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勝手に「進化」してくれよ──「ら抜き」言葉って気になりますか?

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【4】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1583890705&owner_id=5019671

mixi日記2011年02月10日から

 そうなのよね。「乱れ」じゃなくて「進化」なのよね。たぶん100年後にはそれがフツーになっていると思う。勝手にやってくれよ。
 猿と人間の大きな違いは、体毛の濃淡。これは「進化」の一種と考えられる。したがって、頭髪が薄くなるのも「進化」以外のナニモノでもない。ハ●が「進化」なの。
 チクショー。もはやこの量じゃ「乱れ」ることさえできねえ。

 詳しくは下記をご参照ください。
【関連トピ紹介】24──「ラ抜き言葉」
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=51419670
 以下は一部の抜粋(重言)。

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 個人的な考え方に関して、下記の日記から一部抜粋(重言?)します。

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「ラ抜き言葉」ってことがいつ頃から言われるようになったのかは知らない。誤用か否かと言われたら、「誤用」と断言できる自信はない。なんせ、国語学者の間では結論は出ていないらしい。そうは言っても、日常的な日本語として正しいものとは考えにくいし、自分では使わない。人が使うのはどうでもよく思えてきたけど、仕事ではNG。

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 かつて五段活用の動詞が、受動、尊敬、可能がすべて「書かれる(kak-ar-er-u)」だったのに、しだいに可能だけがarが抜けて「書ける(kak-er-u)」になったのと同じことだと思います。

 ただし、少し考え方をかえてもいいかもしれません。もう何十年も「ら抜き」は乱れだ、乱れではないと論争が続き、こういうのはだいたい「進化」していくはずなにのに、いまだに「乱れ」だといわれる。それだけ、「ら抜き言葉」には拒絶反応を呼ぶ何かがあるような気がします。
 そう考えると、まだ当分の間は「乱れ」という主張が主流を占めるのでは。

 個人的には、「ら抜き言葉」は使えません。他者が言っているのは「もうしかたがない」とあきらめますが(ただし、年配者には使ってほしくない)、書いているのにはかなり抵抗があります。

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【ネタ元】教えて!ウォッチャー
http://blog.goo.ne.jp/oshiete_watcher/e/e04305f218370d12b3eb4274bdcad11c?fm=rss

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「ら抜き」言葉って気になりますか?
2011年02月10日カ テゴリ: 学問&教育(1)
PCで文書を作成していて「寝れない」と入力したら、赤い波線で注意された。オマエに指摘される筋合いはない!とPC相手に悪態をつく。「食べれる」「見れる」などの「ら抜き」言葉は話し言葉としてすっかり一般的になった。けれどまだ市民権を得たとは言い切れないのが微妙なところ。教えて!gooにこんな相談が寄せられていた。

「ら抜き言葉を直してもらいたい」

質問者は、付き合っている男性の言葉遣いが気になるという女性。

   「彼は、『信じれる』『耐えれる』『感じれる』という言葉を使うのです。…彼からそれらの『ら抜き言葉』を聞くと、とても気持悪いです」

と感じるそう。結婚話も出ているけれど、「そんな言葉を彼が父の前で使ったら、間違いなく『無教養な男だな』と、呆れると思うのです」と心配しているとか。

■「言葉は次々に進化していくもの」

まぁ結婚話の行く末は当人たちに任せるとして、「ら抜き」に対する反応はなかなか興味深い。回答者は「間違った日本語」と言い切る派と、「合理的な言葉の進化」説の支持派に分かれた。

   「私が日本語が分かる外国人に教える時、『ら』抜き言葉を使うのは教養のない日本人であると言っています。実際、近頃は教養のない人が増えてきましたね。さすがに私の年代ではまだ少ないですが60歳以下になると教養のあるはずの人でも使っていますね」(juyjuyさん)

   「『間違った日本語』ではないと思います。言葉は次々に進化していくものです、ら抜き言葉は日本語を合理化した末に至ったひとつの文法です」(kiie9898982さん)

この両派の中間には、話し言葉なら許せる人、否定形なら許せる人、「『見れる』はいいけど『信じれる』はダメ」な人などがいる。要するに、「ら抜き」の許容範囲は人によって相当差が大きいよう。これだけ一致点が見出せない言葉があるって面白いなーと思う。

ら抜きの歴史についてはこんなQ&Aもあった。

「『ら抜き言葉』と時代背景…」

なるほど合理的、と感心したのは、

   「関西弁には、受身:食べられる、可能:食べれる、尊敬:食べはる、という区別があります」(tttt23さん)

という回答。また、昭和39年に発行された口語文法の解説書を引用して、ら抜き言葉が昭和初期に「東京生まれの上流新生層に好んで使われて」いた――というくだりを紹介してくれた人もいる。

   「『ら抜き言葉』も、少なくとも80年近くの歴史を持っているわけです。80年近くも生き続けている『ら抜き言葉』には、きっと『生き続ける力』があるんでしょうね」(kimosabeさん)

もっとも理屈はどうあれ、ら抜き言葉を目の敵にする人がまだ世の中にたくさん存在するのは事実。社会人として生きていくうえでは、相手や場面に応じて言葉を使い分けられた方がスムーズに世渡りできることは間違いないかも。

鈴木聖子(Suzuki Seiko) →記事一覧

■関連Q&A
・「ら抜き言葉」「ら」を抜いてもおかしくない動詞
・日本語の乱れ、「ら抜き言葉・すいません」気になりますか?
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「ら抜き」言葉って気になりますか?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1498373&media_id=116

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