自動詞と他動詞〈1〉〜〈5〉

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

 自動詞と他動詞なんて恐ろしいテーマに踏み込んではいけない。
 そう考えているので、説明する場合にも極力避けてきた。
 ただ、どうしても必要な場合もある(泣)。
 mixiだと下記あたりが関係するだろう。

【他動詞と自動詞の教え方】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1281254&id=60041234
【「見つける」と「見つかる」独り言です52くらい──日本語教師関連編25くらい※全体公開】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-934.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1370388644&owner_id=5019671
【助詞の話……「を」】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1807.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1669163707&owner_id=5019671

 さすがの庭三郎のサイトも、何がなんだか……。
【庭三郎】
http://www.geocities.jp/niwasaburoo/04dousibun.html#4.43

 下記を見つけた。もしかすると初級者向けとしてはこれがよいかも。
【自動詞と他動詞】
http://web.ydu.edu.tw/~uchiyama/1h93fy/jita.html

 問題は〈なお、〈「を」+動詞〉の形でも、〈名詞+「を」〉の部分が場所を表わすものは他動詞ではない。〉の部分。「ない」は言いすぎでは。「ないことがある」くらいだろう。
「グラウンドを走る」が自動詞で、「グラウンドを見る」が他動詞になる理由なんて簡単には説明できない。

 例外としてあげられているもの。
  駐車場を通る
  電車をおりる
  空を飛ぶ
  グラウンドを走る
  廊下を曲がる
  部屋を出る
  大学を卒業する
 
 以下の例も自動詞なんだろうだな。
  橋を渡る
  街道を行く
  日本を離れる
  海を泳ぐ


自動詞と他動詞〈2〉

 動詞は、おおざっぱに言うと自動詞と他動詞がある。
 日本語の場合、自動詞と他動詞(以下「自他」と書く)の話がどこまで正確なのかわからないところがあるが、ここでは無視する。↑にあった定義に従っておく。例外についても↑参照。
http://web.ydu.edu.tw/~uchiyama/1h93fy/jita.html
================引用開始
自動詞
〈「を」+動詞〉の形にならない動詞

他動詞(たどうし)
〈「を」+動詞〉の形になる動詞
================引用終了

 複合動詞(「付けかえる」などのような動詞を便宜的にこう呼ぶ)の場合、前半と後半の自他が一致するほうが自然なことが多い(はず)。後半のほうが支配力が強いという説も聞くし、例外はいろいろあるが……。
  立ち直る(自+自)○
  立ち直す(自+他)△
  立て直る(他+自)△
  立て直す(他+他)○

■「立ち上げる」
 例外のトップに上げたいのが「立ち上げる」。「会社を立ち上げる」「パソコンを立ち上げる」などと使う。
 法則性で考えると下記になるはず。
  立ち上がる(自+自)○
  立ち上げる(自+他)△
  立て上がる(他+自)△
  立て上げる(他+他)○

 転んだ子供が「立ち上がる」という用法のほか、先にあげた「立ち上げる」も広く使われる。そのためか、「立て上げる」のほうはあまり見ない。「(建築物を)を建て上げる」なら問題はなさそうだが、これもあまり見ない。

■「並び替わる」と「並べ替える」
 法則に従うなら下記のようになる。
  並び替わる(自+自)○
  並び替える(自+他)△
  並べ替わる(他+自)△
  並べ替える(他+他)○ 

「数字が自動的に並び替わる」「数字を並べ替える」が自然だろう。
 理由は不明だが「並び替え(る)」とする例をかなり見る。mixiのExcelのコミュでは「並び替え」という言葉がたびたび問題になっていた。Excelに限れば、「並べ替え」でないとおかしい。法則性云々ではなく、Excelのプルダウンメニューが「データ」→「並べ替え」になっているから。
「並び」を「替える」と考えれば「並び替え」でもおかしくはない、という説を目にすることもある。まあ、Excelの仕様を別にして日本語の問題と考えるなら、そういう考え方もアリかもしれない。
 個人的には相当気持ちが悪く感じる。某テレビ番組で「並び替え川柳」という言葉が使われるたびに引っかかるものがあり、投書をしようかと半ば本気で考えている。

■「聞き飽きる」
 これは↓のmixiのトピで教えてもらった。
「他+自」の形になっているので不自然なはずだが、書きかえようがない(泣)。

■少し関係しそうなトピ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=21710714&comm_id=19124

