2003年12月~2004年6月の朝日新聞から
●2003年
【12月】
03-12-1
12月7日
とはいえ、日本には比較的くみしやすい顔合わせになった。(朝刊21面)
「くみしやすい」の使い方が判らない。手元の「広辞林」から索く。
漢字で書くと「与し易い」で、意味は「相手として恐れるに足りない」。用例として「与し易い相手」が出ている。この記述のとおりなら、前述の使い方はドンピシャになる。ただ、「与する」の本来の意味を考えると、納得できないところがある。
「与する」は「仲間になる、共同して行なう」などの意味であり、「相手をする、戦う」なんて意味はない。こう考えると、「くみしやすい」を「組みし易い」と考えた誤用が一般化して許容されたと考えるべきだろう。
03-12-2
12月8日
朝刊10面から。
紀文食品が調べた「好きな鍋料理」のランキング。
1)おでん/2)すき焼き/3)寄せ鍋/4)しゃぶしゃぶ/5)キムチ鍋
湯豆腐や水炊きはその下らしい。
ランキングついでに、最近テレビで見た池袋の人気ラーメン店ランキング。
1)光麺/2)無敵家/3)屯ちん/4)二天/5)ばんから
もうひとつ、ずいぶん前にテレビのランキング番組で目にして印象に残り、メモしておいたもの。「女子高生の好きな寿司ネタ」。
1)トロ/2)イクラ/3)ウニ/4)アナゴ/5)甘エビ
6)蒸しエビ/7)玉子/8)イカ/9)ネギトロ10)タコ
03-12-3
12月26日
鉄道が並行して走っている時に経営者が第一に考えるのが、お客を取られないようにすることではないだろうか。(朝刊12面)
投書欄の一文が目についてしまった。これには深い(?)訳がある。このところ家人の手伝いでオペレーターとして参加しているパンフレットのネームがすさまじい。長年担当しているコピーライター(らしい)の日本語のすごさを噂に聞いてはいたが、斜め読みするだけで頭痛がしてくる。
前にも映画館が「集った」ことがあるらしいが、今回もショッピングセンターが「集って」いた。こういう明らかな誤用はご愛嬌だが(そのまま製品になるんだから笑ってはいられないが)、微妙な表現もいろいろ登場する。そのなかのひとつが「河と平行して走る〇〇通り」。個人的な語感では、「走る」のは電車や車。線路や道路は「のびる」。「平行する」もアリだろう。さらに問題になるのは「並行」か「平行」かという点。「ヘイコウする」はやはり「並行する」だろう。「ヘイコウしてのびる」も「並行」。ただ、「ヘイコウにのびる」は「平行」の気がする。
ついでだから、印象的だった表現をメモしておく。
・星空の輝く下
「輝く星の下」や「星空の下」なら異和感はない。おそらく、輝くのは「星」であって「空」ではないから。これが「輝く星空の下」なら異和感は薄れる(自分ではたぶん使わない)。「星空が輝く」より、「輝く星の空」のニュアンスになるからだろうか。最大の問題はそういうことではない。旅行パンフレットの場合、天候に左右されるような事柄はできるだけ避けるのが大原則。必要もないのに雨天の場合を考慮しない表現を不用意の使うのは単なるバカ。長年やっていても、バカはバカってこと。
・雰囲気が流れる
これもけっこう微妙。「雰囲気」につく動詞は、まず浮かぶのが「雰囲気が漂う」。「雰囲気を醸す」「雰囲気を醸し出す」「雰囲気に包まれる」なんてのもある。一方「流れる」がつくのは、「空気」とか「時間」とか。まあ、だからと言って「雰囲気が流れる」が絶対ダメとは言い切れないけれど。
・しつらえ
この書き方をするライターは、前にも見たことがある。これはたいていの人が間違うのでは。似たような言葉を探すと、「拵える」の名詞形は「拵え」(「下拵え」など)、「誂える」の名詞形は「誂え」(「お誂え」など)。ところが「設える」の名詞形は「設え」ではなく、「設い」。原因はよく判らないので以下は推測。「設える」の文語形は「設う」。これを名詞形にするとおそらく「設い」になる。この形が残ってしまったのではないか。どっちにしても語感が古語の部類なので、個人的には使わない。「造り」とか「レイアウト」といった表現で逃げると思う。
●2004年
04-1-1
【1月】
1月9日
テレビ欄(朝刊40面)の番組紹介で「恋の至極は忍ぶ恋」というタイトルが目に止まる。紹介記事は、次のように結んでいる。
=================================
こんな言葉が紹介される。「恋の至極は、忍ぶ恋と見立て候」。まさに、しかり。
=================================
出典は不明。やっぱ『葉隠』なんかね(2003年7月の日記参照)と思いながらネットで検索してみると、そのとおりらしい。引用文なんだからインネンつけてもしょうがない(正確には「しようがない」なのかな。個人的にはやはり「しょうがない」のほうが自然に感じられる)が、ヘンなものはヘン。百歩譲って、当時はこういう用法があったかもしれないと考えてもいい。現代語ではないって点は譲りたくない。
04-1-2
1月15日
朝刊11面から。
