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おる おられる おられた おられます〈3〉

 下記の続き。
【おる おられる おられた おられます〈1〉】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2793.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1904748638&owner_id=5019671
【おる おられる おられた おられます〈2〉】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2791.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906069022&owner_id=5019671

 敬語の問題は、菊地本に従うのがイチバンと考えているが、困ったことにこの「鬼っ子」に関しては、『敬語再入門』の記述も煮え切らない。P.158~159に〈「おられる」──適否の断じにくい敬語②〉という項目がある。下記のような文章で始まる。
================引用開始
「申される」とはまた違った意味で、正誤の断じにくい敬語です。
 これも規範的には、「おる」は謙譲語IIなので、それに尊敬語「れる」を付けた「おられる」は誤り、ということになるはずです。しかも歴史的にも(前項の「申される」の場合と違って)、「おられる」を擁護する余地はありません。
================引用終了

 このあと、「おられる」が使われる理由がいろいろ書かれている。詳しいことは原本を読んでほしい。正確には全文を引用するしかないのだが、要点だけを箇条書きにする。
・地域差/個人差がある
「おる」が謙譲語だと思わない人は、尊敬語として「おられる」を使うことに抵抗がない。
・「おられる」全体でひとつの尊敬語と考える人もいる
 背景には「いる」をレル敬語の「いられる」にしにくいことがある。
・使う人が多くなれば、「本来」がどうであっても新しい言い方になる
 そうなりきらないのは、抵抗を感じる人も多いため。
 いろいろ書いて、結びは下記のとおり。
================引用開始
 以上のように「おられる」はすでに誤りともいえないほどではありますが、本来は誤りなのだとか、使わない人は使わないのだということも、知っておいてよいでしょう。
================引用終了

 『敬語再入門』の巻末には「敬語ミニ辞典」がついている。ここでは、「おる・……ておる」は「いる」・「……ている」の謙譲語II、としている。最後に「個人差・方言差」があるとはしているが。
「敬語ミニ辞典」の「おられる」の記述を引用する。
================引用開始
おられる・……ておられる 「いる」・「……ている」意の尊敬語として使うことがあるが、「おる」は本来謙譲語なので、規範的には問題がある。「いらっしゃる・おいでになる」を使えば問題ない。ただし、場面・文体によっては「いらっしゃる」はなじまない場合があり、「おられる」はそのかわりに使われる面もあるようである。
================引用終了

 やはり煮え切らない観がある。明言はしていないが、著者自身は使わないだろうな。
 当方も、自分では使わない。使う理由がないから。「おる」が謙譲語なんだから、「おられる」には強い異和感がある。辞書があれほどはっきりと認めている以上、「誤用」などと言う気はないが。


 下記を見ると、文化庁編集の『言葉に関する問答集 総集編』という書籍にも詳しい解説があるらしい。ただ、いままでに何度か紹介したように、引用者の書き方にはいろいろ問題があるのでウノミにはできない。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1495064119
================引用開始
結論を先に言えば、「書いておられる」と「書いていらっしゃる」との間には、敬意の差はほとんどないと考えられます。ただ、「おられる」の方がやや文章語的で改まった言い方であるのに対し、「いらっしゃる」は、口語的で日常的な言い方ということができましょう。
************************************
...動詞の下に付いて、その動作・作用・状態が継続中であることを表す「…(て)いる」という表現を尊敬語の言い方にする場合には、次のような言い回しが可能です。
★(A)先生は手紙を書いて“おられる”。
...(B)先生は手紙を書いて“いられる”。
★(C)先生は手紙を書いて“いらっしゃる”。
...(D)先生は手紙を書いて“おいでになる”。

★(A)の「おられる」は、動詞「おる」に尊敬を表す助動詞「れる」が付いたものです。元来「おる」という動詞は、謙譲語として用いられましたが、後に丁寧語に転じたものと考えられます。<謙譲語に尊敬の「れる」を付けるのは理論上おかしいことになるが、「おる」を丁寧語と考えれば、尊敬表現として無理はなくなります。>
(B)の「いられる」は、動詞「いる(居)」に尊敬の助動詞「れる」のついたものです。「いられる」と「おられる」とでは、待遇上の差はほとんどないと思われますが、実際の文章の中では、「おられる」の方が尊敬表現としてより多く用いられています。こらは、「いられる」が
・妻に先立たれると、一日も生きては“いられない”だろう。
のように、可能表現に多く使われるようになったことと無関係ではないと思われます。
★(C)の「いらっしゃる」は、東京語の話し言葉としては、「おられる」「いられる」よりも多く用いられます。「おられる」「いられる」は、単に「いる」の尊敬表現ですが、「いらっしゃる」は、「いる」のほかに「行く」「来る」の尊敬表現としても広く使われています。
(D)の「おいでになる」は、今日ではやや古風な言い方とされますが、それだけに(A)(B)(C)よりも敬意が高いように思われます。《以下、略》
【参考文献】文化庁編集『言葉に関する問答集 総集編』より
************************************
================引用終了

 注意深く読むとわかるが、『言葉に関する問答集 総集編』(以下「原本」と書く)の記述と、引用者が書いている「結論」は微妙に違う。
 引用者のあげている結論は下記の2点だろう。
1)「書いておられる」と「書いていらっしゃる」との間には、敬意の差はほとんどない
2)「おられる」の方がやや文章語的で改まった言い方であるのに対し、「いらっしゃる」は、口語的で日常的な言い方
 1)に関する原本の記述は見当たらない。〈「いられる」と「おられる」とでは、待遇上の差はほとんどない〉が近いかもしれない。
 2)に関する原本の記述も見当たらない。〈「いらっしゃる」は、東京語の話し言葉としては、「おられる」「いられる」よりも多く用いられます〉が近いかもしれない。
 では原本の結論は何か。当方はコメントを控えます。記述に不備を感じるが、原本の責任か引用者の責任か、この書き方ではまったくわからないから。
 たとえば〈元来「おる」という動詞は、謙譲語として用いられましたが、後に丁寧語に転じたもの〉という書き方がおかしいことにはすでにふれた。「おる」は丁寧語なんだろか。そのあとの〈「おる」を丁寧語と考えれば〉という記述もある。やはり「おる」は丁寧語なのだろうか。
 ところで、引用者は〈 〉をどういう意味で使っているのだろう。
 そもそも、これが「引用」なのか、「要約」なのか、原本を「参考文献」にした自説なのか、ホニャララなのかさっぱりわからない。いつものことだけど。
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