「個人的」な話……なのかもしれない

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1129089107&owner_id=5019671

mixi日記2009年12月09日から

 先週、バックアップ用にアップしているブログに妙なコメントがついた。
 とりあえず、やり取りを並べてみる。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-122.html

【ながたきたさんのコメント】==================
個人的には」

こんにちは。はじめまして。
文中に「個人的には云々」という記述がありますが、これは誤用ではないでしょうか?
日本語誤用に関して、個人としてではなく組織としての見解を述べる立場にあるということであれば別ですが、一般の人があえて「個人的」と断るのには違和感を感じます。
2009/12/02 21:50

【tobiクンのコメント】=====================
Re: 「個人的には」──はじめまして

 はじめまして。

> 文中に「個人的には云々」という記述がありますが、これは誤用ではないでしょうか?

 文章を書くときの自分なりのルールがいくつかあります。「一人称はできるだけ使わない」というのもルールのひとつです。
 一人称で「私は」と書くべきかわりに使っているのが「当方は」や「個人的には」です。
 あまり目立つと不自然でしょうが、「誤用」という説は初めて聞きました。
 老婆心ながら。「違和感を感じます」は一般に重言とされています。
 “個人的には”「違和感を覚える」も重言風だと思います。
2009/12/02 22:41

【ながたきたさんのコメント】==================
「個人的には」2

ご返事ありがとうございます。
「私は」と「当方は」は似たような意味かもしれませんが、「個人的には」は全く意味が異なると思います。
組織や団体を代表して発言する立場に無い人が、「個人的には」と、わざわざ断りをいれる意図が理解できません。
組織人としての見解と個人としての見解が異なる場合に限って使われるべき表現だと思います。
2009/12/02 23:30

【tobiクンのコメント】=====================
Re: 「個人的には」2──ながたきた さん

 言葉の捉え方には個人差があるんですね。
 個人的には違和感はありませんし、一般的にもそういうふうに考える人は少ないと思います。
 もしどうしても疑問なら、アンケートでもとられてはいかがですか?
2009/12/03 10:09

【ながたきたさんのコメント】==================
アンケートをとるつもりはありませんが、「役不足」を誤用しているひとと同じくらいの人が、意味のないところで「個人的には」を使っているというのが私の印象です。
多い少ないの論議ではないということです。
たわごとにおつきあいくださって、どうもありがとうございました。
2009/12/04 05:17

【tobiクンのコメント】=====================
ながたきた さん

>、「役不足」を誤用しているひとと同じくらいの人が、意味のないところで「個人的には」を使っているというのが私の印象です。

 当方には、そういう印象はまったくありません。

> 多い少ないの論議ではないということです。

 意味がわかりません。「同じくらい」というのは「多い少ない」のことではないのですか?

> たわごとにおつきあいくださって、どうもありがとうございました。

「たわごと」か否か当方には判断できません。ただ、ご本人が認めてらっしゃるのですから「たわごと」なのでしょう。

 いずれにしても、一般に使われている表現を「誤用」と言うのなら、それなりの論拠なり根拠なりを添えていただかないと、説得力はありません。
2009/12/04 12:23

【ながたきたさんのコメント】==================
一般に多くの人が使っているからと言って正しいとは限らない、数の多寡と正誤は無関係であるということです。

「個人的には」というのは「個人としての立場では」ということですから、組織としての立場を有しない人が、「個人的には」とことわりを入れるのはとても滑稽です。

例えば、「個人的には消費税は廃止すべきだと思う」と語れるのは、国会議員か財務省の役人くらいのものです。
2009/12/04 21:17

【tobiクンのコメント】=====================
ながたきた さん

> 一般に多くの人が使っているからと言って正しいとは限らない、数の多寡と正誤は無関係であるということです。

 たしかに多くの人が使っていても誤用ということはありますね。でも「数の多寡と正誤は無関係」ではないと思いますよ。

 少数派のほうが正しいと主張するには、それなりの論拠なり根拠なりを添えていただかないと、説得力はありません。
2009/12/04 21:58

【ながたきたさんのコメント】==================
論拠や根拠は、消費税の例で十分と思っています。
これでピンとこないような人を、これ以上説得する気はありません。