ADSLの利用件数が1000万件を超えたそうな。商用化が始まってわずか3年でのできごととのこと。この場合の1件は何を指すのか、という疑問が湧く。ふつうに考えれば契約件数とほぼ同義だろう。ADSLが12月末で1027万。ほかの方式は11月末のデータで光ファイバーが81万、ケーブルテレビが242万。単純に合算すると1350万件になる。
複数の方式に契約した場合や会社単位の契約の集計のしかたがよく判らないが、とにかくとんでもない数。みなさん何をそんなに頑張ってるんでしょ。
04-1-3
1月17日
独走の予感が漂う。(朝刊18面)
「独走の予感がする」「独走の気配が漂う」あたりがふつうだろうか。修正するのは簡単だが、「予感が漂う」がなぜおかしいかを説明するのはちょっとむずかしい。ポイントは「どこに」漂うのかってことだろう。「漂う」場所は周囲だから、「雰囲気」「気配」あたりもアリ。一方、「予感」が存在する場所は書き手の内部。「芽生える」「生まれる」あたりもアリ。
先月メモしたのは「雰囲気が流れる」だったが、同じパンフレットに、先方から微妙な修正が入った。
美食を味わえる。
「を」は正確には「が」だろう、なんてことはおいておく。最低限の修正は、1字だけかえる「美味を味わえる」だろう。「美食」は「美味を食すること」だから、「美食を味わえる」はヘン。これが「美食を楽しめる」だとさらに微妙になるが、「美味を楽しめる」と比べるとやはりヘン。
04-1-4
1月29日
テレビ欄(朝刊36面)の番組紹介で「女性7人の痛快活躍劇」というタイトルが目に止まる。「劇」という単語は造語能力が高い。よく目にするのは「愛憎劇」「復讐劇」あたりで、ほかにもいろいろな言葉と結びつきそう。ただし、この場合は異和感が強い。「活躍する劇」だから「活躍劇」でもいい気はする。問題は、「活劇」って言葉(死語かな)があり、意味的にも大きくはかわらないこと。やっぱりヘンだよな。
04-1-5
1月31日
産婦人科医の謝国権氏の訃報(朝刊35面)が出ていた。「性生活の知恵」の著者らしい。同書は60年に刊行されて200万部を超えるベストセラーになり、アメリカ、ヨーロッパ、中国などでも出版されたとのこと。この書名ぐらいは記憶にあったけど、驚いたことがいくつか。
・版元が池田書店
驚くようなことじゃないんだろうが、意外だった。同書店のドル箱だったんだろうな。
・著者が存命だった
単なるイメージだけど、とっくに亡くなられたもんだと思っていた。享年78だから、60年には著作時は35歳ぐらいか。そう不自然ではないが、もっと高齢のかただとばかり思っていた。
04-2-1
【2月】
2月8日
投書欄(朝刊14面)を読んでいて思わず笑ってしまった。母が用意してくれた合格弁当を持って受験に臨んだ人の話。合格弁当の中身は、ごまめ、ウナギ、かまぼこ、クリと白ご飯。「頭文字」(日本語の場合もこの言い方でいいのかね)を並べると「ごうかく」になる。事情を知らない当人は、持参したふりかけをかけてしまい、「ふごうかく」弁当にしてしまう。これじゃネタです。
04-2-2
2月26日
バイエルンに押され気味だったレアルは粗い守備の弱点を突かれ、足元をすくわれるところだった。(朝刊19面)
また出てしまった「足元をすくわれる」。
【3月】
04-3-1
3月25日「勉強への価値観薄らぐ」という見出しが目につく。(夕刊18面)
これは某誌で乱発されている「存在価値」の意味に見える。「勉強の価値観薄らぐ」なら完全に「存在価値」の意味だけど、「へ」が入っているからよく判らなくなる。
本文では少しニュアンスが違う。
「勉強をきちんとしなければいけないという価値観が急速に薄らいでいる」と研究所は見る。
微妙。こちらだと正用の「価値基準」の意味にもとれる。どうにもスッキリしないのは、そもそもの使い方がヘンだからでは。「価値観」は濃くなったり薄らいだりするものではない。変化はする(ただ、「消える」ことはあるような気もする)。価値観が変わった結果、「勉強をきちんとしなければいけない」という意識が「薄らいでいる」ってことだろう。
04-3-2
3月26日
「(荒川の首位に)すごくうれしかったです。しーちゃんが好きです」(朝刊17面)。
世界フィギュアの女子予選で2位になった安藤美姫選手のコメント。「~しいです」「~しかったです」の表現を新聞で見たのは初めて。通常はこのテの表現は避けている。たとえば、高校野球の試合後のインタビューをテレビで見る。選手の第一声で多いのは、勝ちチームだと「うれしいです」、負けチームだと「悔しいです」。それがいちばん素直だもんな。ところが、これがこのまま紙面に載ったのを見たことがない。このテの「~しいです」は通常のデアル体の「~しい」になる。文字数を節約するためか、コメント全体がデアル体になっていることもある。そんな言葉づかいをする高校生がどこにいる。
安藤選手のコメントがそのまま文字になった理由はいくつか考えられる。
1)「~しいです」に比べると、「~しかったです」のほうがまだマシな印象がある
2)16歳の女性のコメントなので、デアル体にはしにくかった(それって性差別?)
