電脳の譜 6

【6】20××年 26期棋神戦本戦トーナメント後夜祭

 対局後、近くの中華料理店で打ち上げを兼ねた食事会が催された。
 主役は藤野女流初段だった。明るい性格で笑いを絶やさず、やや天然気味で下ネタやきつ目の冗談もさらりと交わす。日頃から将棋界のアイドル的立場の26歳は、完全に場の中心にいた。
 森山は、一応準主賓クラスの扱いで和田棋神の横の席に座った。主催の「ワラワラ動画」の関係者がひっきりなしに挨拶に来てやたらとお世辞を並べるので、なんだか落ち着かない気分だった。
 「もう一軒付き合ってもらえませんか。そんなに時間はとらせません」
 会がお開きの雰囲気になると、和田棋神が小声で森山を誘った。
 六本木の路上でタクシーを拾った和田棋神は、運転手に新宿に行くように告げると森山に話しかけた。
 「森山先生は、大盤解説は初めてと言ってましたよね。お疲れじゃありませんか」
 「私はただ観戦していただけですから、疲れなんてありません。勉強になりました。ありがとうございます」
 「こちらこそいろいろありがとうございました。とくに新崎八段の対局のときには助かりました。いまさらですけど、はっきりとお礼をいえてなかったので……」
 と言って和田棋神は深々と頭を下げた。
 「そんなオーバーな。あのときは、立場上いいにくいことがあるような気がしたんで、口を挟んだだけです」
 「なんていいますか。これは完全にボクの個人的な意見として聞いてほしいのですが……あの6二玉は、将棋ソフト用の作戦としてアリかもしれません。ただ、プロ棋士が公けの場で指すべき手なのか、という疑問が残ります。将棋ソフト用の秘策だとしても、奇抜すぎてアマにとってもプロにとっても参考になりませんし。もう少し正攻法で行くべきだったのでは。正攻法では手も足も出ないということなら、対局を辞退する、という選択肢もあったと思います。まあ、当時の会長がしたことですから……」
 〈そんなところだろうな〉
 と森山は思った。
 通常は、よほど実力差がないとああいう戦法は通じない。正攻法で負けたのなら、あれほどひどい批判を受けることもなかっただろう。
 「答えにくいことを訊くようですが、森山さんの世代だと、十中八九埴生先生のファンですよね」
 唐突に和田棋神が訊いた。
 「申し訳ありませんが、まあ、そうです」
 と森山が済まなそうに言う。和田棋神が苦笑した。
 「しょうがないですよ。プロ棋士全員に訊いても、埴生先生を悪く言う人はひとりもいないと思います。将棋ファンに訊いても、悪く言う人はめったにいないでしょうね。あんな人はいません。あれだけ将棋が強くて、人間的にも欠点がなくて、おまけにイケメンですからね」
 「唯一の欠点は寝癖かも」
 森山の軽口に、和田棋神は声をあげて笑った。
 「それに比べると、ボクは嫌われ者ですから、とくに年配のかたには。絶対的ヒーローを倒そうとする悪役キャラなんでしょうね。どうせ悪人面ですし。和田の将棋はつまらない、という話もよく聞きます」
 と言って、和田棋神は呟くように付け加えた。「これでも若い人にはそこそこ人気があるんですけどね」
 〈藤野さんならきっとうまくフォローするんだろうな〉
 と森山は思ったが、言葉が出てこなかった。
 森山の世代にとって、「埴生世代」の登場はエポック・メーキングな出来事だった。「埴生世代」によって、将棋がいろいろな面でかわった。
 まず、プロ棋士像がかわったといわれた。それまでのプロ棋士像は、人間くさく、どこか浮世離れしたところがあった。
 たとえば、大山十五世名人は盤外の駆け引きの達人だった。抜群の実力に加え、巧みな盤外戦術でライバルとされた升田幸三を蹴落とし、自分を脅(おびや)かす若手を潰した。対局場の温度設定に注文をつけたり、相手の所作を皮肉ったり、2日制のタイトル戦では宿泊先の旅館の食事時間を勝手にかえたり……といったほんの小さなイヤガラセの場合もあった。必勝になった将棋をあえて長引かせて、相手の闘志を萎えさせたこともあったという。些細なことではあっても、大山独特の威圧感を伴えば、対局相手は相当なプレッシャーを受ける。
