然か必然か。

 デスは、はじめは「山です」のように名詞に付くだけだったが、戦前から形容詞にも付くようになった。「よいです」「恐ろしいです」のように文章語的な形容詞に直接デスを付けるのはまだ抵抗があるようだ。しかし口語的な形容詞を使い、助詞のネとかヨを付けて、「いいですよ」「こわいですよ」というような例文だと、自然な表現だと判断される。年齢差もあり、地域差もあるが、いずれにしても、形容詞にデスが付きはじめたのが最近であることを示す。(p.154〜155)
 文章語的な形容詞だと抵抗があるか否かは微妙。「恐ろしいですね」なら異和感はない。「よいですね」に抵抗を感じるのは、「よい」の言い切り自体が口語で使うと不自然だからではないか。理由はまったく判らないが、言い切りの場合は「よい」よりも「いい」のほうが自然に感じられる。デアル体で考えても、「いいよ」は自然だけど「よいよ」は不自然。

 
【20170205追記】
 関連性が高いのは下記あたりかな。
【句読点の打ち方/句読点の付け方──実例編2】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2347.html
===========引用開始
【引用部】『道化の華』(太宰治)
気の毒で見れなかった。(P.14)
 古い文学作品に「ラ抜き言葉」が出てくるという噂は聞いていた。よく言われるのは『雪国』だったかな。ただそれは、セリフの中だったと思う。この『道化の華』の使用例は「地の文」。しかもこここだけではない。東北も「ラ抜き言葉」を使うところ多いらしいから、太宰もそうだったのだろうか。なんらかのルールで使い分けているなら、それはそれですごい話だけど。

【引用部】『道化の華』(太宰治)
飛騨もまた葉蔵の顔を見れなかった。(P.17)
君は、ものを主観的にしか考えれないから駄目だな。(P.21)
 後者はセリフだからアリだろう。
===========引用終了

【文化庁もさぁ──ラ抜き言葉、姑息、雨模様……etc.】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2143.html
文化庁もさぁ2──「天声人語」オマエもか ラ抜き言葉/大寒小寒……etc.
===========引用開始
〈ら抜きの是非、どうやら勝負が見えてきた〉
「勝負」とか考えている段階で話にならない。

〈彼らが親になる頃には誤用とは言われまい〉
 だからなんなのだろう。そんな遠い将来のことは誰にもわからない。しかも、この問題に関して安易に「誤用」とか言わないほうがいい(自戒を込めて)。ところで、現在では「誤用」なんですか? それは書き言葉の場合? 話し言葉の場合?

〈川端康成の「雪国」でも、芸者駒子が「来れないわ」「来れやしない」と多用している〉
 これは、国語学者?あたりがよく例に出す。それを聞きかじって、●●が例に出すこともある。いくつか考えるべきことがあるが、長くなるので2点だけあげる。
1)登場人物のセリフということは方言では?
 作者が、登場人物の個性として「ラ抜き言葉」を使わせている可能性が高い。伊豆の方言がどうなっているのか、駒子(のモデル)の出身地がどこなのかは知らない。とにかく、セリフ(話し言葉)なんだからどんな方言を使っても不思議ではない。当時の大阪を舞台にした物語に関西弁が頻出しても、それが標準的な言葉づかいと考える人はいないでしょうに。
2)文豪が使えば正解なのか?
 近頃、この点が気になっている。現代とはかなり事情が違うことは加味するべきだろう。いまから●十年後、時代を代表する作家の村上春樹が使っているからこの表現はアリとか、といった考え方ができるのだろうか。カフカの言葉づかいや知的レベルが現代の同年齢の少年のもの、ととられるのもちょっと困る。じゃあ21世紀初頭の日本語の規範は何にとるべきか、というのは超難問だけど。
 辞書の類いが古典の用例を重視する考え方はわかる。ときには死語の判断を誤らせる気もするが。
 よく話題になるのが「全然+肯定形」を文豪が使っているという話。それが、いまでもOKという根拠になるのだろうか。夏目漱石あたりは相当勝手な言葉づかいをしているから、ウノミにするのはマズいのでは。
===========引用終了

突然ですが問題です【日本語編73】──接続詞の謎 だって でも【解答?編】〈1〉〈2〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2020.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【6】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1737578274&owner_id=5019671

mixi日記2011年10月04日から

 まず問題を再掲する。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1780471414&owner_id=5019671

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
【問題】
 相当かなりきわめて危険が危ない危機感を感じながら……。
「だって」に関する下記の辞書の記述を参考に、【問】に答えなさい。

■Web辞書(『大辞泉』から)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%A6&dtype=0&dname=0na&stype=0&index=11522900&pagenum=1
================================
だって
[接]《助詞「だって」の接続詞化したもの》相手に反論したり、相手の反対を予想しつつ理由や言い訳を述べる場合に用いる。そうはいっても。でも。なぜかというと。「とても間に合いません。―人手が足りません」
================================
※辞書が「片たり」ってどういう了見だ?

