【板外編18】2つの「ハ、」

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日本語アレコレの索引(日々増殖中)
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mixi日記2010年月日から。

 ちょっと事情があって、「赤い本」に書いたことをアップする。
 諸般の事情があって『日本語練習帳』のことを持ち上げているが、これは「慇懃無礼なほめ殺し」をしたつもり。それでもこの部分はけっこう役に立つと思ってた。あとになって読み返した感想は、下記参照。これでホントに「毒抜き編」なの?
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-592.html


II 文法を「役に立てる」ことができるのか
 文法の知識は、文章を書くのに役立ちます。しかし、極論であることを承知でいってしまえば、「知っているに越したことはない」という程度のことです。必ず知っていなければならないことではありません。
『日本語練習帳』の「II 文法なんか嫌い-役に立つか」は、「ハとガの使い分け」を解説している章です。日本語の構造を理解するのに重要な「ハ」と「ガ」にテーマを絞りこんだ着眼点は、みごととしかいいようがありません。
「ハ」の代表的な働きとして次の4点をあげ、それぞれの違いを解説しています。
  1)問題(topic)を設定して下にその答えが来ると予約する
  2)対比
  3)限度
  4)再問題化
 この「ハ」に関する記述の中で、ぜひふれてほしかったことをあげておきましょう。
『日本語練習帳』の練習11)の例文中に、次の文があります。

 毎年のように日光植物園を訪ねながらも、あのリョクガクザクラに魅せられながらも、樹といわれてそうした花木を思いうかぶことがないのは、樹の本当の姿かたちとは、それとすこし違ったものだ、ときめこんでいるからであろう。
(中村稔「日光植物園のリョクガクザクラ」、『日の匂い』所収)

 例文中のほかの「ハ」の使われ方と違い、この一文は、
  ・ないのハ、(大設定)  ↓きめこんでいるからであろう。(大結び)
  ・姿かたちとハ、(小設定)↓すこし違ったものだ(小結び)
 という形で、ひとつの設定と結びの間に、もうひとつの設定と結びがあることが指摘されています。しかし、問題点がある例として取りあげておいて「この文章は明るくなだらかで、よく分かる文章ですから、こんなふうに分析的な扱いをするのは、文章を傷つけるような感じさえする」と、擁護するかのような文章が続くのは、理解できません。
 たしかに、この文章はやさしい感じがして雰囲気もあり、なんとなく読めてしまいます。しかし、言葉の点で考えると疑問を感じるところが多い文章です(細かな点については後述します)。
 ここであげた一文は、長すぎることがまず気になります。何字を超えると「長い」と感じるのかは感覚的な問題であり、諸説あるところです。ここでは、『日本語練習帳』の中にも再三出てくる100字を基準にして、「長い」といっておきます(一文の長さに関しては★ページ参照)。
 さらに、ここで問題になっている二重の設定と結びは、基本的に避けたほうがよい文章構造です。どうしても避けられないときは、大設定のあとに「、」を打ち、小設定のあとには「、」を打たない、という応急処置でわかりにくさが緩和できます。先の例文も、「姿かたちとハ、」の「、」を取り除いてみると、多少マシになることがわかるはずです。
 こう書いてしまうと、主語のあとに「、」を打つ、という考え方と同じようにも見えますが、少し違います。重要な「、」を生かすために重要ではない「、」を削除すると、結果的に主語のあとの「、」が多くなるだけです(句読点に関しては★ページ参照)。
 練習14)に出てくる文章にも、似たようなことがいえます。
 
 言うまでもなく、明治憲法下の法典編纂事業は、まず第一次には、安政の開国条約において日本が列強に対して承認した屈辱的な治外法権の制度を撤廃することを、列強に承認させるための政治上の手段であった。  (川島武宜『日本人の法意識』)

「まず第一次には、」の「、」を取ってしまえば、多少マシになります(この場合はいっそ「は」を削除して「まず第一次に」としてしまったほうがよいかもしれません。「は」を削除するなら、「、」を残して「まず第一次に、」にするほうがよい気がします)。重要な「問題設定」のためのハを生かすために、重要でない「対比」のためのハの扱いを軽くしてしまうのです。ちなみに、「まず第一次に」は重言だと思いますが、ここでは語句の話にはふれずにおきます(重言に関しては★ページ参照)。