3)短いコメントなので、工夫するのがメンドーだった
4)記者が日本語を知らなかった
まあどんな事情があるにしても、4)の点は否定できない。
04-3-3
3月31日
大阪市港区の鳴門部屋宿舎で記者会見した萩原は「とてもうれしいです」と喜びを表した。(夕刊17面)
17歳9カ月で十両に昇進した萩原の記事。昭和以降では17歳2カ月の貴花田に次ぐ2番目の記録らしい。フーム、もはや「~しいです」もアリってことね。
【4月】
04-4-1
4月5日
岡田監督には、すっかり巨人打線はくみしやすしの印象を与えてしまった。(朝刊20面)
この「くみしやすし」って、どういう意味なんでしょ。原型の「くみする」は漢字で書くと「与する」。意味は「仲間になる」「賛成する」。「戦う」なんて意味はない。しかし、手元の辞書などで見ると、例えば「広辞林」だと「与し易い」は「相手として恐れるに足りない」の意味で、「与し易い相手」って用例が出ている。古い記憶をたどると、これは誤用だったはず。この誤用が生まれる背景は、たやすく予想できる。「組みやすい」からの連想。そこから「くみしやすし」=「組みやすし」と誤解された。実際、某ゴング誌では「組みしやすい」って用例をよく見る。たまに「汲みしやすい」なんて例も見る(それはどういう意味だ)。百歩譲って「くみしやすし」は認めたとする。文語調の特殊用例と考える(どういう用例だ)。しかし、「くみしやすい」はナシでしょ。
04-4-2
4月17日(土)
「朝日新聞」の夕刊15面の記事を見て、なんかイヤーな気持ちになる。
イラクで人質になっていた3人組が国外に出た。この人質事件にはいろいろな要素が絡み合っているので、軽々しくコメントはできない。
イヤーな気持ちになったのは、まったく別な次元。人質のひとりだった高遠菜穂子さんの著作が異例の増刷になったらしい。
=================================
イラクで解放された高遠菜穂子さん(34)の著作「愛してるって、どう言うの?」の注文が出版元の文芸社(東京都)に殺到し、「持ち込み原稿の出版」としては異例の3万部の増刷が決まった。
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この人が波瀾万丈の半生を送っていたらしいことは噂になっていた。注目度は高いわな。以前に「文芸社刊」の著作があることを知ったときからこんな事態は予想できた。なんでも、02年7月に初版1000部を刊行後、これまで3刷総計2000部を出していたそうな。単純に予想すると、500部ずつの増刷ってことか。ずいぶん細かく刻むもんや。
12、13両日はファックスだけで計約1万部の注文があり、持ち込み原稿の「協力出版」中心の同社としては「短期間で経験のない量」(経営企画室)の注文が殺到しているという。
週刊誌によると、「便乗商法ではないか」という非難もあるとか。バカ言ってんじゃないよ。こういうケースで増刷を見合わせるようなら、商売人として失格。事件後に手記を緊急出版するなら便乗商法だけど、話が逆。「手記の緊急出版」も十分ありえるよな。それ以前に、週刊誌あたりが「独占手記」を公開する可能性のほうが高い。そのほうがよほど便乗商法だ。
イヤーな気持ちになったのは、これと同じようなドタバタ劇を考えたことがあるから。凶悪犯の手記なんてのはそこそこ話題になる。そこで、売れない作家が凶悪犯罪に走るって可能性がある気がした。その場合、すでに著作があることが前提になるが、自費出版がこれだけ盛んになると、ハードルはずっと低くなっている。
危険思想の啓蒙書みたいなものを出版後、その主張を全面に出して立て籠もりなんてことになったら、間違いなく売れるだろうな。
【5月】
04-5-1
5月6日
6試合負けなしだった市原を突き放す、決勝点となった。(朝刊17面)
なんという微妙な読点だ。本多読本的には「あってはならぬテン」。しかし、ほかに打つところがない。読点なしにするのもなんかヘン。仮に打つとしたら、「市原」の直前で、これもやはり「あってはならぬテン」。
6試合負けなしだった、市原を突き放す決勝点となった。
これもヘン。「を」の直後も無理なら、残るのは次の読点しかない。
6試合負けなしだった市原を突き放す決勝点、となった。
やはりこれもヘン。つまり、どこにも読点が打ちにくいということになる。おもしろいから、もっと引き伸ばしてみようか。
6試合負けなしの快進撃を続けていた市原を突き放す近来まれに見る劇的な決勝点となった。
