チャレンジ日記──「は」と「が」 毒抜き編 〈1〉〜〈7〉

 下記のシリーズです。
【 日本語アレコレの索引(日々増殖中)】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html


mixi日記2009年04月25日から
 最近、まったく別のトピで【「は」と「が」】をテーマにしたトピが相次いで立った。

【この二つ文の違うところ】(日本語が上手く話せません。 トピック)
(2009年04月23日 23:48)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=41976504

【「は」と「が」】(言語学 トピック)(2009年04月24日 20:18)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=41999401

 前者はすぐに終わったが、後者が意外なほど伸びている。
 いままでこういうやり取りを何度見たかわからない。
 とくに「☆日本語教師☆」のコミュではしつこいほど繰り返されている。
 そのことは「3」の段階でリンクを張ってコメントを入れたけど、わかりにくかったせいか誰も読んではいないみたい。「19」で丁寧にリンクを張った人がいるけど、やっぱり誰も読んじゃいないみたいorz。

 この件に関しては以前(2008年09月17日)日記に書いた。
 あまりにも毒があったんで、内容を非公開にした。
【チャレンジ日記──「は」と「が」】(友人まで公開)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=936154320&owner_id=5019671

 トピに放り込むために、一部コメント部から加筆し、毒を抜いてリライトする。
これを書いたときには、この問題は「日本語教師」が扱う問題ではないと思った。もう少し正確に書くと、手に負える問題じゃないだろう。言語学か国語学の分野ではないかと思った。
 偶然か必然か今回は言語学のトピでやり取りが続いている。「日本語教師」のコミュよりははるかに意味のあるコメントが多い気がするが、やはり無理だろう。mixiで扱うような問題ではない気がする。

================================
 ちょっとした成り行きで「は」と「が」について書く気になった。
 いくらなんでも無謀だよ。国語学なんかの専門家が何十年だか知らないがずいぶん長い間研究しても結論が出ない話なんだよ。
 それがmixiだと大胆な方々が論争をしている。

【1】☆日本語教師☆「が」 「は」(2008年09月09日) 
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=34847505&comment_count=13&comm_id=19124
【2】☆日本語教師☆「は」と「が」(2008年02月06日)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=27764805&comment_count=5&comm_id=19124
【3】☆日本語教師☆「は」と「が」(2008年02月07日)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=27800832&comment_count=11&comm_id=19124

 何より恐ろしいのは、【3】の「1」のコメントのリンク先。
 このコミュ内だけで、同じようなトピがどんだけ立ってんだよ。
 検索もせずに立てる人も悪い(何回も同様のトピを立てている人は何者?)が、過去のトピも教えずに自説をズラズラ並べることに熱中している人も相当おかしい。
 そもそも、なぜ「日本語教師」のコミュでこんな話で盛り上がるのかがわからない。これって「言語学」とか「国語学」のジャンルの問題だろう。ためしに「言語学」のコミュで検索してみた。そんなテーマのトピはない。そりゃそうか。ちゃんと日本語をわかっている人なら、mixiで扱うべきテーマでないことはわかるはずだも。
 たとえば高校の教師がませたガキにこんな質問をされたら、答える必要あるの? それ以前に、正確に答えるだけの知識をもってるの?
 無理だよ。ホントに基本的なことだけ説明して、あとはいい参考書を教えて「自分で研究しなさい」って言うしかないでしょ。
 たとえば、数学の先生が高等数学の超難問に関する質問をされても、答える必要はないでしょう。そのくらいメンドーな問題ってこと。サラリと答えることができればカッコいいのだろうが。
 まあ、「日本語学習者」に質問されたら答える必要があるんだろう。どう答えてるんだろう。どれどれ。うわー、何言ってるか全然わからん。なかでもすごいのは【2】。コメント「141」まで伸びて、結論はどうなった? ケンカになってるorz。
 
 これほど危険なテーマとわかって何か書こうとするtobirisuもチャレンジャーだよなあ。
 他者と意見交換するよりはずっとマシだと思う。半端な知識の持ち主同士が意見を交換しても、なんの役にも立たない。平行線になるかケンカになるか。そんなバカなことするより、資料本の情報を交換をするべきだろう。
 こういうのは、先生の立場の人間が講義をするしか有意義な情報にはならないと思う。もうひとつ可能性があるとすると、ドンキホーテが叩き台を提出してツッコミを待つ。そしてボロボロにされて泣きながら帰る……ということで少し書いてみる。


 さて、ここまでは単なる悪態と予防線です。本題はここから。
 マトモなアプローチで書いている書籍は山ほどあるだろうから、通常とは少し違うアプローチで書く。まず、一般人は専門書ではなく、辞書を索くべき。「は」も「が」もいくつかの働きがあるが、主格につく場合に限って引用する。厳密に言うと主語とか主格とかって安易に使っちゃいけないんだけど、ここではフツーに使ってしまう。
 インターネット辞書『大辞泉』はあまりよくないので、『大辞林』から抜粋する。これも単に辞書の抜粋なんで、フツーに日本語を知ってる人はパスしてほしい。

=====================================
は(係助)
[1]特に一つの物事をとりあげて提示する。
・お酒―ぼくが買う
・食事―もうすんだ
[2]題目を提示して、叙述の範囲をきめる。
・象―鼻が長い
・ぼく―学生だ
・今日―よい天気だ
[3]二つ以上の判断を対照的に示す。
・行き―よいよい、帰り―こわい
・親に―孝行、友人に―信義
[4]叙述を強める。
(ア)〔補説〕 格助詞・副詞などに付いて意味や語勢を強める。
・たいてい―、そのまま帰る
・君と―もう会わない
(イ)〔補説〕 動詞・形容詞の連用形、および助詞「て・で」に付いて一続きの叙述の一部分を強調する。
・絶対に行き―しない
・なるほど美しく―ある
・まだ書いて―いない
・真実で―ない
[5]〔補説〕 「…(で)は…(だ)が」の形で譲歩の気持ちを表す。活用語の連用形に付くこともある。
・雨も、降り―降ったが、ほんのわずかだ
・ごめんどうで―ございますが
[6]動作・作用の行われる条件・事態を表す。現代語では「ては」の形で用いられるが、古語では「ずは」「くは」「しくは」などの形をとることもある。
・不正があって―ならない
・おこられて―大変だ
・会社として―万全の備えをするつもりです


が(格助)
体言および体言に相当するものに付く。
[1]主格を表す。古語では従属節の主格表現にのみ使用されたが、中世の頃より用法が広まり、一般に主格を表すのに用いられるようになる。
・ぼく―やります
・花―美しい
・先生―書いた本
[2]希望・能力・好悪などの対象になるものを表す。
・リンゴ―たべたい
・あの人―好きだ
[3]指示語に付いて、接続詞のように用いる。
・それ―ね、また大変な人なんだ
[4]連体修飾格を表す。「の」と同じ。現代語では文語的表現のみに用いる。多く、所有・所属・同格などの関係を表す。
・我―校の名誉
・梅―香
=====================================

 ちなみにこのテの専門書なんて手にしたこともない当方は、「は」と「が」って話になると、反射的に先日(9月15日)の日記でもふれた『日本語練習帳』を思い出してしまう。
 この名著?には、「は」の働きが4つあると書いてある。

1)問題(topic)の下に答えを持ってくるよう予約する
2)対比
3)限度
4)再問題化

 済みません。当方には、これが辞書以上のことが書いてあるとはとうてい思えないんだけど。
 1)がどういう意味なのかわかる人、教えてください。『大辞林』の[1]([2]もかな?)をものすごくむずかしく書いているだけなんて書いたら怒られる?
 2)は『大辞林』の[3]のこと。2つ並べるとは限らず、「猫は嫌い」と書くだけで言外に「○○は嫌いではない」とにおわすことがあるってのは、辞書にはないといえばないけど。そんなことフツーわかるだろう。
 3)は『大辞林』の[4]だろう。「限度」と「強調」のどちらが適切なのかはわからない。
 4)はグチャグチャ書いているけどサッパリわからない。当方には2)か3)に入るものって気がする。

 今度は「が」について見てみよう。
「が」の働きは2つあるとのこと。

1)名詞と名詞をくっつける
2)現象文をつくる

 1)は『大辞林』の[1][2]を無理矢理まとめてわかりづらくしている気がする。
 2)も『大辞林』の[1]だろ。
 
 このあと、『日本語練習帳』は「ハとガを同じと思わないこと」と解説している。そりゃ違うに決まっているけど、この記述を読んだ限りではどう違うのかどうにも理解できないのは、当方の理解力に問題があるのだろうか。
『日本語練習帳』ってそんなに真剣には読んでいなかったことに気づいた。文章の書き方に関するところはしっかり読んだが、ほかの部分は「何言ってんだか」って態度だった。
 今回辞書の記述と見比べながら「は」と「が」の説明を読んでビックリした。これって辞書に書いてある以上のことはほとんど書いてない。もちろん、入門者向けにそういうふうに書いたんだろう。それにしても、アンマリ。
 しかも、ものすんごくわかりにくい。これを読んだ当時より、当方が数段バカになっているのかもしれないが……否定できないorz。
 当時は、「素人にもわかりやすく噛み砕いて書いている分中身が薄い」という印象を持った。そのなかで、「は」と「が」に関してはうまくまとめている、と思った。じっくり読み直して、とんでもない勘違いだったとわかった。

【tobirisuの...ψ(。。)メモメモ...】
 ひょっとすると、ここからが本題? そうかもしれない。
 文法のことをガチャガチャ書く気はない。そんなことをすると、わかっていたはずのことまでわからなくなる。「は」と「が」が違うことは、長年日本語を使っている人ならわかるはずだ。その違いを本気で知りたければ専門書を読みなさい。ああいうトピで、知りたければ『○○』を読みなさい、というコメントがほとんどないのはどういうことなんだろう。訳のわからない個人的な意見を並べるのと、どちらが有効な情報か判断できないの? そうは言っても、『○○』を読みなさいと教えてもらっても読まないだろうな。

 ただ、覚えておいたほうがいいことがいくつかある。

1)希望・能力・好悪などの対象になるものを表す「が」は「を」でもいい
『大辞林』の「が」の記述中
[2]希望・能力・好悪などの対象になるものを表す。
・リンゴ―たべたい
・あの人―好きだ
 の「が」は、近年「を」にする人が多い。個人的にはイヤだけど、多くなっているんだからしょうがない。
「この店では新鮮な魚(  )食べられる」(能力……というより「可能」のほうが正確だと思う)
『大辞林』に従うなら、(  )に入るのは「が」。しかし、「を」と書く人も多い。辞書でも、そのことを認めているものがある。このヘンは「赤い本」に詳しく書いた。

2)初出の「が」、既出の「は」
 初出だの既出だの言うからメンドーに見える。昔話を思い出してほしい。

  昔々、あるところにおじいさんとおばあさんガ住んでいました。
  ある日、おじいさんハは山へ柴刈りに、おばあさんハ川へ洗濯に……。

 こういうこった。最初に出てくるときは「が」だけど、次に出てくるときは「は」。日本語ってそういうものなの。理由をちゃんと説明するのはものすごくむずかしい。
『日本語練習帳』の「ハとガを同じと思わないこと」の記述の中には、このことをうんと難解にしている(としか思えない)部分がある。なんでそんなことをしたのかは知らない。
 このことをトピに書いたことがあるけど、「そうじゃないこともある」とか反論された。下記のトピ参照(「2」と「3」)。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=27871409&comm_id=19124
================================
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさん( )おりました。
ある日、おばあさん( )川へせんたくに行きました。