■Web辞書(『大辞林』から)
================================
だって1
(接続)
〔補説〕 助詞「だって」が接続詞化したもの
相手の言葉に反対したり、相手の反対を予想したりして、そうなった事情を説明する時に用いる。そうではあるが。でも。
  『なぜ遅れた』『―、電車が故障したんだもの』
  私は行けません。―、病気なんです
================================

【問1】
 下記の例文の「だって」を、別の接続詞に書きかえなさい。
  1) とても間に合いません。だって人手が足りません。
  2) 「なぜ遅れた」「だって、電車が故障したんだもの」
  3) 私は行けません。だって、病気なんです。

【問2】
 Web辞書によると、接続詞「だって」には「でも」の意味があるそうです。
  1) 【問1】の「だって」を「でも」にできるか否か考えなさい。
  2) このようなホニャララなことになった理由を考えなさい。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

【解答?例】

【問1】
 接続詞の「だって」の書きかえは、基本的に「なぜなら(ば)」あたりが無難。
 2)のように話し言葉のニュアンスが強くなると、少し不自然になる。「なぜって」「なぜかと言うと」などに言いかえることはできるが、どちらも一般に接続詞としては認められていない。

【問2】
 1)
 できない。なぜなら、「だって」は順接(っぽい)、「でも」は逆接と役割が違うから。
 2)
 以下は単なる憶測。
 接続助詞と接続詞の両方の働きがある言葉は多い。たいていの場合、意味はかわらない。1例だけあげておく。
  あいつはバカだけれど、可愛げがある。(接続助詞)
  あいつはバカだ。けれど可愛げがある。(接続詞)
 こんなこといちいち考えるまでもない……はずなのよ。ところが、「だって」は違うようだ。
「でも」と比べるとよくわかる。
  バカでも可愛げがあるなら許せる。
  バカだ。でも可愛げがあるなら許せる。
  バカだって可愛げがあるなら許せる。
  バカだ。???可愛げがあるなら許せる。

 接続助詞の「だって」と「でも」はほぼ同じ意味で互換性があることが多いのに、接続詞の「だって」と「でも」は意味が逆になることが多い。なんでこんなことになるのかはわからない。
 辞書も混乱していることがうかがえる。
『大辞泉』は接続詞の「だって」の意味に「でも」と「なぜかというと」をあげている。すでに見たように、かなりニュアンスはかわるけど「なぜかというと」はアリ。しかし「でも」はありえないでしょ。
『大辞林』は接続詞の「だって」の意味に「そうではあるが」と「でも」をあげている。これはどっちもありえないでしょ。
 これはすでに書いたように、「だって」が特殊だからだろう。
 接続助詞の「だって」(たって)と「でも」(ても)のWeb辞書の例文を抜き書きしてみる。

■Web辞書(『大辞泉』から)
  ここなら泳い(だって)かまわない。
  笑われ(たって)かまわない。
  いくら捜し(たって)いるはずがない。
  死ん(でも)死にきれない。
  いくら呼ん(でも)返事がない。
  失敗し(ても)あきらめはしない。
  煮(ても)焼い(ても)食えない。
  知ってい(ても)知らぬ顔をする。
  自信があるにし(ても)、試験を受けるのはいやな気分だ。

 全部互換性がある。さらに言うと、係助詞のほうもほとんどが互換性があるのだが、煩雑になるので省略する。
「だって」(たって)も「でも」(ても)も、接続助詞として使われる場合は、ほぼ逆接になる。ところが、接続詞になったとたん「だって」だけが順接っぽくなる。理由はわかりません。

【追記】
 ちと補足。
「(名詞)でも(名詞)でも」 の形は分けて考えたい。
 この場合は「(名詞)だって(名詞)だって」とほぼ同義で、順接でも逆接でもなく、並列だろう。

 実生活で考えると、「だって」を逆接っぽく使う例がある。
 母親に「遊んでばかりいないで勉強しないとダメでしょ!」と叱られた子供の口ごたえ。
「でも、○○ちゃんも遊んでるよ」
「だって、○○ちゃんも遊んでるよ」
 一応どちらも成立する気がする。しかし厳密に言うと、この「だって」は論理的に破綻している。「だって」は「なぜかというと」くらいの意味なのだから。これが次のような応答なら筋が通っている。
「なんで勉強しないで遊んでばかりいるの!」
「だって、○○ちゃんも遊んでるよ」