ここまで長くしても、読点は打ちにくい。待てよ。こうなると、「放す」の直後に〈長い修飾語〉の読点として打っていいのかな。この形だと、「6試合負けなしの快進撃を続けていた市原を突き放す」と「近来まれに見る劇的な」とがともに「決勝点」かかることになる。後ろの修飾句を長くすると、読点を打つスキができるってことか。
6試合負けなしの快進撃を続けていた市原を突き放す決勝点となった。
この形が、読点を阻む人工的な形の最終形なのかね。
04-5-2
5月20日
中畑コーチら首脳陣は、各ポジションごとの選手配置を協議した。(夕刊17面)
アララ。こんなに典型的な重言を新聞で目にするとは思わなかった。
04-5-3
5月26日
1安打に終わった小久保は「いつものように制球がアバウトじゃなかった」と舌を巻いた。(朝刊17面)
こちらは「ように+否定形」の典型。この場合、書き手が意図しているのは、「いつもと違って制球がアバウトじゃなかった」。
04-5-4
5月31日
主役はこの日も、常時先発出場できない、いら立ちを、ファンへのメッセージに込めた。(朝刊12面)
ジャイアンツの清原のことを書いた記述。2つ目の読点は、本多読本的には「あってはならぬテン」。なんでもいいけど、この記事は全文を引用したいほど。クサい文章のお手本にしたくなる。
【6月】
04-6-1
6月25日
読書欄の「ベストセラー快読」(朝刊13面)。『愛してるって、どう言うの?』(高遠菜穂子)を取り上げている。まあ、内容に関してはどうでもいい。書き手の岡崎武志氏は、適当にオチョクりながら一応評価している。なんでこういう本を紹介するんでしょ。
記憶が正しければ、初版1000部で、人質事件が起きた段階では、3刷2000部だった。そのあと、急遽3万部の増刷をかけ、少し前に「増刷出来」の広告を見た。記事末の記載を見ると、「5刷・3万2千部」とのこと。5刷目の部数は未発表なんだろうか。まあどうでもいいや。
04-6-2
6月9日
囲碁の観戦記(朝刊24面)から2点。
5勝1敗でトップを走る張栩への追跡者決定戦である。
トップを追いかけるのは「追跡」じゃないだろう。フツーに考えるなら「追走」かな。
ありきたりの書き方をすれば、どちらも負けられないのである。
これはウマく逃げている気がする。「どちらも負けられない」はよく目にする。野球中継あたりだと、とにかく頻繁に耳にする。「どちらも」を「ともに」にしている例も多い。もっと強くなると、「どちらも絶対に負けられない」になる。じゃあ引き分けるしかないか。しかし、「どちらも負けたくない」だと、意味的には正しくてもマが抜ける。
ただし、本当に重大な勝負には使わない気がする。負けたら終わりのトーナメント戦で使ったらホントにオバカだが、記憶にない。
そんなこんなで、「どちらも負けられない」って表現は使いにくい。「ありきたりの書き方をすれば」をつけることで、かなり緩和している。
6月16日
04-6-3
夕刊12面から。
マンガ家の二ノ宮知子のインタビュー記事が出ている。ピアノ科の音大生「のだめ」こと野田恵が主人公の『のだめカンタービレ』が、第28回講談社漫画賞を受賞したとか。『GREEN~農家のヨメになりたい』はNHKでドラマ化されたとか。記事中にもある『平成よっぱらい研究所』のウワサはずいぶん前に聞いた。
6月30日
04-6-4
当時の松坂は中村やロッテ・黒木らとしのぎ合っていた。(朝刊15面)
こうして「凌ぎ合う」も正用になっていくのね。書き手は稲崎航一記者。前に見たのは元柔道世界王者が書いた記事だったが、この人はフツーの記者だろうな。
【続きは】
●朝日新聞から(2004年7~12月)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=982843795&owner_id=5019671
【12月】
03-12-1
12月7日
とはいえ、日本には比較的くみしやすい顔合わせになった。(朝刊21面)
「くみしやすい」の使い方が判らない。手元の「広辞林」から索く。
漢字で書くと「与し易い」で、意味は「相手として恐れるに足りない」。用例として「与し易い相手」が出ている。この記述のとおりなら、前述の使い方はドンピシャになる。ただ、「与する」の本来の意味を考えると、納得できないところがある。
「与する」は「仲間になる、共同して行なう」などの意味であり、「相手をする、戦う」なんて意味はない。こう考えると、「くみしやすい」を「組みし易い」と考えた誤用が一般化して許容されたと考えるべきだろう。
03-12-2
12月8日
朝刊10面から。
紀文食品が調べた「好きな鍋料理」のランキング。
1)おでん/2)すき焼き/3)寄せ鍋/4)しゃぶしゃぶ/5)キムチ鍋