この( )に何が入ると思いますか。これは坪田譲治の「うりひめこ」の冒頭なんですけど,二つとも「が」が入っているんです。

最初の( )は「が」しか入らないと思われますが,「あるところ」が「深い山奥」であれば,「は」を入れてもおかしくないでしょう。

新聞のニュースや小説の書き出しを見ますとね,修辞テクニックの問題なんでしょうけど,こういう一般に日本語教育で言われるセオリー通りではないものが結構あるんです。

出来上がった問題の正解は一つだけじゃないかもしれないという視点は必要だと思います。
================================

 それはそういう使い方をする人もいるってこと。そういう特別な文学作品をもってきて語られてもなあ。句読点の話をしているときに、野坂昭如の小説をもってきて「例外もある」と語っても意味がないでしょう。

3)「が」の後ろにはムヤミにテン(読点)を打ってはいけない。
 こういうふうに書けば、誰だって「でも〈は〉の後ろならいいのね」と感じる。それは「は」に対比の働きがあるから。フツーはわかるわい。
 テンの話に関しては「伝言板」の「句読点の打ち方」を見てほしい。いけね。この部分は書いてないや。これも「赤い本」を見てね、と書くと「いい加減にしろ」って言われそうなんで、赤い本から抜粋しておく。

 以下に書いたのは句読点の話で、直接「は」と「が」の話とは関係ないので省略。興味のある方は下記をご覧ください。

【伝言板 板外編2──読点と使い方の2つの原則と6つの目安】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-145.html



【チャレンジ日記──「ハ」と「ガ」〈2〉】

mixi日記2011年11月02日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1791581415&owner_id=5019671


 直接的には下記の続きだろうな。
【チャレンジ日記──「は」と「が」 毒抜き編】(2009年04月25日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1148330346&owner_id=5019671

 テーマトピは下記。
【「[N] がありますか」と[「N] はありますか」】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=65898419&comm_id=398881

 下記のコメント欄もご参照ください。
突然ですが問題です【日本語編79】──この近くに駐車場{ハ/ガ}ありますか。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1790973508&owner_id=5019671


 以前にも書いたように、「ハ」と「ガ」全般のことを語ろうとしたら、相当量の専門書や論文を読まないと無理だろう。少なくとも当方はそんな恐ろしいことをする気はない。
 ただ、具体的な例文を出して、「どちらが適切か」「どちらが自然か」を考えることなら、できなくはない気がする。
 今回は「適切」「自然」という書き方をする。「不適切」はたいていの場合ヘンだが、「不自然」はそれなりの文脈を用意すればOKになることが多い……くらいに考えてほしい。

 まず、質問文を一部加工して転載する。機種依存文字を使うのはやめてもらえないかな。
================================
 Japanese for busy people�を使用して日本語を教えています。教案を作っているうちに、助詞の「が」と「は」について自分も混乱してしまい、整理できない点が出てきました。

 Lessonn9(存在文)[Target dialogue]
 かとう:すみません。【この近くに駐車場がありますか。】
 店の人:ええ、ありますよ。
 かとう:どこですか。
 店の人:あそこにコンビニがありますね。駐車場はあのコンビニのとなりです。
 かとう:どうもありがとう。

 最初の【この近くに駐車場 が ありますか】と言う文ですが、私は【この近くに駐車場 は ありますか】の方が自然に感じてます。
 
 新しい情報を提示する際の助詞は「は」ではなく「が」を使うと教科書内でも説明しています。私もその点は理解しています。

 練習問題にも
 ・この近くにバス停がありますか。
 ・この近くに郵便局がありますか。
 のように、「が」を使用して所在を聞く練習問題が掲載されています。

 質問�→質問1)
 みなさまは、会話の最初の一文として【この近くに駐車場 が ありますか】と【この近くに駐車場 は ありますか】では、どちらの文がより自然だとお考えでしょうか。自分の感覚だけで指導するのが少し心配になったので質問をさせていただきました。(地方出身者なもので、それが関係してるのだろうかと考えました。)

 質問�→質問2)
 この会話文のように、所在を聞くときの質問文では、やはり新しい情報の提示と言うことで、「が」を使用して質問をすると指導する方がよいのでしょうか。
================================

 コメント[1]に出てくる〈相手が「駐車場」という施設を知っていると確信している〉をめぐって、以下のコメントが混乱している気がする。コメント[2]と[4]の間でトピ主の理解が大きくかわっていることを知っている人は何人くらいいるのだろう。この点にこだわると話が煩雑になるので無視する。
 下記【事例3──通93】参照。※公開制限あり
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1790846512&owner_id=5019671

  【テーマ例文】
  この近くに駐車場(  )ありますか。

【テーマ例文】の(  )に入るのは「ハ」か「ガ」か。
 これはコメント[0]に出てくる『Japanese for busy people I』にあるもの。コメント[3]に出てくる「華東師範大学出版の聴解の教科書」も、同様の例文を「ガ」にしているらしい。
 個人的な感覚だと「ハ」だと思う。でも「ガ」が間違いと言い切る根拠もない。つまり、自然なのは「ハ」。「ガ」は決して不適切ではないが、「ハ」よりもちょっと不自然。なぜそうなるのかは不明だけどさ。
 では、2冊の教科書?はなぜあえて不自然な「ガ」を使っているのか。
 理由は2つ考えられる気がする。
  1)何も考えてないホニャララ本だから
  2)学習者を混乱させないため

 1)の可能性が高いが、それではミもフタもないので、あえて2)と考えることにする。


●存在文だから疑問文も「ガ」にしちゃえ(←オイ!)
  1) この近くに駐車場(  )あります。
  2) この近くに駐車場(  )ありますか。
 
 1)は存在文(でいいのかな?)の基本形で、「ガ」が自然(「ハ」は不自然)。
 これを2)の疑問文すると、なぜか「ハ」が自然になる(「ガ」はほんのちょっと不自然)。
 理由を簡単に説明できるならするべきだけど、けっこう難問。だったらどっちも「ガ」で通したほうが学習者が理解しやすいのでは。
 教科書制作サイドがそう考えたのだとすると、ホニャララ本なんて失礼なことは書けない。

 ただし、存在文であっても下記の場合は「ハ」のほうが自然になる。5)あたりになると、「ガ」は不適切な気さえする。理由は不明。上記の教科書ではどう扱っているのでしょ。さすがにこれを全部「ガ」で押し切るのは無理だろう。
  3) この近くに駐車場(  )ありません。
  4) この近くに駐車場(  )ありませんか。
  5) この近くに駐車場(  )ありませんよね。

 個人的には、3)は否定文だから、という仮説を根深くもっている。存在文の「ガ」より、否定文の「ハ」のほうが強いってこと(ホントか?)。4)や5)が「ガ」になりにくいのも、「ありません」の影響だと思う。
 もしそうなら、〈存在文は基本的に「ガ」だけど、否定文は「ハ」になる傾向がある〉で済む。否定文ではない疑問文はどう扱うべきなのだろう。
 下記参照。
続【「は」と「が」】──雨が降るそうです/雨は降らないそうです
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=42113447&comm_id=2748


●道などを訊くときの前提
 コメント[5]に〈そもそも道を聞くなんてことは、相手が多分知っているだろうと思っているからできる〉とある。そうなると、既知(既出)だから「ハ」が自然。常識的にはそのとおりだと思う。ただし、そういう「前提」ではあっても「確信」ではないだろう。
 そうではないという非常識?な考え方もできる。
 以下は某所に書いたこと。これは「未知(未出)」だろう。でも「ハ」が自然。
================================
 わかりやすくするために、うんと極端な例をあげます。
 車を運転している当方が、まったく未知の土地で駐車する場所を探しているとします。人通りが少なく、やっと出会ったのが、どう見ても運転とは縁のない老婆です。当方が老婆に声をかけます。(  )に入るのは「ガ」でしょうか「ハ」でしょうか。
「もしご存じだったら教えてほしいのですが、この近くに駐車場(  )ありますか」
 当方は「ハ」が自然だと思います。しかし、老婆が〈近辺の「駐車場」の場所を知っている〉と確信しているからではありません。むしろ「たぶん知らないだろうな」と思っています。
================================


●前後の助詞との関連
 〈「ハ」と「ガ」のどちらが入るか〉を考えるとき、前後の助詞の話も重要になってくる。ここでは前後に「ハ」や「ガ」があるかないかだけを考える。厳密に考えると、役割分担みたいなことになりそうだが、無視する。
「論理」で考えるとむずかしいから、「生理」で考える……と言ってもいい。
  6) 来週の月曜日ハ、予定(  )ありますか。
  7) 来週の月曜日ですガ、予定(  )ありますか。
  8) 来週の月曜日、予定(  )ありますか。
  
 6)は両方OKだけど、「ガ」のほうが自然に感じる。
 7)は両方OKだけど、「ハ」のほうが自然に感じる。
 8)は両方OK。しいて言えば「ハ」って気がするが、理由が説明できないから個人的な趣味でしかない。
 こういうことは、話し言葉だとそんなに神経質になる必要はないかもしれないが、書き言葉だとけっこう気になる。
 直前に「ハ」や「ガ」があるから……以外の理由があるのだろうか。↑の老婆への質問も、「ハ」が相当イヤなのは直前の「ガ」の影響もありそうだ。
 こうでも考えないと、某所に書いた下記の説明ができない(泣)。
================================
 ちなみに、下記だと「ガ」のほうが自然だと思います。
「確信」なんて関係ありますか? 既知とか未知とか関係ありますか?
「この近くにハ駐車場(  )ありますか」
================================
 ってことで、下記を9)にする。
  9) この近くにハ駐車場(  )ありますか。


●疑問詞との組み合わせ
 以下はほぼヨタ話……と言うより詭弁に近い。
 疑問文と「ハ」と「ガ」って話になると、〈疑問詞を使う場合は「ガ」〉という説が出ることがある。
  10) 誰ガ担当者ですか。
 たしかにハにはしにくい。ほとんど「不適切」だろう。
 語順を入れかえる。
  11) 担当者ハ誰ですか。
 これならガにはしにくい。ほとんど「不適切」だろう。
 つまり、〈疑問詞を使う場合は「ガ」〉ではなく、〈疑問詞に直接つくのは「ガ」〉ってことじゃないかな。〈疑問詞の前に来るのが「ハ」で、疑問詞の後につくのが「ガ」〉と言うべきかな。疑問詞の前に来ると〈主題のハ〉になる、とも言える。
 このあたりのことも、〈続【「は」と「が」】──雨が降るそうです/雨は降らないそうです 〉のトピに出てくる。雑音も多いけど、役に立つトピだ。

 ここから妙な論理展開を思いつく。
  12) どこガ駐車場ですか。
    ※ちょっと不自然な気もするけど、「ハ」よりはマシ。
  13) 駐車場ハどこですか。
    ※11)と同様で、ガにはしにくい。ほとんど「不適切」だろう。
 この流れで考えると、下記は「ハ」のほうが自然だろう。
  14) 駐車場ハどこにありますか。
  15) 駐車場ハありますか。

【テーマ例文】に関しては、「ハ」でも「ガ」でもOKとしか言いようがないだろう。「どちらが自然」なのかは論理的は説明できない。
 あえて理由をつけるなら、「ガ」がOKなのは存在文の変形と考えることができるから。
「ハ」がOKなのは、↑のような理由から。簡単に言うと、「(後ろに)疑問詞を内在している文型」だからかな。15)に「この近くに」がついていると考えればOK。厳密に言うと、「駐車場ハどこにありますか」なら前段は「この近くで」だろうけど。
 o( ̄ー ̄;)ゞううむ
 我ながら強引だ。穴がいろいろありそうだけど、許して。やっぱヨタ話レベルだな。
 フツーに考えたら、「ハ」と「ガ」の問題なんてわかんないよ。なんで【テーマ例文】は「ハ」が自然なんだろう。

 
 矛盾点を探してみた。例外はどこまでもつきまとう(泣)。
  a あそこ{ハ/ガ}さっきから話題の駐車場です。→既知だけど「ガ」が自然
    「さっきから話題の駐車場」を「目的地の○○」にするともっとハッキリする?
  b さっきから話題の駐車場{ハ/ガ}あそこです。→既知だけど両方OK?
  c 駐車場{ハ/ガ}どこか教えてください。→疑問詞の前だけど両方OK?