 コメントを回収しておく。
================引用開始
[10] 2007年08月12日 00:32

tobirisu
 当方の意見を初めに書いておくと、あげられた例文に関してはすべて「*」です。ただし、文脈によっては「?」ということもあるかもしれません。
 そもそも複合動詞を形成しているそれぞれの動詞がどんな助詞を伴うか、ということから考えてみました。たとえば「走り続ける」なら、「走る」も「続ける」が両方とも同じような助詞を伴うので、「走り続ける」も同様になり、迷う余地はないと思います。
 例文をすべて検討すると煩雑になるので、「聞き飽きた」を例に考えましょう。語感に多少の違いはあっても、ほかも同様だと思います。
     ~に  ~を  ~は  ~も
聞いた  ×   ○    ○   ○
飽きた  ○   △    ○   ○
 原則としては、両方の動詞が伴いうる助詞でなければ使いにくいのではないでようか。
「に」を使うと異和感があるのは、「聞いた」が「に」を伴わないからだと思います。この観点もあって、当方の語感では「には」にしてもすべて「*」です。一方、「を」だとさほど異和感がないのは、
1)「飽きた」が「を」を伴うことも可能だから(どちらかというと「に」が自然ですが)
2)直接助詞と結びつく「聞いた」が「を」伴うのが自然だから(あるいは、「聞いた」が主、「飽きた」が従、という考え方もできるかもしれません)
 両方の動詞と結びつく「は」「も」は文としては成り立ちますが、当然のことながら「限定」「累加」などの意味合いが付加されるので、文脈によっては不自然になります。

 いずれにしても、文脈しだいのところがあります。
6:accoさんのコメント中にあった
「虫は春からこの方、ずっと青葉に食べ飽きて、」
 なら、「は」は「虫は」と重複感があって少しヘンでしょう。間を省略して「虫は青葉は食べ飽きて」とすると、あきらかにヘンになります。「も」もほかに食べ飽きたものが出てこないのならヘンです。この場合なら「に」もアリかなと思います。個人的な語感では「を」ですが。
 そもそも、他動詞的な「聞く」と自動詞的な「飽きる」が結びついた「聞き飽きる」がイレギュラーな表現な気がします。よく指摘される「並び替え」(「並べ替え」が正しい表現でしょう)のような気持ちの悪さがあります。
 8:ichamonologystさんのコメントあるように、「必須格であるニ格・ヲ格を用いている例が案外少ない」のも、この気持ちの悪さと関係があると思います。
 素人考えで長々と失礼しました。土曜日中のタイムリミットを少し過ぎてしまいましたが、ご参考までに。
================引用終了

================引用開始
[19]
2007年08月12日 19:34

tobirisu
 まず、いまさらながらひとつ提案です。当方はMacintosh環境で見ているため、冒頭の例文のマルイチ、マルニと思われるものが化けています。 16: Crane Ugoさんの〈???では、「にも」とすると〉あたりになると、判読できません。ということで、改めて下記のようにしました。さしさわりがあるなら、修正してください。

1)彼のくだらない冗談に聞き飽きた。
2)病室の窓から見える殺風景な景色に見飽きた。
3)子供向けの漫画に読み飽きた。
4)日本に10年住んでいるので生魚に食べ慣れた。
5)ロンドンに10年住んでいるのでイギリス英語に聞き慣れた。
6)最初は驚いたが、今では彼女の風変わりな髪型や服装に見慣れた。
 
 当方の考えは保守的なのかもしれませんが、「にも」にすると、
  1)2)3)(~にも○○飽きた)は「*」
  4)5)6)(~にも○○慣れた)は「?」
 です。いずれも、「にも」にするなら、「も」にするべきという気がします。

「ている」「てきた」にすると「に」がOKというのは、最初はそう思いました。
 おそらく、「ている」「てきた」にすると、それだけ、「飽きる」「慣れる」の部分の字面が重くなるので、それだけ、「に」との親和性が強まるからでしょう。
 ただし、じいっと眺めているうちに感じが違ってきました。やはりすべて「*」です。もはや当方の語感は何の判断力ももたなくなったようです(泣)。
 やはり通常の形は「~を」でしょうが、原因不明の気持ちの悪さは感じるので、自分では極力使わないと思います。こうして使えない表現がまたひとつ増えてしまいました。