湯豆腐や水炊きはその下らしい。
ランキングついでに、最近テレビで見た池袋の人気ラーメン店ランキング。
1)光麺/2)無敵家/3)屯ちん/4)二天/5)ばんから
もうひとつ、ずいぶん前にテレビのランキング番組で目にして印象に残り、メモしておいたもの。「女子高生の好きな寿司ネタ」。
1)トロ/2)イクラ/3)ウニ/4)アナゴ/5)甘エビ
6)蒸しエビ/7)玉子/8)イカ/9)ネギトロ10)タコ
03-12-3
12月26日
鉄道が並行して走っている時に経営者が第一に考えるのが、お客を取られないようにすることではないだろうか。(朝刊12面)
投書欄の一文が目についてしまった。これには深い(?)訳がある。このところ家人の手伝いでオペレーターとして参加しているパンフレットのネームがすさまじい。長年担当しているコピーライター(らしい)の日本語のすごさを噂に聞いてはいたが、斜め読みするだけで頭痛がしてくる。
前にも映画館が「集った」ことがあるらしいが、今回もショッピングセンターが「集って」いた。こういう明らかな誤用はご愛嬌だが(そのまま製品になるんだから笑ってはいられないが)、微妙な表現もいろいろ登場する。そのなかのひとつが「河と平行して走る〇〇通り」。個人的な語感では、「走る」のは電車や車。線路や道路は「のびる」。「平行する」もアリだろう。さらに問題になるのは「並行」か「平行」かという点。「ヘイコウする」はやはり「並行する」だろう。「ヘイコウしてのびる」も「並行」。ただ、「ヘイコウにのびる」は「平行」の気がする。
ついでだから、印象的だった表現をメモしておく。
・星空の輝く下
「輝く星の下」や「星空の下」なら異和感はない。おそらく、輝くのは「星」であって「空」ではないから。これが「輝く星空の下」なら異和感は薄れる(自分ではたぶん使わない)。「星空が輝く」より、「輝く星の空」のニュアンスになるからだろうか。最大の問題はそういうことではない。旅行パンフレットの場合、天候に左右されるような事柄はできるだけ避けるのが大原則。必要もないのに雨天の場合を考慮しない表現を不用意の使うのは単なるバカ。長年やっていても、バカはバカってこと。
・雰囲気が流れる
これもけっこう微妙。「雰囲気」につく動詞は、まず浮かぶのが「雰囲気が漂う」。「雰囲気を醸す」「雰囲気を醸し出す」「雰囲気に包まれる」なんてのもある。一方「流れる」がつくのは、「空気」とか「時間」とか。まあ、だからと言って「雰囲気が流れる」が絶対ダメとは言い切れないけれど。
・しつらえ
この書き方をするライターは、前にも見たことがある。これはたいていの人が間違うのでは。似たような言葉を探すと、「拵える」の名詞形は「拵え」(「下拵え」など)、「誂える」の名詞形は「誂え」(「お誂え」など)。ところが「設える」の名詞形は「設え」ではなく、「設い」。原因はよく判らないので以下は推測。「設える」の文語形は「設う」。これを名詞形にするとおそらく「設い」になる。この形が残ってしまったのではないか。どっちにしても語感が古語の部類なので、個人的には使わない。「造り」とか「レイアウト」といった表現で逃げると思う。
●2004年
04-1-1
【1月】
1月9日
テレビ欄(朝刊40面)の番組紹介で「恋の至極は忍ぶ恋」というタイトルが目に止まる。紹介記事は、次のように結んでいる。
=================================
こんな言葉が紹介される。「恋の至極は、忍ぶ恋と見立て候」。まさに、しかり。
=================================
出典は不明。やっぱ『葉隠』なんかね(2003年7月の日記参照)と思いながらネットで検索してみると、そのとおりらしい。引用文なんだからインネンつけてもしょうがない(正確には「しようがない」なのかな。個人的にはやはり「しょうがない」のほうが自然に感じられる)が、ヘンなものはヘン。百歩譲って、当時はこういう用法があったかもしれないと考えてもいい。現代語ではないって点は譲りたくない。
04-1-2
1月15日
朝刊11面から。
ADSLの利用件数が1000万件を超えたそうな。商用化が始まってわずか3年でのできごととのこと。この場合の1件は何を指すのか、という疑問が湧く。ふつうに考えれば契約件数とほぼ同義だろう。ADSLが12月末で1027万。ほかの方式は11月末のデータで光ファイバーが81万、ケーブルテレビが242万。単純に合算すると1350万件になる。
複数の方式に契約した場合や会社単位の契約の集計のしかたがよく判らないが、とにかくとんでもない数。みなさん何をそんなに頑張ってるんでしょ。
