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【「度」か「回」か 2】 日本語教師

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1486031711&owner_id=5019671

mixi日記2010年10月13日から

 下記の仲間でもある。
【黒いコレクション──日本語教師関連28】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1442972256&owner_id=5019671

 下記の続き。
【「度」か「回」か☆日本語教師☆】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1247.html

 前の日記を書いたのが2010年05月06日。ちょっと引っかかっていた。
 興味深いのは「8」のコメント。一部加工して転載する。
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「回」と「度」については『数え方の辞典』で有名な飯田朝子先生が日本言語学学会のサイト上で比較されています。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~aiida/gakkai98.html

インタビューの中でも『「度」と言うと、次が予想できない場合、「回」と言うと、誕生日や記念日など、また巡ってくる、次がある事を意識しているんですね。』とおっしゃっています。
http://www.nttcom.co.jp/comzine/no051/wise/index.html
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 この『数え方の辞典』って本は、毀誉褒貶いろいろあったような……。
 リンク先にはいろいろなことが書いてある。専門家がコーパス?を活用して分析するとこんなスゴいことになるのね、と感心する反面、首を傾げてしまう記述もある。専門家の論文?にインネンをつけるのは失礼かもしれないが、ヘンなものはヘン。
「結論」は下記のとおりらしい。
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7. 結論
 新聞記事から採取した用例を参考に、共起する数詞や行為の性質との関係を出現頻度の観点から、行為(出来事)を数える助数詞「回」と「度」の意味と用法を比較した。
 「回」と「度」は、かなり広い範囲で置き換えが可能で、基本的に「回」と「度」の意味と用法は重なる部分が多いが、置き換えが自由にできない例もある。「回」から「度」への置き換えが困難な例の目立った特徴として、

 ①接頭辞「第」「全」を付与して数える場合
 ②共起する数詞が小数及び0(ゼロ)の場合
 ③規定された時間枠(期間)の中で規則的に継続・反復するものの頻度数をいう場合
 ④行為の連続、行為の合計、分割を数える場合
 ⑤次回の行為が予測可能な場合
 
が挙げられる。

 ③④⑤の「回」と「度」でそれぞれ頻繁に数えられる行為の比較をすると、「回」は規則的に継続・反復する性質の強い行為の頻度や行為の合計数・分割数を数えるのに積極的に用いられる助数詞であり、一方、「度」は、定期的に継続・反復されなかったり、次回の行為を予測するのが困難な行為、あるいは予め行為の数が分かっていない場合に用いられる助数詞である。「度」が10以上の数詞とあまり共起しないのは、「度」が規則的・継続的に反復される動作を積極的には意味分類していない助数詞だからだと考えられる。慣用表現やことわざの「2度(*回)あることは3度(*回)ある」「3度(*回)目の正直」も、単なる言語習慣だという以上に、「度」の意味が反映されていることが分かる。
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 ①~⑤のうち、素直に同意できるのは、①だけかな。
「第3度」とはたしかに言わない。「全3度」もおかしい。これは「回数」と「度数」の違いじゃないか、って気もする。いやその、「回数」と「度数」の違いが何かうまく説明はできませんが。
〈「度」が10以上の数詞とあまり共起しないのは、「度」が規則的・継続的に反復される動作を積極的には意味分類していない助数詞だから〉なのだろうか。よくわからない。いえ、文章の意味がわからないと書きたいわけではない。決してわかりやすくはないけど。単に語呂の問題じゃないかって気もする。
 慣用表現やことわざに「度」が多いのは、そういう言葉ができた頃には「度」の使用頻度が高かったからだと思う。現在は「回」の使用頻度が高くなった、ってだけのことでは。
「度」と「回」を比べると、「度」のほうが書き言葉的で「回」のほうが話し言葉的(だった)。根拠を示せと言われると困るけど。おそらく、元々は「度」のほうが一般的だった。それがどこかで逆転して、「回」のほうが一般的になった。
 さらにややこしいのは、場合によっては「度」のほうが話し言葉的なニュアンスさえあること。典型的なのは【1】のコメント欄に書いた下記の例。
  このたびの新製品
  今回の新製品
  今度の新製品
 イチバン話し言葉的なのは「今度」だろう。なんか幼稚な印象すらある。「今度の会議」になると、幼稚を通り越して「今回の会議」なのか「次回の会議」なのかわからなくなる(笑)。

「度」が不定期的で「回」が継続・反復的というのもどうだろう。
  
  高校を卒業して3度目の夏のことだった。
  高校を卒業して3回目の夏のことだった。
 
「度」は不定期ですか?
「回」は継続・反復的ですか?

  35年ぶり、2度目の甲子園出場。
  35年ぶり、2回目の甲子園出場。
  5場所連続、8度目の優勝。 
  5場所連続、8回目の優勝。 

「度」は不定期ですか?
「回」は継続・反復的ですか?

 ↑にリンクが張ってあるインタビューにも疑問が残る。
 関係する箇所を抜粋する。聞き手もホントに納得して聞いているのだろうか。〈「二回ある事は三回ある」では、「当然でしょう」という感じがある〉ってどういう意味なんだろう。慣用句を無理に言いかえて勝手な解釈をされては困る。
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飯田 (前略)「一回」と「一度」はどうでしょう? 使い分けを考えた事がありますか? これも使い手の感情が出る面白い助数詞なのですが、「度」と言うと、次が予想できない場合、「回」と言うと、誕生日や記念日など、また巡ってくる、次がある事を意識しているんですね。例えば「三度目の結婚記念日」というと、「次はないだろう」という意味になってしまうんです。
──「二回ある事は三回ある」では、「当然でしょう」という感じがあるし、「4度目の誕生日」も違和感がありますね。
飯田 ですから新聞やニュースを見ると、例えば芸能人の離婚の記事などをみると、それがすごく露骨に表れている事が分かりますよ。繰り返し離婚、結婚をする人には「3回目の離婚」と書かれていたりして「ああ、この記事を書いている人は、4回目があると思っているんだな」と感じますし、スポーツ選手の優勝の数なども、その選手によって「3度目の優勝」と「3回目の優勝」とあって「書き手は、この選手の優勝を意外に思っているな」「この選手には4回目を期待しているな」といった事が分かるんですね。
──本当ですね。記事に「次の優勝もありそうだ」などと書いてあるわけではなくても「度」と「回」の違いから、何となく感じとっていますね。
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