 升田は、棋力だけなら大山にヒケをとらなかったかもしれない。大山からタイトルを奪取したことも何度かあった。しかし、瞬間的に上回ることはあっても、升田が大山を超えることはなかった。「人間力の勝利」などという人もいる。升田はアクの強い性格で知られ、わがままな行動でたびたび周囲の顰蹙を買った。大山もわがままな行動が目立ったが、顰蹙を買うことはなく、周囲の不満をねじ伏せた。
 別の見方をするなら、大山のわがままは計算ずくの大人の心理戦だった。これに比べると升田のわがままは子供じみた自分本位の行動でしかなかったから、盤上の実力は拮抗していても升田に勝ち目はなかった。
 大山も升田も、世間の常識では推し量れないところがあった。大山を倒して名人になった中原十六世名人は、まったく違う意味で常識では推し量れなかった。ひとことでいってしまうと、将棋以外の部分には何も頓着しない超絶的にマイペースな人間だった。そのため、大山の盤外戦術がまったく通用しなかったといわれる。
 中原の次に天下をとったのは、十七世名人の資格をもつ小谷浩司九段だった。しかし、小谷九段の天下は長くは続かなかった。復活した中原十六世名人などとの争いを続けているうちに、「埴生世代」が急速に擡頭したからだ。埴生が初めて名人位についたのは1994年で、小谷九段が名人になった11年後のことだった。
 それ以降、名人位は「埴生世代」の棋士の持ち回りになっている。ほかの棋士で名人になったのは、1997年の小谷九段だけだった。あとは、挑戦者になったことさえ数えるくらいしかない。
 「埴生世代」の棋士たちは、それぞれ個性的ではあるものの、共通しているのは昔の棋士に比べ常識人という点だった。トラブルやスキャンダルなどほとんど聞かない。
 というより、昔の棋士が滅茶苦茶だった。タイトル戦の前の挑発合戦は毎度のこと。対局中の相手に煙草の煙を吹きつけた、などという現代では考えられない話もあった。博打好き、大酒飲みも珍しくなく、なかには、賭け将棋で生計を立てる真剣師上がりの棋士までいた。ひと癖もふた癖もあるのが当たり前で、多少非常識な言動があっても許される雰囲気があった。
 「埴生世代」がそれまでの棋士と違っていたのは、性格的な問題だけではなく、将棋に向かう姿勢が違った。研究会が一般的なものになったのも、この世代からだ。気の合う棋士が集まって、古くからある定跡も最新の定跡も、しらみ潰しに調べ上げられた。元々才能のある若手たちが協力して力をつけていく様子は、「切磋琢磨」という表現がぴったり当てはまった。
 定跡の研究が飛躍的に進み、戦形を問わずに序盤から気の抜けない展開になることが増える。それまでは、「本格的な勝負は駒組みが出来上がってから」という意識が強かった。そのため、2日制のタイトル戦の1日目から激しい戦いになることはめったになかった。ところがいまは、駒組みらしい駒組みもなしに戦いに突入することも珍しくない。
 「埴生世代」は、登場した頃には「チャイルドブランド」とか「新人類棋士」とか呼ばれた。ひとことでいうと、考え方も生き方も「ドライ」で、先輩棋士たちは宇宙人を見るような目で彼らを見た。才能に恵まれたうえに努力を惜しまないのだから将棋が弱いわけはなく、「埴生世代」によって、先輩棋士たちは苦しい立場に追いやられた。
 もう少し具体的な棋風でいうなら、「埴生世代」の棋士は勝負に辛かった。なかでも藤江剛九段、丸川忠行九段、木内俊史九段の3人は「激辛三兄弟」と呼ばれ、いったん優勢になったら堅実な手を選んでめったに逆転を許さなかった。ひと昔前なら「そこまでしなくても……」といわれそうな安全策を平然ととり、「石橋を叩くだけで渡らない」と形容された。
 お人好しの顔をして意外にエグい手を指すのが藤江、ニコニコ笑いながら意外にエグい手を指すのが丸川、冷酷無比な顔をして案の定エグい手を指すのが木内……などという笑い話もあった。
 「激辛三兄弟」だけではなく、「埴生世代」以降の棋士は概して勝負に辛い。それまでは、安全策は「ゆるみ」と考えて嫌う棋士が多く、多少の危険を冒してでも最短の勝ちを狙うのが一種の美学だった。
──棋士にとって、棋譜は後世まで残る作品。