04-1-3
1月17日
独走の予感が漂う。(朝刊18面)
「独走の予感がする」「独走の気配が漂う」あたりがふつうだろうか。修正するのは簡単だが、「予感が漂う」がなぜおかしいかを説明するのはちょっとむずかしい。ポイントは「どこに」漂うのかってことだろう。「漂う」場所は周囲だから、「雰囲気」「気配」あたりもアリ。一方、「予感」が存在する場所は書き手の内部。「芽生える」「生まれる」あたりもアリ。
先月メモしたのは「雰囲気が流れる」だったが、同じパンフレットに、先方から微妙な修正が入った。
美食を味わえる。
「を」は正確には「が」だろう、なんてことはおいておく。最低限の修正は、1字だけかえる「美味を味わえる」だろう。「美食」は「美味を食すること」だから、「美食を味わえる」はヘン。これが「美食を楽しめる」だとさらに微妙になるが、「美味を楽しめる」と比べるとやはりヘン。
04-1-4
1月29日
テレビ欄(朝刊36面)の番組紹介で「女性7人の痛快活躍劇」というタイトルが目に止まる。「劇」という単語は造語能力が高い。よく目にするのは「愛憎劇」「復讐劇」あたりで、ほかにもいろいろな言葉と結びつきそう。ただし、この場合は異和感が強い。「活躍する劇」だから「活躍劇」でもいい気はする。問題は、「活劇」って言葉(死語かな)があり、意味的にも大きくはかわらないこと。やっぱりヘンだよな。
04-1-5
1月31日
産婦人科医の謝国権氏の訃報(朝刊35面)が出ていた。「性生活の知恵」の著者らしい。同書は60年に刊行されて200万部を超えるベストセラーになり、アメリカ、ヨーロッパ、中国などでも出版されたとのこと。この書名ぐらいは記憶にあったけど、驚いたことがいくつか。
・版元が池田書店
驚くようなことじゃないんだろうが、意外だった。同書店のドル箱だったんだろうな。
・著者が存命だった
単なるイメージだけど、とっくに亡くなられたもんだと思っていた。享年78だから、60年には著作時は35歳ぐらいか。そう不自然ではないが、もっと高齢のかただとばかり思っていた。
04-2-1
【2月】
2月8日
投書欄(朝刊14面)を読んでいて思わず笑ってしまった。母が用意してくれた合格弁当を持って受験に臨んだ人の話。合格弁当の中身は、ごまめ、ウナギ、かまぼこ、クリと白ご飯。「頭文字」(日本語の場合もこの言い方でいいのかね)を並べると「ごうかく」になる。事情を知らない当人は、持参したふりかけをかけてしまい、「ふごうかく」弁当にしてしまう。これじゃネタです。
04-2-2
2月26日
バイエルンに押され気味だったレアルは粗い守備の弱点を突かれ、足元をすくわれるところだった。(朝刊19面)
また出てしまった「足元をすくわれる」。
【3月】
04-3-1
3月25日「勉強への価値観薄らぐ」という見出しが目につく。(夕刊18面)
これは某誌で乱発されている「存在価値」の意味に見える。「勉強の価値観薄らぐ」なら完全に「存在価値」の意味だけど、「へ」が入っているからよく判らなくなる。
本文では少しニュアンスが違う。
「勉強をきちんとしなければいけないという価値観が急速に薄らいでいる」と研究所は見る。
微妙。こちらだと正用の「価値基準」の意味にもとれる。どうにもスッキリしないのは、そもそもの使い方がヘンだからでは。「価値観」は濃くなったり薄らいだりするものではない。変化はする(ただ、「消える」ことはあるような気もする)。価値観が変わった結果、「勉強をきちんとしなければいけない」という意識が「薄らいでいる」ってことだろう。
04-3-2
3月26日
「(荒川の首位に)すごくうれしかったです。しーちゃんが好きです」(朝刊17面)。
世界フィギュアの女子予選で2位になった安藤美姫選手のコメント。「~しいです」「~しかったです」の表現を新聞で見たのは初めて。通常はこのテの表現は避けている。たとえば、高校野球の試合後のインタビューをテレビで見る。選手の第一声で多いのは、勝ちチームだと「うれしいです」、負けチームだと「悔しいです」。それがいちばん素直だもんな。ところが、これがこのまま紙面に載ったのを見たことがない。このテの「~しいです」は通常のデアル体の「~しい」になる。文字数を節約するためか、コメント全体がデアル体になっていることもある。そんな言葉づかいをする高校生がどこにいる。
安藤選手のコメントがそのまま文字になった理由はいくつか考えられる。
1)「~しいです」に比べると、「~しかったです」のほうがまだマシな印象がある
2)16歳の女性のコメントなので、デアル体にはしにくかった(それって性差別?)