【チャレンジ日記──「ハ」と「ガ」〈3〉日本語】
「ほぼお手上げ」ってことで話を済ませようと思ったが、妙な例文を見つけたんで【テーマ例文】の3)にする。素朴な疑問なんだけど、このベストアンサーみたいな解説って、日本語学習者が理解できるのだろうか。「近接回避」(仮称)なんていい加減なことを言わずに。「ハがついたほうが主題……」とか書くほうが正確だとは思う。でもこれがイマイチ理解できない当方の立場は……(泣)。
【A社に外国人の社員さんがいますか】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1186851806

【テーマ例文】
1)この近くに駐車場{ハ/ガ}ありますか。  
2)今月の26日に空室{ハ/ガ}ありますか。
3)A社に外国人の社員さん{ハ/ガ}いますか。

 2)はトピに出てきた例文を少し加工した。元の文は「今月の26日ですガ、部屋ガ空いていますか」。これだと「ガ」の「近接回避」のために「ハ」のほうが自然だろう。
 1)~3)はほぼ同じ構文だと思う。
  (場所/時)に(物/人){ハ/ガ}(ありますか/いますか)
 個人的な感覚では、どれも「ハ」のほうが自然。「ガ」を自然にするためにはそれなりの文脈が必要になる。具体例が意外に難物で……。
 理由はまったくわからないが、1)2)は「ガ」でもさほど異和感がないのに、3)には相当異和感がある。
 ついでに書くと、1)は「この近くに」でもいいと思うし、2)は「今月の26日に」でもいいと思う。しかし、3)は「A社にハ」と「ハ」を入れるほうがずっと自然な気がする。そうなると、「近接回避」(仮称)のルールに従い、「社員さんガ」のほうが自然になる。
 おそらく、〈会社は無数にあるけど、ほかでもない「A社にハ」いるのか〉ってことなんだろう。
 一方1)の〈この近く〉と対比される言葉はそれほど多くはない。仮に〈駅前にハ云々〉がすでに話題になっているのなら、「この近くにハ」にしたくなるけど。2)の〈今月の26日〉は1)と3)の間くらいかな。
 ↑のYahoo!知恵袋でイチバン過激な意見は、〈「A社に外国人の社員さんがいますか。」は不自然な日本語〉で〈現実性の乏しい作文〉であり〈実際に使うタイミングはありません〉としている。気持ちはわからなくはないけど、ここまで断言する勇気はない。それなりの文脈があればOKになるはず……とは思いながら、適切な文脈が思いつかない。
 1)2)に比べて3)の異和感が強い理由もわからない(泣)。


【チャレンジ日記──「ハ」と「ガ」〈4〉

 テーマトサイトは下記。
【日本語の「が」と「は」の違いについて教えてください。】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1494031699
================================引用開始
日本語の「が」と「は」の違いについて教えてください。
外国人に日本語を教えています。

「質問はありますか?」という問いに対して答える文として、
A「質問はありません」 もしくは B「質問があります」ということを教えた際に、

どうしてAのときは「は」で、Bのときは「が」を使うのかと聞かれました。
わたしにはうまく答えられなかったので、どなたか教えてくださると助かります。

よろしくお願いいたします。

補足
ありがとうございます。「質問はありますか」が一般的でないなんて驚きました。まずは自分の日本語を見直さないといけないですね。

それでもよくわからないのですが、「質問があります」のとき「が」になる理由は、2)形容詞述語文内に書かれている“強調“ですか?
================================引用終了

 最初のコメントが削除されたので、質問者の【補足】が浮いている。
 たしか、「質問ありますか?」は×で、「質問ありませんか?」にするべきとしていた。これはこれでひとつのテーマになりそう。たしかに「質問ありませんか?」のほうがいい気がするが、「質問ありますか?」が×とは思えない。
 本題は、下記の問題とほぼ同様だろう。ちとウッカリして、このトピの話を回収していなかった。

【続【「は」と「が」】──雨が降るそうです/雨は降らないそうです】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=42113447&comment_count=76&comm_id=2748
 
 当方がトピ立ての際に書いたコメントが下記。
================================引用開始
1)明日、父が帰ってきます。
2)明日、父は帰ってきません。

3)明日、雨が降るそうです。
4)明日、雨は降らないそうです

 1)は「は」でもいいのかもしれません。
 しかし、2)~4)は「は」を「が」にかえる(逆に「が」を「は」にかえる)と不自然な気がします。

 このようになる理由をおわかりの方はいらっしゃいませんか。
 疑問は主として2つあります。
A 肯定文と否定文で「が」が自然になったり「は」が自然になったりするのはなぜか
B 1)だけが「が」でも「は」でも不自然でない気がするのはなぜか
================================引用終了

 いろいろあって、仕切り直して書いたコメント[60]の一部が下記。
================================引用開始
 タチの悪いイタズラをしでかした犯人を捜すために先生が子供に訊く……くらいの状況を考えてください。
先生「あのイタズラをしたのは太郎ですか、次郎ですか」
三郎「太郎はしてません。次郎がしました」
 ※三郎の言葉は「次郎がしました。太郎はしてません」と入れかえることも可能でしょう。
 ※この例文だと、既出(旧情報)&初出(新情報)は無関係だと思います。「文脈のよる」とも言えない気がします。

 さらにこれは次のような形も考えられます。
先生「あのイタズラをしたのは太郎ですか、次郎ですか」
太郎「ボクはしてません。次郎がしました」
 ※太郎の言葉は「次郎がしました。ボクはしてません」と入れかえることも可能でしょう。
 ※第三者と当人では違いがあるのかないのか不明です。とりあえずいまのところは、違いはないようです。

 こうなると、「肯定文では〈が〉になりやすく、否定文では〈は〉になりやすい」と言えるのでは……という気がします。
================================引用終了

 コメント[62]以降で、興味深い話になる。
 否定文だから「ガ」になるのではなく、〈No.1(複数犯のなかの主犯or単独犯)をマークするときに「ガ」〉になる、と考えられるらしい。
 だから、質問が「宿題をやってこなかったのは太郎ですか、次郎ですか」という形になると「ガ」と「ハ」が逆転する。
三郎「太郎はやってきました。次郎がやってきてません」
太郎「ボクはやってきました。次郎がやってきてません」
 この場合は、なぜか「次郎はやってきてません」でもさほどおかしくないのかもしれない。
 うーん。困った(泣)。

 ネット上で閲覧できる論文などを見ても、こういう考え方をしているものが見当たらない。論外なのかな。論文になると、当方の読解力を超えているという説もある。
 下記は前に別のトピで紹介されていた例。
http://park21.wakwak.com/~attire/research/hatogayousi.htm
http://www.pantomime.org/nihongo-tusin/note.html

 気になったのは下記の冒頭近くにある一文かな。
http://homepage2.nifty.com/arima-yty/misc/waga.html
>新しい話題は<が>だとか、否定になると<は>だとか、一元的な説明をあきらめているふしもあるようである。
 この場合「一元的な説明」がどういう意味かわからないが、「否定になると<は>」という考え方はあるらしい。

 適確な説明はできないが、「否定文では〈は〉になりやすい」と言えそうな気がする。
 そうとしか言えない例に遭遇した。
【チャレンジ日記──「ハ」と「ガ」〈2〉】に出てきた下記もそう。
================================引用開始
  1) この近くに駐車場(  )あります。
  2) この近くに駐車場(  )ありますか。
 
 1)は存在文(でいいのかな?)の基本形で、「ガ」が自然(「ハ」は不自然)。
 これを2)の疑問文すると、なぜか「ハ」が自然になる(「ガ」はほんのちょっと不自然)。
 理由を簡単に説明できるならするべきだけど、けっこう難問。だったらどっちも「ガ」で通したほうが学習者が理解しやすいのでは。
 教科書制作サイドがそう考えたのだとすると、ホニャララ本なんて失礼なことは書けない。

 ただし、存在文であっても下記の場合は「ハ」のほうが自然になる。5)あたりになると、「ガ」は不適切な気さえする。理由は不明。上記の教科書ではどう扱っているのでしょ。さすがにこれを全部「ガ」で押し切るのは無理だろう。
  3) この近くに駐車場(  )ありません。
  4) この近くに駐車場(  )ありませんか。
  5) この近くに駐車場(  )ありませんよね。

 個人的には、3)は否定文だから、という仮説を根深くもっている。存在文の「ガ」より、否定文の「ハ」のほうが強いってこと(ホントか?)。4)や5)が「ガ」になりにくいのも、「ありません」の影響だと思う。
 もしそうなら、〈存在文は基本的に「ガ」だけど、否定文は「ハ」になる傾向がある〉で済む。否定文ではない疑問文はどう扱うべきなのだろう。
================================引用終了


【チャレンジ日記──「ハ」と「ガ」〈5〉

 コメントを回収しておく。なんで皆さんこんなメンドーな話が好きなんでしょうね。どっちもOKではダメだんだろうか。
 テーマトサイトは下記。
【授業はありませんか? 授業がありませんか? この2つの文章は自然でしょうか?】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1295608092

【tobiクンのコメント】■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「授業はありませんか?」「授業がありませんか?」

結論だけを書くと、2つとも不自然とは言えません。
個人的には「授業ハありませんか?」のほうが自然に感じます。文脈によっては「ガ」が自然なこともあるでしょう。
日本語学習者向けの教科書には、下記の例文が出ているそうです(詳しくは下記のリンク先参照)。

この近くに駐車場がありますか。
今月の26日ですが、部屋が空いていますか。

おそらく「存在文」の「ガ」と同様に扱うためと思われます。これは下記の②と同じ形でしょう。ご質問の例は④ですよね。

①授業があります。……「存在文」の基本形
②授業がありますか。……「存在文」の疑問文
③授業がありません。……「存在文」の否定文
④授業がありませんか。……「存在文」の否定文の疑問文

