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突然ですが問題です【日本語編1】Yahoo!知恵袋ver. 人間/人生到る所青山あり 人間/人生万事塞翁が馬

【問題】

【問1】
下記1)3)の「人間」にルビをふりなさい。

【問2】
下記の1)~4)のうち誤用はどれでしょう。

1)人間到る所青山あり
2)人生到る所青山あり
3)人間万事塞翁が馬
4)人生万事塞翁が馬





【解答?例】
【問1】
にんげん
「じんかん」も間違いではないが、「にんげん」のほうが意味が広い。辞書類も「にんげん」を本線にしているものが多い。
【問2】
考え方しだい。
辞書を見る限り、どれも「誤用」とは言い切れない。

【よくわからない解説】

まず【問1】。当方は長年、こういう場合の「人間」は「じんかん」と読むと思い込んでいた。いつの間にか世間の常識はかわったらしい。このことにはしばらく前に気づいた。
再確認のために辞書をいくつかひいて、当方はトンデモナイ泥沼に足を踏み入れたような気がしてきた(泣)。


ネット辞書(『大辞泉』)をひく。辞書のリンクがあまりにうるさいので、末尾にまとめる。
================================
人間(にんげん)到(いた)る所青山(せいざん)あり
《幕末の僧、月性(げっしょう)の「清狂遺稿」から》故郷ばかりが骨を埋めるべき土地ではない。大志を抱いて、郷里を出て大いに活動すべきである。→青山(せいざん)
================================
人間(じんかん)到(いた)る所青山(せいざん)あり
⇒人間(にんげん)到(いた)る所青山(せいざん)あり
================================
人間(にんげん)万事塞翁(さいおう)が馬
⇒塞翁(さいおう)が馬
================================

『大辞泉』を見る限り、
1)は「にんげん」(「じんかん」も許容)
3)は「にんげん」
そもそも「にんげん」と「じんかん」はどう違うか。
================================
にん‐げん【人間】
1 ひと。人類。「―の歴史」
2 人柄。また、人格。人物。「―がいい」「―ができている」
3 人の住む世界。人間界。世の中。じんかん。
・「―五十年下天のうちをくらぶれば」〈幸若・敦盛〉
================================
じん‐かん【人間】
人の住んでいる世界。世間。にんげん。
・「老人に身をやつしまして暫く―に住んでおりました」〈中勘助・鳥の物語〉
================================
要は「にんげん」のほうが意味が広い。「にんげん」の「3」の意味が「じんかん」をカバーしている。


納得がいかないので今度はネット辞書の『大辞林』もひいてみる。
================================
人間(にんげん)到(いた)る処(ところ)青山(せいざん)あり
→人間(じんかん)到る処(ところ)青山あり
================================
人間(じんかん)到る処(ところ)青山(せいざん)あり
〔補説〕 幕末の僧、月性(げつしよう)の「清狂遺稿」による
人はどこで死んでも青山(=墳墓の地)とする所はある。故郷を出て大いに活躍すべきである、との意。
〔補説〕 「人間」は「にんげん」とも読む
================================
人間(にんげん)万事(ばんじ)塞翁(さいおう)が馬
→塞翁(さいおう)が馬(うま)
================================

『大辞林』を見る限り、
1)は「じんかん」(「にんげん」も許容)。『大辞泉』とは逆になっている。
3)は「にんげん」
「にんげん」と「じんかん」に関しては、『大辞泉』とほぼ同様。
手元の『広辞林』をひく。事情はさらに悪くなる。
『広辞林』には「人間(じんかん)」って項目がない。当然「青山」も「塞翁」も「人間(にんげん)~」になっている(乱暴な略し方に、憤りが表われている)。


今度は『成語林』をひく。
人間(にんげん)到る処青山あり(「所」ではなく「処」)
※説明中に〈「じんかん」とも読む〉とある。
人間(にんげん)万事塞翁が馬→塞翁が馬
こうして並べると、「にんげん」のほうが圧倒的に優勢。
「塞翁」のほうは全部が「にんげん」。
「青山」のほうは、『大辞林』だけが「じんかん」を本線にしている。『大辞泉』と『成語林』は「じんかん」を許容扱い。
とくに納得できないのは『成語林』の態度。出典の『淮南子』人間訓に「えなんじ」「じんかんくん」とルビをつけている。でも言葉のほうの読みは「にんげん」ですかい。

ちょっと事情があって3)4)の話を先に書く。
3)人間万事塞翁が馬
4)人生万事塞翁が馬
これは一応3)が正解。ネット辞書は『大辞林』『大辞泉』とも「塞翁が馬」を見なさいとしている。

まず『大辞泉』。
================引用開始
塞翁(さいおう)が馬
《「淮南子(えなんじ)」人間訓から》人生の禍福は転々として予測できないことのたとえ。「人間万事―」
◆昔、中国の北辺の塞(とりで)のそばに住んでいた老人の馬が胡(こ)の地に逃げたが、数か月後、胡の駿馬(しゅんめ)を連れて帰ってきた。その老人の子がその馬に乗り落馬して足を折ったが、おかげで兵役を免れて命が助かったという故事から。
================引用終了