3)短いコメントなので、工夫するのがメンドーだった
4)記者が日本語を知らなかった
まあどんな事情があるにしても、4)の点は否定できない。
04-3-3
3月31日
大阪市港区の鳴門部屋宿舎で記者会見した萩原は「とてもうれしいです」と喜びを表した。(夕刊17面)
17歳9カ月で十両に昇進した萩原の記事。昭和以降では17歳2カ月の貴花田に次ぐ2番目の記録らしい。フーム、もはや「~しいです」もアリってことね。
【4月】
04-4-1
4月5日
岡田監督には、すっかり巨人打線はくみしやすしの印象を与えてしまった。(朝刊20面)
この「くみしやすし」って、どういう意味なんでしょ。原型の「くみする」は漢字で書くと「与する」。意味は「仲間になる」「賛成する」。「戦う」なんて意味はない。しかし、手元の辞書などで見ると、例えば「広辞林」だと「与し易い」は「相手として恐れるに足りない」の意味で、「与し易い相手」って用例が出ている。古い記憶をたどると、これは誤用だったはず。この誤用が生まれる背景は、たやすく予想できる。「組みやすい」からの連想。そこから「くみしやすし」=「組みやすし」と誤解された。実際、某ゴング誌では「組みしやすい」って用例をよく見る。たまに「汲みしやすい」なんて例も見る(それはどういう意味だ)。百歩譲って「くみしやすし」は認めたとする。文語調の特殊用例と考える(どういう用例だ)。しかし、「くみしやすい」はナシでしょ。
04-4-2
4月17日(土)
「朝日新聞」の夕刊15面の記事を見て、なんかイヤーな気持ちになる。
イラクで人質になっていた3人組が国外に出た。この人質事件にはいろいろな要素が絡み合っているので、軽々しくコメントはできない。
イヤーな気持ちになったのは、まったく別な次元。人質のひとりだった高遠菜穂子さんの著作が異例の増刷になったらしい。
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イラクで解放された高遠菜穂子さん(34)の著作「愛してるって、どう言うの?」の注文が出版元の文芸社(東京都)に殺到し、「持ち込み原稿の出版」としては異例の3万部の増刷が決まった。
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この人が波瀾万丈の半生を送っていたらしいことは噂になっていた。注目度は高いわな。以前に「文芸社刊」の著作があることを知ったときからこんな事態は予想できた。なんでも、02年7月に初版1000部を刊行後、これまで3刷総計2000部を出していたそうな。単純に予想すると、500部ずつの増刷ってことか。ずいぶん細かく刻むもんや。
12、13両日はファックスだけで計約1万部の注文があり、持ち込み原稿の「協力出版」中心の同社としては「短期間で経験のない量」(経営企画室)の注文が殺到しているという。
週刊誌によると、「便乗商法ではないか」という非難もあるとか。バカ言ってんじゃないよ。こういうケースで増刷を見合わせるようなら、商売人として失格。事件後に手記を緊急出版するなら便乗商法だけど、話が逆。「手記の緊急出版」も十分ありえるよな。それ以前に、週刊誌あたりが「独占手記」を公開する可能性のほうが高い。そのほうがよほど便乗商法だ。
イヤーな気持ちになったのは、これと同じようなドタバタ劇を考えたことがあるから。凶悪犯の手記なんてのはそこそこ話題になる。そこで、売れない作家が凶悪犯罪に走るって可能性がある気がした。その場合、すでに著作があることが前提になるが、自費出版がこれだけ盛んになると、ハードルはずっと低くなっている。
危険思想の啓蒙書みたいなものを出版後、その主張を全面に出して立て籠もりなんてことになったら、間違いなく売れるだろうな。
【5月】
04-5-1
5月6日
6試合負けなしだった市原を突き放す、決勝点となった。(朝刊17面)
なんという微妙な読点だ。本多読本的には「あってはならぬテン」。しかし、ほかに打つところがない。読点なしにするのもなんかヘン。仮に打つとしたら、「市原」の直前で、これもやはり「あってはならぬテン」。
6試合負けなしだった、市原を突き放す決勝点となった。
これもヘン。「を」の直後も無理なら、残るのは次の読点しかない。
