おる おられる おられた おられます【まとめ】総集編

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2020.html
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【10】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1880457960&owner_id=5019671

 下記のまとめ。
【おる おられる おられた おられます〈1〉】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1904748638&owner_id=5019671
【おる おられる おられた おられます〈2〉】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906069022&owner_id=5019671
【おる おられる おられた おられます〈3〉】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906116280&owner_id=5019671


おる おられる おられた おられます〈1〉



「申される」と並んで敬語界の鬼っ子とも言える「おられる」について考えてみたい。
 非常に厄介な話なんで、まず先日紹介してもらったサイトの記述から〝何様モード〟で見てみたい。書き手の誤解に関しても詳しく見ていく。
 下記のコメント[26][30]参照。番号は当方がつけた。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=1109728&comment_count=32&comm_id=90576
================引用開始
否定派
1)http://home.alc.co.jp/db/owa/jpn_npa?sn=175
2)http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/keig/b01.html
3)http://news.mynavi.jp/r_career/level1/yoko/2011/10/post_1260.html
4)http://www.hitachi-solutions.co.jp/column/tashinami/keigo2/(第5位)


肯定派:
5)http://blog.livedoor.jp/s_izuha/archives/6565041.html
6)http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410312494

(否定派のURLの方を多く示したのは特に意味はなく、そちらの意見が多数であることを意味しません。検索結果として表示された記事の中で、信頼性に乏しいと思われるものはいずれの意見からも外したつもりです。 )
================引用終了

 単なる個人のブログよりは信憑性が高いように見えるけど、さてどうなんでしょう。
 順番に見ていく。


1)「~さんは、おられますか?」という敬語は正しい?
 これ信用できるのだろうか。「丁寧語」の意味を理解していない気がする。「おります」は丁寧語か否か。「おります」は「おる」の丁寧語だろう。問題にすべきは「おる」が謙譲語か否かじゃないかな。
================引用開始
「~さんは、おられますか?」という敬語は正しい?

 まず、「おられます」から尊敬の助動詞「れる」をとった形「おります」について考えてみましょう。

 「おります」は「いる」+丁寧の助動詞「ます」の「いる」が「おる」になったものです。では、「おります」はどのような場面で用いられるのでしょう。「おります」が用いられる典型的な場面は、次の例のように敬意をはらうべき相手に対して、自分の存在を知らせる場合でしょう。

 「鈴木さんはいらっしゃいますか?」「ここにおります」

 ところで、ここで問題となるのは、この場合の「おります」が丁寧語であるか、謙譲語であるかということです。「おります」が丁寧語であれば、「安田さんはいますか?」と言う場面で、同じように「安田さんはおりますか?」と言えるはずですが、これは許容できないように思われます。したがって、「おります」は謙譲語であるとの判断が妥当でしょう。

 このように考えますと、「おられますか」という表現は、謙譲語である「おります」に尊敬の助動詞「れる」をつけた形式であり、矛盾をはらむおかしな言い方であると言えましょう。

 ただし、この問題には方言差も関与しているように思われます。実際私の方言では「いる」の代わりに常に「おる」が用いられるため、「おられます」は尊敬語としてなんら矛盾のない自然な表現として用いられています。
================引用終了

 結論は最後の2段落なのだろうが、論旨不明。「矛盾をはらむおかしな言い方」で終わっているなら「否定派」。
 だがその直後に、〈私の方言では「いる」の代わりに常に「おる」が用いられる〉と書いている。なら「おられる」も問題がないってこと? 「私の方言」って何? おそらく書き手の生地か現在地で使われる方言、ってことなのだろう。
 それがどこなのか書かなきゃ意味がないし、検証のしようもない。
 アルクってもう少しマシな会社だと思っていたんだけど……


2)西川さんはおられますか?
 個人ブログだけど、信用できそうなのでOKにしておく。(←オイオイ)
 小見出しがそのまま結論。「慣用として認めてよい表現だと思います」。これをどんな歪んだ先入観で読んだら「否定派」にできるのか教えてほしい。
 ただ、全面肯定でもない。
================引用開始
  1.「おる」の部分が謙譲語なので相手の動作に使えない
  2.「おら・れる」は、謙譲語と尊敬語を重ねて使っている