17: accoさんのコメント中の
「そこらの中華料理に食べ飽きている人はぜひ行ってみてください。」
 に関しては、この文脈なら「に食べ飽きている人」でも「に食べ飽きた人」でもさほどおかしくないかな、と思います。個人的な語感ではどちらも「を」ですが。
 このあたりの語感の問題は、水掛け論になる気がします。
================引用終了


自動詞と他動詞〈3〉


 大事な先行日記を忘れていた。
【複合動詞の「~アゲル」と「~アガル」の違い】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2765.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1898206024&owner_id=5019671

 予想どおり、考えれば考えるほどいろいろわからないことが出てくる(泣)。
 こういう話だと先行論文がある気がするから、書くだけムダって気もする(実際にあるらしい。紹介してもらった)。まあ、そんな論文がいくらあったって、どうせ当方には理解できないんだし……と前向き?に考えよう。
 まず気になったことをまとめた表。この表は今後も増殖していくような……。

ならべ

 つらつら考えるに、「並び替え(る)」ってかなり特殊な言葉って気がしてきた。
 複合動詞には、当然のことながら前語(前半の動詞をこう呼ぶ)と後語(後半の動詞をこう呼ぶ)がある。
 上の表では、前語が自他(自動詞と他動詞)の両方の形をもつか否か、後語が自他の両方の形をもつか否かを中心に考えている。
 両方が自他の両方の形をもっていると、可能性としては4つの複合動詞がつくれる。
 しかし、現実には、4つの複合動詞が使われているものは見当たらない(あったら教えて。以下同)。
 現実には2つの例が多く、3つの例も1つしかない。それが、1)の「並べ替える」「並び替える」「並び替わる」。「建て上げる」を考慮すると8)も可能かもしれないが、この際無視する。

「並べ替える」の特殊性の解釈は2つありそう。
1「並び替える」(自+他)が特殊
 動詞の組み合わせとしては、「自+自」と「他+他」が素直。
2「並び替わる」(自+自)が特殊
 表の2)3)を見ると、「並び/並べ」の後語は、他動詞になっている。これが法則なら「並び替わる」が特殊。「開店前に行列が並び始まる」と言えなくない気もするが、「でき始める」あたりがフツーだろう。 

 仮に↑の「2」のようなことが言えるなら、「並び/並べ」はきわめて支配力の強い前語になる。自分自身は両方の形をとりながら、後語は他動詞限定。
 ところがそんなことにはならない(泣)。

 支配力の強い後語(前語が自であろうが他であろうが自分は不変)もありそう。
 支配力の強い前語と後語を組み合わせるとどうなるか……。

 カラン、カラン、カラ~ン。
 ↑サジを投げた音。
 出直します(泣)。


【追記】
「降り続ける」「降り続く」
「降り続く」はレアらしい。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14137519214

http://dic.search.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E7%B6%9A%E3%81%8F&ei=UTF-8&b=1&dic_id=jj&stype=suffix



「する」と「させる」教えて! goo 辞書 自動詞と他動詞〈4〉

 テーマサイトは下記。
【「する」「させる」】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8969529.html

==============引用開始
「する」「させる」は、本来まったく意味が異なるはずなのに、なぜ、
ア、「歌が彼女の気持ちを明るくした。」
イ、「歌が彼女の気持ちを明るくさせた。」
が、両方ともほぼ同じ内容をあらわすのでしょうか。それとも、後者は間違いなのでしょうか。
==============引用終了

 以下はほとんどマユツバな当方の主観。
 考えやすいように少し例文を加える。

ア 歌が彼女の気持ちを明るくした
イ 歌が彼女の気持ちを明るくさせた
ウ 恋する気持ちが彼女を明るくした
エ 恋する気持ちが彼女を明るくさせた

 たしかに「イ」も見聞する気がするが、ひょっとするとヘンなのかもしれないと思えてきた。「エ」だと相当強い異和感がある。
 ネット検索すると、かなりヒットするがよくわからい(泣)。
 下記を見るに{完成する/完成させる}なら何も問題がないようだ。これに比べると「エ」は相当イヤ。