①~④をすべて「ガ」にするほうが学習しやすいので、そうしているような気がします。それで大きな問題はないと思います。
こういう事実を無視して、④は「ハ」のほうが自然とするのは無理を感じます。
個人的には、②~④は「ハ」のほうが自然だと思います。しかし、その理由を論理的に説明するのはむずかしいので、強く主張する気はありません。過去にいろいろな説明を目にしましたが、ニュアンスの違いはきわめて微妙で、少なくとも当方が納得できる説明は見たことがありません。
この問題に関しては、SNSのmixiのトピでかなり突っ込んだやり取りをしたことがあります。専門的な話も出ましたが、結局は「よくわからない」としか言いようがありません。「文脈しだい」ということでしょう。


以下は、「あえて説明するなら」という話です。余談とお考えください。ご質問の例は下記の4)と同様だと思います。
詳しくは下記をご参照ください。なお、文中で「不自然」としているものでも、やや特殊な文脈を用意すれば「不自然」ではなくなりそうです。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-592.html
以下は一部の抜粋(重言)。
================================引用開始
1) この近くに駐車場(   )あります。
2) この近くに駐車場(   )ありますか。

1)は存在文(でいいのかな?)の基本形で、「ガ」が自然(「ハ」は不自然)。
これを2)の疑問文すると、なぜか「ハ」が自然になる(「ガ」はほんのちょっと不自然)。
理由を簡単に説明できるならするべきだけど、けっこう難問。だったらどっちも「ガ」で通したほうが学習者が理解しやすいのでは。
教科書制作サイドがそう考えたのだとすると、ホニャララ本なんて失礼なことは書けない。

ただし、存在文であっても下記の場合は「ハ」のほうが自然になる。5)あたりになると、「ガ」は不適切な気さえする。理由は不明。上記の教科書ではどう扱っているのでしょ。さすがにこれを全部「ガ」で押し切るのは無理だろう。
3) この近くに駐車場(   )ありません。
4) この近くに駐車場(   )ありませんか。
5) この近くに駐車場(   )ありませんよね。

個人的には、3)は否定文だから、という仮説を根深くもっている。存在文の「ガ」より、否定文の「ハ」のほうが強いってこと(ホントか?)。4)や5)が「ガ」になりにくいのも、「ありません」の影響だと思う。
もしそうなら、〈存在文は基本的に「ガ」だけど、否定文は「ハ」になる傾向がある〉で済む。否定文ではない疑問文はどう扱うべきなのだろう。
================================引用終了

下記も参考になると思います。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1294434767


【追記】
 余計なことかもしれないが、〈初出の「が」、既出の「は」 〉について補足しておく。
 mixiのトピに書いたら、〈日本語ってそういうもの〉ではない、と反論されてビックリしたことがある。あんまり古いことなんで、どこに書いたのか忘れてしまったorz。
 そんなのは当たり前で、もしこれが絶対的なルールなら、長編小説の冒頭で「ガ」を使ったあとは「ハ」は使えなくなる。それは困るだろう(笑)。
 そもそも、〈ある日、おじいさんハは山へ柴刈りに、おばあさんハ川へ洗濯に……。 〉だって「対比?」の「ハ」じゃないかって気がする。
 これが〈ある日、おばあさんガ川へ洗濯に行ったときのことです。 〉なら「ガ」のほうが自然だろう。
 ただね。
 入門者に、「ハ」と「ガ」の違いに興味をもってもらうには好例だと思っている。
 いきなり「主題」だ「主語」だと始めるより、ずっとマシじゃないだろうか。



【教えて! gooで庭三郎氏発見 改──
チャレンジ日記 「ハ」と「ガ」〈6〉

mixi日記2015年10月15日から

 下記を書き直しました。
【教えて! gooで庭三郎氏発見】
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12068140547.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1945601510&owner_id=5019671

 ちょっと驚いたんだけど、教えて! gooに、庭三郎氏が参加しているらしい。
 これはmixiに金谷武洋氏が参加していることを知って以来の衝撃かも。
【第20回 「は」と「が」はどう違う?】
http://blog.goo.ne.jp/shugohairanai/e/89f68f5696c3dcad4cbdf059d39da6a3

 庭三郎氏に関して当方も詳しいことは知らないが、下記あたりを参照してほしい。日本語教師の世界ではかなり知られた人らしい。Macintoshだとフツーにアクセスすると文字化けするのがタマにキズ。
【庭 三郎 の 現代日本語文法概説】
http://www.geocities.jp/niwasaburoo/

 下記で初めて知った。「なりすまし」の可能性もあるが、ほかのコメントを読むとどうも本物らしい。今後は勉強させてもらう。
【「しつつある」という表現について】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9050839.html

 教えて! gooでのHNはnwsaburoo。
 ほかに下記あたりでコメントしている。専門家がこういう平易な文章で解説してくれると助かる。せっかくのコメントが、グダグダのコメントに埋もれてしまっているのが残念。
【「私は花が好きだ」の「花が」】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9048593.html
==============引用開始
こんにちは。

以前、「学校文法」について書いたものをコピーします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7878213.html

(前半省略)
学校文法のことを少し書いておきます。
ここでの問題は、「学校文法」というものの内実です。これもくわしく書くと長くなるので、はしょって書きますが、学校文法というのは非常に不完全な、説明能力の限定された文法です。

ここでまた、たとえを出して説明します。今、中学で教えている学校文法というのは、算数にたとえれば、自然数の範囲で四則演算(+-×÷)をやっているようなものです。足し算は自由にできますが、引き算の練習では負の数が出ないように、(5-3)のような練習問題しかできません。(3-5)はできないのです。同様に、かけ算は自由にできますが、割り算は必ず割り切れるものだけにします。分数はまだ知らないのです。余りが出るのは美しくないでしょう。

このたとえと同じで、中学で習う文法の練習問題は、必ず答えがすっきり出るような例文ばかりです。日常的な、実際の日本語の中の、学校文法の枠組みでは答えが出にくいものは、慎重に排除されています。
上の「ハ・ガ文」はまさにそのようなものです。

学校文法は、子どもに日本語の中の規則性をごくかんたんに教えるには、それなりに教育的価値のあるものですが、不合理なところがいろいろあり、現在の文法研究者で学校文法を良いものだと思っている人はほとんどいないでしょう。
なんと言っても、戦前の、日本語の文法研究がまだ始まったばかりと言ってもいい時代に作られた枠組みを、そのまま教えているのです。古典文法の理解のためには、それなりに役立つのでしょうが、それにもいろいろ批判があります。早くやめたほうがいいのですが、一つの体制が確立してしまうと、その改革には非常に大きな労力が必要で、一部の文法研究者が取り組んでいるようですが、難しい問題です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「主題」も「対象語」も「補語」も「目的語」も、学校文法の用語にはありません。それらが分析のための用語として使われるようになったのは、戦後のことです。(「目的語」は英文法の用語です)
現実の日本語を、納得がいくように分析することは、学校文法では無理なのです。残念ながら。

saburoo
==============引用終了

 ほかに、同じnwsaburoo名義でAmazonのレビューも書いている。これを読むだけでタダモノではないことがわかる。残念なことに当方にはやや難解。
http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A3V4N23K6JCVYA?ie=UTF8&sort_by=MostRecentReview

 ブログもあるのね。これは要チェックかも。
http://blogs.yahoo.co.jp/niwasaburoo


 ちなみに、以前〈「ハ」と「ガ」の違い〉に関し、自分の手に余るので庭三郎氏のサイトから引用した(コメントNo.3)。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9003546.html
 No.4で大胆な感想を書いた人がいる。

==============引用開始
#3さんが専門家?の説明を紹介していますので、若干、感想を。
第一印象は、わたしのような頭の悪い人間にとっては、あまりに煩雑すぎる・・・ですね。
挙げている参考文献が膨大なのですが、なるべくたくさん取り込もうとして、そうなってしまったような気もします。
まあ、それは好き好きですからとやかく言うつもりはありませんが、解説文自体も、結構、回りくどい印象を受けます。
たとえば、ほんの一例ですが、
------------------------------------------------------
「は」の用法の基本:
1 何かを頭の中に思い浮かべて、それについて情報を述べたり、質問したりするとき。 
    えーと、財布、財布、、、あ、ここにある。 → 財布はここにある。
   (人を探して)陳さーん、陳さーん。陳さんはどこへ行ったんだ?

2 話の場にあるもの、話に出てきたものなどについて情報を述べたり、質問したりするとき。
   あ、おいしそうなお菓子! (食べてみて) このお菓子はおいしいね。
   もしもし!(あなたは)どちらへいらっしゃいますか?
   「これはどこにおく?」「それはあっちに持って行って。」
   「中学の時の先生が亡くなったって聞いて悲しくなっちゃった。」「その先生は何歳だったの?」

3 一般的な事実(真理)などを述べるとき。(「が」の用法1との違い)
    学生は学校に毎日通う。
    電車は線路を走る。
    植物は肥料をやるとよく育つ。
    雨は冬より夏にたくさん降る。(東京では) cf. 雨が降っている。(今、目の前で)
(1・2・3は結局、「話し手(と聞き手)がその場で頭に思い浮かべられるもの」とまとめることができる。) 
   
4 何かの部分や「~は~が」文の「~が」について、特に対比の意味を持たせて言いたいとき。
私は中国語は少しわかる。(韓国語はぜんぜんわからない。)
    象は、鼻は長いが、足は短い。 
    私は日本酒は好きだけれど、ウイスキーは好きじゃない。
------------------------------------------------------
のような記述があります。4つも例を挙げる必要がありますかね。まあ、親切心からだと思うので、文句は言いたくないのですが、絞り込んだほうが本質が理解しやすくなることは結構多いでしょう。
単純に、
【○○は】⇒○○を主題提示して、「○○」に関して「は」以降で話を展開する用法。
と言えば済むと思うのですけどね・・・。
文中の表現を使っても、『1 何かを頭の中に思い浮かべて、それについて情報を述べたり、質問したりするとき。』だけで全て網羅できているでしょう。
誤解なさらないでいただきたいのですが、必要性があるなら、いくら回りくどくても長くても良いと思います。
しかし、無闇に長けりゃ良いということにはならないはず。
==============引用終了

 大前提として、この引用は庭三郎氏のサイトのどこにあるのだろう。
 ずいぶん探してしまった。なぜか検索してもヒットしにくい。
 下記からたどれる。
【5.「は」について 】
http://www.geocities.jp/niwasaburoo/09wa.html 
【補説§5】
http://www.geocities.jp/niwasaburoo/09wahosetu.html
§5.2 「は」と「が」の基本
 
 どちらの説が説得力があるのか当方にはわからない。
 ホントにひとつに集約できるのなら、それに越したことはない。
 いろいろあげているのは、ひとつだけでは網羅できないからじゃないかな。ほかの専門家の説を見ても、いくつもあげている。
 たとえばかの『日本語練習帳』の記述(「たとえ」の後に読点を打ってはいけない)。
 この名著?には、「は」の働きが4つあると書いてある。
 入門者向けにかなり絞り込んでいるけど、それでも4つある。よく読むと内容にはいろいろ問題を感じるんだけどさ……。
【チャレンジ日記──「は」と「が」 毒抜き編】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-592.html
 以下は一部の抜粋(重言)。
==============引用開始
1)問題(topic)の下に答えを持ってくるよう予約する
2)対比
3)限度
4)再問題化