という2点で誤用だとする専門書が多く存在しています。ところが、関西地方では昔から「西川さんがいる」を「西川さんがおる」と丁寧な表現として使っているので、目上の人に「おられる」という表現を使っても違和感がなく、公的に使える尊敬表現として広く使われてきました。謙譲語ではない「おる」に「られる」という尊敬語をつけると考えるのならば、文法上の問題はなくなります。
================引用終了
「関西地方では昔から」使われてきたからOKなの? そういうのは一般には「方言」って言うんじゃないかな。


3)■謙譲語の誤用
================引用開始
「社長は事務所におられますか?」、「何時にまいられますか?」

「謙譲語とは自分の動作をへりくだるときに使う言葉です。『おる』は『居る』の謙譲語、『まいる』は『行く』の謙譲語ですから、相手の動作に対して使うのは間違いです。

『おられる』というのは、謙譲語に敬語表現の「れる」がついているので、敬語のような印象があり、最近はかなり普及している表現です。正しいと思って使っている人が多いようですが、自分から進んで使わないように心がけたい言葉ですね」(大嶋さん)

どちらも正しくは、「いらっしゃいますか?」です。
================引用終了

 明確に否定している。コメントをしているのは、ビジネスコミュニケーション講師の大嶋利佳氏。
 偏見を承知で書くと、こういうデザインのネット記事はいい加減なものが多いので鵜呑みにするのは危険だと思う。最近ウサンクササが感じ取れるようになってきた。コメントした人の責任とも言い切れなくて、こういう微妙な問題を簡潔に片づけると不十分な説明になりがち。
 この場合も、相当あやしい。「おる」と「参る」を同列に扱うのもどうかと思う。


4)今さら聞けない敬語のマナー
 3)と同様。この書き方では不十分。しかもこれは3)と同じ人の主張なので2説にはできない。

 ということは、1)~4)は否定派2、肯定派1になる。
 次は肯定派。


5)「おられる」は尊敬語か-2
 この個人ブログはどこまで信用できるのだろう。この体裁と文体を見ただけで×にしたい。
 頑張って読んでみた。
================引用開始
「おる」 の尊敬語が 「おられる」 というのは間違っておりません。
 ただ 「おる/をり」 は「いる/あり/ゐる」 の謙譲語、または、卑語であることも確かです。
================引用終了

 消極的な肯定派ってことだろうか。ただなぁ。もう少しちゃんと書いてくれないかなぁ。
 文中の大江健三郎の話は必要なの?


6)~しておられる」という言い方は正しいのでしょうか?
 Yahoo!知恵袋はさぁー、と思ったがベストアンサーはきわめてまとも。
 回答者の名前に記憶がないけど、このかたは信用できそう。 
 何よりちゃんと辞書をひいている。↑のリンク先では辞書の記述はお目にかからなかった(笑)。辞書をひけば一目瞭然なのに。
 おそらく、1)~6)のなかで一番信用できるのはこれだろうな。
================引用開始
正しいですよ。
まず、大辞林を引用しておきます。

お・る ヲル【居る】[1](動ラ五[四])
[一]人・動物が存在する。そこにある。また、そこにとどまっている。
(ア)自分の動作を卑下したり他人の言動をさげすんだりする気持ちの含まれることが多い。時には尊大な物言いに用いられることもある。
(イ)「おります」で丁寧な言い方、「おられる(おられます)」で尊敬の言い方として用いられる。「きょうは一日じゅう家に―・ります」「先生は昔、仙台に―・られたことがある」

つまり、「おる」単独は謙譲語としての意味合いを持ち、「おります」の形では謙譲の意味のない丁寧体であり、「おられます」の形では尊敬語になるのです。
これが標準語で、広く用いられている形です(だから辞書にも載っている)。

ただし、西日本諸方言(関西、中国、九州、四国)では、「おる」単独に謙譲の意味合いはなくなっていて東日本諸方言の「いる」と同じレベルで用います。また、関東諸方言では、「おります」「おられます」にも謙譲語の意味合いが残存しています。
最近「おられます」は謙譲+尊敬だから正しくないという人や、「おる」はもともと謙譲語ではないという人がいますが、それはそれぞれ関東方言、西日本方言の感覚で判断されているからです。

標準語では、引用した大辞林の説明のように、「おります」「おられます」はそれぞれ丁寧語、尊敬語としての意味合いをもち、謙譲語ではないので、「~しておられる」はもちろん正しい形です。

動詞「おる」の敬語レベルがこのように用法によって異なる例は、ほかにも、例えば、

連用形で文を中止するとき、「~し、」はいえますが、「~をしてい、」はわかりにくいので、代わりに「~しており、」ということが多いです。この「しており」にも謙譲の意味はありません。

「もってられる」は「もってる」の尊敬語形です。「もってる」は「もっている」の「い」を省略した「イ抜き言葉」です。だから、「もっている」の規則的な尊敬語形は「もっていられる」となるはずですが、これだと可能形の意味になるので、区別するために「もっておられる」を用いるのです。このときの「おられる」は上述のとおり、尊敬語として正しい形です。

回答日時:2006/12/22 13:39:18 編集日時:2006/12/22 13:41:31
================引用終了




おる おられる おられた おられます〈2〉


 下記が少~しだけ参考になるかも。
639)突然ですが問題です【日本語編82】──おられる【解答?編】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1801597937&owner_id=5019671
================================

 ↑の639)の辞書のひき方がちょっとピント外れな気がしないでもないので、再度ひき直す。
 本動詞の「おる/おられる」のほかに補助動詞の「~ておる/~ておられる」もあるがほぼ同じだろう。
 辞書の引用は末尾に。
『大辞泉』と『大辞林』の記述はほぼ同じだが、どちらの記述にも不満が残る。
『大辞林』には〈(イ)「おります」で丁寧な言い方、「おられる(おられます)」で尊敬の言い方として用いられる。〉と明記されている。この点に関しては『大辞泉』も同様。これに従えば、「そういうかたもおられます」「……という先生がおられます」などの表現は「間違い」ではない。ただし、この書き方では「尊敬の言い方」と「尊敬語」がどう違うのかは不明。
 これが一応の結論。

 以降はマニアックな部類に入る話。
 辞書に逆らうのは気が進まないが、気になることが3点ある。かなりメンドーな話なので、例によってクドい書き方をする。


【1】「おる」はそもそも謙譲語ではないのか? 
 この点について『大辞林』には下記のようにある。
================引用開始
自分の動作を卑下したり他人の言動をさげすんだりする気持ちの含まれることが多い。時には尊大な物言いに用いられることもある。
================引用終了
〈自分の動作を卑下したり〉は謙譲語のニュアンスが強いと思うが、謙譲語とは明記していない。『大辞泉』にいたっては、そのテの記述がいっさいない。
 もしかすると、辞書は「(~して)おる」に対して相当神経質になっているのでは。そりゃ、「(~して)おる」を謙譲語としたら、「(~して)おられる」は謙譲語+尊敬語で意味合いは尊敬語という訳のわからんことになるからね(詳細は後述)。
 最初この辞書の記述を見たとき、最近この形にしたのでは……と思った。一般には、「(~して)おる」は「(~して)いる」の謙譲語なんだから。
 ところが、〈1〉で見た6)によると、2006年12月には、ほぼ現状の記述になっている。問題の根が深いorz。


【2】「おります」で丁寧な言い方?
『大辞林』の書き方は〈「おります」で丁寧な言い方〉。
『大辞泉』の書き方は〈(「おります」の形で、自分や自分の側の者についていう)「いる」の丁寧な言い方〉。
 この2つの書き方の微妙な違いが理解できるだろうか。
〈1〉の1)で見た〈ここで問題となるのは、この場合の「おります」が丁寧語であるか、謙譲語であるかということです〉のような誤解と関係あるのかないのか。
 まず、「丁寧語」と「丁寧な言い方」はちと違う。「丁寧語」はだいたい「丁寧な言い方」だけどね。
 たとえば、「よろしくお願い申し上げたい」は「丁寧な言い方」で謙譲語ではあるけど、丁寧語ではない(はず)。
「遠いところをわざわざどうもありがとう」は「丁寧な言い方」だけど、丁寧語ではない(はず)。
「確認願います」は「丁寧語」ではあるけれど、あまり「丁寧な言い方」とは言えない。「ご確認(のほど)お願いいたします」なら「丁寧語」で「謙譲語」(I&II)で、「丁寧な言い方」。
 ちなみに、丁寧語は、「5分類」法だと「丁寧語」と「美化語」に分かれる。ここでは「美化語」のことは除外し、「5分類」法の「丁寧語」のことを書いている。
 乱暴な書き方をすると、「丁寧語」か否かはデス・マス体か否かとほぼ同義。
 極端なことを書くと「そんなことを抜かしているとぶっ殺しますよ」も「丁寧語」と言えなくはない(さすがに無理?)。
 敬語の「5分類」法と「3分類」法の話を始めると長くなるので、下記の「日本語における敬語表現」の表を見てほしい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%AC%E8%AA%9E

 ちなみに、Wikipediaの後半の「不規則動詞一覧」に「丁寧語」の項目があるが、無視したほうがいい。↑の「5分類」法と併せてウノミにすると相当混乱する。

 で、辞書の記述に戻る。それぞれの辞書の記述に細かいインネンをつける。
■〈「おります」で丁寧な言い方〉(『大辞林』)。
 はっきり書こう。これ記述は無意味。「おります」は「おる」を丁寧語の形にしたもの。「丁寧な言い方」に決まってる。たとえば、「書く」の説明で「書きます」で丁寧な言い方とか書いてあったらバカでしょ。後半の〈「おられる(おられます)」で尊敬の言い方〉を書くついでに、つい余計なことを書いたとしか思えない。

■〈(「おります」の形で、自分や自分の側の者についていう)「いる」の丁寧な言い方〉(『大辞泉』)。
「おります」と「いる」を並べている段階で疑問が湧く。一般には「いる」の丁寧な言い方は、丁寧語の形にした「います」。
 好意的に考えても、この記述は2通りの解釈ができる。
1)「おります」は「います」の丁寧な言い方
 微妙。一般には「おる」は「いる」の謙譲語なんで、「おる」のほうが丁寧な言い方だろう。 ただ、『大辞泉』は「おる」を謙譲語にしていないから、この解釈は苦しいかも。
2)「おる」はニュートラルな言葉だけど、「おります」だと「謙譲語」のニュアンスになる
 そんな超法規的なことがあるうるのか当方には不明。


【3】「おる」はそもそも方言由来ではないのか? 
 いままでにもちょこちょこ出てきているが、「おる」は元々(主として関西方面の)方言だったのでは……という説がある。辞書ではそのことにほとんど触れていないのはなぜなんだろう。
『大辞泉』に〈「いる」に比べて方言的な響きを帯びる〉とあるだけ。これはずいぶん持って回った言い方をしている気がする。


■Web辞書『大辞泉』から
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%8A%E3%82%8B&dtype=0&dname=0na&stype=0&index=02640800&pagenum=1
 ↓
http://kotobank.jp/word/%E5%B1%85%E3%82%8B?dic=daijisen&oid=02640800
================引用開始
お・る〔をる〕【▽居る】
[動ラ五][文]を・り[ラ変]


ア人が存在する。そこにいる。「海外に何年―・られましたか」
イ「いる」の古風な、または尊大な言い方。また、「いる」に比べて方言的な響きを帯びる。「君はそこに―・ったのか」「都会にはセミも―・らんようになった」

2 (「おります」の形で、自分や自分の側の者についていう)「いる」の丁寧な言い方。「五時までは会社に―・ります」

5 (補助動詞)動詞の連用形に接続助詞「て」を添えた形に付いて用いる。
「…ている」の古風な、または尊大な言い方。「そこに控えて―・れ」
(「…ております」の形で)「…ている」の丁寧な言い方。「ただ今、外出して―・ります」

◆(1) 助動詞「れる」の付いた「おられる」「…ておられる」の形で尊敬表現に用いられる。(2) もとはラ変活用。室町時代以後、四段活用に変化。
================引用終了


■Web辞書『大辞林』から
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%8A%E3%82%8B&dtype=0&dname=0ss&stype=0&pagenum=1&index=102829400000
 ↓
http://kotobank.jp/word/%E5%B1%85%E3%82%8B?dic=daijisen&oid=02640800
================引用開始
お・る[をる] 1 【▽居る】
(動ラ五)
[文]ラ変 を・り
〔1〕
[1] 人・動物が存在する。そこにある。また、そこにとどまっている。
(ア)自分の動作を卑下したり他人の言動をさげすんだりする気持ちの含まれることが多い。時には尊大な物言いに用いられることもある。
  明日はまだ東京に―・る
  いろいろ文句を言う者が―・るので困る
  屋根の上に猫が―・る
  昔はこの辺にも狸(たぬき)が―・ったもんだ
(イ)「おります」で丁寧な言い方、「おられる(おられます)」で尊敬の言い方として用いられる。
  きょうは一日じゅう家に―・ります
  先生は昔、仙台に―・られたことがある

〔2〕 (補助動詞)
[1] 動詞の連用形、またそれに助詞「て(で)」の付いたものに付いて、動作・状態が続いていることを表す。やや尊大な言い方として用いられることがあり、また、「ております」「おられる」の形で丁寧な言い方や尊敬の言い方としても用いられる。
  テレビは今ではたいていの家で持って―・ります
  ここ数年だれも住んで―・らず、荒れ放題に荒れている
  私はここで待って―・ります
  地下は駐車場になって―・ります
  先生はすでに知って―・られるようだ
  そんなことは聞かなくともわかって―・る
================引用終了


おる おられる おられた おられます〈3〉

 敬語の問題は、菊地本に従うのがイチバンと考えているが、困ったことにこの「鬼っ子」に関しては、『敬語再入門』の記述も煮え切らない。P.158~159に〈「おられる」──適否の断じにくい敬語②〉という項目がある。下記のような文章で始まる。
================引用開始
「申される」とはまた違った意味で、正誤の断じにくい敬語です。
 これも規範的には、「おる」は謙譲語IIなので、それに尊敬語「れる」を付けた「おられる」は誤り、ということになるはずです。しかも歴史的にも(前項の「申される」の場合と違って)、「おられる」を擁護する余地はありません。
================引用終了

 このあと、「おられる」が使われる理由がいろいろ書かれている。詳しいことは原本を読んでほしい。正確には全文を引用するしかないのだが、要点だけを箇条書きにする。
・地域差/個人差がある
「おる」が謙譲語だと思わない人は、尊敬語として「おられる」を使うことに抵抗がない。
・「おられる」全体でひとつの尊敬語と考える人もいる
 背景には「いる」をレル敬語の「いられる」にしにくいことがある。
・使う人が多くなれば、「本来」がどうであっても新しい言い方になる
 そうなりきらないのは、抵抗を感じる人も多いため。
 いろいろ書いて、結びは下記のとおり。
================引用開始
 以上のように「おられる」はすでに誤りともいえないほどではありますが、本来は誤りなのだとか、使わない人は使わないのだということも、知っておいてよいでしょう。
================引用終了

 『敬語再入門』の巻末には「敬語ミニ辞典」がついている。ここでは、「おる・……ておる」は「いる」・「……ている」の謙譲語II、としている。最後に「個人差・方言差」があるとはしているが。
「敬語ミニ辞典」の「おられる」の記述を引用する。
================引用開始
おられる・……ておられる 「いる」・「……ている」意の尊敬語として使うことがあるが、「おる」は本来謙譲語なので、規範的には問題がある。「いらっしゃる・おいでになる」を使えば問題ない。ただし、場面・文体によっては「いらっしゃる」はなじまない場合があり、「おられる」はそのかわりに使われる面もあるようである。
================引用終了

 やはり煮え切らない観がある。明言はしていないが、著者自身は使わないだろうな。
 当方も、自分では使わない。使う理由がないから。「おる」が謙譲語なんだから、「おられる」には強い異和感がある。辞書があれほどはっきりと認めている以上、「誤用」などと言う気はないが。


 下記を見ると、文化庁編集の『言葉に関する問答集 総集編』という書籍にも詳しい解説があるらしい。ただ、いままでに何度か紹介したように、引用者の書き方にはいろいろ問題があるのでウノミにはできない。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1495064119
================引用開始
結論を先に言えば、「書いておられる」と「書いていらっしゃる」との間には、敬意の差はほとんどないと考えられます。ただ、「おられる」の方がやや文章語的で改まった言い方であるのに対し、「いらっしゃる」は、口語的で日常的な言い方ということができましょう。
************************************
...動詞の下に付いて、その動作・作用・状態が継続中であることを表す「…(て)いる」という表現を尊敬語の言い方にする場合には、次のような言い回しが可能です。
★(A)先生は手紙を書いて“おられる”。
...(B)先生は手紙を書いて“いられる”。
★(C)先生は手紙を書いて“いらっしゃる”。
...(D)先生は手紙を書いて“おいでになる”。

★(A)の「おられる」は、動詞「おる」に尊敬を表す助動詞「れる」が付いたものです。元来「おる」という動詞は、謙譲語として用いられましたが、後に丁寧語に転じたものと考えられます。<謙譲語に尊敬の「れる」を付けるのは理論上おかしいことになるが、「おる」を丁寧語と考えれば、尊敬表現として無理はなくなります。>
(B)の「いられる」は、動詞「いる(居)」に尊敬の助動詞「れる」のついたものです。「いられる」と「おられる」とでは、待遇上の差はほとんどないと思われますが、実際の文章の中では、「おられる」の方が尊敬表現としてより多く用いられています。こらは、「いられる」が
・妻に先立たれると、一日も生きては“いられない”だろう。
のように、可能表現に多く使われるようになったことと無関係ではないと思われます。
★(C)の「いらっしゃる」は、東京語の話し言葉としては、「おられる」「いられる」よりも多く用いられます。「おられる」「いられる」は、単に「いる」の尊敬表現ですが、「いらっしゃる」は、「いる」のほかに「行く」「来る」の尊敬表現としても広く使われています。
(D)の「おいでになる」は、今日ではやや古風な言い方とされますが、それだけに(A)(B)(C)よりも敬意が高いように思われます。《以下、略》
【参考文献】文化庁編集『言葉に関する問答集 総集編』より
************************************
================引用終了

 注意深く読むとわかるが、『言葉に関する問答集 総集編』(以下「原本」と書く)の記述と、引用者が書いている「結論」は微妙に違う。
 引用者のあげている結論は下記の2点だろう。
1)「書いておられる」と「書いていらっしゃる」との間には、敬意の差はほとんどない
2)「おられる」の方がやや文章語的で改まった言い方であるのに対し、「いらっしゃる」は、口語的で日常的な言い方
 1)に関する原本の記述は見当たらない。〈「いられる」と「おられる」とでは、待遇上の差はほとんどない〉が近いかもしれない。
 2)に関する原本の記述も見当たらない。〈「いらっしゃる」は、東京語の話し言葉としては、「おられる」「いられる」よりも多く用いられます〉が近いかもしれない。
 では原本の結論は何か。当方はコメントを控えます。記述に不備を感じるが、原本の責任か引用者の責任か、この書き方ではまったくわからないから。
 たとえば〈元来「おる」という動詞は、謙譲語として用いられましたが、後に丁寧語に転じたもの〉という書き方がおかしいことにはすでにふれた。「おる」は丁寧語なんだろか。そのあとの〈「おる」を丁寧語と考えれば〉という記述もある。やはり「おる」は丁寧語なのだろうか。
 ところで、引用者は〈 〉をどういう意味で使っているのだろう。
 そもそも、これが「引用」なのか、「要約」なのか、原本を「参考文献」にした自説なのか、ホニャララなのかさっぱりわからない。いつものことだけど。


おる おられる おられた おられます〈4〉

mixi日記2014年06月28日から

 NHKの見解。
【「おられます」】
http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/012.html
================引用開始
Q 「おられます」という言い方は間違った敬語ですか。

A 「○○さん、おられますか」という言い方をよく耳にしますが、これは、「おる」に敬語の「れる」が付いたもので、現在では必ずしも不適切ではない、と言われています。
【解説】
 というのは、本来謙譲語であった「おる」の用法が現在では変化して、単にことばづかいを改まったものにすることばとして使われるようになったからです。ちなみに、「おられる」は「いる」の荘重な言い方、という注釈を付けている国語辞書もあります。戦後の大きな敬語変化の一つは、従来の謙譲語が変化し、それらがていねい語化しつつあることですが、「おられる」はその代表例です。もちろん、尊敬語を付けない「○○さん、おりますか」は現在でも失礼な言い方です。
================引用終了

 下記の質問板のやり取りで教えてもらった。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8625598.html
〈「おられる」については、やや堅苦しいものの、最上級の尊敬語としてNHKでも認定されています〉と書いてあったので、オイオイと思いながらリンク先を見た。
 どこに〈やや堅苦しいものの、最上級の尊敬語〉と書いてあるのかわからない。
 確認すると〈やや堅苦しい〉は引用者の私的な見解らしい。それを〈認定〉と言われても……。
〈相手の行為を【荘重】に表現するというのは、最上級の尊敬語と言ってよいのではないか、と考えた〉のか。しかも、原文は〈という注釈を付けている国語辞書もあります〉ですよね。それを〈認定〉と言われても……。
 (略)

〈やや堅苦しい〉は同感。だから老人語とか言う人がいるのだろう。
〈現在では必ずしも不適切ではない、と言われています〉は、かなり消極的な許容だろう。個人的にはそのとおりだと思う。これを積極的な肯定と読まれると……。


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1老婆の珍?解釈

本件、私も最近、気になっていて、東京生まれ東京育ちの70余歳の母に聞いてみました。すると、例えば、「先生」の家に、外から来た客が、その先生がいるかどうかを問うのは「いらっしゃいますか?」が普通で「おられますか?」ということはない(なかった)はずだが、それに対する答えとして、例えば書生とかお手伝いさんとかのように、外から見れば身内だが「先生」から見れば目下に当たるような立場の人が「おられます/おられません」と答えることはあったのではないか、という答えが返ってきました。この説明にある状況であれば、謙譲語「おる」+尊敬の「れる」の組み合わせとしても誤用ということにはならないな、また、そういう状況が減ってきている今、的確に使えない人が増えるのも仕方がないな、と妙に納得してしまいました(因みに、この説明ですと、蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』37-38頁で、「なぎこ先生」が「日本人の職員さん」の用例を使いながら、文法的に間違い、としているのは、逆に間違っていることにもなるように思います)。

もとより、n=1のデータでは、標準語としてはもちろん東京方言としてすら十分な説得力はなく単なる感想程度でしょう。ただ、上記も含め簡単に検索しただけではこうした解釈は出てこなかったので、あるいはご参考になることがありましたらと記す次第です。もし、上記のざっと読みで読み落としだとか、上記をおまとめになる際に信頼性の低さで割愛されたけれどもどこかには同様の解釈が書かれているとかいうことがありましたら、ご指摘ないしご教示をお願いできますと幸甚です。

東京者さん  Re: 1老婆の珍?解釈

 はじめまして。
 コメントありがとうございます。

>そういう状況が減ってきている今、的確に使えない人が増えるのも仕方がない

 以下、東京の人の話なので「おります」は謙譲語と考えます。
 おそらく、「二方面敬語」の話に近いと思います。
 現代だと、「重役」「部長」「平社員」などの例があげられます。
 たとえば……。

 部署の入り口あたりで、重役が平社員に声をかけます。
「部長はいるかね」
 このとき平社員がなんとこたえるか。
 外部からの電話に対してなら、「おります」でしょう。部長は「身内」ですから謙譲語を使うのが正解です。
 ところが、相手が重役だと、相手も「身内」と言えば「身内」です。謙譲語を使う理由はあるのかないのか。一方、部署内の長であっても「いらっしゃいます」はヘンだが、「おります」とは言いにくい……。
 おそらく「います」と言うのが一番無難です。
 丁寧語(「います」)以外の敬語を使おうとすると……。

 重役への敬意を表わす謙譲語が「おります」。
 部長への敬意を表わす尊敬語が「レル」。
 ということで、両者に敬意を示す「おられる」が正解……という説を読んだことがあります。検索しましたが見つかりません(泣)。

 個人的には、「おられる」は「二方面敬語」とは少し違うと考えています。
 ただ、いかんせんこの「二方面敬語」は難物中の難物です。
 バイブルにしている『敬語再入門』を見ると、
〈47 聞手を低めてよい場合/二方面敬語〉(P.96〜)
〈68 どちらに立って、どちらを立てるか〉(P.140〜)
 など複数の関連項目がありますが……。当方の手には負えない印象です。
 そのため、いっさいふれていません。キッパリ<( ̄- ̄)>

Re^2: 1老婆の珍?解釈

早速にご回答ありがとうございました。また、前回は挨拶抜きで本題に入ってしまい失礼いたしました。

「二方面敬語」についてのご教示ありがとうございました。「少し違う」とのお考えの根拠も気になるところながら、難物中の難物とのことですので、さきに勉強の時間をいただいてから、改めてお伺いできましたらと存じます。

Re: 東京者さん 2

>「少し違う」とのお考えの根拠

「根拠」というほどのものはありませんが……。下記あたりを考えると、そんな気がします。

1)『敬語再入門』によると、「二方面敬語」はそういうものではないこと
2)『敬語再入門』の「おられる」に関する記述に「二方面敬語」という言葉はいっさい出てこないこと
3)「申される」も一般には×であること
突然ですが問題です【日本語編156】──敬語の難問3 申される 申された
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2750.html
4)「参られる」も一般には×であること
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