 と考える風潮もあった。ただ勝つだけでなく、美しい棋譜を残すことを意識していた。それに比べると「埴生世代」は「勝利至上主義」だった。相手玉に「詰み」がある局面なら、どんなにむずかしくてもきっちり詰まそうとするのが昔の棋士の流儀。いまの棋士は、少しでも不安要素があったら、無理に詰ましにいかずに安全策をとることをためらわない。
 善悪の問題ではなく、「埴生世代」の登場によって棋士の気質も将棋の質もかわったのである。
 約10年後に和田棋神がトップクラス入りする頃には、研究会も「勝利至上主義」も当たり前になっていた。そのなかにあっても、和田棋神は異質だった。
 たとえば、和田棋神には棋風を表わすキャッチフレーズがなかった。トップクラスの棋士には、たいていキャッチフレーズがついている。
 名人経験者で見ると、中原十六世名人は「自然流」、小谷九段が「光速流」、米中永世棋聖は「さわやか流」「泥沼流」と2つのキャッチフレーズをもっていた。埴生名人は「埴生マジック」、木内九段が「鉄板流」、伊藤九段が「緻密野蛮流」……といった具合だ。和田棋神にキャッチフレーズがないのは、棋風にそれだけ特徴がないことを意味する。目立った特徴がないのに、とにかく強かった。当たり前の手を淡々と指しているようで、結果的には勝つ……という印象だった。
 特徴として、時間の使い方があげられることもあった。序盤ではできるだけ早めに決断して、時間を中・終盤に残す。結果的に、たいてい相手よりも多く考慮時間を残していた。論理的に考えればそのほうが有利に決まっているが、実際には「ドライ」といわれる「埴生世代」以降の棋士でも序盤で長考し、「いったい何を考えているのか」と不思議がられるプロ棋士が多かった。
 和田棋神は発想がデジタル的ともいわれた時期もあったが、本当の意味でデジタルな将棋ソフトの普及によってそういういい方はされなくなった。近年はネット上で「スーパードライ」などといわれることがあるのが、数少ないキャッチフレーズかもしれなかった。

 森山が考えごとをしているうちに、タクシーは新宿に着いた。目的地のバーは地下にあり、駅の東口から数分のところとは思えないような静かな空間だった。
「この時間だとそんなにお客さんがいないはずです」
「ずいぶんオシャレな店ですね」
「ボクもこんな店はここしか知りません。師匠が何十年も通っている店なんです」
 和田棋神の師匠は名伯楽として知られる所司和晴七段だった。生真面目な印象のある所司七段が、こんなシャレたバーに通っていることが、森山には意外だった。
 森山はワイルドターキーのオン・ザ・ロックを頼み、和田棋神はタンカレーを使ったドライ・マティーニを頼んだ。
「エクストラ・ドライで」
 と付け加えた和田棋神の言葉に、森山が笑いそうになる。なんとかこらえたつもりだったが、和田棋神に気づかれてしまった。
 「いま笑いそうになったでしょ。顔に似合わないカクテルですよね」
 ちょっと照れたように和田棋神が笑う。
 「失礼しました。そういうことではなくて……カクテルもエクストラ・ドライなんだな、と思って」
 「ああ、そういうことですか。スーパードライ、ってニックネームはけっこう好きなんですよね。流行らせてください。ビールはあまり飲みませんけど」
 早いピッチで1杯目のマティーニを空けると、和田棋神はお代わりを頼んだ。森山もペースを合わせた。
 「あと一杯だけ飲ませてください。今日は最高に気分がいいんです。あんなすごい手を目の当たりにできて、なんだか幸せです」
 「この数年で随一かもしれませんね。エコヒイキをするのはよくありませんが、コンピューターの読みにまったくなかったという点でも、画期的かもしれません」
 「近い将来、やはり将棋ソフトに勝てなくなる日が来るんでしょうね」
 和田棋神が唐突に呟くように言った。
 「可能性は高いのかもしれません」
 森山は微妙な言い方をした。
 「それはしかたがないと思うんです。問題は、そのことがはっきりしたとき、将棋ファンがガクッて減るのか、大した影響がないのか、って点なんですよね」
 「私は、ほとんどかわらないと思います。楽観的ですかね」
 「そんなに気をつかわないでくださいよ」