 済みません。当方には、これが辞書以上のことが書いてあるとはとうてい思えないんだけど。
 1)がどういう意味なのかわかる人、教えてください。『大辞林』の[1]([2]もかな?)をものすごくむずかしく書いているだけなんて書いたら怒られる?
 2)は『大辞林』の[3]のこと。2つ並べるとは限らず、「猫は嫌い」と書くだけで言外に「○○は嫌いではない」とにおわすことがあるってのは、辞書にはないといえばないけど。そんなことフツーわかるだろう。
 3)は『大辞林』の[4]だろう。「限度」と「強調」のどちらが適切なのかはわからない。
 4)はグチャグチャ書いているけどサッパリわからない。当方には2)か3)に入るものって気がする。

 今度は「が」について見てみよう。
「が」の働きは2つあるとのこと。

1)名詞と名詞をくっつける
2)現象文をつくる

 1)は『大辞林』の[1][2]を無理矢理まとめてわかりづらくしている気がする。
 2)も『大辞林』の[1]だろ。
 
 このあと、『日本語練習帳』は「ハとガを同じと思わないこと」と解説している。そりゃ違うに決まっているけど、この記述を読んだ限りではどう違うのかどうにも理解できないのは、当方の理解力に問題があるのだろうか。
==============引用終了

 冒頭の金谷武洋氏だって、ひとつにはしていない。考えれば考えるほど例外が出てくるのに、あくまでも「ひとつで済む」と考えるんですかね。それで済むならラクでいいなぁ。
 しかも、そのあと〈感心な点〉をあげている。
 ここまで〝上から目線〟で高飛車な書き方ができるのは、よほどハイレベルの専門家なのだろう。




チャレンジ日記 「ハ」と「ガ」〈7〉

 テーマサイトは下記。
【「~がありますか?」と「~はありますか?」の違い】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9082804.html
==============引用開始
お店に入って、店員に「Advilがありますか?」って聞くなんて不自然な日本語でしょうか?

そのセリフはどうしても間違ってる気はしますが、なぜ間違ってるかちゃんと説明できず困っています。

これは100%ミスですか?それとも、「Advilがありますか?」が正しい日本語の場合もありますか?

ご存知の方がいらっしゃったら是非教えてください。
==============引用終了

 こういう問題に深入りしてはいけないと思いつつ……No.9のコメント(下記)に反応してしまう。
==============引用開始
「は」と「が」の違いについての質問はくり返し続いています。わたし自身も回答者の一人になったことがあります。しかし、これぞ回答としてふさわしいという回答には、(自分の回答も含めてですが)お目にかかっていません。もし、そういう回答があれば、それを引用したり、更に補足するだけで回答が成り立ってしまうはずです。
 ところで、今回の皆さんの回答を読んで、面白いことに気づきました。ひとつは、No.5の方の回答で、既に何回か目にしているのですが、 「変形生成文法」とでもいうのでしょうか、ほとんど理解不能の点が多かったのですが、今回の質問に関して

(15) お尋ねの文としては 基本的に次のふたつの表現に分かれるかと考えます。:
  (そ) このお店ハ Advilガ ありますか?
  
  ☆ (そ)の 《このお店ハ》は つうじょう省かれないものと思われます。中心主題が何であるかを提示しなければならないゆえ。
 と述べられています。

 《このお店ハ》をつけるとすれば、「このお店ハ、Advilガ ありますか?」になりやすいということです。
 そして、このことは、ほとんど関係なく挙げられたNo.4のかたの
   「この近くに駐車場(  )ありますか。」
が、中国で出版されたという日本語指導の教科書では「この近くに駐車場<が>ありますか」になっている事とが、偶然にも同形になっていることです。「この近くに」は「この近くにハ」と変形する事は可能です。
 『このお店ハ Advilガ ありますか?』
 『この近くにハ 駐車場ガ ありますか。』
 教科書は中国人が編集したのかどうかは知りませんが、意外に日本人的語感を持っているのではないでしょうか。

 実はわたしも、この質問を初めて読んだときは、「Advilは」が普通だろうと思ったのですが、今は「が」かも知れないと思えてきました。しかし、どちらか断言出来るほどの見識は持ち合わせていません。
 おそらくこれからも、「は」か「が」かという問題は続くでしょう。
 その解決のヒントは次のようなところにあるかも知れません。

  http://www.geocities.jp/niwasaburoo/09wa.html
    5.3 主題化
==============引用終了

 末尾のリンク先の庭三郎氏のサイトは、非常に勉強になると思う。
 以前、同じように紹介した(コメントNo.3)ところ、痛烈に批判されてしまった(No.4)。世の中にはいろいろな考え方があるようだ。
 語気の荒いこの批判が、不当なのか正当(妥当?)なのかは関知したくない。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9003546.html

 で、本題は下記の話。
  このお店ハ Advilガ ありますか?
  この近くにハ 駐車場ガ ありますか?

 これはかの有名な「象は鼻が長い」の話になりそう。
 ほかに「うなぎ文」だの「こんにゃく文」だの、泥沼が待っている(泣)。

 一般的な「ハ」と「ガ」の話に加え、当方は2つの仮説を持っている……なんて大層なものではなく、「理由はよくわからないけどなんとなくこんな傾向があるのでは……」と思っていることが2点ある。

I 否定文は「ハ」になりやすい
 ↑の〈4〉参照。
 たぶん「ハの排他性」がキーワードになるが、むずかしいので考えたくない(泣)。

II 意味がウンチャラより「近接回避」が重要では
 ↑の〈3〉参照。

 IIに関して、再度まとめておきたい。
1)このお店にハ Advilハ ありますか?
 これを原形と考える。これも「間違い」ではないが、通常は下記のほうが自然だろう。
2)このお店にハ Advilガ ありますか?
 ハを省略してみる。 
3)このお店に Advilガ ありますか?
4)このお店に Advilハ ありますか?
 こうなると微妙。個人的には、4)が自然に感じるが、3)も「間違い」とは思えない。2)からの流れで考えると、2)のハを省略したものと考えるなら3)のほうが自然なのかもしれない。
 さらに「このお店に」を省略する。
5)Advilガ ありますか?
6)Advilハ ありますか?
 これが元々の質問の文。こうなると「このお店に」がなくなったせいか、5)に対する異和感が強くなる。

 1)から2)にかわる段階でハがガになる。2)から4)にかわる段階でガがハになる。
 それぞれの役割がコロコロかわるからだろうか。もちろん、それぞれの文で「主題がウンチャラ」「主語がナンチャラ」と分析することも可能だろう。
 当方はそんなメンドーな話は遠慮したい。「近接回避」と考えるのが簡明では。
 下記の場合も同様だろう。
  この近くにハ 駐車場ガ ありますか?

 これが下記になるとさらに混迷が深くなる。
7)今月の26日{に/にハ/φ(、)}空室{ハ/ガ}ありますか?
 φは無助詞を表わす。
 7)の場合はφもありうる。当方の語感だと、下記が自然。

今月の26日に空室ハありますか?
今月の26日φ(、)空室ハありますか?
今月の26日にハ空室ガありますか?
 前の2つはハが自然に感じる。理由は、存在文の単純な疑問文はハが自然に感じるから。それ以上は考えたくない。
 3つ目だけガが自然に感じる。理由は「近接回避」。それ以上むずかしいことは考えていません。

 あえて避けてきたが、
Advilφ(、)ありますか
今月の26日{に/にハ/φ(、)}空室φ(、)ありますか?
 という形もありうる。
 無助詞に関してはテーマサイトのコメントNo.8参照。
■■■■■■■■■■■■■■引用開始
「無助詞」「助詞の省略」に関して補足しておきます。
 mixiで「この近くに駐車場(  )ありますか。」についてやり取りしたとき、「無助詞」の話も出ました。
「この近くに駐車場ありますか。」という文も可能でしょう。
「ハ」と「ガ」ではニュアンスが大きく違うと主張するかたは、無助詞だとどう考えるのでしょうかね。
 当方は下記のように考えています。

「この近くに駐車場ありますか。」は話し言葉的ですし、疑問文なので無助詞でも自然なのでしょう。
【学者の言葉〈1〉──無助詞文あるいは助詞の省略】 
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2295.html
 以下は一部の抜粋(重言)。
==============引用開始
 (15)(19)(20)あたりはたしかにφのほうが自然な気がするが、別の理由があるのでは。
 何も考えずに思いつくことをあげていく。
●「無助詞文」になりやすいのは話し言葉である。
 これは大前提で、論文の冒頭に書いてある。ただ、文字で書かれている小説のセリフは話し言葉か書き言葉か、と厳密に考えると泥沼にはまる可能性が高いのでスルーする(個人的には話し言葉だと思う)。
●「呼びかけ」(「注意喚起」と考えるほうがいいらしい)は「無助詞」になりやすい。
●「目上の人」に対しては「無助詞文」になりにくい。
 同じ内容でも、「親しい同格以下の人に話す場合」は「無助詞文」になることがある。言葉づかいがラフになればなるほど、その傾向が強くなる。相手が子供だと、「無助詞文」だらけになることもある。
●「省略」(もしくは「無助詞」)が「省略」(もしくは「無助詞」)を呼ぶ傾向がある。
●「聞き手の情報を求める文」と言うか、要するに疑問文だと「無助詞文」になる傾向が強い。
 こういうことをどこかに書いてあるのかな。
 あとは考えはじめると泥沼が待っている予感。
(略)
==============引用終了
■■■■■■■■■■■■■■引用終了







チャレンジ日記 「ハ」と「ガ」〈8〉

 下記へのコメント。
【「は」と「が」の違いについて教えてください 私は外国人です 私が外国人です 私は好きです】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9464945.html
==============引用開始
「は」と「が」の違いについて教えてください

私は外国人です
私が外国人です

私は好きです
私が好きです

私はやろうか?
私がやろうか?