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/1274606.html


 いきなり結論を書くと、おそらく、「~を明るくさせた」は「自動詞の使役形」。
「~を明るくした」は他動詞。
 下記の例文で考える。

■自動詞
先生のひと言で生徒が目覚めた
先生のひと言で生徒が静かになった
■自動詞の使役形
先生のひと言が生徒を目覚めさせた
先生のひと言が生徒を静かにならせた△
先生のひと言が生徒を静かにさせた
(先生のひと言が生徒を静かにした)

 今度は「他動詞」の場合。
■他動詞
コーチが生徒をプロ選手にした
先生が生徒を静かにした
■他動詞の使役形
監督がコーチに生徒をプロ選手にさせた
校長が先生に生徒を静かにさせた


「歌が彼女の気持ちを明るくした」の場合は、下記だろう。
■原形(自動詞)
歌で彼女の気持ちが明るくなった
■自動詞の使役形
歌が彼女の気持ちを明るくならせた△
歌が彼女の気持ちを明るくさせた
(歌が彼女の気持ちを明るくした)

■原形(他動詞)
歌が彼女の気持ちを明るくした
■他動詞の使役形
歌が彼女に気持ちを明るくさせた△
有名歌手が歌で彼女の気持ちを明るくさせた△

「自動詞の使役形」としてイチバン正確なのは、おそらく「歌が彼女の気持ちを明るくならせた」。でも現実にはこんな言い方はしない。そこでかわりに使われるのが、「歌が彼女の気持ちを明るくさせた」。
 ここで辞書を確認する。下記に近いのでは。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B&match=exact&itemid=DJR_saseru_-030
==============引用開始
大辞林 第三版の解説

④他動詞を持たない自動詞に接続して,他動詞の代用をする。 「水を沸騰させる」
==============引用終了

 自動詞の「沸騰する」を使役形の「沸騰させる」にすることで他動詞の代用にする。
「目覚める」を使役形の「目覚めさせる」しても同様。
 厳密には「する」は他動詞をもっているが、そういう動詞でも「自動詞の使役形」で他動詞のように使えるということだろう。こうでも考えないと「明るくさせる」の説明ができない。
「~を輩出{する/させる}」とか。
「~を完成{する/させる}」もそうかもしれない。
 一方、「歌が彼女の気持ちを明るくした」に関しても、「自動詞の使役形」と考えることができそうな気がするが、フツーの「他動詞」(の原形)と考えるのが素直だろう。これを使役形にするにはちょっと要素を増やす必要がありそう。いずれにしても、「歌が彼女の気持ちを明るくさせた」にはなりそうにない。

「歌が彼女の気持ちを明るくした」と「歌が彼女の気持ちを明るくさせた」はどちらもアリ。意味は同じ。ニュアンスの違いは……当方はそういうことはできるだけ考えないことにしている。いろいろな理屈をつけることはできるだろうが、そういうのはたいてい個人の主観の問題なので、基本的に他者に押し付ける気はない。
 
 どうしてもって言うならば……。
 この場合は「歌が彼女の気持ちを明るくした」のほうが自然に感じる。理由は……だからわからないって。
 恋する気持ちが彼女を明るく{した/させた}
 の場合なら、「させた」は×って気さえする。
 これが「その言葉が彼女を悲しく{した/させた}」だと、「させた」のほうが自然に感じる。理由は……わからないって。


「する」と「させる」〈2〉 辞書 自動詞と他動詞〈5〉

 ↑の話がずっと気になっていた。
 とっても気になって気になって、南国のフルーツ並みにたわわにキになっていた。
 元の質問。
==============引用開始
「する」「させる」は、本来まったく意味が異なるはずなのに、なぜ、
ア、「歌が彼女の気持ちを明るくした。」
イ、「歌が彼女の気持ちを明るくさせた。」
が、両方ともほぼ同じ内容をあらわすのでしょうか。それとも、後者は間違いなのでしょうか。
==============引用終了
 いろいろ考えた結論。「明るくした」って例文が「自動詞」と解釈できないので説明がしにくいのでは。
「(形容詞・形用動詞)~する」はいろいろあり、自他両用の形をとることがあるけど、自動詞になりにくいときもあるし、他動詞になりにくいときもある。どういう法則性があるのか……いまは不明。
 ちなみに『大辞泉』の記述では、下記の用法がわかりにくい。
https://kotobank.jp/word/%E7%82%BA%E3%82%8B-544032#E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.9E.97.20.E7.AC.AC.E4.B8.89.E7.89.88
==============引用開始
大辞林 第三版の解説