 と言って和田棋神は小さなため息をついた。「あまりヘンな予想をしてクヨクヨ考えるのはやめたんです。なるようにしかならないでしょうから」
──コンピューターは、プロ棋士がプログラムを組む人の棋力を反映する。プロ棋士がプログラムづくりに参加しない限り、プロ並みにはならない。
 将棋ソフトが出始めた頃、森山はそんなプロ棋士の意見を読んだことがあった。書いていたのは、故人となった米中永世棋聖だったような気がしたが、記憶が定かではなかった。まだ将棋ソフトはアマチュアの何級というレベルで、プロ棋士並みの棋力をもつことなど夢物語だった。
 そのときは「そのとおりだろうな」と思ったが、将棋ソフトが進化したいまとなっては、まったく的外れだったことが明らかになった。近年の強豪将棋ソフトの開発者のなかには、将棋のルールをよく知らない人さえいた。
──もし万が一コンピューターに追いつかれるようなことがあったら、ルールを少しだけかえればいい。たとえば香車がひとつだけ下がれるとか。
 その本にはそんな言葉もあったが、こちらの真偽も怪しい。人間に有利に働くのはルールをかえた直後のわずかな間で、そう時間はかからずに、将棋ソフトのほうが適確に対応できるようになる気がした。
 ただ、将棋ソフトを開発したのは人間だ。
 〈そのソフトに勝てなくなることが人間の負けを意味するのだろうか〉
 と森山は思う。計算速度ではコンピューターにかなわなくても、数学者の権威は落ちない。コンピューターにはできない創意工夫ができるからだ。だが将棋ソフトは新しい定跡まで確立しようとしている。そうなるとプロ棋士の権威は落ちるのだろうか。
 〈そんなことはない〉
 と思いながら、将棋ファンが離れていくことも考えられた。たしかにクヨクヨ考えてもしかたがないのかもしれない。
 「そうそう。あくまでもウワサですが、今日、サークラは最後まで投了しなかったそうです」
 「じゃあ、最後はどうして」
 「時間切れ負けになりそうになり、開発者の佐藤さんの判断で、投了したそうです。さすがにあそこで切れ負けじゃ問題でしょうから。ありえないんですよね。そんなふうにプログラムされてないんですから」
 「なんでそんなことに……」
 「これはボクの想像ですよ」
 と和田棋神はおかしそうに言った。「よほどあの6六銀が意外で、パニックを起こしたんじゃないですかね。あまりにもいい手を指されて悔しかったのかもしれません。なんだか負けそうになった子供が泣きながら将棋盤をひっくり返して、走って逃げていくような感じで……」
 軽妙な比喩に、2人は大笑いした。
 森山は、今回の棋神戦が始まるまで和田棋神の笑顔の印象がなかった。険しい顔つきの無口なイメージが強かった。大盤解説を何回か間近に見て、印象が大きくかわった。むしろ普通以上にユーモアのある快活な青年だった。
 〈無理もないか〉
 老成した印象のあるのは、立場と経歴のせいなのだろう。二十歳の頃から将棋界の最高峰のタイトルを保持し、看板を背負う立場にいるのだ。公けの場では口数も笑顔も減るのも当然だ。実際は、まだ20代の若者なのに。
 森山は、カクテルグラスを手にした若き権威者に、はっきりとした好意を感じていた。
 〈今度「双龍」が対局するとき、私はどちらを応援するのだろう〉
 心地よい酔いが回ってきた頭で、森山はぼんやり考えた。

電脳の譜【1】
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電脳の譜【2】
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電脳の譜【3】
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電脳の譜【4】
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電脳の譜【5】
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電脳の譜【6】
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