【研究課題3】1)のヒントは↓★ページ/2)のヒントは↓★ページ
『日本語練習帳』の66~67ページに次の記述があります。

  まず次のような表現が浮かぶでしょう。
  「ユンゲ・ウエルト」は十七日報じた。さる五日に……
 これでも一応いい。しかしややぎこちない。
  a「ユンゲ・ウエルト」(十七日)の報道によれば、……
  b「ユンゲ・ウエルト」(十七日)によれば、
 a、bのどちらでもいい。ともかく、最初に全体の枠を示してしまう。その次に事柄を書く。
 さる五日にドレスデン駅で、プラハにある西ドイツ大使館にいた出国希望者を輸送する列車に乗ろうとして、運行を妨害した青年三人が、ドレスデン地裁で、三年六月から四年六月の懲役と千東ドイツ・マルクの罰金の実刑判決を受けた。
  これは原文と少し違うのです。それは「ドレスデン駅で、」「青年三人が、」の二カ所にテン(読点)を加えたことです。事柄が幾重にも重なっていて、続き具合が不明だから分かりにくい。そこで、テンを加えて、多少なり切れ目を示したのです。

 この記述について、2つのことを考えてください。
 1)〈「ユンゲ・ウエルト」は十七日報じた。さる五日に……〉という書き方が、「ややぎこちない」のはなぜでしょうか。
 2)「二カ所にテン(読点)を加え」ても、この例文は依然としてわかりにくい印象があるようです。できるだけ小さな修正でマシな文にするには、どうすればよいのでしょうか。

●「ガ」か「ヲ」か

【練習問題1】
 次の2つの表現がどう違うのか考えてください。
  1)本ガ読める
  2)本ヲ読める

 文法の知識がどのようなときに役立つのか、2つの例で考えてみましょう。
 本書の★ページ★行目で、「(という応急処置で)わかりにくさが緩和できます」という表現を使いました。この表現は、「……わかりにくさを緩和できます」とすることもできます(「……わかりにくさを緩和することができます」とすることも可能ですが、ここでは除外します。「~ことができる」に関しては★ページ参照)。
 ガでもヲでもよさそうですが、本来はガにするべきです。その理由を考えるために、もう少し簡単な例を【練習問題1】にしました。
 2つの表現を見比べて、ガを使っている1)のほうが自然に感じられるかたは、すぐれた言葉の感覚の持ち主です。こう書いている当人は、ヲでもさほどヘンではない気がしています。「本当はどちらが正しいのか」と考えようとするときに役立つのが、文法の知識です。
 文法書などを見なくても、ふつうの国語辞典の「ガ」の項目に答えが出ています。用法のひとつとして「好悪、希望、可能などの対象を示す」といった記述があるはずです。具体例をあげると次のようになります。
  ・本ガ好きだ(好悪)
  ・本ガ読みたい(希望)
  ・本ガ読める(可能)
 さらに、この用法に関してはガのかわりにヲを使う例もふえている、と記載している辞書もあります。「本来はガを用いるべきで、ヲも許容される」というのが、文法的な考え方になるのでしょう。
 さすがに、「本ヲ好きだ」には抵抗を感じられるかたが多いはずです。「本ヲ読みたい」「本ヲ読める」はどう感じますか。
 このガとヲの問題は、「前後にガが目立つ」などの理由がある場合を除き、できるだけガを使うべきだとは思います。しかし、ヲはあくまで許容なのだからガを使うのが正しい、と強く主張する気にはなれません。
 もう一度はじめの例を見てみましょう。
  ・わかりにくさガ緩和できます
  ・わかりにくさヲ緩和できます
 この2つの表現は、「本ガ読める」と同様に「可能」を表しています。本来はガを用いるべきでしょうが、ヲを使ったほうが語感がよくありませんか。
 これは、ヲも使われるようになった経緯を考えると、当然なのかもしれません。本来はガを使うべきだったのに、ヲを使う例がふえてきたのには、それなりの理由があるはずです。ほかにも理由はあるにしても、語感のよさが大きな理由のひとつだったと思います(ほかの理由を説明すると長くなるので、ここでは「語感」という多少あいまいな言葉だけをあげておきます)。
 一般に、文法的には間違っていても定着する用法は、正しい用法よりも語感がよいことが多いようです。このことは、言葉の問題として取りあげられることが多い「ラ抜き言葉」(★ページ参照)のことを考えると、わかりやすいと思います。

●「ノ」か「ナ」か

【練習問題2】
 次の表現のうち、言葉の使い方が間違っているのはどれなのか考えてください。
  1)最適ノ人選
  2)最適ナ人選
  3)最悪ノ人選
  4)最悪ナ人選

 これもふつうの国語辞典で解決できる問題です。
「最適」は、名詞でもあり、形容動詞でもあります。1)の「最適ノ」は、名詞の「最適」に助詞の「ノ」がついた形です。2)の「最適ナ」が形容動詞の活用形のひとつであることは、ご存じのかたも多いでしょう。
 一方「最悪」は名詞でしかありませんから、「最悪ノ」の形では使えても、「最悪ナ」の形では使えません。したがって、4)の「最悪ナ人選」が間違った言葉の使い方ということになります。