6試合負けなしだった市原を突き放す決勝点、となった。
やはりこれもヘン。つまり、どこにも読点が打ちにくいということになる。おもしろいから、もっと引き伸ばしてみようか。
6試合負けなしの快進撃を続けていた市原を突き放す近来まれに見る劇的な決勝点となった。
ここまで長くしても、読点は打ちにくい。待てよ。こうなると、「放す」の直後に〈長い修飾語〉の読点として打っていいのかな。この形だと、「6試合負けなしの快進撃を続けていた市原を突き放す」と「近来まれに見る劇的な」とがともに「決勝点」かかることになる。後ろの修飾句を長くすると、読点を打つスキができるってことか。
6試合負けなしの快進撃を続けていた市原を突き放す決勝点となった。
この形が、読点を阻む人工的な形の最終形なのかね。
04-5-2
5月20日
中畑コーチら首脳陣は、各ポジションごとの選手配置を協議した。(夕刊17面)
アララ。こんなに典型的な重言を新聞で目にするとは思わなかった。
04-5-3
5月26日
1安打に終わった小久保は「いつものように制球がアバウトじゃなかった」と舌を巻いた。(朝刊17面)
こちらは「ように+否定形」の典型。この場合、書き手が意図しているのは、「いつもと違って制球がアバウトじゃなかった」。
04-5-4
5月31日
主役はこの日も、常時先発出場できない、いら立ちを、ファンへのメッセージに込めた。(朝刊12面)
ジャイアンツの清原のことを書いた記述。2つ目の読点は、本多読本的には「あってはならぬテン」。なんでもいいけど、この記事は全文を引用したいほど。クサい文章のお手本にしたくなる。
【6月】
04-6-1
6月25日
読書欄の「ベストセラー快読」(朝刊13面)。『愛してるって、どう言うの?』(高遠菜穂子)を取り上げている。まあ、内容に関してはどうでもいい。書き手の岡崎武志氏は、適当にオチョクりながら一応評価している。なんでこういう本を紹介するんでしょ。
記憶が正しければ、初版1000部で、人質事件が起きた段階では、3刷2000部だった。そのあと、急遽3万部の増刷をかけ、少し前に「増刷出来」の広告を見た。記事末の記載を見ると、「5刷・3万2千部」とのこと。5刷目の部数は未発表なんだろうか。まあどうでもいいや。
04-6-2
6月9日
囲碁の観戦記(朝刊24面)から2点。
5勝1敗でトップを走る張栩への追跡者決定戦である。
トップを追いかけるのは「追跡」じゃないだろう。フツーに考えるなら「追走」かな。
ありきたりの書き方をすれば、どちらも負けられないのである。
これはウマく逃げている気がする。「どちらも負けられない」はよく目にする。野球中継あたりだと、とにかく頻繁に耳にする。「どちらも」を「ともに」にしている例も多い。もっと強くなると、「どちらも絶対に負けられない」になる。じゃあ引き分けるしかないか。しかし、「どちらも負けたくない」だと、意味的には正しくてもマが抜ける。
ただし、本当に重大な勝負には使わない気がする。負けたら終わりのトーナメント戦で使ったらホントにオバカだが、記憶にない。
そんなこんなで、「どちらも負けられない」って表現は使いにくい。「ありきたりの書き方をすれば」をつけることで、かなり緩和している。
6月16日
04-6-3
夕刊12面から。
マンガ家の二ノ宮知子のインタビュー記事が出ている。ピアノ科の音大生「のだめ」こと野田恵が主人公の『のだめカンタービレ』が、第28回講談社漫画賞を受賞したとか。『GREEN~農家のヨメになりたい』はNHKでドラマ化されたとか。記事中にもある『平成よっぱらい研究所』のウワサはずいぶん前に聞いた。
6月30日
04-6-4
当時の松坂は中村やロッテ・黒木らとしのぎ合っていた。(朝刊15面)
こうして「凌ぎ合う」も正用になっていくのね。書き手は稲崎航一記者。前に見たのは元柔道世界王者が書いた記事だったが、この人はフツーの記者だろうな。
【続きは】
●朝日新聞から(2004年7~12月)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=982843795&owner_id=5019671
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