する【為る】
( 動サ変 ) [文] サ変 す

❸(形容詞・形容動詞の連用形に付いて)その状態にならせる。その状態を出現させる。 「髪を長くする」 「これまでの経緯を明らかにする」 「静かにしなさい」
==============引用終了

 元の例文が下記だったら、すっきり説明できる。以下、理由はよくわからないけど過去形(正確にはタ形)のほうがシックリくるので、過去形で書く。
==============引用開始
「する」「させる」は、本来まったく意味が異なるはずなのに、なぜ、
ウ「先生の言葉が生徒を大人しくした」
エ「先生の言葉が生徒を大人しくさせた」
が、両方ともほぼ同じ内容をあらわすのでしょうか。それとも、後者は間違いなのでしょうか。
==============引用終了

 ウの「~した」は他動詞用法。
 エの「~させた」は自動詞用法の使役形。
 使役形を外した形は「(先生の言葉で)生徒が大人しくした」
 仮に他動詞の使役形と考えるなら、別の「ガ格」もしくは「ニ格」が必要になる。
「校長先生ガ(担任の)先生に(言葉で)生徒を大人しくさせた」
「先生がクラス委員ニ生徒を大人しくさせた」

「~した」が自他両方の形で使えるなら、形容動詞でも同様の考え方ができる。
●他動詞
オ「先生の言葉が生徒を静かにした」
●自動詞の使役形
カ「先生の言葉が生徒を静かにさせた」
 ただの自動詞「(先生の言葉で)生徒が静かにした」
 他動詞の使役形。
「校長先生ガ(担任の)先生に(言葉で)生徒を静かにさせた」
「先生がクラス委員ニ生徒を静かにさせた」


 このようにすっきり説明できるのは「~する」が自他両用の場合だけで、むしろレアケースなのかも。
【「自動詞だけ」の場合】
●自動詞
 意識がはっきりした。
●自動詞の使役形
 (その衝撃が)意識をはっきりさせた。
「意識をはっきりした」の形にはしにくい。

【「他動詞だけ」の場合】
●自動詞
 歌で彼女の気持ちが明るくなった
●他動詞
 歌が彼女の気持ちを明るくした
●自動詞の使役形
 歌が彼女の気持ちを明るくならせた×
 歌が彼女の気持ちを明るくさせた
 原理的には自他両用のときと同じことだと思うが、この説明はちょっと強引でわかりにくいかもしれない。

 自他両用のケースは……〈漢語+する〉ならいくつか浮かぶんだけど。
『大辞林』の例文で考える。「静かにしなさい」は命令形をやめたら↑のとおり。
・髪を長くする/髪を長くさせる
・これまでの経緯を明らかにする/これまでの経緯を明らかにさせる
 これは元々の質問の「明るくする」と同様。「~が~なる」の形でも使わなければ自動詞にはしにくい。「大人しくする」と「明るくする」でなぜそんな違いが出るのかは言葉の神様に訊いてください。
 ただ、考え方としては同じだと思う。

 同じようでも、「長髪にする」だと、自他両方アリの気がするが、そこはかとなくぎごちない。いっそ「坊主」にすれば多少自然かも(笑)。
●他動詞
「母親が子供を長髪にする」
●自動詞の使役形
「(母親が)子供を長髪にさせた」
●自動詞
「子供が長髪にする」
●他動詞の使役形
 どうなるんだろ?



 以下、思いつくままに例をあげていく。
 なんせ自他の境い目自体が曖昧で……。

〈他だけ〉(自は「~なる」〉
明るくする
明らかにする
強くする
大きくする
長くする

〈自だけ〉
沸騰する
感動する
はっきりする
すっきりする
勝手にする

〈自他両形〉
完成する
混入する
輩出する※間違いなく自他両用なんだけど、語感が働かない(泣)
発射する※自はやや不自然か?
発車する※他はやや不自然か?
自慢する※「自慢させる」にはしにくい

 教えて! gooで、質問をしてみた。
 前回ナゾのままだった疑問が解決したようだ。めでたし、めでたし。
【続「する」「させる」】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8998066.html
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