電脳の譜 1

【1】20XX年 第26期棋神戦本戦トーナメント開幕前夜


トーナメント表

 第26期棋神戦の本戦(挑戦者決定戦)トーナメントは、将棋界はもちろん、一般のマスコミからも大きな注目を浴びていた。本戦トーナメント開幕直前に、史上最強将棋ソフトの呼び声高いサークラの緊急参戦が決まったからだ。
 事の起こりは、春先に開催された第2回電王戦で、プロ棋士が将棋ソフト軍団に惨敗を喫したことだった。なかでも、最終戦でサークラが現役A級棋士の武浦弘之八段を破ったことで将棋界に衝撃が走った。
 前年の第1回電王戦は一発勝負で、当時の日本将棋連盟会長の米中永世棋聖がコンピューターと戦った。現役を退いて10年近くになる永世棋聖の棋力は全盛期にはほど遠く、一敗地にまみれる。団体戦形式で行なわれた第2回電王戦は、昨年末に急逝した米中永世棋聖の弔い合戦という意味合いもあった。対戦したのは、コンピューター将棋大会のベスト5のソフトと5人の現役棋士だった。
 先鋒戦は、若手の矢部光一四段が快勝した。
 次鋒戦は将棋ソフトが押し切った。「現役のプロ棋士が初めてコンピューターに敗れる」というニュースは社会的に話題になり、号外を出した新聞もあったほどだった。近年の将棋ソフトの優秀さを知っている人たちは、半ば当然のことと冷静に受け止めた。
 中堅戦は壮絶なねじり合いになった。形勢が二転三転する混戦の末、通常の指し手の倍近い184手に及ぶ長期戦で、若手の有望株の船井竜平五段が惜敗した。コンピューター相手の秒読み将棋に疲労困憊した様子で、敗戦後のインタビューを受ける船井五段の姿は痛々しかった。
 副将戦に登場したのはタイトル経験もある元A級棋士だった。棋士としての全盛期は過ぎたとされる九段は、将棋ソフトが苦手な入玉将棋を目指した。一時は敗勢とされたまったく勝ち目のない将棋を粘りに粘り、かろうじて引き分け(持将棋)に持ち込んだ。ベテランの起用を疑問視する声もあったなか、人間くささを存分に発揮した執念は、ある種の感動を呼んだ。
 将棋ソフトの2勝1敗1分けで迎えた最終局の組み合わせは、最強の将棋ソフト対現役A級棋士で、大将戦と呼ぶにふさわしかった。武浦八段の先手で始まった一戦は相矢倉の戦いになり、サークラが熱戦を制した。名人に次ぐクラスとされるA級棋士が負けることはない、と信じていた将棋関係者の希望は無惨に打ち砕かれた。
 すべての対局が終わってみると、プロ棋士側の力負けの印象が強かった。プロ棋士の1勝は将棋ソフトのバグに近いミスを衝いたもので、開発者は「修正するのはそうむずかしくない」と語った。負けた3局はプロ棋士側に決定的な落手があったわけではなく、定跡を巧みに外され、読み負けの末、実力で押し切られた観があった。
──人間とコンピューターのどちらが強いのか。
 ボードゲームの世界では、長年のテーマだった。選択肢が限られる連珠やオセロは、早い時期にコンピューターの実力が人間を上回ったとされる。チェスの世界チャンピオンとコンピューターの対戦は、1990年代から何度か企画され、近年ではコンピューターが圧倒している。
 囲碁の世界では、コンピューターの実力はアマチュアの高段者程度といわれ、プロのレベルにはまだ距離がある。もっとも微妙な段階に来ているのが、将棋ソフトと人間の実力差だった。「最終盤の〝詰むや詰まざるや〟の場面は将棋ソフトのほうが上」といわれるようになってもう何年もたち、これはすでに定説になっていた。
 ほかにもいろいろな説がある。
「序盤の定跡は将棋ソフトのほうが詳しい」
「将棋ソフトの序盤は戦形によっては初心者並み」
「数値化しにくい大局観では人間を超えることはできない」
「トップクラスの将棋ソフトは人間の名人クラス」
「プロ棋士の中堅クラスの力がある」
「マシンのスペックしだい」
「レーティングの数値で比べれば将棋ソフトが上なのは明らか」
 いずれの説もそれなりの根拠があり、いい加減な風説と片づけることはむずかしかった。ここまで諸説が飛び交って収拾がつかないと、検証の方法は限られる。
──実際に戦ってみるしかない。
 そんな過激な風潮がしだいに強くなり、日本将棋連盟も無視できなくなった。世論に押されて「パンドラの匣」を開けてしまった……と見る向きもあった。