 ここであげた「ガとヲ」の話や「ノとナ」の話は、言葉に敏感な人には無意味なものかもしれません。文法の知識などはなくても、感覚的に理解して使い分けることができているからです。
 しかし、言葉の問題で疑問を感じたときに、文法の知識をもっていたほうが解決しやすいことは理解していただけたと思います。先に文法について「知っているに越したことはない」という程度、と書いたのは、こういった理由からです。


【Coffee Break】

なぜ「最適」にはノもナもつくのか
 はじめにお断りしますが、この【Coffee Break】の内容は根拠が不確かな推論です。半信半疑でお読みください。
「最適」という言葉は、「最適ノ」の形でも「最適ナ」の形でも使われることは、本文で紹介したとおりです。名詞と形容動詞の両方の働きをもっている言葉は、ほかにもたくさんあります。ところが、「最適」のように両方の使われ方をされる言葉は、そう多くありません。たとえば、「適切」は「適切ナ(人選)」の形で使われます。名詞の働きをもっていても、「適切ノ(人選)」という表現を使う人はいないでしょう。
 そこで思いついたのが、「最適」も本来は「最適ナ」としか使われなかった言葉なのでは……という推論です。
 では、なぜ「最適ノ」が使われるようになったのでしょうか。
「最適」に似た印象の言葉を考えてみると、「最新」「最大」「最高」など、いくらでもあげられます。これらの言葉はいずれも名詞で、「〇〇ナ」の形では使われません。しかも「最新版」とか「最大公約数」という使われ方があっても、圧倒的に多いのは「〇〇ノ」の形です。この印象が強いため、「最適ノ」が許容されるようになった気がします。
「異質」も、同じように「同質」「変質」などの名詞の影響を受け、「異質ノ」が許容されたのではないでしょうか。
 特殊な例と考えられるのは「無用」です。「無用ナ」は、文法的には問題がなさそうなのに、あまり見かけません。おそらく、これは「無用」という言葉がもともと使用頻度が低いうえに、「無用ノ長物」や「無用ノ用」という慣用句の印象が強いためです。この「無用ノ」の印象の強さが、発音や意味がよく似ている「同様」や「不要」に影響を与えたと考えられます。そのため、本来は「同様ナ」や「不要ナ」の形でしか使われなかったのに、「同様ノ」や「不要ノ」も許容されるようになったのではないでしょうか。
「最適ノ」「異質ノ」「同様ノ」「不要ノ」に共通しているのは、「〇〇ノ」のほうが「〇〇ナ」よりも語感がよいことです。この点も、本来は「ナ」ではなかったのか、と思わせる一因になっています。


【コラム・遠慮がちな書きかえ案】
『日本語練習帳』の練習11)の文章の全文を転載し、疑問に感じた点と、第2章以降で紹介する「明文」を書くための原則に反する箇所をあげてみます。文末、表記、句読点の問題にはふれません。
 本来、他者が書いた文章にこのようなコメントをつけることは許されないことだと思います(★ページ参照)。文章のもっとも大切な部分をないがしろにした行為だからです。しかし文章の書き方に関する本の例文として、他者が書いた文章を取りあげるなら、最低限の指摘はしておくべきだと思います。

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 いったい、サクラにしてもコブシにしても、開花している樹にはある種の謎めいた妖しさがあり、ひきこまれるような美しさがある。樹の花には私たちを酩酊させ夢心地にいざなう魔力があって、そのために、私たちはサクラが咲けばその樹の下に筵をしいて酒を酌みかわし、放歌高吟したりすることになるのかもしれない。毎年のように日光植物園を訪ねながらも、あのリョクガクザクラに魅せられながらも、樹といわれてそうした花木を思いうかぶことがないのは、樹の本当の姿かたちとは、それとすこし違ったものだ、ときめこんでいるからであろう。私の心にある樹はいつももっと雄々しく、りりしく、すっくと大地から立っていて、心を惑わすような妖しい美しさとは無縁なのである。
(中村稔「日光植物園のリョクガクザクラ」、『日の匂い』所収)
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3行目 「そのために」「その」/指示語の減らし方(★ページ参照)
4行目 「酒を酌みかわし、放歌高吟したりする」/「~たり」の使い方(★ページ参 照)
5行目 「あの」/指示語の減らし方
6行目 「そうした」「それ」/指示語の減らし方
6行目 「花木を思いうかぶ」/「花木を思いうかべる」もしくは「花木が思いうかぶ」 にするべきと思われる
8行目 「大地から立っている」/「大地から伸びている」もしくは「大地に立っている」 にするべきと思われる
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