何の立場にも無いひとが、「個人的には」なんて言葉を使うのは、えらそうな感じが漂ってて滑稽なんです。
2009/12/04 22:23

【tobiクンのコメント】=====================
ながたきた さん

> 論拠や根拠は、消費税の例で十分と思っています。

 当方はそうは思いません。こういう問題を主観で語ってもムダでしょう。文献とかありませんかね。単なる主観でほかにちゃんとした論拠も根拠もないんですよね。

> これでピンとこないような人を、これ以上説得する気はありません。

「説得」ってどういう意味でしょうか。おそらく使い方が不適当です。
 
> 何の立場にも無いひとが、「個人的には」なんて言葉を使うのは、えらそうな感じが漂ってて滑稽なんです。

 そうですか。単なる主観でちゃんとした論拠も根拠もないんですよね。個人的にはそうは思いません。
2009/12/04 22:55

【ながたきたさんのコメント】==================
文献なんか無いでしょう。
当たり前すぎて、研究対象になりませんから。
人の研究なんかあてにしないで、自分の頭で考えましょうよ。

文献はありませんが、「個人的には」の使われ方がおかしいと言うことをブログに書かれている方は何人かいらっしゃいますよ。
2009/12/04 23:04

【tobiクンのコメント】=====================
ながたきた さん

> 当たり前すぎて、研究対象になりませんから。

 当方はそうは思いません。なぜ「当たり前すぎ」なのでしょうか。

> 人の研究なんかあてにしないで、自分の頭で考えましょうよ。

 考える必要があることなら考えます。

> 文献はありませんが、「個人的には」の使われ方がおかしいと言うことをブログに書かれている方は何人かいらっしゃいますよ。

 それはどういった方なんですかね。
 その方々が個人的に「おかしい」と考えるのをトヤカク言う気はありません。

 ただ、「個人的には」という言い方が「誤用」だとはとても思えません。
 したがって、現段階では、使うのをやめる気はありません。「誤用」だというちゃんとした論拠なり根拠なりを示していただけるなら考えるかもしれませんが。
2009/12/04 23:46

【ながたきたさんのコメント】==================
文章を書くことや話をすることを生業にしているご友人に聞いてみてはいかがでしょう。
親切に誤りを指摘してくれるかもしれませんよ。

最近の若い方が使う、いわゆるバイト敬語みたいなものです。
周りがみんな使っていると、おかしいと感じなくなるんですよ。
2009/12/05 07:17

【tobiクンのコメント】=====================
ながたきた さん

> 文章を書くことや話をすることを生業にしているご友人に聞いてみてはいかがでしょう。
 そうしたいとは思うのですが、なんの根拠もなくこんなことを主張しても相手にしてもらえません。
 言葉の問題を主観だけで語るとたいてい不毛な議論になります。文献もないような新説なら、せめて〈「個人的には」の使われ方がおかしい〉と書いているブログを教えてください。できればマトモな書き方をしているものを。
「個人的 誤用」で検索してもロクなものがありません。

> 親切に誤りを指摘してくれるかもしれませんよ。
 一般に使われている表現を「誤り」と主張するには、それなりの論拠なり根拠なりが必要なんです。フツーの人は、そんなことを「当たり前すぎ」とか言われても納得しません。

>「個人的には消費税は廃止すべきだと思う」と語れるのは、国会議員か財務省の役人くらいのものです
 などと言っても、「そういう考え方もあるかも」とか笑われそうです。

> 最近の若い方が使う、いわゆるバイト敬語みたいなものです。
 それも主観ですよね。どこが「みたいなもの」なのかまったくわかりません。

> 周りがみんな使っていると、おかしいと感じなくなるんですよ。
 そんなムチャな論理が通用するなら、どんな表現だって「誤用」と主張できますよね。でも、誰も相手にしてくれないと思います。
2009/12/05 10:58
================================

■後日、またコメントがあった。
【ながたきたさんのコメント】==================
12月17日付け日経夕刊一面のコラムに、「個人的には」の誤った使い方について少し触れられています。
ご参考まで。
2009-12-18(05:34)

【tobiクンのコメント】=====================
ながたきた さん

 それはそれは、わざわざどうも。
 ネット上にでもテキストがありませんかね。こんなアイマイな書き方ではなんとも言えません。
 何かのついでのときに見てみます。覚えていたら。
 個人的にはあまり興味のない話なんで、そのために図書館などに行く気にはなれません。
 それよりも、〈「個人的には」の使われ方がおかしい〉と書いているブログを教えてください。ちゃんとした意見なら読みますよ。
2009-12-18(20:37)
================================