日本人はどういうふうに使い分けているのかを聞かれて困っています
こんなものは感覚ですが、外国人にはその感覚がわからないため、使い方を苦労しているそうです

基本的に「は」や「が」という助詞は、名詞の後ろに置き、直前の名詞が主語になることを意味しているということはわかっているようですが、使い分けがよくわからないそうです

どっちを使っても伝わるといえば伝わりますが、

私はやろうか?
は、おかしいのに
私がやろうか?
は、おかしくない

この理由についても説明に困りました

使い分けるときに、基本となるルールみたいなのは、法則はあるのでしょうか?
==============引用終了

【tobiクンのコメント】■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
No.3
回答者: 1311tobi 回答日時:2016/10/18 14:55
「は」と「が」の話はちゃんと書こうとすると論文になります。
 実際にそういう書籍も相当数出ています。
 教えて! gooに限っても、下記のような状態です。
〈「は」「が」〉の検索結果。
https://oshiete.goo.ne.jp/search_goo/result/?MT= …

 個人的には「は」と「が」の違い全体について書こうなんて考えません。部分的なことしか考えませんが、それでも下記のようになります。
【チャレンジ日記──「は」と「が」 毒抜き編 〈1〉〜〈7〉】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-592.h …

 外国人のかた向けの解説で、「私{△は/が}やろうか?」限定ということで少し書きます。以下、デアル体で失礼します。

「は」と「が」の違いはいろいろある。「まったく違う」と考える人もいるくらい。
 質問の件に関しては、まず「私{は/が}やります」で考える。
 これを、こういう答えになるのはどういう質問か、という角度から考える。

1)「あなたはこの仕事をやりますか?」「(私は)やります」
 「彼はこの仕事をやりますか?」「(彼は)やります」
※実際には(私は)(彼は)はつかないほうが自然かも。

2)「誰がこの仕事をやりますか?」「私がやります」

 つまり、「誰が」にスポットがあたったときは、「私が」になりやすい。
 一方、誰かが「やる」か「やらない」かにスポットがあたったときは、「私は」になりやすい。

 この場合の「は」は「主題」(「主語」でもいいでしょう)を示す「は」などと言われる。たいていの「は」の働きは「主題」を示す。
 このほかに、「対比」の「は」というのもある。
「彼はやりません。彼女もやりません。でも私はやります」
 といった場合はほかの人と「対比」している。
 ほかにもいろいろな状況は考えられるが、それを知りたければ専門書を読むことをすすめる。

 さて、「私{は/が}やります」の使い分けはわかったことにして、「私{△は/が}やろうか?」の話。
 これも想定質問を考える。

「誰かこの仕事をやってくれる人はいませんか?」「私がやろうか?」
「誰がこの仕事をやってくれるくれるのですか?」「私がやろうか?」
 これは↑と同様。

 一方「私はやろうか?」という答えになる質問は想定しにくい。だから「私はやろうか?」という言い方が不自然なのでは。
「やる」か「やらない」かにスポットが当たっているのに、そこを疑問形にしたのではヘンなことになる
 ちょっと強引ですが、この程度の説明でわかってもらえませんかね。




チャレンジ日記 「ハ」と「ガ」〈9〉

mixi日記2016年10月27日から

 テーマサイトは下記。
【『は』と『が』についてです】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9479241.html
==============引用開始
我々が取材に出かけている間、彼ら(は/が)勝手に創造を膨らませていて、伝言ゲームの末に総局長の耳まで届いたニュースはすっかり変わり果てていた。

この文の答えは『は』でした。
しかし、『彼ら(は/が)勝手に創造を膨らませていて』は理由節ではないかと思います。もし理由節だったら、『彼らは』ではなく、『彼らが』のほうを使うべきではないかと思います。ぜひ、お教えいただきたいと思います。
==============引用終了

 以前から繰り返されている「は」と「が」の問題。少しでも新しい観点があるとつい口を挟みたくなるから困る。
 ち先日も下記にコメントを書いた。
【「は」と「が」の違いについて教えてください 私は外国人です 私が外国人です 私は好きです】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9464945.html

 今回の問題について考えていいて、ちょっと新しい発見があったんで、書いておく。
 質問の場合は「は」で「が」でもOKだろう。〈答えは『は』でした〉ってどういう意味なんだろう。こんな恐ろしい穴埋め問題があって、正解が「は」なんだろうか。そんなバカな。
 どこかからもってきた文で、原文は「は」だったくらいの意味なんだろうな。それは「答え」ではない。だって「が」でも問題はないのだから。
 そもそも元の文がグチャグチャすぎて、どっちでもいい、って感じになる。
「理由節」って初めて聞いたけど、「理由」を示す従属節くらいなんだろう。皆さん、「従属節」と聞いてジンマシンは出ないのだろうか。
 理屈をこねることはできる……できるけどさぁ、ということで話を始める。
 もっとシンプルな話から始める。
 例の昔話。
==============引用開始
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさん( )おりました。
1)ある日、おばあさん( )川へせんたくに行きました。
==============引用終了

 よく言われるのは、未知の「が」と既知の「は」の話。
 ↑の例なら、最初の空欄は未知なので「が」、次は既知なので「は」になる。
 初心者向けの導入話としてはそれでいいと思う。
 現実には違うよ。だってこれが本当なら、最初に「が」を使ったら、そこから先は「は」しか使えなくなる(笑)。
 
 2つ目の文を少しかえる。
  2)(ある日のこと)おじいさん( )山へ柴刈りに、おばあさん( )川へ洗濯に行きました。
 この場合は、どちらも「は」が素直。これは「既知」だからって言うより、「対比」だろう。
 両方の人物が並列だから、どちらも「は」になる。
 これがどちらかに重心をずらすと少しかわる。
  3)おじいさん( )山へ柴刈りに行っている間、おばあさん( )川へ洗濯に行きました。
 こうなると、1つ目が「が」で、2つ目は「は」が自然になる。理由は……よくわかりません。そういうものなの、ってことにしておく。3)で終わっていればこのとおりなんだが、下記になると、事情がかわる。
  4)おじいさん( )山へ柴刈りに行っている間、おばあさん( )川へ洗濯に行くと、川上から大きな桃( )流れてきました。
 こうなると、3つとも「が」が自然。理由はわからんって。さらにかえてみる。
  5)おじいさん( )山へ柴刈りに行っている間、おばあさん( )川で洗濯に夢中になっていたので、大きな桃( )流れていってしまいました。おしまい。(←オイ!)
 こうなると、1つ目が「が」のまま、3つ目は「は」。2つ目は「が」が自然な気もするが「は」でもさほどおかしくないだろう。
 質問の原文は5)と同じはず。だから、〈「が」が自然な気もするが「は」でもさほどおかしくないだろう〉ってことになる。
 3)の構造が優先と考えるなら、「は」になる。
 4)の構造に近いと考えるなら、「が」になる。
 どう考えるかは、その人しだいだろう。
 どちらが正しいとか、どちらが正解なんてことはない(はず)。

テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

日本語アレコレ──「自然に」と「自然と」の違い1

【日本語アレコレの索引(日々増殖中)】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html


 少し前に下記のトピが立った。
 しばらくしたら、この日記のリンクを張ろうと思う。このままではtobirisuが恥をかいてしまう可哀想、と思う心優しい方は、補足のコメントをください。

自然に、と 自然と、 の違い】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=41239142&comment_count=4&comm_id=398881

 トピ主の質問は以下のとおり(一部勝手に加工する)。
================================
自然「に」友達になりました。自然「と」友達になりました。
この二つの「に」と「と」の
違いを聞かれました。
「に」はプロセスに焦点、「と」は結果に焦点と答えましたが、
どなたか、明確なお答えをお願いいたします。
================================

「プロセス」とか「焦点」とか説明して理解できるのだろうか。微妙すぎて少なくとも当方は理解できない。ほぼ同じとしか思えない。
「○○に行く」と「○○へ行く」の違い、って問題と似ている気がする。「目的地」と「方向」の違いとか説明されても、そんな微妙なことは当方には理解できない。ほぼ同じだと思う。
 こういうのは「個人の感覚」「個人の意見」でしかないだろう。そんなことを断言する根拠はなんなのだろう。ちなみに「語感」とかを根拠に断言する人が多いけど、それだけでは根拠にはなりにくい。そんなことを言い合っても、水掛け論にしかならない。
 この質問はいくつかの要素を含む難問だけど、書いてみる。

 トピを見ると辞書もひかずに思いつきで書いているコメントがある。きっとすごい上級者なんだろう。こんな問題を辞書もひかずに答えられるなんて。
 まずネット辞書から抜粋する。コメントの「2」で引いているが、不完全な気がする。「4」※のコメントも一面的。こういう微妙なものの場合は、疑問を感じたら複数の辞書をひくべきだろう。
 ※読み返して間違いに気づいた。「4」ではなく「6」です。申し訳ない。
 当方が見た3種の辞書は副詞を採用している。とはいえ、副詞なのか「副詞的に使う」なのかは、この場合はたいした問題ではない。

『大辞泉』===========================
し‐ぜん【自然】
[形動][文][ナリ]
1 言動にわざとらしさや無理のないさま。「気どらない―な態度」「―に振る舞う」
2 物事が本来あるとおりであるさま。当然。「こうなるのも―な成り行きだ」
3 ひとりでにそうなるさま。「―にドアが閉まる」

[副]
1 ことさら意識したり、手を加えたりせずに事態が進むさま。また、当然の結果としてそうなるさま。おのずから。ひとりでに。「無口だから―(と)友だちも少ない」「大人になれば―(と)わかる」

『大辞林』===========================
(形動)
行為や態度がわざとらしくないさま。
―な動作
―な反応

(副)
(「に」や「と」を伴うこともある)ひとりでに。おのずと。
―に体が震えてくる
世の中のことが次第に分るにつれ―と心に合点が行き〔出典: 谷間の姫百合(謙澄)〕
―祖母が一家の実権を握つてゐた〔出典: 平凡(四迷)〕
================================

 手元の『広辞林』だと「形容動詞」はのせていない。副詞で「―(に・と)ねむくなる」の例をのせている。『大辞林』とほぼ同じと考えていいだろう。どちらも「自然に」と「自然と」の違いは書いていない。辞書的には同じってことなんだろう。
 やっぱりこういう問題は辞書をひかないとダメだな。調べるまでは「自然と」は△と思っていたが、そんなことはないようだ。


1)副詞の働きをする「○○に」と「○○と」の違い
 同じように両方の形をとるものとして思いつくもの。
  「意外に」「意外と
  「割合に」「割合と
  「割に」「割と
 以前は「意外に」「割合に」「割に」が正しい日本語で、「意外と」「割合と」「割と」は俗語、話し言葉の類いとされていたはず。最近は採用している辞書もあるらしい。古い話は記憶に頼っているだけなので、強く主張する気はない。
自然に」「自然と」も、ほぼ同様だと思っていた。古い用例があるから、「自然と」もアリなんだろう。ただ、個人的には、「自然と」は使いにくい。原則として「自然に」を使う。ほかも同様で、「○○に」が自然な日本語だと思う。

 念のため、ネット辞書と手元の『広辞林』(1988年版)で調べてみる。
     大辞泉  大辞林  広辞林
意外と  有    無※1  無
割合と  無    無※2  無
割と   有※3  有    有
※1 なぜか調べることさえできない(泣)
※2 「割と」の意味に「わりあいと」があるのに項目がない(笑)
※3 「割に」と同じ、とあるからフツーに考えれば「割に」が本筋だろう。

 辞書も錯綜気味?
 辞書に項目がないからといって、「意外と」「割合と」が間違いとは言いきれない。下記の2)のような考え方もできるからだ。


2)「自然」と「自然と」の違い
 副詞の「と」に関しては以前同じコミュでトピが立っている。
【「机の上に本を山と積む」の「と」について】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=37186676&comment_count=1&comm_id=398881
 このときにも辞書もひかないコメントが入っている。きっとすごい上級者なんだろう。このトピの流れは細かい部分で疑問があるが、パスする。

■Web辞書『大辞泉』から
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%A8&dtype=0&dname=0na&stype=1&index=12961900&pagenum=11
================================
[格助]名詞、名詞的な語、副詞などに付く。
1 動作をともにする相手、または動作・関係の対象を表す。「子供―野球を見に行く」「友達―けんかをした」「苦痛―闘う」
「しぐれ降る暁月夜紐解かず恋ふらむ君―居(を)らましものを」〈万・二三〇六〉
2 (文や句をそのまま受けて)動作・作用・状態の内容を表す。引用の「と」。「正しい―いう結論に達する」
「名をばさかきの造(みやつこ)―なむいひける」〈竹取〉
3 比較の基準を表す。「君の―は比べものにならない」「昔―違う」
「思ふこといはでぞただにやみぬべき我―ひとしき人しなければ」〈伊勢・一二四〉
4 動作・状態などの結果を表す。「有罪―決定した」「復讐(ふくしゅう)の鬼―化した」
「年をへて花の鏡―なる水は散りかかるをやくもるといふらむ」〈古今・春上〉
5 (副詞に付いて新たな副詞をつくり)ある状態を説明する意を表す。「そろそろ―歩く」「そよそよ―風が吹く」
「ほのぼの―春こそ空に来にけらし天のかぐ山霞たなびく」〈新古今・春上〉
(以下略)
================================