次は『大辞林』。
================引用開始
塞翁(さいおう)が馬
人間の禍福は変転し定まりないものだというたとえ。人間万事塞翁が馬。
〔補説〕 「淮南子(人間訓)」から。昔、塞翁の馬が隣国に逃げてしまったが、名馬を連れて帰ってきた。老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ったが、おかげで隣国との戦乱の際にも兵役をまぬがれて無事であったという話から
================引用終了

まあ、似たようなもんだ。では4)は誤用かと言うと、そうは言い切れない。
両方の辞書とも非常に重要なことを書き落としている。

【語源由来辞典】
※あんまり余計なことは書きたくないが、最低でもこれくらいの解説は欲しいよな。辞書の記述だと何がなんだかわからない。
http://gogen-allguide.com/sa/saiougauma.html
↑にあるように、元々の言葉は「塞翁が馬」。これにあとから「人間万事」が追加されている。誰が追加したかわからないんだから、「人生万事」が誤用と決めつけるなんてナンセンス、って考え方もできる。
そう考えると、4)が誤用と断言する自信はない。あとから「人間万事」をくっつけた3)が正用と断言するする自信もない。

で、この「塞翁が馬」って言葉はどういう場面で使うか。
意味が近いことわざは「禍福は糾える縄の如し」だろう。これは使う場面は……ねえよ。
基本的に結果論でしか使えない言葉だと思う。現在進行形の事柄に使うと相当おかしい。
善いことがあった人に、「好事魔多し」みたいな意味で使ったら性格がtobiすぎる。「縁起でもない」って殴られるよ。かと言って自分のことで「いいことばかり続かないから」とか戒めるのも相当ヘン。
悪いことがあった人を慰める意味で使っても的外れだし、ヘタすりゃ通じないと思う。「悪いことばかりじゃないから」とかくらいならまだアリだろうか。
結局、波瀾万丈の人生に関して結果論として「〈塞翁が馬〉などと申しますが……」と語るしかない。そんな言葉が使えるのは、落語か講談だよ。


残っているのは下記の2つ。
1)人間到る所青山あり
2)人生到る所青山あり
これは常識的には1)が正解。ネット辞書の『大辞林』を再掲する。
================引用開始
人間(じんかん)到る処(ところ)青山(せいざん)あり
〔補説〕 幕末の僧、月性(げつしよう)の「清狂遺稿」による
人はどこで死んでも青山(=墳墓の地)とする所はある。故郷を出て大いに活躍すべきである、との意。
〔補説〕 「人間」は「にんげん」とも読む
================引用終了

このテの話は漢籍によるものが多いが、これは日本人の言葉が原典。
問題がいくつかある。まず「処」か「所」か。
今回ひいた4冊の辞書のうち、『大辞泉』と『広辞林』が「所」、『大辞林』と『成語林』が「処」。どっちでもいいってこと?
『成語林』には原典が明記されている。
人間到処在青山
こりゃ明らかです。本来は「処」。じゃあ「所」は誤用と断じていいのか。だとしたら、「在り」にすべきだろうって話も出てくる。
これはね。漢字の神様と「所」の密約があったらしい。「一所懸命」より「一生懸命」が一般的になったことの悲哀を「所」が切々と訴えた。あんまりしつこいので神様が根負けし、「青山」のほうは「所」でもいいよヨシヨシ、ってことで手を打った。
だってそうとでも考えなけりゃ、説明できないよ。「処」だって常用漢字なんだから、代用漢字にする理由はない。「お休み処」とか「甘味処」とか、「ところ」と読む例だってよく目にする。
ついでに書くと、「到る所」を「至る所」にするのはよくない。ちょっと意味がかわる「至る所」だと「どこにでも」のニュアンスが強い。「到る所」だと「たどり着いた場所」のニュアンス。
o( ̄ー ̄;)ゞううむ
結果的には同じような意味になってる?
さらについでに「青山」は元々は文字どおり「青々とした山」。これがなんで「墳墓の地」の意味になったのかは知らない。この言葉にちなみ、「青山」を関した「墓地」「墓所」が全国各地にある。東京・港区にも有名なのがある。

……と書いて話を終える予定だった。
ところが、『広辞林』でイヤな記述を見つけてしまった。
ほかと同じような説明の最後に。「人生到る所青山あり。」とある。これって素直に考えると、「~とも言う」ってことだよな。
ということは、こっちも「人生」でもOKってことなのだろうか。可能性は否定できない(泣)。
ということで最終的な解答です。1)~4)とも誤用とも言えるし、すべて許容とも言える。ヒデエ問題だなorz。
まあ、自分でこんな言葉を使うことはないだろうからどうでもいいや。(←オイ!)
蛇足ながら、〈この言葉にちなみ、「青山」を関した「墓地」「墓所」が全国各地にある。東京・港区にも有名なのがある。〉はまったくのデマです。港区の青山は人名からついたものらしい。


詳しくは下記をご参照ください。
【突然ですが問題です【日本語編1】──解答?編】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1298.html
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