 世の中にはいろいろな考え方があるらしい。
 ちなみに、「個人的 誤用」で検索してみておもしろいものを見つけた。〈「個人的には」の使われ方がおかしい〉と書いているブログは見つからなかった。そのかわり、「個人的に」という言葉を使っているブログに「それは誤用では」とコメントしている人が見つかった。

http://blog.goo.ne.jp/santouka0833/e/2fa3eb404bcffa28d0aab39cf8e85c87#comment-list
※このやり取りでコミュニケーションがとれているのだろうか。まるで理解できないのは、当方がバカだからだろうか。

http://propakamba.any2.net/item/355.html/comment-page-1
※このコメントを見ると、「個人的には」は誤用だけど「個人的に」ならOKとしている。当方へのコメントでは〈「個人的」と断るのには違和感を感じます〉(重言だって!)とあって「個人的」でさえダメになっている。そりゃそうだろう。「個人的には」が誤用なら、「個人的に」だって「個人的」だって誤用になるよ。簡単な話で、「個人的に言わせてもらうと」や「個人的見解」が「個人的には」とどう違うのか、当方には説明できない。

 大前提として、「誤用」とは何か、という問題がある(大上段やな)。
 世間の7割が誤用していたらそれはもはや正用?……それでも誤用は誤用なの。
11)【世に誤用の種は尽きまじ──2】(2008年08月10日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=897188119&owner_id=5019671&org_id=896040364

 ただね。少数派側の意見を主張するなら、やはりそれなりの論拠なり根拠が必要なの。
 辞書では確認できない。文献さえない。イマドキ、どんな珍説でもブログくらいあるでしょうに。
 そういうものがいっさいないのに個人の主観だけで新説を出すなら、それなりの書き方をしないと正当性を主張するのはむずかしいと思う。
 たしかに「個人的」が頻出する文章は相当ウットーしいと思う。それを言ったら「私」だろうが「当方」だろうが、頻出するとウットーしいよ。
「赤い本」を書いたとき、いくつか実験的な試み(重言?)をした。そのうちのひとつが、「一人称を使わない」。けっこうしんどかった。一般的な仕事の原稿の場合、基本的に「私」なんて使ったことがない。使うなら、アタイかオラだろうか。
 ただ、ほぼ自分の考えだけで(しかも世間を敵に回す内容で)一冊の本を書いて、一人称を使わないのはムチャだと思う。どうしても……というときには「個人的」を使った。組織云々は関係なく、「世間一般はアータラだけど自分はコータラだと思う」ってときに、「個人的には」と書いて悪い理由はないだろう。
「私」と「当方」と「個人的」の違いは……うんと乱暴に言えば、意味はほぼ同じ。ニュアンスはけっこう違うけどさ。
 たしかに、あえて「個人的」と使う理由はない、という考え方には一理なくはないのかもしれないと考えられなくはない。
 じゃあ、「私見」ならOKなの? 「私的」ならOKなの?
 誰かが「自分はおかしいと思うから使わない」と個人的に考えるなら「どうぞご自由に」としか言いようがない。わざわざ口を挟むほどヒマじゃないよ。そういう考え方をするのは個人の自由だと思う。でも「誤用」とか言いはじめたら単なる●●だよ。
 ちなみに、「個人的な見解」の模範的な使い方として下記をあげておこう。
 この場合、会社の方針は別とした「個人的な見解」ってこと。この話の詳細はいつ書くんだろう……と言うか覚えているのだろうか(笑)。
2)-2【爆弾追加。】2008年03月15日
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=744835761&owner_id=5019671


【20151028追記】
http://www.yomiuri.co.jp/column/national/20090612-OYT8T00293.htm
※リンク切れ
 ↓
サーベイサイトで見つけた。
http://web.archive.org/web/20090703201446/http://www.yomiuri.co.jp/column/national/20090612-OYT8T00293.htm
==============引用開始
理系頭のたわごと
社会部デスク 清水純一
 高校から30年の付き合いになるが、サカモトという男は変わらない。5月25日、東京・五反田の居酒屋。ラッキョウの皿をふいに持ち上げ、ぼそっと切り出した。「これを個人的に好き、という言い方はおかしいと思わないか」

 ラッキョウが好きとか嫌いとか、そういうことではない。「個人的に」という日本語がよく分からないのだという。個人の対局にあるのは組織。「ラッキョウを組織的に好き」という状況は現実にはない。したがって「個人的」とわざわざ付ける必要はない、という理屈だ。あくまで彼は必然性にこだわるのである。

 「また、へんてこりんを言い出して」。当人以外の全員が一瞬ぽかんとして、吹き出す。共感はない。サカモトがぼそっと言う。「うーん、やっぱ、おれは頭が悪いのか」

 だが、この男、大手自動車会社で技術者をしている工学博士である。最高学府の大学院も出ている。車が好きでその道に進んだのだが、学生時代にはこんな奇妙なことがあった。

 何人かで一緒にいて急に雨が降り出し、タクシーに乗ろうということに。その時「おれが拾う」としゃしゃり出てきたのが、この男。ところが、歩道から身を乗り出すようにしながら、ブーンブーンと通り過ぎていくタクシーをただ見送るばかり。待たされる身には何が何だかわからない。