「自然と」の「と」は上記の「5」だろう。手元の『広辞林』だと、同じことを「状態を強めていう」としている。「そろそろ」「そろそろと」のように「と」があってもなくてもどちらもアリってことらしい。
 そう考えれば、「自然」も「自然と」もアリ。厳密に言うと、「自然と」は1語の副詞ではなく、副詞の「自然」に助詞の「と」がついたと考えるべきではないだろうか。まあ、1語でも2語でも大きな違いはないけど。 


3)結果などを表わす「と」と「に」の使い分け
 これは前に別のトピで書いた。
【来る人がいない?/ご参考ください の違和感】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39728414&comment_count=11&comm_id=19124
================================
>0
>「参考に」と「参考と」のニュアンスの違いはなんなんでしょうか。
 諸説あるようですが、個人的には意味はほとんど同じと考えています。
「と」のほうが少し堅苦しいニュアンスがあると感じるので、自分では極力「に」を使うことにしています。ただし、「一丸となる」の場合などは、「と」のほうが自然でしょう。
 この話もキチンと書こうとするとかなり長くなるので省略します。
================================

 こういう用法(『大辞泉』の「と」の項の「4」とほぼ同じ)だと、基本的には「と」でも「に」でも大きな違いはない。「と」には意志が感じられると書いてある本があったけど、ちゃんとした根拠があるとは思えない。当方は原則「に」を使うけど、「と」が好きな人は「と」を使えばいい。「と」のほうが「少し堅苦しいニュアンスがある」ってことは、「少しだけ格調が高く感じられる」と言いかえることもできる。
 ただし、どちらでもいい場合は好きなほうを使えばいいということで、なんでもかんでもどちらかに統一、なんてムチャなことは言えない。

 関係しそうな話。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1317.html
================引用開始
 P.155~156〈「~に行く」と「~へ行く」の違いを知る〉。
 表題の「~に」と「~へ」の違いはよく見る。正直なところ、どう違うのかよく判らない。「~に」と「~へ」の違いに続いて「と」と「に」の違いについての解説がある。
【引用部】
 (1)「大学生となる」
 (2)「大学生になる」
 日没の光が失せ、夜になった、とは言うが、夜となった、とはめったに言わない。「~になった」は、自然にそのような状態に達した時に使う。よって、(2)は、たいして考えもせず、または苦労せずに、昼が夜になるように大学生になったというニュアンスである。それに対し、「~となる」は、能動的な意志を表すので、(1)からは、意思や苦労が伝わってくる。

 こんなことが言えるのだろうか。たとえば将来の夢を訊かれた小学生が「〇〇になる」と答える。これは受動的? よく判らん。
================引用終了

『大辞泉』の「自然」の項に出ていた副詞用法の場合も注意が必要だろう。
  A 無口だから自然(と)友だちも少ない
  B 大人になれば自然(と)わかる
 Bは「に」にできるが、Aは「に」にはしにくい。たいていの「自然と」は「自然に」に書きかえることができるのに、これはむずかしい。そういう例がのっているのは偶然なんだろうか?
 繰り返すけど、個人的には「自然と」は俗語、話し言葉のような印象なので使いたくない。Aの例なら下記のように書きかえる。
  A-2 無口だから友だちも少ない
  A-3 無口だから必然的に友だちも少ない
  A-4 無口なせいで友だちも少ない
 A-3には少し異和感がある。

【続きは】↓
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1235.html

【日本語アレコレ──「自然に」と「自然と」の違い2】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-588.html

テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

「〜していきます」「~していきたいです」「~していきたいと思います」

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-306.html
 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【12】
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=5019671&id=1920318468

mixi日記2014年07月08日から
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=5019671&id=1929188749

 下記が関係あるかも。
1020)【「~なのかな」「~とは思います」「~と思います」】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2842.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1908860625&owner_id=5019671

 テーマサイトは下記。
【「~して行きたい」「~して行きたいと思う」など。】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12131579487

 まず質問の全文を引く。
================引用開始
「~して行きたい」「~して行きたいと思う」など。
例えば不祥事を謝罪するときに「今後このようなことの無いように気を引き締めて行きたい」と気を引き締めるのではなく 引き締めて行きたい。
「ただいまから成績を発表して行きたいと思います」発表するのではなく発表して行きたいなど。
何故ぼかすような表現なんでしょうか。
================引用終了

 発言者の立場によって、事情が微妙にかわってくる。話の内容を考慮して、例文は基本的にデス・マス体で考える。
 断定的な言い方から曖昧な言い方まで、いくつか段階がある。

●謝罪の言葉
1)今後このようなことのないように気を引き締めます
  ↓
2)今後このようなことのないように気を引き締めていきたいです
  ↓
3)今後このようなことのないように気を引き締めていきたいと思います

 大前提として、謝罪の場合は「いきたいと思います」ではなく「いく所存でございます」くらいのほうが自然だろう。
 1)が一番スッキリしている。「引き締める」か否かは個人の心がけの問題だから「たい」をつけるのはおかしい、というのはごもっとも。「たい」は希望や願望を表わす(辞書の引用は末尾)。
 このように断言すると、同じような事態が再発したときに責任を追及されそう。
 だから少しボカすのだろう。政治家などの常套手段(笑)。そこで2)のように「たい」をつける。「いく」とは断言できないが、「いきたい」。「いく」努力はするけど、「いけなかった」ら許してね。
 デアル体で「いきたい」と言えば何も問題がないが、これに「です」をつけて「いきたいです」にすると、ちょっと問題がある。むずかしい話は別として、「たい」の活用を見ると形容詞とほぼ同じことがわかる。
 つまり、「たいです」(「たかったです」も同様)に覚える異和感は「うれしいです」に覚える異和感とほぼ同じもの。「間違い」ではないが、『大辞林』が〈現在かなり広がっているが,多少ぎこちなさも感じられる〉としているのだから、避けるべきだろう。
【この文章〈「形容詞終止形」+「です」〉は文法的に正しいですか】教えて!goo
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2891.html

 避ける方法はいろいろ考えられるが、一番安直なのは「〜と思います」をつけること。こうして3)のような形が広まることになる。
 2)の形を避けるのが「たいです」に対する異和感のせいか否か正確なところは、本人に確認しないとわからない。
「希望」にさらに「〜と思う」をつけるんだから、クドい印象になるのは当たり前。

●所信表明の言葉
「所信表明」というといかめしいが、プロ野球の新人の入団挨拶と考える。
1)一生懸命頑張ります
  ↓
2)一生懸命頑張りたいです
  ↓
3)一生懸命頑張りたいと思います
 1)がスッキリしているが、ちょっと控えめに言うなら2)、「たいです」に異和感があれば3)になるのだろう。
 これが「一生懸命頑張って新人王をとります」だとビッグマウスになる。3)のパターンが自然だろう。

 これが子供の将来の夢で「野球選手になります」だと2)が自然な気がする。もちろん3)でも構わない。「海賊王に、おれはなる」のほうが威勢はいいけど(笑)。



http://kotobank.jp/word/%E3%81%9F%E3%81%84?dic=daijisen&oid=11083400
================引用開始
デジタル大辞泉の解説
たい 【たい】

[助動][たかろ|たく・たかつ|たい|たい|たけれ|○]《希望の助動詞「たし」の連体形「たき」の音変化》動詞、および助動詞「れる」「られる」「せる」「させる」の連用形に付く。
1 話し手の希望を表す。「御飯を食べたい」「日比(ひごろ)月日がおがみたいと思うたに」〈虎明狂・腰祈〉
2 話し手以外の人の希望を表す。「読みたいなら貸すよ」「やめたい人はやめればいい」
3 「ある」「である」「なさる」「くださる」や尊敬の助動詞「れる」「られる」に付いて、他に対する希望・要求を表す。…てほしい。「正直者がばかを見ない世の中でありたい」「別表を参照されたい」
◆「たい」が他動性の動詞に付く場合、希望の対象を表すのに、「水を飲みたい」「水が飲みたい」のように「…ヲ…タイ」「…ガ…タイ」の両形を、室町時代以来用いてきている。連用形「たく」の音便形「とう(たう)」は中世から行われているが、現代語では、「ございます」「存じます」を伴うときにかぎって行われる。また、接続助詞「て」を伴う場合、「たくって」となることもある。3は多く文章語に用いる。
================引用終了

 ちょっとメモ。
バイト敬語/若者言葉──「~とか」の話
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2310.html
================引用開始
 こうなると、近年の若者言葉に特有の曖昧表現、というククリ方もできそうな気がする。ただ、それは少し違うのでは、って気もする(「曖昧表現」の一方で「氏ね」などの直截な表現も目立つ。二極化と言うほうが正確だろう。)。
================引用終了

~されてください ~なさってください

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【11】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1906376407&owner_id=5019671

mixi日記2013年12月03日から


「○○は遠慮されてください」はなぜおかしいか。
 突然ですが問題です【日本語編173】を出題してからかなりたつ。
 出題の少し前からとんでもない状況になって、11月いっぱいで一段落した(はず!)のに、どこから手をつけていいかわからない。
 この設問には2つの問題がからむ。
 1つは相手の行動を「遠慮しろ」と言えるか否か。これはさほどむずかしくない。個人的には異論もあるが、とりあえず「控えろ」にするほうが無難。
 問題は「~されてください」。「される」の部分を受身と考えるなら、やや特殊な形ではあってもアリだろう。
「噓とわかっても騙されて(やって)ください」
「あえて殴られて(やって)ください」
 ここで考えたいのは、受身ではなく、敬意を表わす「される」と「ください」の組み合わせ。
 感覚的には「~されてください」には強い異和感がある。しかし、これがなぜダメかを論理的に説明するのはけっこうむずかしい。

『敬語再入門』のP.44に「16 主な尊敬語四つの整理」という項目がある。
 あげられているのは以下の4つ。
1)お/ご~~になる
2)お/ご~~なさる
3)──なさる
4)……(ら)れる

 それぞれの特徴は、原本を確認してほしい。
 以下は当方の考えを交えるので、相当信頼度が下がる。
 敬度の麺で考えると、1)から4)のなかでもっとも敬度が低いのは4)。湯(タン)で考えるとどうなるかはしらない。もっとも敬度が高いのは2)。1)と3)はちょっと方向性が違う気もして微妙なので、同ランクにしておく。
 同書では4)のことを「レル敬語」と読んでいる。
 世間ではこれが評判が悪い。最大の理由は、受身に解釈できることがあること。
「先生が食べられた」では先生が誰かに補食されたみたい……いう論理らしい。そんなものは文脈でわかるだろ、という話はおく。「お食べになった」ではなく「召し上がった」と言いなさい……となると別の話になる。
 敬度が低い上にまぎらわしいこともあり、「レル敬語」は初心者の敬語という印象があるらしい。その半面「レル敬語」には制約が少ないという利点がある。この「制約」に関しては『敬語再入門』が詳しい。
 簡単に言うと、3)は〈非「──する」型〉の動詞には使えない。×読みなさる
 1)2)は一部の〈「──する」型〉の動詞では使えない。×ご運転になる/×ご運転なさる
「レル敬語」の愛用者が多いのは、こういった理由もあるのだろう。