 順位戦のA級に所属する棋士は10人しかいない。その一角が崩されたとなると、次の砦は限られる。
「双龍」と呼ばれる2人──埴生(はにゅう)善治名人と和田晶(あきら)棋神しかいなかった。現在7つあるタイトルのうち埴生名人が四冠を占め、ほかの三冠を和田棋神が所持している。まさに天下を二分する実力者だった。
 来年の電王戦には「双龍」が登場するのか、あるいはほかのタイトル経験者が起用されるのか。人選に注目が集まるなか、いち早く英断を下したのは、棋神戦を主催者する毎朝新聞のクロテツこと黒木哲男社主だった。
 一介の政治記者から三大紙の社主にまで上り詰めた立志伝中の人物は、野球界や将棋界で大きな権力を握っていた。毎朝新聞の主催棋戦である棋神戦が、七大タイトルの最後発であるにもかかわらず名人と並ぶ格に扱われているのも、クロテツの力に負うところが大きかった。
──そんなに強いのなら、トーナメントに参加資格がある。人間とどちらが強いか公式戦扱いで戦えばいい。
 クロテツの主張はきわめてシンプルだった。
 棋神戦が発足した当初の趣旨もきわめてシンプルだった。裏では相当きわどい駆け引きもあったとされるが……。
──全棋士の中で、時の最強者が、最高峰のタイトルをもつべきだ。
 それまでは、「将棋界の最高峰は名人」というのが常識だった。プロ棋士の序列を決める基準は順位戦であり、名人になるためには5つある順位戦のクラスをひとつずつ昇っていく必要があった。A級のリーグ戦で1位になって、やっと名人への挑戦権が手に入る。
 仮にとんでもない実力をもつ新人が現われたとしても、初年度はC2級に所属する。C2級からA級までの順位戦を毎年全勝してノンストップで昇級しつづけても、名人になるには最短で5年かかることになる。そういう連続昇級は理論的には可能でも、簡単にできることではない。約70年に及ぶ順位戦の歴史のなかで、最短でA級まで昇り詰めた棋士は2人しかいなかった。
 他の棋戦は予選から勝ち上がることが可能なので、デビューしたばかりの最強の新人がタイトルを奪取することも可能だった。最短でも5年かかる点が、名人の座の重みをつくっているともいえた。
 名人と棋神のどちらのタイトルの格が上なのかは考え方にもより、日本将棋連盟の公式の見解としては「棋神のほうが上だがほぼ同格」という曖昧なことになっている。「最高峰のタイトル」が2つある、という奇妙な状況が続いていた。
 棋神戦には順位戦とは別の独自の組分け制度があり、毎年組別のトーナメントを行なっていた。発足当初は順位戦の地位をベースにしたが、毎年順位戦よりも多い数の昇級者と降級者を入れ替え、いまでは順位戦とはかなり違う組分けになっていた。
 下位の組の棋士でも優勝すれば本戦トーナメントに進めるので、挑戦者になることも可能だった。しかし、本戦トーナメントは下位の組からの参加者ほど不利なパラマス方式に近いため、番狂わせが起こることはめったになかった(1ページのトーナメント表参照)。
 その狭き門を突破して下位の組から勝ち上がり、棋神の座まで昇り詰めた棋士が過去に何人かいる。現タイトルホルダーの和田棋神も、〝棋神ドリーム〟を実現させた一人だ。
 初戴冠のとき、順位戦では下から2番目のC級1組で段位はまだ五段だった。棋神戦では4組で優勝して本戦トーナメントに参加し、組別トーナメントから通算10連勝で挑戦者になった。激闘のタイトル戦を4勝3敗のフルセットで制して棋神の地位についたのは、まだ20歳のときだった。「時の最強者が、最高峰のタイトルをもつべき」という棋神戦の思想を具現化した快挙ともいえ、以来、現在まで9連覇を果たしている。こと棋神戦に限れば、和田棋神の強さは圧倒的だった。
 しかし、将棋界全体を見渡すと、和田棋神をはじめとする若手にとって、厚く険しい壁が聳えていた。もう20年以上にわたって将棋界を牽引してきたのは、俗に「埴生世代」と呼ばれる棋士たちだった。
「埴生世代」は、1970年生まれの埴生名人を中心とする1969年~1971年生まれの棋士を指す。プロ入り(四段昇段)は史上3人目の中学生棋士になった埴生が一番早く、これを追って、夭折した村山聖九段、「緻密野蛮流」の別名で知られる名人経験者の伊藤康光九段、十八世名人の資格をもつ木内俊之九段の3人が熾烈な出世争いを演じた。半歩遅れる形で頭角を現わしたのが、元A級棋士の新崎修八段だった。
 さらに、プロ入りの時期がやや遅れた同世代の棋士に、四段でタイトルをとった郷野正隆九段、名人経験者の丸川忠行九段、棋神経験者の藤江剛九段がいる。
 この8人が「埴生世代」と呼ばれ、全員がタイトル経験もしくは全棋士参加棋戦の優勝経験がある。さらに、なぜか「埴生世代」とは呼ばれないが、1972年の早生まれ(埴生名人の1学年下)の棋士でタイトル経験者が2人いるのだから、異常なまでに層が厚い。
 ほとんどのタイトル戦が「埴生世代」同士で争われ、たまにほかの世代の棋士が挑戦しても、たいてい跳ね返された。なんとかタイトルを奪取した若手棋士がいなかったわけではないが、短命で「埴生世代」の軍門に下るのが常だった。
 過去の将棋界を見ても、特定の世代にこれほど実力者が揃った例はない。そういう状況の中、約10歳年下の世代の和田棋神はタイトルを守りつづけていた。9連覇のうち8回は対戦相手が「埴生世代」なのだから、孤軍奮闘の印象が強い。
 毎朝新聞の黒木哲男社主もそんな和田棋神をことのほか可愛がり、名人よりはっきり格上の扱いをするよう、ことあるごとに日本将棋連盟に圧力をかけたりもした。サークラの棋神戦参戦に関しても、クロテツと和田棋神の間で会談の席が設けられたという。実質的には命令だったのか依頼だったのかは不明だった。
 サークラの棋神戦参戦を発表する記者会見の席で、クロテツは自信満々に語った。
──棋神が直接相手をするまでもなく、ほかの棋士が露払いをするだろ。
 この「露払い」という言い方が物議を醸した。
 日本語の使い方がおかしい、とする説もあった。言葉の正否は別としてほかの棋士に失礼、とする説もあった。ネット上では過激な言説が飛び交い、一部のサイトは「炎上」に近い状態になった。
 通常の対局料とは別に、サークラに勝った棋士に500万円の特別ボーナスが出ることも話題になった。ただでさえ敵(かたき)役のサークラが、事実上、懸賞首になってしまったからだ。
──ニンジンぶら下げて馬を走らせるつもりか。
 あるプロ棋士が、ブログで嫌悪感もあらわに吐き捨てて話題になった。
 物議を醸したクロテツの発言は、ほかにもあった。オフレコの席で、「機械ごときに取られるようなことがあったら、そんなくだらんタイトルは廃止してやる」と言ったという噂もあった。
 抜群の発想力と行動力に、将棋ファンはもとより世間全体の反感を買う言動。よくも悪くもクロテツらしいやり方だった。

 本戦トーナメント1回戦の前に予選のような形で急遽組み込まれた「特別戦」で、サークラは6組優勝の神戸康人四段と対局した。振り駒で後手になったサークラは、相矢倉の戦形から先攻して一方的に攻め倒し、「将棋ソフト強し」を改めて印象づけた。


電脳の譜【1】
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