 訳を聞くと、前輪駆動(FF)車を選ぶのだという。「後輪駆動だと、後ろの真ん中に乗った者が狭い思いをするから」。座席中央の足元にある、あのこんもりした車軸のふくらみを邪魔と考えているらしい。それでもなかなか、FF車は見つからない。「これも違う、あれも……あっ、今のがそうだった」。雨音の中、車だけでなく、時がどんどん過ぎていった。

 当時、FFのタクシーは極めてまれだったらしい。これはずいぶん後になって聞かされた話だ。

 科学者は頭がいいと同時に、頭が悪くなくてはならない。そう説いたのは、物理学者・寺田寅彦である。「科学者とあたま」と題するエッセーに書いている。<ものわかりの悪い、のみこみの悪い田舎者であり、ぼくねんじんでなければならない>と。頭のいい人は見通しがきくだけに、何事もさっさと片づけ過ぎるきらいがあり、大切な事柄を見落とす恐れがある、という指摘だ。

 そこで「個人的」の一件。日常生活で確かによく耳にする言葉だが、よく考えると、サカモトは正しいかもしれない。何かを好きという時に「個人的」とことわる必然があるとすれば、組織的に何かを好きと言い表すケースがある場合ーー彼はそう考えた。カレーライス、卵焼き、焼き肉、マンゴー……そうしたものに「組織的」をいちいち付けて自問自答した末に、「お前に聞きたいことがある」と切り出したのだろう。

 まあ、変わった男だが、「個人的」にずいぶん世話になっている。腹の病気で入院した時は、何を食べていいか悪いかも聞かず、あんパンと缶コーヒーを持って見舞いに来てくれた。面会時間外の夜だったので、屋外の道ばたのベンチでパジャマ姿のままごちそうになった。夏で天気のいい日だったから良かったのだが。

 今、自動車業界は有史以来の苦境にある。王者ゼネラル・モーターズ(GM)が破たんしたり、若者の車離れが進んだり。タクシーのFFにこだわるのはどうかと思うが、携帯電話でピコピコしているより、遠くへ遠くへと自分を運んでくれる車に夢を求める方がずっと健全であろう。何とかならないものか。理系頭のたわごとも、元気がないと面白くないから。


 締め切り前にこの原稿をサカモトに見せたところ、大方いいとの感想であった。名前を出すのも嫌ではないという。ただ質問が一つ。「必然性があるのか」

(2009年6月12日 読売新聞)
==============引用終了


【20151210追記】
 ちょっと事情があって、追記する。
 で、一人称をいっさい使わないで書いた本の話(笑)。
 このテの内容のもので一人称を使わないのは無理がある(泣)。痛感しました。書けなくはないけど、相当ヘンな文章になる。
 下記の見本を読めばわかるって。
【赤い本(ここがヘンだよ『日本語練習帳』)からの抜粋一覧】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2336.html

 こんなことをしでかした最大の理由は、一人称を何にしたらいいのかわからなかったこと。もちろん、とくに必要のないのに一人称を使っている文章に対する嫌悪感もあった。「そんなもの使わんでも文章は書ける」と考えたのが甘かった(泣)。
 ネットでは「当方」で通している。
 できるだけ使わないようにしているけどさ。

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元々ただの個人でしかない人物が『個人的に』とわざわざ断るケース

一個人でも、自分の意見とは少し違うけれども一般的にはこのように思われているだろうという客観的意見というか一般論のようなものを想像して語ることがあります。
ブログなどを書いて公開している人や、書くことを仕事にしている人達なら、僕のような本物のただの個人である一般人より、その機会は多いでしょう。
つまり、『組織を代表して意見を述べる立場』にはなくとも、自分以外の不特定多数の意見を(想像して、あるいは推測して)語る事がある人達です。
そういう人達が、『これは一般論とか世間的な常識とは少しズレているかもしれないが自分個人の感覚ではこうだ(自分個人の意見はこうだ)』という発言をする時、その断り書きとして『個人的には』と記すことに、何の違和感も無い、と僕は思います。

Re: jgmさん 元々ただの個人でしかない人物が『個人的に』とわざわざ断るケース

 そういうことだと思います。
 世間様の意見とは違うのですが……というニュアンスのときに使います。まぁ、さほど厳密なものではなく、気分で使っているときもありますが……。
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