 結論。
 Web辞書の論理性は子供のダダ並み。


突然ですが問題です【日本語編73】──接続詞の謎 だって でも〈2〉 辞書

mixi日記2017年02月02日から

{関係/関連}する質問があったので、質問サイトで訊いてみた。
【続 「だって」と「でも」は同じ? 】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9603498.html
 明快な答えは不明なまま。
 ほかの場所でも訊いてみたけど、やはりわからない。
 改めて整理したうえで考えてみた。

 まず例によってWeb辞書のリンクが切れているんでひき直す。
https://kotobank.jp/word/%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%A6-561380
===========引用開始
デジタル大辞泉の解説

だって[接]
[接]《助詞「だって」の接続詞化したもの》相手に反論したり、相手の反対を予想しつつ理由や言い訳を述べる場合に用いる。そうはいっても。でも。なぜかというと。「とても間に合いません。だって人手が足りません」

だって[接助・係助・終助]
[接助]《接続助詞「たって」が、ガ・ナ・バ・マ行の五段活用動詞の連用形に付く場合の形》「たって」に同じ。「ここなら泳いだってかまわない」
[係助]《断定の助動詞「だ」に係助詞「とて」の付いた「だとて」の音変化という》名詞・副詞、一部の助詞に付く。「でも」に似るが、語調がより強い。
1 ある事柄を例示し、それが他と同類、または、同様であるという意を表す。…もやはり。…でも。「鯨だって人間の仲間だ」「ここからだって見える」
2 いくつかの事柄を並べて例示し、すべてが同類であるという意を表す。「水銀だって鉛だって公害のもとだ」「野球だってテニスだってうまい」
3 疑問・不定を表す語、または、数量・程度を表す語に付いて、例外なくそうである意を表す。…でも。…も。「だれだって知っている」「一度だって姿を見せない」
===========引用終了

 接続助詞・係助詞の場合は、問題がないだろう。
 一部を除いて、「でも」と「だって」は互換性がある。
・接続助詞
「ここなら泳い{だって/でも}かまわない」
・係助詞
 ちょっと微妙かも。
〈↑の1〉〈…もやはり。…でも。〉とあるが、「鯨でも」はかなりヘン。理由は不明。
「鯨{だって/Xでも}人間の仲間だ」「ここから{だって/でも}見える」
〈↑の2と3〉
 これを2つに分けて考えるべきなのか、当方には判断できない。
 いずれにしても、〈↑の1〉の一部以外は「でも」にできる。

 問題は接続詞の場合。
「とても間に合いません。{だって/なぜかというと/Xでも}人手が足りません」
 語釈のなかに「でも」があるが、置きかえはできない。「そうはいっても」も同様だろう。
「でも」にできる例があるのだろうか。

 教えて! gooで、『三省堂国語辞典第七版』の語釈と例文を教えてもらった。
===========引用開始
[三](接)[だって]
①(それ)でも。しかし。「━やめられないよ」
===========引用終了
 文脈によっては使えるかな。
「いつまでゲームしてるの!」「だってやめられないよ」
 この「だって」は「でも」「しかし」にはできないだろう。

 某所で、『集英社国語辞典 第2版』の語釈と例文を教えてもらった。
===========引用開始
[二](接)②相手のことばに対し、反発または弁解する意を表す。「『行くんじゃなかったの?』『だって用事があったんだもの』」
===========引用終了
 こちらのほうが惜しい気がする。それでもこの「だって」は「でも」「しかし」にはできないだろう。
 下記のように考えるべきなんだろう。
1)「行くつもりだったんだよ。でも用事があったんだもの」
2)「行くのやめたんだよ。だって用事があったんだもの」
 2)の1文目が省略されていると考えれば……OKなのかな。
 じゃあ同じように「でも用事があったんだもの」もありか。1)の1文目を省略するのは無理な気がする。やはり、「でも」にはしにくい。

 このあたりは〈1〉で書いたことと似ているよな似ていないような。
===========引用開始
 実生活で考えると、「だって」を逆接っぽく使う例がある。
 母親に「遊んでばかりいないで勉強しないとダメでしょ!」と叱られた子供の口ごたえ。
「でも、○○ちゃんも遊んでるよ」
「だって、○○ちゃんも遊んでるよ」
 一応どちらも成立する気がする。しかし厳密に言うと、この「だって」は論理的に破綻している。「だって」は「なぜかというと」くらいの意味なのだから。これが次のような応答なら筋が通っている。
「なんで勉強しないで遊んでばかりいるの!」
「だって、○○ちゃんも遊んでるよ」

 結論。
 Web辞書の論理性は子供のダダ並み。
===========引用終了
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