 さて本題。すでに書いたように「レル敬語」は制約が少ない。しかし、「……(ら)れてください」の形には強い異和感がある。この理由が……。
「遠慮しろ」「控えろ」を1)~4)の形にしてみる。

1)ご遠慮になる
2)ご遠慮なさる
 ※「遠慮」の場合は1)2)とも問題がない気がする。
3)遠慮なさる
4)遠慮される

1)お控えになる
2)お控えなさる
3)×控えなさる×
4)控えられる

 これに「ください」をつける。
1)ご遠慮(になって)ください
2)ご遠慮(なさって)ください
3)遠慮なさってください
4)遠慮されてください△

1)お控え(になって)ください
2)お控え(なさって)ください
3)×
4)控えられてください△

 ともに1)2)は(になって)(なさって)を省略した縮約形(『敬語再入門』の用語)のほうが一般的だろう。もちろん、省略しない形が間違いというわけではない。
 ともに4)はヘン。「~ください」と並んでよく使う「~いただく」の場合も、4)は△。
 正確な理由はわからない。こういうのは「言わないから言わねえんだよ。使いたきゃ勝手にどうぞ」と開き直るしかない。
 以下は憶測。
 1)の場合、「(になって)ください」がクドい印象なので「ください」が一般的。2)も同様。
 4)の場合、「(さ)れてください」がクドくても避けようがない。もちろん「遠慮してください」「控えてください」にはできるけど、やや無礼な印象になりそうな……。1)~3)のほが無難だろうな。

【20171024追記】
 うーん。これを書いたことをスッカリ忘れていた。下記を書いてから別件で調べものをしていてこのエントリーを見つけた。
【「参加されてください」の是非】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12321043639.html

 で、読み返してみると大きなミスはなさそだが、言葉足らずのところがいくつかあるので補足しておく。

●〈もっとも敬度が高いのは2)。1)と3)はちょっと方向性が違う気もして微妙なので、同ランクにしておく〉
 これでもよいと思うが、たしか菊地氏がどこかで、2)と1)の敬度は同程度と書いていた気がするので、そちらを優先する。この話は、どちらでもたいした違いはない。

●〈簡単に言うと、3)は〈非「──する」型〉の動詞には使えない。×読みなさる〉
 これはちょっと問題かも。
『敬語再入門』によると、「レル敬語」以外の一般形には、それぞれ制約がある。 
2)お/ご~~なさる
〈非「──する」型〉(和語の動詞と考えてほぼ間違いないだろう)だと古臭い印象になる。
「お読みなさる」……たしかに古いな(笑)。
3)──なさる
〈非「──する」型〉は△扱い。このあたりになると語感が全く働かない。
 自分では使わないという意味では「お読みなさる」も「読みなさる」も同じようなもの。これが動詞がかわるとちょっと印象がかわる気がする。
「お走りなさる」はナシ。「走りなさる」ならアリでは。
「お話しなさる」はアリだろう。「話しなさる」はXの気がする。近寄らないのが正解だろうな(泣)。

~されてください ~なさってください〈2〉 ご遠慮ください お控えください

mixi日記2014年12月11日から

【ご遠慮 お控え】のキーワードで検索してもよくわからない。
 下記のサイトは信頼できるはずだが、この問題に関してはどうにも煮え切らない。全文は末尾に。
【「御遠慮ください」】
http://www.ninjal.ac.jp/QandA/vocabulary/post-48/
 結論は下記の部分だろうか。ほとんどヤケになっているような……。
==============引用開始
「御遠慮ください」が不適切な表現だ,と判断されるのには,おそらく,いくつかのことが同時に複合していて,全体の表現として「心地よくない」から不適切だ,と解釈できるのかもしれません。「間違いかどうか」の範囲を,用語本来の厳密な意味・用法に限定せずに,表現やその効果にまで拡大するとしたら,「やめておくに越したことはない」という話です。
==============引用終了

 これも例によって「(明確な根拠はないが)避けるほうが無難」ですかいの。



【ネタ元】「御遠慮ください」(国立国語研究所)
http://www.ninjal.ac.jp/QandA/vocabulary/post-48/
==============引用開始
「御遠慮ください」

質問
「~は御遠慮ください。」という表現は不適切だ,ということを読んだことがあります。本当でしょうか。

回答
「遠慮」という語は,はじめ「遠く先までも見通すこと」でした。これは,現代で「深謀遠慮」という言葉で使うときと同じ意味です。この用法は,平安時代以来,漢文の記録や漢文訓読体の軍記物などで使われていました。その後,室町時代から近世にかけて,「言動を差し控える」という意味で使うようになっていたようです。またさらに,「自分から断わる,辞退する」という意味でも使います。この用法はさらにすすんで,現代でいう,お祭りなどを「自粛する」ことにも使いましたし,また,江戸時代には,「謹慎」の刑罰のことや,病や物忌を理由に,出仕や面会を「自重」する意味でも用いました。

これら「辞退・自粛・謹慎・自重」は,なんらかの自分の行動を差し控える行為です。その根底には,いわば,世間をはばかる精神が流れているのかも知れません。しかし,用語や語法そのものには,謙譲の用法(あえて言い換えてみれば,「差し控えさせていただく」の「させていただく」の部分),すなわち待遇の本体がある,というわけではありません。

さて,「御~くださる」は相手の行為を高める,尊敬語に属する敬意表現です。「御遠慮」は和語でいえば「お控え」にあたり,全体で「お控えください。」と言い換えられます。「御遠慮ください。」ばかりが罪深いように言われるのは,どうしてでしょうか。第一に,和漢の語種の違いがあります。和語の効果として,柔らかく感じられ,その分,婉曲の度合いは大きく,禁止の度合いも,より弱く感じられる,ということはあるかもしれません。

たとえ漢語「遠慮」を使ったとしても,さらに敬意表現を伴った「御遠慮いただいております。」などの方が,紋切り型の「御遠慮ください。」よりも,少しは“まし”に思われるでしょう。これは,「御遠慮ください。」と言い切っていないので,話し手の謙譲の心持ちが,少しでも聞き手に伝わるからでしょう。

「御遠慮ください」が不適切な表現だ,と判断されるのには,おそらく,いくつかのことが同時に複合していて,全体の表現として「心地よくない」から不適切だ,と解釈できるのかもしれません。「間違いかどうか」の範囲を,用語本来の厳密な意味・用法に限定せずに,表現やその効果にまで拡大するとしたら,「やめておくに越したことはない」という話です。

このことを,商業的な応接マニュアルなどで,理由もなくルール化する必要はないかも知れません。が,言葉の性質を見極めて,よりよい別の方法(例えば,「飲食物のお持ち込みは,御容赦願います。」など。)を積極的に探すのがよいでしょう。

山田貞雄 (2014.4.23)
==============引用終了

~されてください ~なさってください〈2〉 ご遠慮ください お控えください

 下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2828.html

日本語アレコレの索引(日々増殖中)【13】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1929935424&owner_id=5019671

mixi日記2014年12月11日から

 下記の続き。
【~されてください ~なさってください】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2901.html

【ご遠慮 お控え】のキーワードで検索してもよくわからない。
 下記のサイトは信頼できるはずだが、この問題に関してはどうにも煮え切らない。全文は末尾に。
【「御遠慮ください」】
http://www.ninjal.ac.jp/QandA/vocabulary/post-48/
 結論は下記の部分だろうか。ほとんどヤケになっているような……。
==============引用開始
「御遠慮ください」が不適切な表現だ,と判断されるのには,おそらく,いくつかのことが同時に複合していて,全体の表現として「心地よくない」から不適切だ,と解釈できるのかもしれません。「間違いかどうか」の範囲を,用語本来の厳密な意味・用法に限定せずに,表現やその効果にまで拡大するとしたら,「やめておくに越したことはない」という話です。
==============引用終了

 これも例によって「(明確な根拠はないが)避けるほうが無難」ですかいの。



【ネタ元】「御遠慮ください」(国立国語研究所)
http://www.ninjal.ac.jp/QandA/vocabulary/post-48/
==============引用開始
「御遠慮ください」

質問
「~は御遠慮ください。」という表現は不適切だ,ということを読んだことがあります。本当でしょうか。

回答
「遠慮」という語は,はじめ「遠く先までも見通すこと」でした。これは,現代で「深謀遠慮」という言葉で使うときと同じ意味です。この用法は,平安時代以来,漢文の記録や漢文訓読体の軍記物などで使われていました。その後,室町時代から近世にかけて,「言動を差し控える」という意味で使うようになっていたようです。またさらに,「自分から断わる,辞退する」という意味でも使います。この用法はさらにすすんで,現代でいう,お祭りなどを「自粛する」ことにも使いましたし,また,江戸時代には,「謹慎」の刑罰のことや,病や物忌を理由に,出仕や面会を「自重」する意味でも用いました。

これら「辞退・自粛・謹慎・自重」は,なんらかの自分の行動を差し控える行為です。その根底には,いわば,世間をはばかる精神が流れているのかも知れません。しかし,用語や語法そのものには,謙譲の用法(あえて言い換えてみれば,「差し控えさせていただく」の「させていただく」の部分),すなわち待遇の本体がある,というわけではありません。

さて,「御~くださる」は相手の行為を高める,尊敬語に属する敬意表現です。「御遠慮」は和語でいえば「お控え」にあたり,全体で「お控えください。」と言い換えられます。「御遠慮ください。」ばかりが罪深いように言われるのは,どうしてでしょうか。第一に,和漢の語種の違いがあります。和語の効果として,柔らかく感じられ,その分,婉曲の度合いは大きく,禁止の度合いも,より弱く感じられる,ということはあるかもしれません。

たとえ漢語「遠慮」を使ったとしても,さらに敬意表現を伴った「御遠慮いただいております。」などの方が,紋切り型の「御遠慮ください。」よりも,少しは“まし”に思われるでしょう。これは,「御遠慮ください。」と言い切っていないので,話し手の謙譲の心持ちが,少しでも聞き手に伝わるからでしょう。

「御遠慮ください」が不適切な表現だ,と判断されるのには,おそらく,いくつかのことが同時に複合していて,全体の表現として「心地よくない」から不適切だ,と解釈できるのかもしれません。「間違いかどうか」の範囲を,用語本来の厳密な意味・用法に限定せずに,表現やその効果にまで拡大するとしたら,「やめておくに越したことはない」という話です。

このことを,商業的な応接マニュアルなどで,理由もなくルール化する必要はないかも知れません。が,言葉の性質を見極めて,よりよい別の方法(例えば,「飲食物のお持ち込みは,御容赦願います。」など。)を積極的に探すのがよいでしょう。

山田貞雄 (2014.4.23)
==============引用終了


プロフィール

tobi

Author:tobi
フリーランスの編集者兼ライターです。

カレンダー
03 | 2018/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード